満月が沈み、幻想郷に朝がやってきた。
肝試しは、とある事情により、急遽中止となった。
その事情とは……。
「え~と、それじゃ、何かわかる人から説明してくれる? 特に、レミリアと魅魔、あとそこの……うどん、と妹紅だっけ?」
霊夢が一人ずつ指差しながら名前を挙げていった。
「ちょっ、私は鈴仙・優曇華院・イナバです! うどんでも、小娘でもありません。呼ぶときはせめて鈴仙と……」
「はいはい。とにかく、何かわかる人、しっかりと発言を求めるわ」
お茶を飲み、コトンと湯呑みを机に置かれた。
今、博麗神社には、かなりの人数が集まりつつあった。
まず、霊夢、一十百、魔理沙、萃香、のいつものメンツ。
これに加えて、紫、レミリア、咲夜、魅魔、の朝食に度々くるメンツ。
さらに、妖夢、アリス、鈴仙、妹紅、と総計十二人が博麗神社にいる。
そのうちの十一人は、机を囲んで話し合いを始めようとしている。
話し合いに参加できていないのは、一十百。
今日はまだ起きてこない。
誰よりも早起きの一十百が起きてこないのは、確実に何かあった証拠だ。
そして、集まった人の大半はその“何か”に心当たりがあった。
赤い光を揺らめかせた一十百と、幻想郷の一角が破壊され、完全に修復した異変である。
一体何がなんなのか、それをはっきりさせるために、急遽話し合いが行われたのだった。
議題は言うまでもなく、赤い一十百の事についてだ。
「じゃあ、私から話させてもらうわ」
スッとレミリアが手を挙げる。
「私が言えることは、一つ」
集まった人がレミリアの発言に期待する。
なにせ、あの肝試しの時、最も長い時間一緒にいたのはレミリアだからだ。
レミリアは手を顎の下に置き、目を細めた。
そして一言。
「怖かったわ」
ズダーンとほぼ全員が滑った。
咲夜だけが、ハンカチを片手に、お疲れ様ですお嬢様と涙を拭いていた。
「アンタの感想を聞いてるんじゃないのよ!!」
「仕方ないじゃない! 怖かったの! いつもの霊夢の何倍も怖かったわ」
「それはどういう意味かしら? まず夢想封印してから色々と聞いてあげる」
霊夢がスペルカードを構えようとする。
それを、横にいた魔理沙とアリスが止めにかかる。
「ま、まあ待つんだぜ。とにかく今はダメだ」
「そうよ。せっかくの話し合いなんだから、話し合い(物理)である必要はないわ」
「……わかったわ」
ふぅ、と霊夢が一息ついた。
「それで、もっとマシな意見を聞きたいんだけど」
「じゃ、私と、そこのうど……え~鈴仙だったけか? まあ、説明しようじゃないか」
魅魔が軽く手を挙げて発言する。
鈴仙も頷いた。
「この前の満月が欠けたときも、一度、一十百が赤い光を揺らめかせたことがあった」
「あの時は、私が彼の波長を狂わせてしまったから、ああなってしまったんだと思ったんだけれど……」
「……それって、後遺症が残ったんじゃないの?」
アリスの一言で、鈴仙に冷や汗が流れる。
「い、いや、そんなことは、たぶんないと思いますけど……」
「考えてみれば、昨晩も満月だったし。私の瞳の色は赤だからなぁ」
話し合いに参加していた妹紅もちょっと考えてそう言った。
霊夢がうんうんと頷く。
「なるほど……。紫、鍋を一つ用意してくれないかしら?」
「ちょっとぉ! それ、ぜったいに私を兎鍋にするつもりじゃないですか!」
「安心しなさい、うどんと一緒に茹でられれば本望でしょ?」
「なんでそれが本望になるんですか!」
半泣き状態の鈴仙が慌てて逃げようとするが、妖夢の楼観剣に足を引っ掛けて転んでしまった。
足を引っ掛けた衝撃で、妖夢がコテンと横に倒れた。
「ふぎゃ!」
「みょん!」
「何遊んでるのよ……」
横から見ていたアリスがため息を吐いた。
「さてと、とにかく原因分かったわけだけど……。解決策が見つからないわね」
「放っておいても大丈夫だと思うぜ。ちょっと捻くれてたけど、一十だったし」
「そういうわけにはいかないわ。あれだけ強力な力を持ってる存在を、放っておくわけにもいかない」
八雲紫が少し悲しげな表情を浮かべながら静かにそう言った。
「紫、どうするつもり?」
「幻想郷から追放するわけにもいかないから、良くて宵闇のルーミアのように封印。最悪の場合は……」
「さすがに、それは承諾しかねるわよ」
霊夢がトンと机を軽くたたいて、そう言った。
少し重い空気が部屋の中に漂う。
そんな空気の中、八雲紫が口を開いた。
「……私だって、正直こんなことはしたくないわ。けれど、幻想郷を守るため、秤にかけないといけないことだってあるのよ。たとえ、その選択で幻想郷中から恨まれることがあってもね」
「紫……」
「悪いけど私は反対だ」
くいっと瓢箪の酒を飲んで萃香がそう言った。
いつものような酒に酔っているような表情ではなく、真面目な表情を浮かべている。
「仮に十百を封印するとして、誰がその役目をやるんだい? まさか、紫一人でどうにかなると思ってるわけじゃないだろう」
「それは……」
「誰もが、紫みたいに考えられるとは思えないからね。そうなると、手伝ってる人に一生その重みを背負わせることになるんだよ。それも込みで、秤にかけたわけではないだろう」
「………」
萃香の話を聞いて、八雲紫が軽く目を伏せる。
今回の事で幻想郷の住人になるべく被害を出したくない八雲紫は、どうしたものかと考え込んでしまったようだ。
そんなやり取りを見て、霊夢が驚いたような声を上げる。
「萃香が真面目なことを言ってる……」
「えぇ~。霊夢、今そこでその発言をするのか。私の今までの言葉が台無しだよ」
がっかりしたのか、萃香が机に項垂れてしまった。
「結局、どうするつもりなのかしら?」
レミリアがキラリと光る瞳で八雲紫の事を見る。
八雲紫は目を閉じ考えていたが、何かを思いついたのか、ポンと手を打った。
「封印も無理、追放も不可、退治……は論外。なら、後は……」
「後は?」
「説得するしかないわね」
「説得って……まさか、赤い方の一十百を説得するつもり!?」
レミリアが首を大きく横に振る。
「無理。無理よ!」
「やってみなければ分からないわよ?」
「……それは、赤い一十百に会ってないから言えるのよ」
レミリアの一言に同意するように、うんうんと、魅魔、鈴仙、妹紅が頷く。
赤い一十百に面識のあるメンツは、説得は無理と考えているようだ。
霧雨魔理沙を除いてだが……。
「あら? 魔理沙は大丈夫だと思うの?」
「話くらいは聞いてくれると思うぜ。まあ、くだらん、とか言われて、話し合いにならない可能性があるけどな」
「それは、説得できないっていうのと同じなんじゃないの?」
「それもそうだな」
魔理沙の一言に、やれやれと霊夢が額に手を当てた。
「ねえ、紫。一十百の事を放置って訳にはいかないの?」
「さすがにそれは危険よ。この前みたいな弾幕勝負があったら大変じゃない」
「そのことなんだけど、紫は青い方の一十百も封印するつもりだったの?」
「え? 赤い方の一十百君を封印するから、その過程でもしかしたら……ってことはあるけど。青い方……つまりいつもの一十百君にはなるべく被害を与えないつもりよ」
そこでちょっと霊夢が考える。
確かに、昨晩の弾幕はすごかったわね。
途中で思考が停止したけど、すごく強力なものだったのは覚えてるわ。
でも、それってつまり……。
「紫。覚えてないのかもしれないけど、いつもの一十百だって十分すぎるほど強力なスペルカードを使うわよ。宵闇のルーミアとの勝負を忘れたの?」
「そ、それは……。確かに、あの時の事は覚えてるわ」
「今回の弾幕勝負とこの前の弾幕勝負。それほど大差ないんじゃないの? もし、強力無比なスペルカードを使う事が危険で、封印するって言うなら、いつもの一十百も封印することになるわよね」
「……そうなるわね」
「悪いけど、もしいつもの方の一十百にまで被害が行くようなら、紫が相手でも本気で止めさせてもらうわよ」
「ちょ、ちょっと……。霊夢……」
困ったように八雲紫が頭を抱えてしまった。
威力の違いはあれども、確かに一十百(青)が使ったスペルカードも危険と言えば危険なものがあった。
そう考えると、一十百そのものを封印せざる得ないのだが……。
流石にそれは反対されるわよね……。
現に、霊夢は反対してるし。
こうなったら……。
「もう、ゆかりん、し~らない」
「おい、スキマ。聴いていれば随分と身勝手を言ってくれるな」
「え?」
襖の向こうから眠っているはずの一十百の声が響く。
しかし、いつものような柔らかい声ではなく、どこか威厳の漂うような、深い声だ。
その声を聞いて、レミリア、鈴仙が震え始める。
「さ、ささ、咲夜! 帰るわ! 今すぐ、帰るわよ!」
「はい。では皆様、後の事は任せました」
カチリと時計の針の音が鳴ると、レミリアと咲夜の姿は忽然と消えていた。
「えっと、それじゃ、後は……まかせました――!!」
文字通り脱兎のごとく鈴仙も逃げていった。
「まったく、人が休んでいると言うのに……」
ダンと襖が開き、一十百が姿を現した。
予想していた通り、赤いゆらめきを身に宿しているようだ。
「初めまして。八雲紫ですわ」
「話しは聞いていた。貴様らが言ういつもの一十百が起きる前に、手短に用件を言え。此方はなるべく休養を取りたいのだからな」
「ならお言葉に甘えて手短に言わせてもらうわ。今の状態の……」
「ことわる」
ピキッと八雲紫の眉が動く。
「まだ内容も言ってないのに、いきなり却下されれば誰でも腹を立てますわよ」
「大方、弾幕勝負を控えろ、とでも言うつもりだったのだろう」
「察しがいいわね。正確には、その状態ではスペルカードを使わないでほしいと言うつもりだったわ」
「それは断られて当然ね」
「まったくだぜ」
霊夢と魔理沙が同時にうなずく。
スペルカードが使えないとなると、弾幕勝負がほぼ不可能になる。
幻想郷でのルールにおいて、これはかなり厳しい。
却下されて当たり前と言えば当たり前だ。
「とはいえ、スキマ妖怪。貴様の言いたいことは分かる。幻想郷を守るため考えがあってのことだろう」
一十百が何かをじっと考えるように視線を下に移す。
そして、八雲紫に視線を戻した。
「貴様の提案をすべて却下するつもりはない。かといって、すべて受け入れるつもりもない。故に次の条件が最大限の譲歩だ」
「……聞かせていただけるかしら?」
「貴様らが言う元の一十百の変化する前のスペルカードのみ使用を認める。これが条件だ」
その提案を八雲紫はよく吟味する。
ここで条件を飲まないと、確実に今回の説得は破綻するわね。
それに、この条件なら、安全ね。
八雲紫は大きく頷いた。
「わかったわ。その条件で手を打ちましょう」
「要件はそれだけだな。ならば眠らせてもらうぞ」
ニヤリと一十百は笑うと、そのまま襖を開け寝室に戻る。
その時、一度足を止めると、振り返らないまま一言告げた。
「その条件、努々忘れぬことだ」
「えっ?」
ぱたんと襖が閉まる。
「この展開、どっかで見た気がするぜ」
「ゆ~か~り……」
「え? ええっ? な、何か間違ったかしら?」
「あからさまにマズイわよ! どうするのよ」
「……し~らない!」
そう言って八雲紫はスキマの中に消えていった。
「え~と、説得は上手くいった、でいいのか?」
「いいわけないでしょ――――!!」
博麗神社に霊夢の声が響き渡った。
「頼むから、静かに休ませろ……」
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
一十百の条件:幻想郷を守るために、封印か退治か説得……。まあ、今回は説得という形をとったわ。赤いときの一十百君の時は、変化する前のスペルカードのみ使用可能という事で手を打ったのだけれど……。失策だったかしら……。by紫 また厄介事が増えたわね……。by霊夢 条件は守ってやる。安心しているといい。by一十百(赤)