七仕事目 赤い霧と青い光
いつものように一十百が博麗神社を掃除する。
毎朝の日課であり、一十百にとっては良い目覚ましである。
雨が降っていてもしっかりと掃き掃除から始める。
強風が吹いていても屋根の掃除を欠かさない。
「……赤い、霧?」
けれど、今までと違う朝に出くわした一十百の箒は止まっていた。
その日、幻想郷の空を赤い霧が包み込んだ。
この事を即座に伝えてくれたのは射命丸文である。
いつものように『文々。新聞』を届けに来たとき一十百に詳しく教えてくれたようだ。
「森の湖の先……ですか?」
「その辺りが一番霧が濃かったんです。本当なら潜入取材をしようと思ったんですけれど、招集がかかりまして行くことができなかったんです」
「幻想郷ではこういう霧ってよく出るんでしょうか?」
「いえ、今回が初めてですよ。いいスクープになりそうなんですけど」
「……わかりました。今日、霊夢さんに協力してもらって原因を突き止めてみます」
いつものように朝食をとる。
「霊夢さん、その……」
「何?」
「この霧って、何なんでしょうか?」
「わからないわ。でも、何の被害もなさそうだし放っといて大丈夫よ」
一十百は博麗の巫女である博麗霊夢の活躍を期待したのだが、当の本人には動く気はまったくないようだ。
「でも、霊夢。こりゃ、おかしいぜ。異変じゃないのか?」
「ただの霧よ。そして魔理沙、ここにいるのが当たり前みたいになってるんじゃないの!」
「まあまあ、そこまでのことじゃないぜ。それよりも、一十が気になってしょうがないみたいなんだが」
「そうなの?」
「はい。なんだか、その、いやな予感が……」
博麗霊夢は少し考えると、ぽんと手を打った。
「わかったわ。一十百、調べに行ってあげる」
「本当ですか!」
「ええ、魔理沙がね」
「どうしてそうなるんだぜ!」
「私はいやよ。面倒くさいもの」
「はぁ……。ぐ~たら巫女なんだぜ」
「えと、きっと霊夢さんも大変なんですよ。結界とか、お札作りとか……」
一十百は博麗霊夢が日中何をしているかはよくわかっていない。
本当に忙しいのかもしれないし、ただただお茶を飲んでいるだけなのかもしれない。
「一十、霊夢をあんまり甘やかすなよ。これ以上ぐ~たらになられたらこっちが困るぜ」
「まあまあ。えと……、それじゃ洗濯とお布団干しをやってきますね」
そういって一十百が外に出て行く。
「そういうわけだから、魔理沙任せたわ」
「強引なんだぜ……」
少しすると一十百が戻ってきた。
いつもの明るい表情がすこし沈んでいる。
一十百のこういう表情を見るのは初めてだった霊夢と魔理沙は少し驚く。
「ど、どうしたの? 何かあった?」
「その……」
「手伝えることがあるなら手伝うぜ?」
「……太陽が赤い霧に隠れちゃって、いつもみたいにお布団干しが出来ないんです。洗濯物も上手く乾かなくて」
「なんだ、そんなことか。別にたいした……」
「ちょ、ちょっと待って! もしかして、あのふわふわの布団で寝れないってこと?」
博麗霊夢の表情が急に慌てたものになった。
その表情の変化に唖然となる霧雨魔理沙。
「はい、この天気じゃ……。いままで、雨でも上手くいっていたのに……」
「……一十百、この異変解決するわ! ちょっと用意があるから、夜まで待って!!」
「お、おお、いきなり霊夢のやる気が底知らずになったんだぜ。どうしたんだ?」
「魔理沙、あの布団で寝てみればわかるわ。まだ、少し余韻が残ってるから」
博麗霊夢はそう言うとどこかに去っていった。
どうやら、赤い霧解決のために本格的に用意をするようだ。
「布団って、別に普通の布団なんだぜ」
博麗霊夢の言っていた布団を見ても普通の布団と変わりない。
しいて言えば、少しふっくらしているように見えるくらいだ。
「まあ、寝てみないとわからないからな」
そういって、布団にもぐりこんだ。
直後、霊夢の慌てたわけがわかった。
「これ、本当に布団?」
まるで、太陽の光に包まれているような暖かな心地よさ。
自然と眠気を誘う、やわらかさ。
そして、ふわりと香る太陽の香り……。
今まで自分の使っていた寝具とはまったく違う、それこそ次元が違うほどのものだった。
「これは、確かに……、なくすには惜しいぜ……すぅ……」
「さて、お布団を片付けないと……あれ?」
「すぅ……すぅ……」
一十百が布団をしまおうと戻ってくると、気持ちよさそうに霧雨魔理沙が眠っていた。
「……しまうのは、もう少し後にしましょう」
そういって、そっと一十百が襖を閉めた。
博麗霊夢は異変解決の用意を全力で行っているようだ。
なぜかというと、霊力のような特別な力を持たない一十百から見ても、霊夢の後姿に桁違いの量のオーラが立ちのぼっているのが見えた。
故に声をかけるのは断念した。
霧雨魔理沙は熟睡してしまったため、一十百のやる事がなくなってしまった。
一十百は賽銭箱の前で空を見上げる。
「異変……ですか。やっぱり弾幕を潜り抜けるようなことになるんでしょうか」
一人でつぶやいて、ポケットから三枚のカードを取り出す。
この幻想郷に来て手に入れたスペルカードである。
「む~、三枚しかないんですよね。弾幕を普通に撃てたなら、十分足りそうなんですけど……」
なるべく他の人の足を引っ張らないようにしないと……。
「それには、もう一枚くらいスペルカードがほしいです」
しかし、彼が知っていて尚且つスペルカードを持っている人はそう多くない。
「もう一枚だけ、二人の足を引っ張りたく、ないんです」
静かに一十百が目を閉じた。
その時、確かに一十百から光があふれ出た。
誰も見てはいなかったが、一十百も目を閉じてしまっていたが、確かに淡い青色の光が一十百から放たれた。
「………」
一十百が目を開けたときにはその光はおさまっていた。
変わりに、少し前に食べたはずの鼠妖怪の毛皮が一枚落ちていた。
「あれ? これって……この前森においてきたはすじゃ?」
そっとその毛皮に触れる……。
すると、毛皮は光を放ち始め……一枚のカードになった。
「これって、スペルカード?」
今までと入手経緯は違えど、確かにそれはスペルカードだった。
そっとカードを取る。
「……土天『曇天色の大地』」
カードに描かれた絵は、曇り空と同じ色の地面が描かれた絵だった。
「ね、鼠妖怪だから鼠の絵が描かれていると思ったんですけど……」
確かに曇り空は鼠色といえなくもないが、あまりにもかけ離れている感じではある。
それでも一十百にすればとてもありがたい物だった。
「これで、足を引っ張らずにすむかなぁ」
一十百は赤く彩られた空を見上げた。
「さあ、準備はいい?」
「は、はい! 大丈夫です」
「ふぁあ、よく寝たぜ!」
「……魔理沙、いつまで寝てたのよ」
「アレはそれだけの力があるんだぜ。霊夢、毎朝よく起きれるな」
「いつも一十百に起こしてもらってるから。だいたい朝食の十分前くらいにね」
「贅沢な暮らしだぜ……。いっそ私も宿を借りたくなってくるぜ」
「泊めないわよ」
「ならありがたく……」
「止めないんじゃなくて、泊めないのよ」
こんな他愛のない話をしている二人を見て一十百は微笑んだ。
やっぱり、場数をくぐってきた経験者の実力なのかなぁ、と。
「そろそろ行くわよ」
「はい」
「……ひとつ気になったんだが、いいか?」
「なんですか?」
「一十って空飛べるか?」
「……僕、人間ですよ」
その瞬間、博麗霊夢がふわりと浮き上がった。
「………」
「一応言っておくけど、私は人間だから」
「ついでに私は飛べるぜ。これがあるし」
そういって箒に跨る。
ふわりと霧雨魔理沙も浮き上がった。
「……ぐすん」
「霊夢、どうする?」
「う、う~ん、走って付いてきて」
「いや、さすがにそれは……無理だと思うぜ」
「ほぇ? 走って付いていくことならできますよ?」
目的地は霧の湖……つまりこの前の森の湖だ。
「霊夢さ~ん、魔理沙さ~ん、大丈夫ですか?」
「は、速いわね」
「私が置いてかれるなんて思ってなかったぜ……」
一十百の走力は、空が飛べない分を補って余りあるものだったようだ。
おかげで霊夢は少し息が上がり、魔理沙は飛ばしすぎたため一度木に突っ込んでいる。
「もともと夜の森が悪いんだぜ。暗いし、妖怪も多くなる」
「仕方ないでしょ、用意に時間がかかったんだから」
そんな事を言い合っていると、ふわりと目の前に黒い球体が飛んできた。
「あなたは食べてもいい人類?」
「あ、ルーミア」
「十百なのか~」
ふわりと一十百の上に降りてきた。
「久しぶり~、二日ぶりくらい?」
「それくらいかな」
「「知り合い?」」
霊夢と魔理沙が降りてくる。
その時、周りの気配が変わった。
「……霊夢」
「わかってるわ」
「???」
「見られてるのか~」
一十百をのぞいたほかの三人は気が付いたらしい。
「えと、何かあったんですか?」
「周り、囲まれてるわ」
暗い森の中に赤い光がチラホラ見える。
ずしりと地面を踏む音が聞こえる。
「……まさか」
「はぁ、また低級妖怪ね」
「ギィィ!!」
おおよそ二十の鼠の妖怪が四人を囲んでいた。
「ええぇ、多い」
「ギィィィ!」
「ねえ一十百。あいつらって確かおいしいのよね」
「えと、焼けばおいしいですね」
「そう。食費が浮いて助かるわね」
「霊夢、生きてる状態のアレを見て、よくそういうセリフが出るな……」
一十百が調理して、初めて美味しそうに見えるわけであって、生きている鼠妖怪はとてもじゃないが美味しそうには見えない。
「えと、れ、霊夢さん、お腹がすいたんですか?」
「違うわよ!」
ペシと一十百の頭を叩いた。
「あうぅ……、あれ?」
「どうしたのか~?」
「あの鼠妖怪の歯に挟まってる布って……」
一十百の指差した鼠妖怪の前歯には青色の布が挟まっていた。
「アレって、大妖精の服の布……」
「まさか食べられた?」
「いや、妖精を食べるのか? まあ低級妖怪だから……て、え」
霧雨魔理沙が言葉を止めた。
横にいる一十百から淡い青色の光が漏れ出していたからだ。
「霊夢、あれって……」
「前にあの色の光を一十百の瞳に見たことがあるわ。でも、あんなに燃え盛るような感じじゃなかった」
「十百がおこってるみたい、なのか~」
淡い青色の光は一十百が構えたスペルカードに吸い込まれていった。
すると、そのスペルカードが青色の炎に包まれた。
一十百は素手でスペルカードを持っているので、炎とは別物なのだろうが、揺らめく青色の光は炎に見えた。
「これは……魔理沙! 離れるわよ!!」
「うん? なんだ、離れるのか? 一十じゃこの量は辛いだろ?」
「違う! あのスペカ、まずいわ!」
そういって霊夢が高く飛び上がった。
遅れて魔理沙、ルーミアが飛び上がる。
直後、一十百のスペルカードから強い光が放たれる。
「極星『レヴァル・ハーミステート』」
「おかしい、あのスペカ……箒星『シューティング・ブルーム』のはずだぜ」
「……どっちが本物のスペルカードかしらね」
「え?」
放たれた弾幕は、流星の形をした弾幕だった。
ただ、今までの弾幕と違うのは、一つは速さ。
箒星と比べると倍に近いほど速度が上昇していた。
そして、曲線を描いて飛んでいた箒星と違い、直線状に飛んでいき直角に曲がる。
もう一つは……量。
二十ほどの鼠妖怪一匹に対して三十を超える流星が放たれた。
速度と量、今この時点において一十百は鼠妖怪の利点を全て超えた。
流星が止み森に静けさが訪れる。
残っていたのは全滅した鼠妖怪と、呆然と立ち尽くす一十百だけだった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
赤い霧:どうやら森にある泉の先から出ているみたいです。とうとう太陽まで隠すくらいになってしまいました。どうにかしないと大変です。by一十百
土天『曇天色の大地』:僕の四枚目のスペルカードです。まだ使ってないから効果はわかりません。とっても楽しみです!by一十百
極星『レヴァル・ハーミステート』:一十の箒星『シューティング・ブルーム』が変化したスペカだ。速さも量も段違いに上がった強力なスペカだったぜ。撃っているとき一十には意識がなかったみたいだ…。by魔理沙 気になるわね……。by霊夢