萃香が調味料店店主に案内されている頃、博麗霊夢は目的の人里に到着した。
幻想郷で最も大きい人里だけあって、なかなかの人通りだ。
そんな中、今回の妖怪退治の依頼に詳しそうな人が歩いてくる。
「わざわざ済まないな。私では手に負えない類の妖怪なんだ」
変わった帽子に青銀髪の女性、上白沢慧音が博麗霊夢を出迎えてくれた。
「手に負えないって、どういう事? 里を護るくらいの力を持っているのに、手に負えないのかしら?」
「ああ。なにぶん、数が多くてな……」
「数? 一匹じゃないの?」
「一匹だったのだが、数十匹になっていた」
なにそれ、と霊夢が言おうとした時、微かな妖力に気が付く。
まさか、近くにいるの?
霊夢は辺りを見回す。
すると、近く家の前に置いてある桶の中から、今まで見た妖怪とは違う類の妖怪が現れた。
どこが身体なのか、どこまでが頭なのか、まったくわからない。
まるで、ただの水のような、そんな物体がゆっくりと桶から出てきたのだ。
「……アレ、なに?」
「あれが、退治してもらいたい妖怪だ」
ドロッとした何かが、ゆっくりとこっちに向かってくる。
確かに妖力は持っている、ほんの少しだが殺気も感じる。
明らかに敵対意識を持っているようだ。
「…………」
ええと、どれくらいの力で相手をしたらいいのかしら?
これくらいかしら?
博麗霊夢は、僅かに霊力を纏わせた札を投げつける。
放たれた札は、狙い通りドロッとした何かに向かっていった。
札が向かってきているのにもかかわらず、その何かは避けようとしない。
そのまま札は見事に命中した。
僅かに纏っていた霊力で、ドロッとした何かは見事にはじけ飛んだ。
「弱っ! こんなに手加減したのに、はじけ飛んじゃったわ」
「一匹当たりの強さは、妖怪とは思えないほど弱い。問題は、その数の多さなんだ」
「今のだけじゃないの?」
霊夢の問いに対して、慧音が頷く。
「この人里のいたるところに、先ほどの奴がいる。私ひとりじゃ退治しきれなかった」
「はぁ~、これまた面倒な妖怪ね。で、名前はなんていうのよ? アレとか、それとかじゃ、分かりにくいじゃない」
「名前? 霊夢、君も知らないのか」
「知らないわよ」
困ったといったように、慧音はため息を吐いた。
「私も、その妖怪の名前を知らない」
「……ま、名前なんてどうでもいいわね。とにかく、手分けして片っ端から退治していくわよ!」
こうして、霊夢は慧音と協力して、ドロッとした妖怪を退治していくことになった。
同じころ、一十百も何とか目的の人里に到着した。
妖怪の山の麓に近い人里のためか、山側に面している方に木で作られた柵が設置されていた。
「こういう対策がしてあるってことは、山の妖怪の被害があるってことなのでしょうか……」
そんなことを考えながら人里の中に入っていく。
すると、すぐに人里に住む人達が集まってきた。
「おお、博麗の巫女様ですね。お待ちしていました」
僕は巫女じゃないです、って言ったら混乱しそうですから、ここは巫女という事にしておきましょう。
「は、はい。妖怪退治、という事で、こちらに呼ばれたようですけれど、一体どのような妖怪なんでしょうか?」
「先日、そこの里道を歩いていたのですが……。じっと、里の方を睨んでいる妖怪がおりましてな、怪しいと思って声をかけたのです。そうしたら、射殺すような目つきでこちらを睨み、そのまま去っていったのです」
くわばら、くわばら、と周りの人々が小声で話す。
しかし、一十百は少し疑問に思う。
「……あれ? 別に、害をもたらす妖怪ではないみたいですけれど」
「いんや、里をあんな風に睨んでいたんですから、何か悪事を働こうとしておったに違いありません」
「そうでしょうか……。う~ん」
この里の方々は長年にわたって、妖怪の山の隣に住み続けていたはずです。
だからこそ、妖怪の動きに過剰に反応してしまっている……。
ここで、僕が依頼を断れば、より一層大事にしかねません。
仕方がありません、ここは依頼を受けることにしましょう。
一十百はコホンと一度咳払いする。
「分かりました。その妖怪に害意があるか、一度会って確かめてみます。もしも、害意があるなら、その場で退治してきましょう」
「妖怪なのですから、即刻退治したほうがいいのではないでしょうか?」
「そういうわけにはいきません!」
ダンと一十百が地面を強く踏む。
一十百の小柄な見た目からは想像できないほどの、威圧感が溢れ出る。
里の人々はその迫力に驚き、一歩下がった。
「妖怪も生き物であり生活をしているんです。敵意も害意もない妖怪を、意味もなく退治する。それは退治ではなく虐殺です」
ギュッと一十百が拳を握る。
「巫女として、妖怪退治は引き受けました。けれど、虐殺は引き受けるつもりはありません。努々、忘れることの無いよう」
「は、はい」
一十百は、そう言い残すと妖怪を見たという里道にゆっくり向かっていった。
一方、調味料店店主に案内され、妖怪の出た辺りまで歩いてきた萃香。
「この辺りにいるはずだ。間違いねぇ」
萃香が辺りを見回すと、野菜の食いかけのようなものが、バラバラと散乱している。
「こりゃ酷いね。ここらの野菜は人里のもんだろ?」
「ああ。あいつら、畑を食い荒らしやがって」
「うん? なんだ、どんな妖怪か分かってるのかい」
「そりゃな、毎日追い払ってるから見ているぜ。デカい、鼠みたいなやつだ」
それを聞いて、萃香はなるほどと頷く。
十百が、よく退治してくるあの鼠妖怪か。
「なんだ、アイツらか。大したことなさそうだね」
「いや、周りの奴らは大したことねえんだが、一匹厄介な奴がいてな、手に負えねえんだ」
「厄介な奴?」
萃香が、さらに尋ねようとする。
そのとき、辺りから獣の鳴き声が響いてきた。
一匹、また一匹と、鼠妖怪が姿を現す。
いつの間にか、十数匹の鼠妖怪に囲まれる形となってしまっていた。
「数ばかり揃えてやって来たね。まあ、この程度なら、問題ないけどね」
「あのデカいのは、いねえな。よし」
ガシッと両拳を合わせて、調味料店店主が頷く。
そして、全身に力を入れるように、拳を握った。
「なんだ、アンタも手伝ってくれるのかい? まあ、一匹くらいは……」
「ぬうぅん!」
萃香の言葉を遮って、調味料店店主が両腕を直角に曲げた。
次の瞬間、メリッという音と共に、着ていたシャツがはじけ飛んだ。
「へっ?」
萃香が唖然として、店主の方を向く。
そこには、筋肉の塊のような男……いや漢が立っていた。
丸太のような腕は、さらに一回り太くなり、広かった背中には筋肉の壁が出来上がっていた。
「さあ来い、鼠ども。人里の怒りを知れっ!」
「ギ……、ギイィィ!」
一匹の鼠妖怪が店主に向かっていく。
いくら鼠妖怪が弱小妖怪と言っても、ただの人間が相手をするには強大すぎる。
鼠妖怪が、店主の首をかみ切ろうと、跳びあがる。
その牙は、狙い違わず調味料店店主の首に突き立てられるはずだった。
しかし……。
「うおおぉ!」
その鼠妖怪の斜め上から、調味料店店主の拳が振り下ろされたのだ。
まるで、蝿でも叩き落とすかのように、振り下ろされた一撃は、鼠妖怪の頭蓋に直撃する。
バクンと、重い衝撃音が辺りに響く。
そのとき萃香が見たものは、あらぬ方に首がまがった鼠妖怪が、地面にたたきつけられ、大きく跳ねたのち、絶命した光景だった。
「……え? あれ? 妖怪退治を依頼する必要あった?」
「こいつらじゃねえ。もっとデカいのがいる。そいつを退治してほしいんだ。こいつら程度なら、俺一人でも問題ねえ」
こいつら程度って……、一応妖怪で、人間には手に余る奴らなんだけどねえ。
そんなことを考えていると、また一匹鼠妖怪が向かってくる。
今度は萃香を狙っているようだ。
「全く、実力の差くらい、わかってほしいところだけどね」
跳びかかってきた鼠妖怪に向けて、萃香の拳が突き刺さる。
流石は鬼と言ったところ、一撃で鼠妖怪を亡き者にした。
「ギ、ギィィ……」
二匹の鼠妖怪が一撃のもとに仕留められたのを見て、周りの鼠妖怪が恐れるように一歩退く。
「やれやれ、そのデカいの出てくるまで、こいつらを退治しておくとするかね」
同じころ、妖怪退治に奮闘している二人がいた。
「このっ、まだいるの!」
面倒くさそうに霊夢が札を投げる。
ビシャッという音と共に、ドロッとした妖怪がはじけ飛んだ。
「これで何匹めよ……。こんなに人里に入り込んでいたなんて」
人に対しては被害がないとはいえ、食べ物とかを勝手に溶かしていくから退治しないといけないし……。
全くもって面倒ね。
やれやれと今退治した妖怪の残骸を見る。
「……あれ?」
今さっきまでなら、はじけ飛ばした後、溶けるように消えていくのだが、今回はそのままの状態で残っている。
そして、その残骸がゆっくりと一方向に向かって動き出した。
「……どうなってるのかしら。さっきまでとは違う反応をしてるわね」
博麗霊夢は疑問に思いながらも、札を構える。
殺傷能力はほとんどないとは言え、いきなり襲いかかられたら厄介だ。
しかし、ドロッとした妖怪の残骸は、一方向に向かって進んでいくだけだ。
「私に向かってくるわけでもなく、散り散りになって逃げるわけでもない……」
もしかして、こいつら散り散りになった身体を集めてる?
……そうなると、こいつらの向かった先に本体がいるみたいね。
霊夢は構えた札を下ろす。
そして、そのまま、ドロットした妖怪の後を追うことにした。
途中、同じように妖怪の残骸を追ってきた慧音と合流し、博麗霊夢は自分の考えを伝える。
慧音も似たような考えだったようで、ちょうどよかったと頷いた。
二人が妖怪の残骸の後を追っていくと、里の一番端にある古井戸にたどり着いた。
「あの井戸は?」
「かなり前から使われていない井戸だ。里の中央に大きな井戸ができたから、誰も使わなくなった」
「さっきから退治している妖怪、水っぽい妖怪だったから、湿り気の多い場所を好んでるのかもしれないわね」
二人が話をしているうちにも、次々と退治してきた妖怪の残骸が井戸の中に入っていく。
そして、辺りから妖怪の気配が消える。
その代りに、今までより遥かに強力な妖力が、井戸の中からあふれ出す。
「ようやく、本番ってわけね」
博麗霊夢が片手に札、片手にお祓い棒を構える。
流石に、そこらの弱小妖怪より強い妖力を持ってるわね。
さて、どんな姿をしているのかしらね。
キッ、と霊夢が古井戸を睨み付ける。
まるでそれに合わせたかのように、古井戸から何か巨大な塊が飛び出した。
二人の足物の影を飲み込むように、大きな影ができる。
「大きい!」
急いで二人が後ろへ飛びのく。
先ほどまで二人のいた位置を飲み込むように、ズシンと巨大な塊が降り注いだ。
「さあ、どんな……」
姿をしてるのか、と続けるはずだったのだが、出てきた妖怪の姿を見て、霊夢は冷たい視線を、その妖怪に向ける。
「……ただ、大きくなっただけじゃない!!」
博麗霊夢の言った通り、先ほどと全く変わらない、水のようなドロッとした身体を持つ妖怪のままだ。
確かに妖力は上がり、その大きさは桁違い大きくなっていた。
しかし、その愚鈍な動きは、どう見ても弱小妖怪のものだった。
「はぁ~。ま、腕力に物を言わして退治できそうにないから、ある意味、私が適役だったのかしらね」
やれやれと言ったように、札に霊力を込める霊夢だった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
妖怪退治-霊夢:なんか、ドロッとした、水みたいな妖怪の退治を頼まれたわ。霊力をほんの少ししか纏わせてない札でも、はじけ飛ぶほど弱かったわ。少しして、一カ所に集まったから、かなり強力な妖怪になるかと思ったんだけど……、ハズレね。by霊夢 RPGとかで最初に出てくるような相手、のことでしょうか?by一十百
妖怪退治-萃香:鼠妖怪の親玉が相手みたいだよ。先に周りの奴を退治していけば、自ずと姿を現すと思う。それと……思ったより、横にいる店主が強かったよ。こっちは心配いらなそうだ。by萃香 いつから人間がここまで強くなったのかしら……?by紫
妖怪退治-一十百:人里のことを睨んでいた妖怪がいたようです。悪意があるのか、それとも、ただ見ていただけなのか……。まずは会ってみないとわかりませんね。by一十百