霊夢と萃香がお茶を飲みながら、お互いの妖怪退治の報告をしあう。
色々長くなりそうだという事で、鼠妖怪の死骸は一十百が作った氷室の中に入れてある。
巨大な鼠妖怪だけは、氷室に入りきらなかったので、人里離に頼み凍らせてある。
「……と言うわけさ。一応、騒ぎは起こしてないよ」
「ならいいわ。私の方も、離さんが手伝ってくれたおかげで何とか無事だったし」
そう言って霊夢はお茶を飲む。
「それで、そっちの人里離だっけ? なんでわざわざここに来たんだい?」
「外の世界に帰るためってのが一つ。他には、そうだね……、会いたい人がいてね。たぶんここに宿を借りてると思ったんだけれど……」
「宿を借りてるって……十百のことかい?」
「ああ、やっぱりここにいるのか。部屋の掃除のされ方が彼のやり方に似ていると思ったよ」
少し懐かしむように、部屋を見渡してそう言った。
人里離から一十百の名前が出たため、博麗霊夢は驚く。
そこまで有名ではないはずの一十百を知ってるなんて。
それに外来人ってことは、もしかして……。
「あの、離さん。ちょっといいですか?」
「どうしたんだい霊夢君」
「えっと、もしかして、一十……」
そこまで言いかけたとき、シュタンという音と共に風が舞った。
「霊夢さん! 聞きましたよ、特ダネじゃないですか! 外来人の方が来ているって!」
「あのね~……、もっと静かに登場できないわけ?」
メモ帳とペンを構えて、射命丸文が降りてきたようだ。
「おや、射命丸文君か。本当に新聞のネタを探して幻想郷を飛び回っているんだね」
霊夢と一緒にいる女性を見て、目を輝かせる。
「貴女ですね、噂の外来人さんは! どうやら、私のことはご存じのようですから、自己紹介はいいですよね。時間がもったいないですし!」
「取材かい? まあ、ほどほどなら、協力してあげるよ」
「本当ですか! では、さっそく……」
射命丸文がペンを一回転させ、メモ帳を開く。
大事な部分を聞きのがすまいと、記者魂全開だ。
「では、まず、簡単な自己紹介をしていただけませんか?」
「私は人里離。種族は邪霊人。見ての通り性別は女性だよ。外来人という括りでもあるね」
「邪霊人ですか? 聞いたことの無い種族ですね。外の世界では、有名な妖怪なんでしょうか?」
「いや、一人一種族だと思うよ。なにせ、私がそう呼ぶようにしたのだからね」
なるほど……、と言いながら、射命丸文は着々とメモを取っていく。
横で見ている霊夢と萃香は呆れ顔だ。
「では、そうですね、親しい異性のことを……」
「ちょっと、文、そういう事は聞くものじゃ……」
「一番親しい異性なら、一十君だね」
「「へっ……?」」
あっさりと人里離が答える。
けれど、その口から出てきた名前を聞いて二人の動きがピタリと止まった。
射命丸文に至っては、手に持ったペンを落としてしまっている。
二人の反応を見て、人里離は軽く首をかしげた。
「どうかしたのかい?」
「……コホン。これは、ちょっと真面目に追及……いえ、取材をしないといけないようですね」
「そうね。文、こってり……いや、しっかりと頼むわ」
落としたペンを拾い、射命丸文は一度深呼吸をする。
「え~、では、一十君……つまり十百さんとの関係について少し」
「そうだね……。少なくとも赤の他人よりは、ずっと親しい関係のはずだよ」
「そ、その根拠は?」
「同じ屋根の下で生活していた。特別な時間を共有してくれる。そして、なによりも、私が彼を大切に思っているからね」
淡々と答えているが、射命丸文と横で聞いている博麗霊夢にとっては驚愕の新事実だ。
一十百にそういう女性がいたなんて話は聞いていない。
けれど、人里離が嘘を言ってるようにも見えず、何より“彼を大切に思っている”と言った時、あまり表情の変化しない人里離が優しげな表情をしていたのだ。
これは、確実に……、いえいえ、まだ決まったわけではありません。
もう少し追求しないと。
「そ、そうですか。その、詳しいことを聞くようで悪いのですが……、同じ布団で夜を共にした経験は……」
「あるよ。まあ、三回ほどだけどね」
「「なあっ!」」
それがどうかしたのか、という程に、あっさりと答える人里離。
バラバラと射命丸文の手からメモ帳とペンが落ちる。
そして、そのままガクンと両手を地面につけた。
「ふ、ふふふ……。そりゃ、私になびきませんよね。こういう方がいらっしゃるんですもの……。十百さんも人が悪い……」
「……所詮、外の世界と幻想郷。相容れぬものがあったのよ……。今までの私の苦労って……、一体……」
どんよりとしたオーラを纏いながら二人が愕然としているのを見て、人里離は今回の質問の意図を考える。
そして、ああ、なるほどと頷く。
人里離は、くすっ、と笑って二人に話しかけた。
「ああ、質問の意味を誤解していたよ。先に一十君との関係を、しっかり説明しておけばよかったみたいだね」
「……親しい間柄なんですよね。それは、もう、夜を共にできるくらいに」
「そう卑屈になるものではないよ。一十君は私の弟だよ」
「はいはい……は? え? お、弟?」
ガバッと二人が顔を上げる。
霊夢も文も驚きを隠せないと言った表情だ。
「そう、弟だよ。まあ、血は繋がっていない、いわゆる義理の弟だけどね」
「ええっ!? 十百さんって、姉がいたんですか!」
「……あ。そう言えば、かなり前にそんな話を聞いたような……。あの電車を持ってきた頃だったかしら」
かなり前のことだが、確かに博麗霊夢は一十百から姉の存在を聞かされていた。
主のログ豪邸に一緒に住んでいるとか……。
「同じ屋根の下……と言うのは」
「彼の主の屋敷は大きいからね。そこに何人も住み込んでいるんだよ。私もその一人だ」
「特別な時間の共有って、姉弟の間柄の事?」
「そうだよ」
くすくすと人里離が笑う。
「何と勘違いしていたのかなんて、意地の悪いことは言わないから、安心してくれていいよ」
「うっ……」
「いや、その……」
二人は困ったように顔を赤らめる。
紫とは違った意味で掴み所のない女性ね。
なんだか、いいように振り回されてる気がするわ……。
そういうところは一十百に似ているのかしら。
「それでは、えっと、同じ布団で夜を共にしたというのは?」
「二人が考えていたようなことは全くないよ。いろいろ彼の話を聞いているうちに眠ってしまったことが二回。後の一回は、まあ、姉として弟を抱き枕にしたいという、ちょっとした願望だね」
「……その感想は?」
「とてもリラックスできたよ。彼の来ている服のせいかもしれないけれど、太陽と若草の香りがして、お昼寝感覚でぐっすり眠れたよ」
なるほど、なるほど、と言いながら射命丸文はメモを取っている。
今さっきまで愕然となっていたのが嘘のようだ。
「それでは、十百さんに対して、異性としての好意は持っていないと」
「全く持っていない、というと嘘になるね。彼が魅力的な男性であることには変わりないからね。けれど、さすがに唯一無二の人、つまり恋人にするつもりは無いから安心してほしい」
その一言を聞けて、安堵のため息が二人から漏れた。
「さてと、それじゃ、ここからは私がちょっとだけ二人にお話をしてあげようかな」
「お話ですか?」
「一十君のことについてだよ」
「是非!」
キラリと射命丸文の瞳が光り、人里離の前に正座する。
その隣に霊夢も正座する形になっている。
「それじゃ、率直に聞くけど、二人は一十君に異性としての好意を持っているかい?」
「「えっ……」」
全く前振りの無い、重大な一言である。
これは、困ってしまいました……。
無いと言えば、嘘になってしまいますし、あるといえる程のものなのかは、わかりませんし……。
くっ、新聞記者である私が、こうもあっさりと止められるとは。
「まあ、すぐに答えられるとは思ってないから、大丈夫だよ。一応、ある、という前提で話を進めるよ」
人里離は少し目を細める。
「これから私が話すのは、彼への異性としてのアプローチの仕方、と言ったところだよ」
「それは聞きたいわ!」
バッと霊夢が前に乗り出す。
まさか、こんなところで、有意義な情報が手に入るとは思ってなかったわ。
一十百の姉なんだから、さぞや有力な情報を持っているはず……。
「おや、まさか霊夢君の方が反応するとは思ってなかった。まあ、深くは追及しないけれど、それなりのアプローチをとったことはあるかい?」
「……ある、わ」
「霊夢君なら、そうだね……、眠っている一十君の寝室に行くくらいのことはしそうだ」
「うぐっ……」
まさにその通りであったので、言葉に詰まる霊夢。
どうしてそこまでわかるのよ……。
心でも読んでるのかしら?
「どうやら、私の思っていたくらいの事はしていそうだね。けれど、結果はあまり芳しくなかったのではないかい?」
「……ええ。悔しいけど、完全敗北もいいとこだったわ」
「まあ、彼は、女性の肌を見慣れているからね。ただの色仕掛け程度じゃまったく効果がないと思う」
「は、はいぃ!?」
またもや、あっさりと驚愕の事実が飛び出す。
驚き疲れつつある二人だが、しっかりと聞いておかないと、後々になって後悔するのは目に見えている。
「誤解しないであげて欲しいのだけど。別にやましい気持ちがあって、女性の肌を見慣れているというわけじゃないよ。一十君の外の世界での仕事は、何をやっていたか聞いているかい?」
「確か、執事……って言ってた気がするわ」
「そう、一十君は外の世界で執事をやっている。そして、その主は女性。ここまで言えば察しはつくかい?」
コクリと霊夢が頷く。
「その主の着付けを手伝っているから、女性の肌は見慣れているってわけね」
「そう。つまり、一十君に異性としてのアプローチをするなら、肌を見せたりするようなものだと効果が薄いというわけさ」
まあ、彼の前でいきなり脱げば多少は効果があるけどね、と人里離が付け足す。
もちろん、そんなことができるわけないと、二人は無理と首を横に振る。
「服を着崩して肌を見せたり、よろけた拍子に絡む程度じゃ彼には伝わらない。そうなると、やれることは限られてくる」
霊夢と文が一言たりとも聞き逃すまいと、息を飲む。
人里離は次のように一言。
「押し倒すのが一番かな」
「なるほ……ええっ! 押し倒す!?」
「そう、押し倒す。彼の正面からね。その後すぐに、唇を奪えればなお良し」
「恐ろしく簡単に言いますけど、さすがに無理ですって!」
「けれど、そのくらいしないと一十君はアプローチだと気が付かないよ。姉の私から見て、彼は異性の事、特に恋愛ごとに対して致命的なほどに鈍感だと思うからね」
「「確かに……」」
それなりに長い間、一緒に過ごしてきた霊夢にも、秘密を探ろうとしてきた文にも、それは理解できていた。
人里離の言うとおり、押し倒すくらいのことでもしなければ、今の状況を打破できない。
下手をすれば、押し倒しても気が付かれない可能性があるほどだろう。
そういう意味では、恐ろしく的確な行動を示唆してくれたはずだ。
とはいえ……。
「いや、無理。さすがに無理よ」
「ええ。これは、かなりの心構えが必要になりますね」
二人が頬を赤らめながら、難しい表情をしているのを見て、人里離は一度頷く。
「それなりに好意のある異性を押し倒し、なおかつ唇を奪う、というのは確かに簡単にできることじゃない。それは同じ女性として理解しているつもりだ。だから、次善の策も用意してある」
「「次善の策?」」
そうだよ、と人里離が頷く。
「まあ、押し倒すことが前提だけどね。自分の額を一十君の額に軽く当てる、これだけだよ」
「……それって、効果があるんでしょうか?」
「押し倒すだけに比べれば、絶大な効果があるはずだよ。ポイントは、そっと額を当てるという事と、押し倒してから一呼吸おいてから行うという事の二つ」
「その、詳しく説明してもらっていい?」
霊夢も文と同じように理解できていないようで、人里離に説明を頼む。
「簡単に言えば、事故でも偶然でもない、と一十君に教えるようなものさ。押し倒すだけじゃ、よろけたのかもしれないと思われてしまう。けれど、額をそっと当てることによって“これは私なりのアプローチ”という事を、しっかり伝えられる」
「だから、そっと当てる必要があり、一呼吸置くことで事故ではないということを十百さんに……、なるほど。確かに、効果がありそうです」
「あっさりと、こんな作戦を……。恐るべし、人里離」
霊夢も文も、なるほどと言って考え込んでしまった。
今までとは全く別の方法のため、色々と心の整理が必要なのだろう。
人里離は、軽く微笑み、外を眺める。
そろそろ、一十君が帰ってくるころかな。
ちょっと変わった助言をしてしまったけれど、まあ、彼なら大丈夫だろう。
そんなことを考えていると、くいくいと服の袖が萃香に引かれる。
「ちょっといいかい?」
「どうしたんだい、萃香君」
萃香は二人の様子を見て、小声で話す。
「さっきのアプローチのことだけどさ、普通に言葉で伝えればいいんじゃないのかと思ってね」
「その手もあったね。まあ、そのあたりは彼女たちに任せるさ」
いや、そこは伝えるべきじゃ……、と萃香は心の中で叫ぶのだった。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
人里離の関係:十百さんの義理の姉だという事が発覚しました! 確かに大人びた雰囲気や、面倒見のよさそうなところが姉という感じですね。十百さんとは同じ屋敷に住んでいたみたいです。by文 一十百のことを大切に思っている、いい姉だと思うわ。by霊夢
アプローチ:押し倒す……、らしいわ。確かに今までのやり方じゃ、まったく効果がなかったけど……。さすがにこればかりは気軽にできそうにないわ。最善の策で、唇を奪う。次善の策で、額を軽く当てる。どっちも、その、難しいわよ……。by霊夢 それをあっさりと私たちに伝える離さん、恐るべし……。by文