八十二仕事目 四季の花は異変の証
寒かった冬も終わり、幻想郷はだんだんと暖かくなってきた。
少し強めの暖かな風が吹き、眠っていた草花が起きるように、風景が緑色に染まっていく。
そう、春が来たのだ。
「う~ん、気持ちのいい朝ですね」
大きな伸びをし、一十百が神社の掃除を始める。
シャッシャッという、小気味の良い箒の音が辺りに響く。
「それにしても……、もう桜が咲いています。幻想郷の桜は少し早咲きなんでしょうか?」
桃色の花を見ながら、一十百は少し散っている花びらを掃き集める。
まだ冬は明けたばかり。
それなのに、博麗神社の桜は満開に近くなってきている。
一年前は、西行寺幽々子が起こした異変によって、冬が長かった。
そのため、桜の咲く期間が大幅に遅れたのだ。
なので、一十百は幻想郷の桜の開花時期を知らない。
もしかしたら、早咲きの桜が多いのかもしれない。
そんなことを思いながら、一十百が箒を動かす。
「せっかくだから、お花見でも……えっ!?」
博麗神社の石畳を掃き終えた一十百は、神社の裏手に回り掃き掃除を続けようとする。
しかし、そこで見たものが一十百の手を止めてしまった。
「ひ、向日葵!? あれ? 今、冬明けたばかりじゃ……」
神社の裏手に数本、大輪の向日葵が花を開かせていた。
早咲きの桜は分かるが、早咲きの向日葵にしては早すぎる。
何かの妖怪なのかもしれないと思い、そっと近づく。
「……やっぱりただの向日葵ですね。この向日葵たちだけ、変わった時期に咲くのでしょうか?」
腕組みをして、一十百はコテンと首をかしげる。
外の世界には、娯楽施設で時期外れの花を咲かせたりしている場所がいくつかある。
それはあくまでも人の手が入ったものだから可能なのであって、こんな風に自然的に咲くようなものではない。
向日葵と言えば、夏の代名詞。
こんな春先に咲くものでは決してないはずだ。
「何か、幻想郷に異変が起こってるのでしょうか」
少しだけ強い風が吹き抜けていく。
掃き集めていた砂や花びらが少し舞う。
その風に乗って、ある香りがふわりと漂ってきた。
その香りに一十百は驚き、風の吹いてきた方に振り替えった。
「この香り……、間違いありません! キンモクセイの香りです! でも、あれは秋の花……」
キンモクセイにも種類があり、四季咲きキンモクセイなら確かに春に香る事もある。
しかし、少なくともこの辺りでそれを見たことがない。
そもそも、四季咲きキンモクセイは小さ目の木で、それほど遠くまで香るような大きなものではない。
そうなると一般的な秋に香るはずのキンモクセイのはずだ。
「明らかにおかしいです。これは間違いなく異変ですね。でも、誰が何のために花を咲かせてるんでしょうか……」
こんな時頼りになるのは、情報通の文さんですね。
異変に気が付き、すぐにここへ飛んできてくれるはずです。
一十百は舞ってしまった砂と花びらを一瞬で掃き集めると、ゆっくり台所へと向かっていった。
少しして、風を切る音と共にシュタンと誰かが神社に降り立った。
まあ、言わずもがな射命丸文である。
博麗神社に咲き乱れる花々を見て、カメラを構える。
「ここでも四季折々の花が咲いていますね。確か、忘れるくらい前にもこんなことが……」
「あ、おはようございます文さん」
風切り音に気が付いたのか、一十百が外に出てくる。
その手には、お茶が持たれている。
どうやら、台所に向かったのは、このためのようだ。
「はいどうぞ。今日も朝早いですね」
「いえいえ、十百さんほど早くはありませんよ。あ、お茶ありがとうございます」
お茶を飲みながら射命丸文が辺りを眺める。
「こんな風に四季の花が咲き乱れる……。まあ、さすがに十百さんも気が付いていると思いますが、異変です」
「やっぱり……。でも、一体誰が?」
やはり異変の首謀者が誰なのか、一十百も気になるようで、射命丸文を見る。
射命丸文の幻想郷最速の二つ名は伊達ではない。
表情を見るに何も掴めずにここに来たわけではないようだ。
「……心当たりがないわけじゃないのですが」
「ぜひ教えてください!」
一応、博麗の巫女見習いとしてなのか、それとも幻想郷の異変を解決するのが楽しくなってきたのかは分からないが、一十百は目を輝かせて文に尋ねた。
しかし、射命丸文は、なんだか言いにくそうな表情を浮かべる。
「自分で言うのもどうかと思いますが、確証がないんですよ。無駄足になるだけなら、いいのですが、場所が場所ゆえ、お話していいのか悩みます」
「そんなに危険な場所なんですか?」
「はい。たぶん、幻想郷で一、二位を争う危険区域です」
射命丸文の情報は、誤報が一つか二つくらい必ず混じっている。
しかし、そのわずかな誤報を除けば、かなり正確で間違いのない情報なのだ。
その射命丸文が危険だというのだ。
間違いなく、その場所はかなりの危険区域なのだろう。
けれど、一十百の瞳には迷いの光が映ることはなかった。
一十百は、そっと文に話しかける。
「……大丈夫ですよ、たぶん」
「うわぁ、何故、今“大丈夫ですよ”で言葉を切ってくれなかったんですか。最後の“たぶん”のせいで、とてもじゃないですけど教える気になれませんよ。心配すぎます」
「そ、そうですか? う~ん、困りました」
一十百が少し顔を俯かせ悩む。
そして、何かを思いついたのか、ポンと手を打った。
「それじゃ、文さん。この異変の首謀者を特定して、解決するまで一緒に行動してくれませんか?」
「……へ?」
珍しく、射命丸文がキョトンとした表情を浮かべる。
「文さんが心配してくれているのは、よく分かります。でも、博麗神社に住まわせてもらっている者として、さすがにこのまま異変を放っておくわけにもいきません」
そこで、と一十百が続ける。
「今回の異変解決、もしくは原因究明に同行してくれませんか? そうすれば、僕の知らない危険な場所でも、文さんが一緒なら何かいい方法を見つけてくれるかもしれないじゃないですか」
「それは、そうかもしれません……。いや、でも、その……、一緒に行動するとなると、その、いろいろ心構えとかが……ごにょごにょ」
射命丸文は一十百から少し視線を外して、軽く指先を合わせたり離したりする。
文には文なりに悩みのようなものがあるのだろう。
主に、一十百との距離感等のことなのだろうが……。
しかし、そういうことに関して、絶望的なほど鈍感な一十百。
射命丸文の悩みを察することなど出来るわけもなく、そっと文の両手を包むように握る。
「ふぃっ!?」
ボンと射命丸文の頭から湯気が噴き出す。
文の頬が真っ赤に染まっているのだが、一十百は気がつかないようで、にっこり微笑む。
「いざとなったら、僕がお守りしますから。お願いできますか?」
「え、は、はははははい! おまかせください!」
ブンブンと文は大きく頷いた。
「それで、心当たりの場所のことですが……」
一旦落ち着くため、射命丸文はお茶をゆっくりと飲みながら話す。
この後、一緒に行動するとなると、ここで下手を踏むわけにはいきません。
……それに、せっかくですし、少しくらい遠回りをしても、罰は当たらないはずです。
そうですよ、何せ確証もないのです。
可能性のありそうなところをいくつか回ってから、その後、目的地に向かえば問題ないはずです。
よし、と心の中で大きく頷く。
射命丸文は、コホンと勿体つけたように咳払いをする。
「十百さん。今回の異変の首謀者がいる場所の心当たりなのですが……、いくつかあるのです。なので一つずつ順に確かめていくとしましょう」
「えっ、そうなんですか? てっきり、さっき言ってた危険な場所にいるのかと……」
「そ、それもそうなんですけれど、ほら、首謀者は意外な人物だったりするものなんですよ」
「なるほど……」
一十百は納得したように頷いた。
「でも、そうなると、時間がかかってしまいそうですね。異変解決のために僕が今日一日費やすのは問題ないのですが、文さんまで一日費やすのは……」
「いえいえ、お気になさらず。十百さんとい……、コホン、異変解決と言えばネタの宝庫ですから。仮に一日費やしても問題はないです、むしろ費やしたいくらいです」
なんだか文さん、気合が入っているというか、何というか……。
う~ん、やっぱり異変だから記者魂が騒ぐのかなぁ。
グッと、拳を握っている文を見て、一十百はそんなことを考える。
「それでは、すぐに出発しましょう。ネタは鮮度が大事ですからね」
「え、もう出発するんですか? せめて霊夢さんが起きてからでも……」
その言葉を聞いて射命丸はハッとした表情になる。
もしも、ここで霊夢さんが起きてきてしまったら、私が練った計画が台無しに!
何とかうまく説得して、一旦博麗神社を離れないと……。
「ほら、今回は行く場所が多くなるかもしれません。なるべく早く出たほうがいいと思いますよ」
「えっ、それは、そうですけれど……」
「それに、この程度の異変なら、霊夢さんの手を煩わせるほどでもないですよ」
「……確かにそうかもしれませんね」
一十百はポケットから一枚の紙を取り出し、さらさらと何かを書いていく。
どうやら、書置きを残していくようだ。
博麗霊夢が起きてきたとき分かりやすいように、机の上に畳んでそっと置いていく。
「これで良しっと。それでは、文さん、案内をお願いします」
「任せてください。しっかりと異変を解決できるように、お手伝いしますよ」
そう言って二人は博麗神社を後にした。
二人が出ていった数分後、博麗霊夢がゆっくりと起きてきた。
いつもなら、起きるのはもっと後、今日は随分と早い目覚めだ。
「なにかしら……。胸騒ぎがするというか、巫女としての勘がざわめくのよね」
小さなあくびを一つして、軽く目をこする。
いつもなら、この辺りで“おはようございます、霊夢さん!”と一十百の声が聞こえてくるのだが……。
「……聞こえてこないわね。箒の音も聞こえてこないし、どこに行ったのかしら?」
ふらふらといくつかの部屋を見て回る博麗霊夢。
台所にもいなかったし、お風呂場にもいなかったわ。
外の井戸の所にもいなかったし、どこに行ったのかしら……。
いくつか部屋を回った後、机の上を見てみると置手紙のようなものが置いてあるのに気が付いた。
「一十百からかしら?」
畳まれていた手紙を開き、ゆっくりと読み上げる。
そこには達筆な字で次のように書かれていた。
「え~、なになに“おはようございます霊夢さん。何やら幻想郷に異変が起こりつつあるようなので、原因究明に行ってきます。なるべく早く戻るつもりですけれど、遅くなるかもしれませんので、こうして書置きを残しておきました” ……なるほどね」
霊夢が外を眺める。
そこには四季折々の花に彩られた神社の景観があった。
随分と鮮やかな異変ね……。
ふぅと軽くため息を吐く。
「やっぱり私の勘も捨てたものじゃないわ。まあ、一十百が解決しに行ったのなら、別に急ぐ必要はないわね」
そう言って、手に持っていた一十百の手紙を畳もうとする。
そのとき、まだ何か書かれているのに気が付き、読み直す。
「“追伸 文さんが異変の首謀者がいる場所に心当たりがあるそうなので、案内してもらうことになりました” ……って、ええ!?」
ガタッと座りかけた霊夢は立ち上がる。
射命丸文の情報を疑っているわけではない、問題はもっと別の所にある。
まさか、文と一緒に行ったなんて……。
くっ、これは急いで出発しないと、面倒なことになり得るわ。
寝巻を脱ぎ、いつもの巫女服に着替え、博麗霊夢は地面を蹴って飛び上がった。
「文の奴……、一人だけ美味しいところを持っていったつもりでしょうけど、そうはさせないわよ」
目指すは一十百の所ではなく、今回の異変の首謀者のところだ。
このまま一十百達を追ったとしても、二人の速力に追いつけるわけはない。
ならば、先回りをするしかない。
あの文のことだから、一十百と一緒にいる時間を伸ばすため目的地に直行はしないはず。
それなら、まだ追いつける。
博麗の巫女としての勘をなめるんじゃないわよ!
グッと手に持ったお祓い棒を握り、博麗霊夢は空を切って飛んで行った。
今回の出来事・一十百メモ帳より抜粋
四季の花々の開花:不思議な異変です。いろんな季節の花が一斉に咲き始めたんですよ。それ以外は、あまり影響がないようですけれど……。やはり、異変となれば解決しなくてはいけません。今回は、文さんが協力してくれるそうです! 弾幕勝負の実力も高いですし、何よりも幻想郷の情報の保管庫ともいえるくらいの情報を持ってる方です。さあ、頑張っていきましょう!by一十百 今回は、ちょっと、本気を出さないといけませんね、いろいろな意味で……。by文
危険区域:今回の異変の首謀者がいるかもしれないという場所です。とても危険らしいのですけれど、どこでしょうか?by一十百 あの人が異変の首謀者だったら、正直言って逃げたいですよ、本当に……。by文