―――1994年 第四次聖杯戦争
……勝者なし
―――2004年 第五次聖杯戦争
……勝者なし
―――2013年 ロード・エルメロイ2世及び遠坂凛による聖杯解体
……失敗、ロード・エルメロイ2世及び遠坂凛失踪
―――201■年 ア■リ・■ユ生誕
―――2■■■年 汚染拡大 概念侵食 アラヤ敗北
―――■■■■年 介入不可 干渉不可 カルデア敗北及び壊滅
―――観測終了。
◆
柔らかな風が頬を撫でる―――。
浅い眠りの中で、意識が微睡を望んでいる。もっと、もっとこの微睡に身を落としていたい。そんな気持ちが胸を支配している。不思議と、それは心地の良い選択だった。それに、彼女が起こしに来ないという事はまだ起きなくても良い時間なのだろうと思う。
起きてしまえば待っているのはそんな他愛もない日常。皆、起きれば待ってくれているであろう日常。偶には早起きも悪くないかもしれないが、生憎と今日ばかりはそんな気分にはなれなかった。だからあと少しだけ、あと少しだけこの心地よさに沈ませておいてほしい。そう願って、
意識を再び閉じようとし、
『―――起きてくださいマスター!』
◆
―――目を開いて一番最初に見たのは黒い布とヘドロの塊の様な怪物のドアップの姿だった。
「うぉぉあああぁぁ!?」
すぐさま後ろへと下がる様にヘドロを蹴り飛ばしつつ、手元にあった鉄パイプを握り、それを全力で振りかぶりながら蹴り飛ばしたヘドロへと振り下ろす。なぜだかは解らないが、そのヘドロは生かしてはおけない。直感的にそんな気がしたため、蹴り飛ばし、叩きつけ、転んで動かないところに、必死で鉄パイプを振り下ろし、振り下ろし、何度も振り下ろして潰した。やがて振り下ろした回数が二十を超えた辺りで漸くヘドロは潰れ、そして溶ける様に平べったくなって消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ……なんだこれ」
鉄パイプを握り落としながら、姿が完全に消えてなくなり、もう姿が見えなくなったヘドロへと向ける。数秒前までは確かにそこにはヘドロの怪物がいた。だが今はもう、そこにはいない。いや、よく見ればそこには小さくて、綺麗な色の石が落ちている。それを拾い上げ、確認しながらポケットになんとなくしまい、そして溜息を吐く。
「どうなってんだこりゃ……?」
心の底からそう思う。焦りと驚きの原因がいなくなった今、しっかりと周りへと視線を向ける事ができる。そうやって確認する周りの景色は―――廃墟だった。廃墟のビル、壁がはがれ、塗装がはがれ、家具の類は全部壊れてぼろぼろで、窓にはガラスがついていない、そんな光景の一室だった。息を吐きながら周りへと視線を向け、
「どこだここ」
完全に見覚えのない場所に自分は立っている。というか廃墟に用のある人間の方が珍しい。じゃあなんで廃墟にいるんだ。しかも今のあれはいったい何だったんだ。それを考えようとして、思考が停止する。は、え、なんて言葉を零しつつ、言葉を紡ぐ。
「……俺、こんな場所へと来てねぇぞ」
そうだ、そのはずだ。そもそも自分の最新の記憶は親に大事な話があると言われて、家に帰る途中の電車で眠ったところまでだ。新宿に行くまでにかかる一時間、軽く仮眠を取ろうと考えて眠って―――そして起きたところでこれだ。意識が若干混濁、というかはっきりしていない感覚がある。それに自分の恰好を確認する。
上半身は体に張り付く様な黒いノースリーブのインナーに、その上から赤茶色のフライトジャケット、下半身は動きやすさと機能性を重視しているポケットが多めのカーゴパンツ、靴はしっかりとしたブーツであり、ベルトには軽い重みがある……何かぶら下がっている様に感じ、それに手を伸ばせば、古めかしいバゼラードが鞘に収まった状態で存在していた。身の覚えのない格好に、身の覚えのない装備。完全に自分の姿に困惑しつつ、記憶を求める。
「えーと……俺の名前は
良し、自分がなんであるかは解っているそれは良し。他の知識はどうだ? 大学生だった事は覚えているし、サークル活動で体を動かしていたのも覚えている。あまり社交的な性格じゃないからそこまで友達がいた訳じゃないが、それなりに当たり障りのない関係で楽しめていたのは確かだ。そしてそこから先、今どうしてこうなっているかを思い出そうとして―――無理だ。やはり何も思い出せない。これだけは完全に話が別らしい。
「さて、どうすっかなぁ……」
この部分的な記憶喪失、どっかの悪戯でサバイバルゲームに放り込まれたのだろうか、なんてありえない事を考え、どうすっかな、とポケットの中に手を入れ、そこに硬質な感触を得る。一つは先程拾った綺麗な石だ。もう一つは十字架の形をしている様に感じ、それをポケットから出して手に取って見る。
「……あぁ、そういえば俺クリスチャンだっけ」
形だけの。両親が煩いから流れで……というタイプだ。自分自身、そこまで信仰心があるわけではない、というか神の存在そのものを信じていない。Yoshua、イェホーシュア、或いはヨシュアと読む事ができる名前が掘られたその十字架をポケットの中へとしまい込み、そして溜息を吐く。とりあえずは帰り道を探して、まともな服装を探そう。そう思い、
『―――逃げ―――マス―――』
頭にノイズが走る。いや、違う、頭の中を声が走った。その衝撃と初めての痛みに片手で頭を押さえてよろめくと、物音が部屋の外から、奥から聞こえてくる。片手で頭を抑えつつ部屋の外へと出ると、廃墟の通路が見える。むき出しのコンクリートは見ていてあまり楽しくないものだなあ、と思いつつ人かもしれない。そんな淡い希望を抱いて視線を音の方へと向け、
黒い、ヘドロが固まってできた様なヒトガタがいた。そろそろこのファンタジーな状況を認めるべきなのかもしれない。小さく笑いだしながら、無貌が此方へと向き、眼球の存在しないその顔で此方を捉えた様な、背筋を凍らせる感覚がある。ヤバイ、アレに捕まってはいけない。本能的に感じるが、見ればそりゃあ解るよ、と軽く本能に反逆し、
迷う事無く反転して逃げた。
「くっそ、なんだよこれ……! ドッキリか! ドッキリか!」
全力疾走をしながらバゼラードを引き抜き、それを握りながら反転する。思考するよりも早く体が動く。目の前にまで迫ってくる無貌のヘドロのヒトガタ、高速で接近してきた姿は此方よりも早かった。だが、反転しながら戦う、という選択肢を取った此方の方が攻撃動作としては早く、向こうが此方へと追いつく前に体が動き、バゼラードを逆手に握ったまま、飛びかかる様に、
顔面のあるべき場所にバゼラードを突き刺す。
袈裟切り気味に斜めへと切り抜いてから反対側へと周り、足首を切り、その体を倒しながら首に突き刺し、横へと引っ掻くように切り裂きながら振り抜く。そのまま倒れた姿の頭を足で踏みつぶす。その一連の動作が体から自然に生まれた。バゼラードを握った動きから殺すまでの動き、体が勝手に動く感じでついて来た。
一体、なんだこれは。
「どうなってんだよこ―――ッ!」
怨嗟の言葉を吐くよりも早く、曲がり角からさっきのヒトガタが三体出現するのが見える。あ、コレ無理ですわ、と理解しつつバゼラードを握ったまま、全力でどこかへと向けて、走り出す。息を荒くしながら走り出す背後からぺたぺたぺた、と可愛らしい足音で恐怖の塊が迫ってくるのが聞こえる。どうしろってんだ、と吐き捨てながら通路を走り抜けていると、
『―――マスター―――窓の―――飛んで!』
「ッ、伝える事があるならもっと解りやすくやれよ!」
通路の先に窓が見える。声を瞬間的に信じる事にする。何せ、その声は優しい、そしてどこか安堵を覚えるような、そんな感じがしたからだ。その緊急の喋り方は此方を案じているとも感じれる。となると飛び出す事に迷いはない。故に全力で前方へ、窓の淵に足をかけ、
そして跳躍する。
―――その向こう側に見たのは廃墟だった。
見える限り、廃墟が続いている。荒廃したビルなどの建造物、荒れた道路、朽ち果てた車。歳月による劣化ではなく、破壊されて、蹂躙されたような、そんな形跡が目の前には広がっている。それを窓から飛び出して落下しながら眺める。それは自分が知っているような街の光景とは全然違っていた。映画に出も出てくる様な、そんな光景だった。悪戯にしてはあまりにも大がかりすぎる。謎が謎を生んでいるが、不思議と心は落ち着いている。何故だろう。
『大丈夫です―――』
この声を聴いていると
『―――備えてください』
なんとかなる、そう思えるのは。
「―――」
そう思いながら体が水の中へと沈んで行く。窓から飛び降りた先にあったのはプールだった。確認していなかったが、どうやら二階、或いは三階から飛び降りたらしい。そしてそのまま下のプールへとドボン、まるで入水の仕方を考えていなかったので、少々衝撃で体が痛いが、あの化け物共を相手にするよりは遥かにマシだ。素早く水面へと浮かび上がりながらプールの端へと移動し、バゼラードを口に咥えて体を上へと引き上げ、再び刃を握り直す。
「ふぅー……ふぅー……身を隠さなきゃ……」
サバイバルゲームであれば、少しだけ参加した事があるし、追われているなら身を隠すのは基本だ。早くこの”耳の恋人”に次の行動があるならそれをサクっと教えて欲しいものだが、次の声は来ない。難しいのだろうか? いや、頼る事を考えてはいけない。まずは自分で生き残る事を考えなくてはならない。それにあの怪物達がまた追いかけてくるかもしれない。早く、早く離脱しなければ。そう思い、駆け足で廃墟郡へと向かって行く。
周りを警戒し、視線を向けながらも一直線で廃墟の影へと隠れ、そのままビルとビルの合間の影に姿を隠す。小さいスペース、周りからは見難い場所へと自分の姿を隠し、そこで一息をつく。息を吐きながら背をビルの壁に預け、急ぎながら過ごした時間を、なんとかここで落ちつける。ふぅー、と息を吐きながら呼吸を求め、そして落ち着く。落ち着こうとする。
「クッソ、軽く手が震えやがる」
もっとガキだったら混乱して焦って駄目になっていたかもしれない。
”大人”としての自負がそうやって錯乱する自分の姿を抑え込み、冷静に、冷静に考えさせる。とりあえず表に出るのは駄目だ。あの化け物たちが存在している。後どれだけいるかは解らないが、それでも一体でさえギリギリなのに、数体とか全くやってられない。とりあえずは生き延びる事が条件だ。この状況からどうやって?
思考し、
『マスター……聞こえますか? 漸く馴染んできたので……声が届くようになってきた、と思うんですけど……』
「お―――求めよ、さらば与えられん。救いの神とはよく言ったもんだわ。とりあえずマスターって何よ新しいプレイかな? 結構好みなエロボイスだから興奮するわ」
『い、意外と余裕そうですねマスター』
いいえ、余裕ないので虚勢を張っているだけです。男の子だもの。
聞こえてくる声―――女の声に漸く、今まで自分が聞いていたのは幻聴ではないと、確信する。会話ができたという事なら少なくとも情報交換ができるという事だ。一方的な神の啓示スタイルではないのなら、ちょっとは希望が出てきた。何とか心を落ち着かせながら、息を吐き、そしてポケットの中にしまってある十字架を軽く握りしめ、そして口を開く。
「……とりあえず今がどんな状況か説明してもらっても良い?」
『はい―――と言いたい所ですが、そんな余裕がないのが事実です。最低限の情報共有だけを行いますので、今から私が言う事をしっかり覚えてください。これはマスターがこの先、生き延びるのに必要な事ですから』
「……ガチっぽい?」
『はい、ガチです。マジでガチです』
このエロボイスの天の声結構ノリが良い。嬉しい誤算だなぁ、と思いつつも漸く、心を落ち着けられる。知りたい事は多くあるが、それでもそれらを聞いている間にたぶん、あの怪物に追いつかれ、襲われる。この天の声は一応、今のところは信じられる存在だ。一応は。命を助けられたという事実があるのだから、信じない理由はない。
「言っちゃってくれ」
では、という声が響いて。
『まず最初に話を進めますと、私は
ちなみに、
『召喚された理由は不明です。マスターが目を覚ます少し前に気がついたばかりですから』
「いきなりファンタジー用語多すぎてお兄さんの頭パンクしちゃいそうだよぅ……」
『可愛らしく言っても気持ちが悪いだけなので話を進めますね?』
「手厳しい」
小さく笑う程度には余裕を取り戻しつつも、話を聞く。
『簡単に説明すると、今のマスターの状態は”デミサーヴァント”、人に英霊を降ろした状態だと表現できます。それでも全知識と権限を保有したまま、互いの記憶と意識が別々に存在しているケースはかなり稀有だと思います。……たぶん』
「たぶん?」
『あ、あんまりそこらへんは詳しくないので……お、おっほん! とりあえずマスターは私というサーヴァントを憑依させた状態だと考えておいてください! 今のマスターはデミサーヴァントとしての最低限の恩恵しか受け切れていません。それはマスターと私が同じ肉体に同居している別々の存在である事に起因し―――』
「巻きで。難しい話は後で」
『フュージョンしているので、協力してパワー引き出しましょう? タイムリミット付きですけど』
「把握した。やっぱ俺は狂っていた」
『ま、マスター! 今の完全に信じてくれている流れなんじゃないですか!?』
英霊のクセして妙にネタに反応してくれる、遊びがいのある声だと思う。いや、声が正しければサーヴァントだったか。寧ろこんなエロボイスの持ち主だったらこんなデミサーヴァントじゃなくてベッドのサーヴァントになって欲しかったよ。あー勿体ねぇ、そんな事を呟きながら、真剣に考える事を始める。サーヴァントに説明されたことを真面目に考える。ありえるのか? そんな事が?
……でも現実を否定しても意味ないしなぁ……。
現実として化け物を二体ほど殺している事実と、そしてサーヴァントの声に助けられた、という事実がある。まぁ、非現実的云々を今は抜くとして、事実として助けられている事を考えると、疑い辛い。ネックなのは常識との兼ね合いなのだ。ただその常識を置いて考えれば、まるでゲームのワンシーンの様な展開だ。いや、ニチアサでもやってそうだな、これ。もしくは18禁エロゲ。大体隠れていてもバレてグロ画像になるコース。
あーやだやだ、生きたいわ。
「えーと、サーヴァントちゃん?」
『ルーラーです。サーヴァントにはそれぞれ区分が存在し、私はその中でも一番特殊なルーラーを担当しています』
ほうほう、成程、まるで解らないぞ。だがとりあえず解る事は、
「ルーラーちゃんが俺を生かそうとしているってのは解る。だからそれを信じて行動を実行するわ。とりあえず、俺はどうしたらいいんだ」
そう答えると、嬉しそうな声が返ってくる。
『ありがとうございますマスター! マスターは魔術師です。その体には魔術回路が存在し、魔力を生み出す事ができます。私の力を引き出すにはまず最初にそれを自覚する必要があります。マスターは生命力がかなり有り余っている様ですし、魔力回路も良質な様子、これはサクっと起動させちゃいましょう』
「どうやんの?」
『此方からもアプローチをかけるので、集中してください。個人的には炎をイメージに使うのですが……』
炎をイメージに集中。そう言われ、目を閉じ、精神を集中させてみる。魔術回路、そんなものが何時の間に自分の体に……そんな事を思いながら集中する。イメージは炎、それを神経や血管に沿う様に流し込み、そして広げて行くイメージ。それに呼応するかのように全身にビリ、と痛みが走り、そして何かが起動する様な、そんな感覚が感じられる。
『これで魔力回路を起動させましたね。サーヴァントの現界に使用する魔力は生命力を変換させる事で生み出せます。この魔力を使う事で、私を現界させる代わりに、デミサーヴァントとしての恩恵を発動させます。そうする事で生前の私の力を再現する事ができる―――筈。筈です。たぶん……』
「そこ不安がらないでぇ! 俺の方が不安になっちゃう!」
『マスター、声が大きすぎです』
「あっ……」
立ち上がって視線を路地の入口へと向ければ、此方へと覗き込む様にヒトガタの姿がある。それも一体ではない、四、五体と揃っており、その後ろにもまだ数体隠れている様な気配さえある。うわぁ、と口から声を零しつつ、ゆっくりと後ろへ一歩下がる。その距離を詰める様に、ヒトガタが一歩前へと踏み出し、動きを止める。ノリを理解しているのかな? なんて事を思ったが、
『マスターの魔術回路が起動し、私の気配がし始めている事に警戒しています……戦闘態勢に入るなら今がチャンスです』
「あ、やっぱりそういう感じなんですね」
ルーラーの声のおかげか、前よりは心に余裕ができている。ここでルーラーの言葉が本当かどうか、それを確かめよう。もしも嘘だったりしたら―――その時はその時だ。逃げても終わりは見えている。だったとしたら断崖の先を目指して飛翔するしかない。バゼラードを鞘に突き刺す様に戻し、そして、
「―――どうすんだっけ?」
『え? その、こう、フィーリングで何とかなりません? こう、ルーラー! な感じで』
「ルーラー!」
『あ、本当にやった』
てめー。
そう思考できたのはその一瞬だけだった。
「がっ―――」
息を求める様に口を開きながら、体を前に折る。両手で体を抱きしめる様に掻きむしりながら、全身で感じる痛みに声の出ない悲鳴を漏らす。痛い。ただひたすら痛い。激痛が全身を駆け巡り、イメージではなく、血管の中に鉄を、神経を直接炎であぶっているような、そんな激痛が体と脳を支配する。体が内側から燃えている。そんな感覚だった。同時にぶち、ぶち、ばき、と千切れ、折れ、くっつき、変異する様な音が体内から響く。あまりの激痛に気絶する事も何らかのリアクションをする事もできず、ひたすら酸素を求めて、前に追っていた顔を空へと向け、
「がぁぁぁ―――!」
吠え、激痛が消える。その代わりに体には魔力と力が満ちていた。げほげほ、とせき込みながら前へと向かえって一歩踏み出しながら倒れそうな体を支える。先程まで全神経を支配していた痛みもまるで嘘かのように存在していない。痛みから解放されて俯く様に視線を降ろした所で、ふぁさ、と髪が前に落ちる。編まれた長い金髪の髪だ。自分の髪色は日本人らしい黒だ。それに胸に圧迫感を感じる。黒いインナー、その胸部が妙に締め付けられるような感覚があり、そこへと視線を向ければ存在しない筈の盛り上がりが見える。
『マスター。私の武器には剣と聖旗がありますが、剣はそもそも修練を重ねないと怪我をします。パイクとしても活躍させられる聖旗がいいです。イメージすれば英霊に備わった武装を取り出せるはずです』
「―――あいよ」
口から漏れる声は自分の声ではない。
脳内で響くルーラーと全く同じ声だった。
だけど、そんな事よりも、
自身の体に起きた変化よりも、それよりも思考がクリアになって行く事が重要だった。まるで誰かと思考を重ねられているような、そんな明確さを感じていた。右手を前に突きだせば背丈を超える長槍に白い旗が結びついた武装が出現する。何処ともなく拭く風が聖旗を揺らし、その畏怖を知らしめる。
『主は常に我らを見守っています。その【啓示】を頭や肉ではなく魂で感じるのです。ルーラーの権能を用い、【真名看破】の力を使用するのです。そして【神明裁決】を持って裁きなさい。マスター、貴方なら出来ます』
「任せろ―――」
聖旗を回転させながら前方へと向け、聖旗部分を槍のポール部分に絡ませ、動かしやすい状況へと変化させ、そして正面へと構える。ルーラーの【真名看破】が直接脳内へと目の前の存在、その正体を看破して送り込んでくる。把握するのは相手が悪性の塊である事、アンリ・マユの落とし子であるという事。【神明裁決】が名を暴いたことによって働き、その動きを封じる。そして天啓とも言える【啓示】が取るべき行動を、アクションをイメージとして直接脳内にイメージを流し込む。それに従う様に前へと人間にはありえない速度で接近し、
伸ばす様に前へと突き刺す。
一撃で落とし子を三体貫き―――滅ぼす。バゼラードでは滅多刺しにする必要があったのに、そんな労力もなく一瞬で屠ってから槍を上へと跳ね上げ、軽く回す様に踏み込み、柄の部分で目の前の落とし子を叩き、数メートル吹き飛ばしながら更に踏み込み、薙ぎ払いで落とし子を四体滅ぼし、
正面の吹き飛んだ落とし子へと槍を投擲し、貫く。
貫通して突き刺さった壁で巻かれていた聖旗が解除され、風に揺れる様にその姿が広げられる。先程まで絶対的な恐怖を刻んでいた怪物の姿はない。その出現がなくなるのに合わせる様に今まで体と脳を支配していた冷静さが―――ルーラーとのシンクロ状態が解除され、息を吐く。自分が立った今、成し遂げた事を再確認しつつ、一気に脳内に叩き込まれる様に増えた情報に困惑しつつ、薄く光る左手を眺める。
左手には手の甲から伸びる様に複雑な文様が伸びている。
「これは……」
『―――それは令呪。サーヴァントに対する絶対命令権。それを消費する事でサーヴァントに思いのままに命令する事ができます。それは貴方がマスターである事を証明するものであり、貴方と私の絆でもあるんです。とりあえず、初の戦闘お疲れ様でした。最初はどうなるかと思いましたが、デミサーヴァントとしての力を発揮できるのであれば敵ではありませんね』
令呪から視線を外し、そして自分の両手から体でへと視線を向ける。戦いに関する知識は得た。それはこの姿へと変わるのと同時に、叩き込まれる様にルーラーと共有した、というよりは教えられたという形に近い。だがなんだこれは。こんな姿、自分のものじゃない。
「どうなっているんだこれ」
バゼラードを鞘から引き抜き、それを鏡代わりに自分の姿を確認する。
『え、えーと……たぶん、マスターと私の相性が良すぎた結果、肉体まで引っ張られてしまった……とか? やりましたねマスター! 私本来の動きを再現できますよ! 他のデミサーヴァントよりも一歩上手な存在ですね!』
自分の姿―――というよりはおそらくは本来のルーラーの姿なのだろう、長く美しい編まれた金髪に青い瞳、白い肌にこの顔立ちはおそらく欧州系のものだと思う。結構若いような気もするが、胸の大きさからして成熟した感じもする。そう評すると美人だ、かなり。
「うるせぇ! お前大きなお山が二つできてマイサンがなくなった男の気持ちが解るのかよ! ってうわ、何だこの美人。可愛い、即求婚余裕ですわ。ちょっと人気のない部屋を探そう―――あ、どこも人気がないんだった」
『待ってください! 流石にアウト! それアウトです!』
「冗談だよ。冗談でも言わなきゃやってられないんだよ」
息を吐きながらバゼラードをしまい、そして聖旗もしまう。見下ろす様に自分の両手を見て、それから股と胸に触れ、顔に触れ、髪に触れる。それが偽りじゃなくて、ちゃんとそこに存在する事に違和感を覚える。いや、別の誰かのものだから違和感を感じて当然なのだが。
『魔力を切れば元に戻るかも?』
「ほうほう」
ルーラーにそう言われ、さっそく魔力の消費を、循環を止める。
瞬間、激痛を伴いながら体が砕ける様な音を響かせながら再び変態が始まる。痛みに絶叫を上げたいが、二回目である事もあって、今度は食いしばりながらそれに耐える事ができた。今迄の痛みとはまるで違う種類の痛み。体の内側も外側も全て変質する様な、そんな痛みだった。そうやって変態が終わり、バゼラードを抜いて、鏡代わりに確認するのは黒髪の男の姿―――自分の姿だった。
ただ、瞳だけは青く輝いている。
「……痛いのどうにかならないの?」
『きっとその激痛は安易に力に溺れるな、という主の声に違いません。我々は主に試されているんですよ、マスター』
「適当なこと言っているだろお前」
『テヘッ』
「こいつー」
溜息を吐きながらバゼラードをしまい、そして周りを見て、そして溜息を吐く。とりあえずは家だ、家を目指したい。だけどその前には食料とかを確保しないといけないのが世紀末モノのお約束だったか? とりあえず当てもなく歩き始める。適当に看板でも見つければ現在位置を把握する事もできるだろう。そう思って、歩き出す。
「本当にファンタジーだな」
『納得しちゃいけないんでしょうけど、本当にそうですね。魔術の世界にいない者が見ればなおさらそうなんでしょうが』
「ほんと勘弁してほしいよ」
『試練ですよ試練。主は超えられる試練しか我らには与えません。つまりマスターはそれを超える素質を持っている故に、試練を与えられたのです。その先に救済があると信じて、今は邁進いたしましょう』
「そんな事よりも今夜はちゃんとご飯が食べられるのかどうか、後どうしてこうなってるかが知りたい……」
『そんなこと……』
何やらルーラーのちょっとしたショックを受けた様な声を聴きつつも、溜息を吐き、そしてゆっくりと歩き出す。解らない事ばかりだが、幸い話し相手と教えてくれる相手は存在するのだ。だとしたら十分贅沢だろう。一人でこの荒野をさまようよりは断然マシだ。
「なぁ、とりあえずこのマスターとサーヴァントってのとか、魔力とかについていろいろ教えてくれよ」
『あぁ、そうでしたね。マスターは何やら巻き込まれ枠特有の無知っぽさがありますし』
褒めてるのかけなしているのかどっちなんだそれは。
あと、
「マスターじゃない。涯、天白涯だ。宜しくな」
『私はルーラーのサーヴァントとして召喚されたジャンヌ・ダルクです。宜しくお願いします』
「なんだかとんでもないビッグネームがでたぞぉ!」
わっほぅ、と声を響かせながら廃墟を歩き始める。
解る事は少ない。
サーヴァントやマスターの存在の意味も解らない。
あのアンリ・マユの落とし子とは何なのだろうか。
何故部分的に記憶を失っているのだろうかも解らない。
ただ一つ、解るのは、
今が試練の時である、という事だ。
崩壊した世界でのfate。大体の理由は冒頭で理解してもらっていると思う。
この物語は記憶を求める物語。
何故世界は沈んでいるのか。
人はどこへ行ったのか。
何故あんなところにいたのか。
何故自分にはサーヴァントが憑依しているのか。
答えを求め、試練を乗り越え、そして救済という終焉を受けるお話。
……ここ数年頭の悪いTS作品書いてないなぁ、と思ったらこうなった。書けてすっきり!
まだ続くんじゃよ