―――迷う事無く新宿シェルターを出た。その選択肢に反対する者はいなかった。キアラと関わりたくない、全員の心が完全に一致した瞬間でもあった。20ってなんだ、20人って。エロゲでも多少マシな環境だったと思う。そんな事を思いながら持ち込んできた荷物を、カバンを背負ってシェルターから出る。結局、聖晶石を入手した事以外の収穫はなかった。とんでもない場所だったな、なんて事を思いながらシェルターの外の世界へと出る。シェルターの外の世界は既に暗かった―――夜になっている。シェルター内は電灯が稼働しているから解らないが、どうやら既に外は夜になっていたようだ。
『あんまりここから歩き回るのは良くないですね。シェルターで一晩過ごすか、或いは別の場所で一晩過ごすとしましょう……安全性を考えるとシェルター内で過ごすのが一番なんでしょうけど』
「ふむ、淫婦がいるシェルター内に戻るのも嫌だが、夜営の為と危険性を考慮すればまだマシな方か。判断は任せたぞマスター」
『答えが出ているじゃないかこれ……というか君は霊体化しないのか?』
アンリ・サンソンの言葉はアルトリアへと向けられていた。アルトリアの恰好はドレスシャツとジーンズの私服姿のままであり、未だに霊体化していない。暇つぶしに姿を出したのだから、別にもう姿を消しても問題ないのだが―――まぁ、別に否定する理由は一切ないのだから、そのままでも構わない。誰かが触れられる距離にいるというのは心強い事に間違いはないのだから。とりあえずどうするか、という問題だが、
「……仕方がねぇ、シェルターで適当な位置を探そう。流石に夜の間にうろうろしたくはない」
『まぁ、そうなりますよね』
『嫌だなぁ……アレの近くにいるのは』
心底嫌そうにアンリ・サンソンがそう言う。まぁ、突如として乱交を始めたビッチ僧の存在なんて誰だって嫌になるに決まっている。だけど、今の状況に電灯は存在しないのだ。街を歩いていても光源は頭上の月明かりしか存在しない。そんな中で探索や移動を続けるのは馬鹿らしい。懐中電灯かランプを使え、と思うだろう。だがそれはつまり的に自分の位置を知らせる行動でもあるのだ。いくら英霊であり、疲れ知らずであっても、精神的な疲労は普通に存在するのだ。彼らを万能の様に思ってはいけないのだ。
彼らだって蘇っただけであって、人間なのだから。
『戻る前に待ってください、マスター』
シェルター内へと戻ろうとすると、アンリ・サンソンに止められる。振り返りながらアンリ・サンソンを見ると、真剣な表情を浮かべていた。真面目な話をしたい、という事なのだろう。
『あの女―――殺生院キアラという女は少々厄介な体質を持っています。あの女は魔術とかを使用せずとも、その体から魅了、誘惑、或いは”媚薬や惚れ薬”の様なフェロモンを放出しています。視覚的ではなく感覚的なものなので調査するのは協力が必要なので無理ですが、同じ空間を過ごすだけで敵意を抱き難くなります。なのでまず、第一前提として敵意を忘れないでください。そうすれば誘惑される可能性も減るので……』
『マスターの精神面に関してはお任せください、そこらへんは私がきっちりしっかり守りますよ』
「寧ろ守られているような気もするがな」
『そんな事ないですよ! 私が一緒だからマスターは心が折れずにきゃっきゃうふふとアルトリアさんと遊べているんですよ!』
「どうでもいいがその言い方は何故か妙に腹が立つな」
「殴られるのは俺だから止めよう、な?」
アルトリアを軽く諌めながらアンリ・サンソンの言葉をしっかりと胸に刻み、シェルター内へと戻って行く。こういう時、時計を持っていないと若干めんどくさい。腕時計でも手に入ればいいのだが、生憎とほとんど壊れていたり、ソーラーバッテリー製はかなり高額になってくる。だからまず、手に入れる事は諦める。そして渋々とシェルター内へと続く階段を下りて行く。なんだか今日に関しては疲れてしまったような、そんな気がする。
サーヴァントの追加召喚は明日にしよう。
そう思いつつシェルター内へ御移動し、そして人気のない場所へと移動する。仮拠点から持ち出せるものは全部持ち出してきた。召喚環境はあっちに備わっているから召喚する時はあっちに戻るとして、今夜はさっさと眠って朝を迎えてしまおう。そう判断し、さっさと寝袋を取り出し、人目が付かなさそうな場所で眠る事にする。眠っている間に関してはジャンヌは一緒に眠るが、アルトリアとアンリ・サンソンは普通に起きている。
「んじゃ、警戒宜しく」
『任されました』
「あぁ、良く眠ると良い」
『お休みなさい、マスター』
仲間達の声を聞きながら体力の温存の為にさっさと寝袋の中で目を閉じる。
◆
「―――起きろマスター」
アルトリアの声に目が覚める。起こされた、という事は何かがある、と言う事でもある。素早く目を明け、寝袋から体を抜けださせながら目を開ける。確認する新宿シェルター内の天井のライトは落ちており、暗闇が支配している。まだ眠気を引きずる頭を何とか覚醒させながら抜け出ると、目の前にはアルトリアの姿があった。
「血の匂いだ。万が一に備え戦える様にしておくぞ」
アルトリアはそう言い、戦う可能性がある事をほのめかす。その言葉に予想以上にヤバイ事態なのかもしれないと判断し、寝袋をそのまま放置し、そして服装はそのまま、ジャンヌの姿へと変態しようとして―――やめる。こんな場所で変態した姿が見られれば逆に不振な目を向けられるかもしれない。そこまで考えたところで、
闇の中に紛れる様に歩き始める。アルトリアの示す方へと歩けば、鼻に突き刺す様な血の匂いが届き始め、案内してもらう必要もなく、異常事態が発生しているのだという事が解ってしまう。その事に警戒心を抱きつつも、新宿シェルターの中央へと、コミュニティスペースへと向かう。人が交流する為の広場のような場所だ。そこへと向かい、
見えた光景は地獄、と評価してよかった。
―――全裸の男と女が大量に重なるように倒れている。数えるのが馬鹿らしい程に折り重なって倒れている全裸の男と女たちはそのまま、全員が血を流して信じている。彼ら彼女らの手の中にはナイフや包丁、フォーク、食器や武器が握られており、全員それらすべてを”自分の首へ”と何度も突き刺す様に、突き刺した痕が残っている。そうやって自殺としか思えない姿をさらし、大量の血を流しながら絶望と幸せそうな表情を浮かべ、死んでいた。
「なんだ……これ……は……」
『……最悪だな』
酷いなんてものではなかった。見ているアンリ・サンソンが怒りと激しい憎悪を燃やすかのような光景だった。この光景を一目見れば解る。この死に対する敬意は一切存在しない。処刑人であるアンリ・サンソンは誰よりも死を敬っている。迎えるのであればそれはその生に感謝し、そして至高の終焉を与えるべきだと。それが処刑人としての美学でもあったが、ここにある光景は”効率的に処理する為の地獄”とでも言うべき光景だった。辺り前だが異常な光景に、気持ち悪さを覚え、
「うっ……」
『そういえばマスターは初めてですね。我慢する必要はありません。まずは視線を逸らし、中のものを吐いちゃいましょう』
「悪い―――うぉぉぇっ……」
視線から目を背け、喉をこみ上げたものをそのまま吐きだす。体は強くなったが―――心までは強くなれていなかったらしい。頭では駄目だ、と解っていても体が反応してしまう。情けなく思っている間に、姿を現してアンリ・サンソンがアルトリアと共に調査を始めている。ジャンヌの慰める様な言葉を聞きつつ、アルトリアとアンリ・サンソンの言葉にも耳を傾ける。
「これは―――全員自殺で死んでいるな。薬を飲んだ形跡は……なし……あとは魔術か洗脳の類か」
「相変わらず胸糞の悪い光景だな。……チ、こいつら性行してたな、臭いがまだする」
「という事は犯人は絞り込めたな……死んでいなければ」
そうやって調査を続行する二人の英霊の姿が物凄く心強く思えてくる。すっかり忘れていたが、、あの二人は何百、何千という死を見てきたのだ。アルトリアは兵団を指揮する事で大量に殺し、アンリ・サンソンは人類史で二番目に多くの人間を処刑という形で見てきた。恐らく、普通に暮らしている以上に、誰かの死がそばにある状況の方が自然で、慣れているのかもしれない。そういう地獄で彼、彼女たちは生きてきたのだろう。
「流石に供養したいけど……」
『この数ですからね……今は両手を合わせ、そして安らかな眠りを祈りましょう。たとえ作法が解らなくとも、重要なのは形式や何に祈るかではありません。その意思を抱いて、祈りの形を取る事です。形は違えど、祈る心はいっしょです。主もそれを聞き届けてくれるでしょう』
どう足掻いても怪しい上に危ないし、供養をする事なんてできる訳がない。だから出来るのは安らかに眠る事を祈る事だけ。宗教に関して良く解りはしないが、それでもやり方だけだなら誰だって、自分だって知っている。両手を合わせ、祈るように俯き、そして安らかに眠る様に、そう思うだけでいい。もう少し、もう少しだけ心が直なったら正面からこの光景を見られるのだろうか。そんな事を思いつつ、
「―――ん? おい」
「あぁ、こんなものを見る事になるとはな」
アルトリアとアンリ・サンソンの声に視線を持ち上げれば、
―――死体が動き始めていた。
いや、正確に言えば死体には黒い泥の様なものが引っ付いており、それが傷口や穴から体に入りこみ、体を動かしている様に見える。姿は人間ではあるが、確実にパニックホラージャンルの定番とも言える怪物、ゾンビの存在が目の前に出来上がっていた。そうやって出現した一体目のゾンビを素早く動いたアンリ・サンソンが黒い、鋭い両刃で、先が丸い剣で首を一撃で斬りおとす。そうやってゾンビを一撃で切り倒すが、アンリ・サンソンが処刑したゾンビとは別のゾンビが起き上がり始め、未解放状態の【最果てにて輝ける槍】をアルトリアも取り出し、一撃振り払うだけでゾンビが三体、その胴体が両断されて完全な死を迎える。
そうやって溢れ出す血、内臓、糞に更に吐き気を覚えるが、口を押えて我慢する。
『アルトリアさん、マスターが戦うのはどう足掻いても無理です。逃げましょう、ここは”おかしい”です』
「あぁ……どんなに鈍かろうがこんな事になれば人が現れない訳がないだろうからな! アンリ、マスターを逃がせ、戦うよりもそちらの方が貴様的にもいいだろう」
「チ、仕方がないな―――と言いたい所だが、簡単に逃げ出す事は出来ない様だ」
アンリが反対側へと視線を向けるのに合わせ、自分も振り返る。そこには闇の名から這いずる様にゾンビ、そして落とし子の姿が見えてくる。どうやらこの新宿シェルターは比喩でも何でもなく、地獄になっているらしい。湧き上がる吐き気を抑えながら、堪え、そして魔術回路を起動させる。体から溢れる魔力をアンリ・サンソンとアルトリアへと送り、自分もジャンヌへと変態させる。激痛を感じつつも、生み出した聖旗を槍に巻き付けて叩けるようにし、それを支えに体を立たせる。
「……犯人にはきっちりと対価を払ってもらうとして、今はここから脱出しよう。俺達の墓にしたくはないからな」
「大丈夫ですか?」
大丈夫―――な訳はない。それでも頑張らなきゃ死ぬのだ。背後に視線を向ければ鎧姿で【最果てにて輝ける槍】を解放状態へと変えたアルトリアがその槍の光で闇を照らしている。こんな状態になっても、人間の声は自分達の分しか存在していない。
一体どうなっているのだろうか。
そんな事を考えるだけの余裕はない。
「―――脱出最優先!」
寝ている間に一体何があったんだ。そう思いつつ、逃亡の為の行動を開始する。
魔性菩薩は関わった人、場所を破滅させるらしい。
なおどう足掻いてもどうにもならなかったウルトラ求道僧も存在したらしい。