「っ、がぁ―――!」
ビル壁を蹴りながら落下して行く。真下には影の様に黒く、そして半透明なサーヴァントの姿がある。何らかの英霊だったのかもしれない。だが【真名看破】も発動しないその影の姿―――シャドウサーヴァントはもはや英霊だった存在、或いは英霊を模して生み出された影。ルーラーとしてのジャンヌの知識が流れ込んでくる。これは英霊以下の存在。スキルはあるが、宝具が存在しない英霊の出来損ない。それでもリソースは少なく生み出せるため、無限に生み出し続けられる兵士達。英霊としての自我も薄い、使い捨ての道具。
哀れだと思うなら殺せ。
落下しながらシャドウサーヴァントの胸を貫き、突き刺さったままの体を振り回し、ビルのかべへと叩きつけ、穂先ごと壁に突き刺し、落下の速度を相手の体を削りながら軽減し、動きが止まったところで横へ壁を蹴り、飛ばし、そして線路の上へと着地しながらビルで削ったシャドウサーヴァントの姿を見る。体の後ろ半分を完全に削り取られた姿が霧散する様に消えて行く。槍を一回振るって横へとステップを取り、振るわれた槍を回避する。
『マスター』
ジャンヌの声が次の行動へと導く。回避してから再び回避する様にステップを取り、足元に突き刺さった影の矢を回避する。そのまま影のランサーを一閃で始末し、500m先にいる影のアーチャーを捉え、槍を全力で投擲する。頭に突き刺さって影のアーチャーが死亡し、シャドウサーヴァントの討伐が完了する。手元に槍を戻しつつ、息を吐き、
「ふぅ―――なんとか一人でも勝てた、か。いや、一人じゃないけど」
『一心同体ですから一人で戦っている様なものですよ、マスター』
周りへと視線を向ければもう敵の様子もなく、そして戦闘に参加する事無く見守っていたサーヴァント達も近寄ってくる。というより自分から戦闘に参加するな、と言ったのだ。何だかんだで自分が可能性だってあるので、ある程度は戦えるように自分を鍛えておく必要がある―――技術的な意味でだ。ギルガメッシュの言葉は厳しいが、正しい―――凡夫は数を重ねる、それのみだ。天才が凡夫の100を1でこなすのであれば、1000をこなせばよいのだ。それだけの話だ。
故に、積極的に自分の力―――というには借り物なのだが、それを使う事を始めていた。未だにジャンヌの体に慣れていないのは本当だ。というか本来の性別でもないのに堂々としているギルガメッシュの方が遥かにおかしいというか凄いのだが、ともあれ、こんな状態でも戦える様にならなきゃいけないのは確かだ。アステリオスの宝具の様に迷宮を生み出され、分断される時が来るかもしれないのだ。
色々考えた結果、道中の戦闘はなるべく自分で処理するべきだと判断し、実行している。だから襲撃して来るシャドウサーヴァントを一人で迎撃している。アンリ・サンソンは戦闘に関しては全くあてにならないが、それでもアルトリアは一流の武芸者である為、戦闘中にどうこう動けば良い事を指示するジャンヌよりも、もっと明確に戦いの後で修正点を伝えてくれる。
『―――まぁ、私は元々後方で指揮を上げ、全体の生存率を上げる事が役割でしたからね。オルレアン奪還の聖女なんて言われていますが、前線で戦う事はそんなに多くはなかったんです。ですから動き方は解っても、細かい技術的な部分に関してはアルトリアさんに聞いた方が遥かに良いでしょうね』
―――というのが、ジャンヌの言葉だ。実際、アルトリアは凄まじく強いし、口出しして来る事は厳しい。そして、そのおかげで僅かにだが成長は感じている。それでも、ギルガメッシュの言った通り、自分が凡夫である事実は変わらない。だからこそ数をこなす。数をこなす事でしか追いつけないのだから、無茶してでも数をこなさなくてはならない。それで倒れてしまったらサーヴァント達にいい感じに任せればよい。
なにせ、数をこなせと煽って来たのはギルガメッシュだ。
従えられないのが自分の技量不足だというのなら、それを認めさせるのが男という生き物だ。
「ふぅ―――うっし、休憩完了。先へ進もう」
再び線路の上を歩き始める。新宿から秋葉原へと続く一本道を歩く。昔は電車が通っていたこの道も、今ではそんな様子もない、ただの廃線だ。荒廃して行く文明の姿は見ていて悲しいものがあったが、それでもこうやって、堂々と線路の上を歩けるのは心の踊る体験だった―――少々破壊してしまったばかりなのだが。それでも、昔は良く電車に乗って進んでいたこの線路を歩いて進む事になるとは一切思いもしなかった。世の中、本当にどうなるか解ったもんじゃない。
そんな事を思いつつ、変態を解かないまま、歩く。
―――この体にはまだまだ違和感が付きまとう。
まず第一に女の体で生理現象が発生する。月のものは幸い、存在しないのだが、それでもお腹が空いたり、トイレに行きたくなったり、そしてムラムラ来るのもある―――というかキアラと出会って以来、我慢していたのを思い出してしまって、割と辛い所はある。いい加減、何処かで一発抜いておきたい気持ちはある。ただこれ、現状何をしようとも、というかナニをしようともジャンヌに常時みられている羞恥プレイに繋がると、なんというか萎える。そのおかげで我慢できるているとも言うのだが。
まぁ、色々と下世話な話もあるが、それ以外にも色々とあるのだ。体を鍛えれば更に困惑し始めるのは”重心”の問題だ。アルトリアも今の肉体で召喚された時は本来の小娘の肉体との差異、つまりは体格の違い等に一瞬で意識を切り替えて慣らしたらしいが、凡夫にはそんな事は出来ない。まだジャンヌの力を”振るっている”間であれば、力任せに攻撃するだけで良かったが、アルトリアに戦い方を教わり、技術としての形を望み始めると、それに体がついてこなくなってくる。
たとえば男には股間に例のアレがあり、女の胸がない。女はその逆だ。それだけじゃなく、体のつくりも細かく変わってくる。何度も変態しているから激痛を覚える箇所を覚えてしまった。下半身が切り裂けていく感覚、骨の密度が薄れたり強まったりする感覚、体の変わって行く感覚を通して、自分の体内の構造まで変わるのは解る。詰まる話、足を前に出すという動作だけでも、大きく変わって来るのだ、体重の乗せ方、呼吸の仕方、体の動かし方などが。
180cmあった身長が159cmに、体重が半分近く減っているんだからそりゃあそうなる。
ジャンヌの体は自分の体と比べると小さく、そして遥かに軽い。
ジャンヌの体で覚えた事を自分の体でやれば失敗するし、自分の体と同じ動かし方でジャンヌの体を動かそうとすれば、そのまま足を滑らせて三メートルぐらい吹っ飛びながら転ぶ。改めて本気で体を鍛える事の難しさを覚えた。何年、何十年とかけて武芸者たちは強くなって行く。その難しさを情報としてではなく、漸く感じられる形として認識し始めた、そんな気がする。そして、英雄王の言葉はまさに真理を突いているとまた、認識させられる。
凡夫であれば数をこなせ。
それ以外に進む方法がないのだから。
だからジャンヌの姿のまま、服装もジャンヌの軍服姿で、道中を往く時間は増えていた。ある意味本気で戦う事を考え始めた、と言ってもいいかもしれない。最初は確かに体の変化に対して困惑したり、違和感があったり、恥ずかしさがあった―――いや、今でも違和感や恥ずかしさはある。自分以外の体だし、神聖な領域を犯している様な気分さえあるからだ。だけどそれとは別に、考え始める事もある。それはシンプルに、
”理不尽”だ。
―――新宿シェルターのバイオハザード。
ショックがなかった、と言えば完全な嘘になる。吐いたし、夢に見たし、忘れる事が出来ない。死体だったとしても人間を殺すのは初めてだったし、内臓がはじけ飛ぶ光景なんてあれが初めてであり、最期であると願った。終わった直後は現実感がないから大丈夫だった。だが次の日からは冷静になって、そして思い出してしまい、軽く鬱になりかけた。ジャンヌ達がいつもの調子でネタを振ってくれなきゃそれこそ気が変になりそうだった。
テンプレ的な覚醒イベントがあるわけではないが―――それでも世紀末の世、聖杯戦争等という意味不明な魔術師のイベント、サーヴァントやシャドウサーヴァントの襲撃があるのを考えたら、少しでも理不尽に対する対抗策は保有しておいた方がいいのではないか、という考えだ。もう一つ言えば、何かに没頭すればそれだけ、嫌な考えを頭から振り払う事もできる、と言う事もある。
そういう事でジャンヌの姿を借りる時間は増えて、そしてジャンヌはつまらなそうに拗ねる回数が増えた。ジャンヌとしては嫌がる姿を見て楽しむのが良かったらしく、素直に変態するのを見ていると、つまらないらしい―――お前本当に聖女か、なんて事を思いつつ、
線路の上を歩き―――そして確認する。視線の先、まだ遠いが、見えてきた。
「―――神のおっさんは言った、光あれ……!」
『それ、流石に不敬ですって!』
即座に怒り始めるジャンヌは対照的に、若干ツボってのか後ろの方でギルガメッシュが笑っているのが聞こえた。他の皆は笑っていないのに―――笑いのツボ、というか沸点がおかしいのだろうか。ともあれ、
線路を進んだ先、暗くなり始めた時間帯、夕陽の向こう側に夕闇が見える今、
―――電灯が街を明るく照らしているのが見える。
文明が生きているという事の証明だった。
「秋葉原は生きてる―――」
それは新宿でスカベンジしている時に偶然見つけたメモ帳に書かれていた内容だ。”秋葉原は生きており、頑張っている”という言葉だったが、そこについてくる内容で理解した。秋葉原は新宿がシェルターに引きこもったのとは違い、外へと出て、復興を始めたのだろう。街としての機能を取り戻し始めているのだ。その姿を見て、純粋に凄いと思う。
「アキバかぁ……感覚としては少し前に行ったばっかりなんだよなぁ」
『聖地秋葉原でしたっけ……僕のマリーに対する信仰を磨くためにはピッタリの地ですね』
『オタ芸を覚えるか……グッズを作成し始めるか……最近、こいつの奇行を観察するのがいい暇つぶしになって来た。偶にトリップし始める時の間抜け面は笑えるぐらい面白いぞ。その間ずっとマリーと呟いている姿にはドンビキするキモさを覚えるが』
『貴様はそれでいいのか』
『暇潰しにはなる』
英雄王と騎士王の会話内容がドルオタのキモさについて。
あまりにも内容がなさすぎて歴史家が知れば自殺しそうな内容だった。
小さく笑いながら段々と近づいてくる秋葉原の存在に、近づく前にジャンヌが待って、と声をかける。
『そろそろ生活圏に入るので、その前にマスター、元に戻るかどうにかした方がいいですよ―――あ、勿論ここにジャンヌちゃんの考えた着てみたかった私服というものがあるので、それに着替えてもいいんですけどね』
あ、この聖女、リアクション待ちしているな。だがそうはいかない。
「んじゃジャンヌのおすすめの服装とやらに着替えようじゃないか」
『あ、その言葉を待っていました』
―――ん?
『可愛そうに見えてくるほど阿呆な雑種だな……』
ギルガメッシュの声が響いてくる。あれ? と思いながらもジャンヌからは楽しそうな気配と、そして服装のイメージが送られてくる。これ、はめられたな、と気づいたころには撤回するのも恥ずかしく、そのまま実行してしまう事にする。どうせ街中に入っても、人が見てないところでパパッと元に戻ればいいのだ、そんなに深刻に考える必要はない。そう思ってさっさと服装を変える。
此方はノースリーブの白いトップにネクタイとミニスカート、とかなり動きやすい格好になっている。そこまで奇抜な格好じゃなかったことにほっとしつつ、いい加減この性悪聖女を体から引きはがす方法ないのか、真剣に悩み始める頃じゃないかと思い始める。
『マスターもまだまだですね。もう少し話術とかにも気を使う必要がありますよ。そこらへん、私と少しずつ鍛えていきましょう、アルトリアさんは若干脳筋気質ですし』
『待てジャンヌ。断言するがブリテンを治めていたこの私が脳筋であるのは間違いなくありえない』
『だが貴様滅ぼしただろう』
『求婚した挙句カウンターでカリバー喰らって即昇天した英雄には何も言われたくないな』
『貴様ぁ!』
『君達本当は仲が良い様に見えてきたんですけど』
サーヴァント達の会話にド、と疲れながら溜息を吐き、そして魔力を高めている二人から視線を外し、秋葉原へと向かって歩き続けようとした瞬間、
『―――来るな』
アルトリアの声と同時に【啓示】に何かが接近する感覚を得る。それに反応するように握っていた槍を構え、そして正面へと向ける。その光景の中へと、
素早く、蒼い一閃が大地を抉るように着地する。
「おぉっと、悪いな、ここから先は簡単に通す事は出来ないぜ―――」
両足で立ち、青いタイツの様な服装を取る男が赤い槍を構え、そして道を閉ざす様に立ちふさがる。
「―――特にサーヴァントなんかはな。答えて貰うぜ魔術師、職務質問の時間だ」
蒼い槍兵―――ランサーのサーヴァントが、まるで秋葉原の街を守るかのように立ちふさがっていた。
一目でわかるラニキ。
TSってタグをつけているのに、TS要素が変身だけじゃないか。これだけでは詐欺である。そう考えた結果、この章ではどうやらTS縛りになりそうな事に。全てジャンヌって金髪巨乳が悪いんだ。
復興と趣味の街、秋葉原へ。
馬鹿と馬鹿な連中の集いの街とも言う。