「―――デミサーヴァントの体に内臓された聖杯、ですか」
バゼットは話した感じ、信用できそうな人間だった。というかこれで信用できないならもう誰も信用できない、というレベルだった。だから、此方が知っている事をある程度バゼットに言う事にした。この体はデミサーヴァントである事、ジャンヌのステータスと宝具が使える事―――体自体に聖杯が埋め込まれているらしく、そのおかげで複数のサーヴァントを召喚できるという事に関して。勿論サーヴァントは見せない。流石にそこまで情報を与えたくはない。
バゼットは気持ちを分かってくれたのか追求してこなかったが、
「―――聖杯が体内にあるという事を吹聴して回らない方がいいでしょう。おそらくその手の輩であれば殺してでも研究しようとするはずです。特に今の様な法の聞かない時であれば、間違いなくそうでしょう」
「うす」
それに頷くと、バゼットは少し考える様な仕草を見せ、
「……しかし聖杯の内臓ですか。私が知っている限りそんな事をやりそうなのはアインツベルン、再現できそうなアトラス院―――あとはカルデアぐらいでしょうか」
「カルデア?」
聞いたことのない組織の名前だ。時計塔とアトラス院ならまだ聞いたことがある、というかサーヴァントから教えてもらった。しかしカルデアという名前は―――何故か……頭の中に引っ掛かりを覚える、新しい名称だった。何か、何か聞いたことがあるか、知っていたのか、どちらにせよ、気になる名前には違いない。バゼットへと視線を向け、話の先を促す。
「カルデアは”人類の救済”を目的とした機関であり、”魔術と科学の融合”を掲げた組織でもありました。正直、異端であり、そして嫌われている組織でもありました。魔術と科学の融合なんて邪道も良い所ですからね。”霊子ハッキング”なんて技術を開発したりしていましたが、その目的は未来を観測し、破滅を回避する事だったとか……ここはアトラス院に似ている様な気もしますが、彼方とは違ってカルデアの方は問題らしい問題を起こす事はなかったので、その存在に比べて知名度は低かったのですよ」
「カルデアかー……」
「まぁ、知っているのはそれぐらいです。数年前に裏切り者が出て”参加者全員死亡”って話は聞きましたから、それっきりですが、あそこなら聖杯と人間の融合ぐらいはやるでしょうね、研究の一つにデミサーヴァントの召喚と安定化がありましたし」
「バゼットって物知りだな」
そうですね、とバゼトが呟く。
「職業柄、色々と噂話を集めたりする必要がありますからね。とりあえず今日はここまでにして、涯は休んだ方がいいでしょう。このビルには宿泊用の部屋がありますから、そこを利用してください……あ、いや、案内しますね」
「宜しく頼むわ」
「こっちです」
バゼットに案内される様に部屋を出て階段を上がる―――エレベーターを動かすだけの電力はさすがに存在しないらしい。彼女の後ろを追いかけて三階まで上がり、一つの扉の前に止まると、それを開ける。中に広がっているのは安いホテルの一室の様な部屋であり、
「鍵はそこに置いてありますし、そこに風呂場とトイレがあります」
「水が出るの!?」
バゼットの言葉に驚く。まさか水道が通っているなんて、と驚くが、
「正確に言いますと魔術を使って水を浄化しているので、ある程度水が使えます。使用の限度があるので垂れ流しでは使用できませんので、予め”洗濯の分”と”トイレを流す水”を別にバケツで分けるかどうかして確保しておいてください。少々面倒かもしれませんが、そうやって必要な分の水さえちゃんととっておけば、シャワーを浴びる事だって出来ます。タオルとかはさすがに置いてないので」
「あ、はい、大丈夫です」
部屋の意外な設備に思わず敬語になってしまうのもしょうがないと思う。バゼットに部屋の事を感謝しつつ、部屋の中に入って鍵を閉め、持ってきた荷物を放り投げて奥へと進む。シンプルな構造の部屋であり、ベッドが一つ、テーブルとソファが一つずつ、トイレと風呂場が一緒になっているタイプの、シンプルな部屋だ。安いホテルと言ってしまえばそうなのだが―――今の環境、これはありえない程に豪華だとも言える。
まともなベッドなんて数週間ぶりとも言える。
「いやっほーう!」
『あぁ、マスター! あ、でもこれも気持ちが良いですね……また干し草の中で眠りたいものです……』
ダイブする様にベッドに飛び込み、そのまま体を沈める。気持ちが良い。ベッドで眠れるという事がここまで幸福な事だったなんて、思いもしなかった。溜息を吐きながら振り返る。ベッドの足元には姿を現したアルトリアの姿があり、腕を組みながら困ったような様子を浮かべている。そういえばイギリスは今、フランスと戦争をしている真っ最中らしい。しかもそれを率先して行っているのが円卓の騎士達だというのだから、もうどうにもならない。
「ってギルガメッシュもいねぇ」
「奴なら暇だからと歩きに出た。其方の都合も、奴にとっては些事なのだろう。後私の事に関して心配する必要はないぞマスター。今の私は王でも騎士でもなく、其方の従者でしかない。過去の縁等を気にする必要はない。いいか、マスター―――どんな問題を抱え、どんな救いを得ようとも、我々サーヴァントは既に終焉してしまった存在だ。もうどうにもならん。事実は変わらん。だから今更悩む事はないから安心しろ」
ただ、とアルトリアは付け加える。
「少々ブリテンへと行くのが楽しみになったな。モードレッドの頭を撫で、ランスロットの顔面にマウントパンチを叩き込める機会が来たのだ、それなりに喜びもあるというものだ。……まぁ、ケイやベディヴィエールに謝るぐらいはするかもしれんな。現実を見ようとしない愚かな小娘が迷惑をかけた、とな」
「アルトリア……」
アルトリアは完全にそこらへんを割り切っており、そして過去は過去、今は今、と理解しているのだ。聖杯でなんでも願いを叶える事が出来るならば―――それは過去の過ちを修正する事も出来るだろう。だとすれば、
「なんでアルトリアは召喚されてくれたんだ? どんな夢を聖杯に託したんだ?」
その言葉にアルトリアが言葉を止め、そしてベッドの上へと座る。その恰好は鎧姿ではなく、私服姿だ。そんなアルトリアの姿にあわせて、横に並ぶように座ろうかと思う。元の姿に戻ろうかと思ったが―――正直面倒だった。思ったよりも疲れているらしく、このまま変態すれば気絶してしまうのではないか、というぐらいだった。だから変態する事は諦め、ベッドから起き上がり、体を引きずるように滑らせ、そしてベッドの端、アルトリアの横へと座る。地味にスカートがめくれ上がっているのでそれを片手で直しつつ、横のアルトリアへと視線を向ける。
どこか、困った様子を浮かべている。
「そうだな……元々は……私は聖杯を欲していた。この私ではない。聖剣の呪いで成長しなくなった私は祖国の救済を願った。だがきっと、平行世界だったのかもしれない。或いは第四次か、第五次の私だったかもしれない。答えを得てしまったのだ―――万能の救済を得たところで本当に救済したかったものはもう、そこにはないのだ。救済によって洗い流されてしまったものこそが、救いたかった未来なのだ。……なんともくだらなく、そして儚いものか、救済とは」
「それ、俺なんかに話しても良かったのか?」
そうだな、とアルトリアは言葉を探し、数秒間黙る。
「……マスター、私の今の願いは―――ない。ないのだよ。其方の体に宿る聖女程清らかではない。其方の相棒はたとえ善であれ、悪であれ、どんな絶望的で希望の見えない道を進もうと、それでも慈愛を持って接し、そして最後まで地獄へと同道してくれる、正真正銘の聖人だ。とてもだが私にそんな真似は出来ない」
『……』
アルトリアの言葉に、ジャンヌは反応を見せない。聖女―――聖人―――心の清らかさ、ジャンヌのそれは俺の想像を超える領域にあった、という事なのだろうか。
「果たして正しい願いとは何であろうな? 其方はどう思う? 六組殺して手に入れる聖杯に価値があるのか? 私はそれが解らなくなってしまった。願ったように、契約したように英霊として聖杯戦争に参戦し、戦い抜き、そして願いを否定された。意味がないと。前も後ろも解らない、今はまだひな鳥でしかない、そんな其方にだからこそ聞いてもらいたいのだ。いや、見て貰いたいのかもしれないな」
「アルトリアを?」
アルトリアがその言葉に視線を返し、小さく笑みを浮かべる。
「あぁ、どうやら、体は大きくなっていても、心は予想以上に少女のままだったらしい。鎧を着こめば体は守れる。解釈が変われば姿形さえも変わってくる。だけど、心だけはそのままだ。少女の姿をしている私も、そして今、ここにいる私も、ただ座にある記録を受けて、記憶を受け、そして向いている方向性が違うだけで―――全く同一人物、同じ心を抱く者なのだ。だからこの心だけは、どうしようもなく弱いままだ」
そう言って、アルトリアはベッドに背中を倒す。そうやって目を閉じ、無言になるアルトリアを見て―――思う。やっぱり、彼女たちは英霊ではあるが、人間なんだと。生きようと、戦おうと、必死で周りを全く見ていなかった。だけで武術を教えてくれたり、戦ったり、偵察したり、守ってくれたり、そうしている間でもアルトリアは、アルトリア達は俺と同じように悩みを抱え、考え、そして結論を出そうと頑張っていたのだ。何度もアルトリアが言っているではないか。
王でもなければ騎士でもない。
ただの従者だ。
「―――あぁ、言い訳できないんだ」
「……そうだな、私には言い訳する事が出来ない。セイバーであれば騎士王として、呪われたセイバーであれば暴君として、そうやって言い訳する事もできただろうに。ここにいるアルトリアは、そういう立場もない、ただの従者なのだ。王ではないから相応しい誇りを、そして将来や民の事を考える必要はない。騎士ではないからその義務を、心得に縛られる事もない」
ベッドに倒れたまま、アルトリアが天井へと手を伸ばす。
「寂しいものだな、マスター。残酷なものだ。本来の聖杯戦争はもっと短い。一週間もあれば終わってしまう。その間は毎日激闘の続きで……戦って……考えて……必死になって……あぁ、そうすれば悩む必要もなかっただろう。一番最初に抱いた願いを聖杯にくべると、胸を張って言えたのだろうな。だがこうやって時間を与えられるとどうしようもないな」
「……」
アルトリアの言葉に茶々を入れる事も、言葉を挟む事もできず、そのまま黙って彼女の言葉に耳を傾ける。
「体は呪いによって成長する事はなかった。常に少女の姿のまま、それを一切悟られぬように隠しながら男として振る舞い、二十数年の時を王として生きた。私があのカムランの丘で討たれるまで、三十数年の時を生きたのだ。毎年、成長して行く皆を眺め、少しずつ力をつけて行く自分の姿を眺め、成長をしていた、そう思っていた」
だけど、
「体が成長せず―――きっと、心も成長しなかったのだ。ずっと、少女の心のまま王として振る舞っていた。だから歪で当たり前だ。マーリンは……それが解っていたのかもしれない。私はあの剣を抜くべきではなかった。今更気づいて後悔してもどうにもならない事だがな」
そこまで言った所で、小さくアルトリアが噴き出す。
「がらにもなく語ってしまったな。すまない、どうやら其方の心の弱い部分まで似てしまったようだ。これは全体的に私を召喚したマスターの責任だな」
「おい、アルトリア」
「だから―――」
と、アルトリアが此方へと倒れたまま、振り向く。
「少しだけ……少しだけ、抱きしめてもいいですか、今、騎士でも王でもない私が守っているものは民でも国でもなく貴方だけですから―――」
それはアルトリアにはらしからぬ丁寧な言葉遣いだった。アルトリアがこんな言葉遣いをするのを自分は今まで聞いたことがない。それだけ、アルトリアは弱っていたのだろうか。或いは、これが本来のアルトリアの素顔なのだろうか。明らかに二十代半ば程はあるであろうその姿からかけ離れた、少女の様な表情を浮かべていた。
「……」
返事をする事もなく、そのままベッドに倒れ、そして横になってアルトリアへと正面から向き合う。正直ジャンヌが黙っていてくれて良かった。今、この瞬間、滅茶苦茶恥ずかしい。それこそ気絶してしまいそうなほどに。こんな姿、こんな格好で、恥ずかしい事をしゃべっているんじゃないか? 良い雰囲気なんじゃないか? そんな事を思ったりもするが、
切実そうなアルトリアの表情に、そういう考えもなくなり、ただそのまま、正面から抱きしめ合う。
「んっ……」
「すみません……ありがとうございます……終われば何時も通りの私に戻りますから……」
そう呟くアルトリアと、ベッドに倒れ込んだまま正面から抱き合う。抱き合う腕からはアルトリアの体の熱と、そしてその柔らかさが伝わってくる。その体も、服も魔力で生み出されている筈なのに、感触は人間そのものと変わらない。やはり、生きている。彼女も、そして他のサーヴァント達も、怪物の様で―――やはり本質的には人間なのだろうと思う。
ここまで柔らかく、温かく、そして優しい人物が怪物な訳がないと思う。
寄せる体を伝ってアルトリアの熱、そして鼓動が伝わってくる。ベッドシーツの柔らかさ、疲労、そして心地の良い暖かさに眠気が襲い掛かってくる。襲い掛かってくる眠気に抗いたくない気持ちが浮かび上がってくる。起きた時が大変そうだい、他のサーヴァントに見られたとき、どう言い訳すればいいのかはわからないが、
今はこのまま、存在を確かめ合う様に、
目を閉じた。
『―――おやすみなさい、そしてお疲れ様です二人とも』
その声に意識を閉ざした。
アメリカ:黙示録の四騎士が確認されてるあぽかりぷすなう
ルーマニア:吸血鬼の地獄フェア開催中
おかしい……ちょいエロ程度を書こうと思ったら何時の間にかヒロインムーヴに。
きっとアルトリアさんの心は聖剣抜いた時から変われなくなってしまった。ちょいチョロイ? なんて思いながらも月や冬木の聖杯戦争よりも長い時間一緒にいるからセーフと脳内処理。