―――
それは
その中の一つへと近づく。その干し草の中には長い金髪を束ねた10歳前後の少女の姿があった。干し草の中で眠っている少女はこちらが干し草を覗き込むのに合わせ、目を開け、そして笑みを浮かべる。
―――こんにちわ。
話しかけられ、そして返答する。声も出るのか、なんて事を以外に思いながら、そのまま少女と話し始める。俺はどこから来たのか、何が目的なのか、見てきたものでなにが美しかったか、神は信じているか。内容は本当に当たり障りのないものだ。それに答える自分も予想外にぺらぺらと言葉がこぼれ出し、簡単に答える事が出来た。ここまで社交的な性格をしていたか、そんな事を思いながらも少女と話を続け、
少しずつ日が暮れて行く。
―――ばいばい、旅人さん。
◆
目覚めの気持ちは悪くなかった。夢見が良かったのか、或いは寝る前が良かったのか、意外とすっきりと、そして完全に疲労が抜けた状態で起きる事が出来た。一言で表現するなら”良い気分”、そういう風に尽きる。目を開けるが、正面にはアルトリアの姿がない。先に起きてしまったのだろうか、寝る前に感じたあの体の柔らかさと暖かさは今でも忘れられない為、少々残念に思える。
『あ、起きましたマスター? おはようございます。すっかり爆睡していましたよ』
「あぁ、みたいだな。何かホント気持ちよく眠れたっぽい。やっぱベッドで眠るのと、寝袋で眠るのとでは全然違うな……」
『私は干し草の中で眠るのが一番好きでしたけどね』
ジャンヌの言葉に引っ掛かりを覚え、首を傾げ、そして頭を横に振って立ち上がる。窓の外から秋葉原の様子を眺めれば、街中で働く人々の姿が見える。遊んでる姿はない―――誰もがこの街を復興させるために頑張り、そして歩き回っている。時折魔力の反応のある品を運んでいる様子から、何やら魔術に関しても手伝っているようにも思えるが、魔術って確か秘匿されていないと神秘性が薄れて駄目になるのではなかったのだろうか? 確かそんな話を聞いた気がする。
『寝ている間にアンリくんがトイレを流す為の水と、そして他に使う生活水をバケツに溜めておいてくれました、後ついでに日用品の設置も。アルトリアさんは結構前に起きてクー・フーリンさんの所へ槍談義に、そしてギルガメッシュさんはオールナイト外で遊んでいる様ですね……』
「ホント自由だな、アイツ」
ギルガメッシュの我様っぷりに若干呆れを感じつつ、ベッドから降りて、体を伸ばす。もう既に朝食の時間を軽く超過しているのは陽の位置を確認すれば解る。今は大体―――十一時か十二時、それぐらいの時刻だろう。若干お腹が空いているのを感じつつも、いい加減ジャンヌの姿から自分の姿へ戻るか、そう思って変態を始めようとし、
『あ、マスター。ストップです。割と真面目にストップです。今、元に戻っちゃ駄目です。冗談でも何でもなく、マスターをそちらの姿で紹介した上に、新宿シェルターの様な件があるかもしれません。なので私の姿のままでいてください。その間は【対魔力】EXの効果でマスターを魔術干渉からの安全を確実に確保できますし』
「ですし?」
『―――男の姿になってバレると、色々とめんどくさいですよ』
「……おぅ」
こっちの姿、ジャンヌの姿で接触した事の弊害かぁ、なんて事を呟きながら、軽く頭を抱える。そういえばバゼットとクー・フーリンにはこの姿で会い、そして己を紹介したんだ。変態を解いてエンカウントしたら気まずいってレベルじゃない。
「じゃあシャワーの間だけ」
『今はアルトリアさんもアンリくんもいないので、最低限の防御もない状態になるのは……』
「お前楽しんでいない?」
『割と真面目な話ですよ? 味方の陣地内にいたと思ったら何時の間にかイギリスの魔術師によって呪われて呪殺されそうになった、なんて事がありましたからね。正直な話、サーヴァントの一人が近くにいる状態でしたらまだしも、一人の状態だったら止めた方がいいです』
ジャンヌの真面目な言葉に動きを止め、黙り、そして溜息を吐く。やっとだ、やっとまともにシャワーを浴びる事が出来たと思ったのに、なのに何でこの姿で浴びるハメになるのだろうか。やっと完全な贅沢を感じられると思ったのに。だが待て、アルトリアかアンリ・サンソンが帰ってくるのを待てばいいのではないか? そう思ったが、寝汗でべとべとの体で、久方ぶりに生活な風呂場環境、その誘惑は抗いがたい。
そして屈する。やっぱり体をさっぱり洗いたい。ちょくちょく体を塗れたタオルで拭く程度の事はしてきたが、それでも本格的な水浴びに関しては綺麗な川が存在しない為、出来てはいなかった。そんな環境の中で、漸くちゃんとしたシャワーが出来るとなると、やっぱりその誘惑に屈するしかない。
「ぐ、ぐぬぬぬ……背に腹は代えられない……か」
『まぁ、正直衛生的に考えてもそろそろ本格的に体を洗いたい所ですしね』
それは事実だ。だから溜息を吐きながら風呂場へと向かう前に、自分の、ジャンヌの姿をしている体を見る。この肉体をジャンヌの肉体と仮称しているが、実際は”ジャンヌに変態している俺の肉体”という風になっている。細かい話をすると、”ジャンヌの肉体”というものは厳密には存在していないのだ。サーヴァントの肉体は【霊核】という部分を中心に魔力で肉体を作りコーティングする事で形成されるらしい。デミサーヴァントとはこの霊核が人間の中にあり、サーヴァントとしての恩恵を受けている状態を指し示す。本来はそれだけだ、デミサーヴァントとして依代に下ろしたサーヴァントのスキルとステータス、それに宝具を所有するにとどまるらしい。
あくまでもらしい、それが今、ジャンヌとバゼットから集めた情報によって知っている事だ。
―――デミサーヴァントに肉体の変態能力は存在しないのだ。
十中八九体内の聖杯が原因なのだろうが、それだけでは決して変態能力を手にする事はないらしい。なぜならジャンヌへの変態行動はサーヴァントで言う【変化】のスキルに相当する行為だからだ。コントロールもできていない聖杯を持っているだけじゃ説明が聞かない。その為、ジャンヌとは相性が良かったから、という結論に至っているが―――ギルガメッシュはそれ以上の真相を一目で見抜いているフシがある。何時か、聞きだせるなら聞きだしたいものだ。
「仕方がない、浴びるか」
腰に手を伸ばし、黒いミニスカートに通っているベルトを外し、それに合わせてスカートのホックも外せば、するりとスカートが下へと落ちて行く。最初はこの服装も魔力で出来ているのではないか? と思いもしたが、厳密には違う―――肉体と同じ、改造や改竄に近い形で変形し、そして魔力によって変化しているのだ。故に床に落ちても消えないし、砕けはしない。投影魔術の様に生み出されたものではないからだ。ネクタイを軽く緩めたらそのまま上を脱ぎ、スカートと合わせて両方ともベッドの上へと乗せておく。
『うーん、ここは茶化すかどうするか、少々悩むところですね……』
「意識しないようにしてんだからやめーや」
脳内で喋りかけてくるジャンヌが脱ぎ方を教えてくれる為、それに従ってあっさりと下着を上下とも外し、ベッドの上に置いて風呂場へと向かう。トイレと洗面所、風呂場が一体になっている狭いホテルの典型的なスタイルだが、シャワーボックス風になっており、一応は区切られている。だからその中に入り、扉を閉めてシャワーを出す為にノブを回し―――何も出てこない。
「え、もしかして断水? このタイミングで?」
『運というか、間が悪かったですね、マスター。暖かいシャワーは我慢して、今はバケツに溜めてある水を使って体を洗いましょう、それだけでも違いますから。やり方は解りますよね?』
「流石にな」
視線を風呂場の端へと向けると、予め大きなバケツに溜めこまれた水が見える。生活水用に溜められた水だ。こういう時の水浴び、洗濯、食器洗いとか、そういう為の水であり、それをバケツごと持ち上げてシャワールームの中へと運び込み、小さなメジャーカップの様な、バケツを取り、
『あ、髪の毛を先に解いてください。結んだままだと酷い事になるので』
「そう言えばそうだったな」
本来の髪は短いからそんな事は考えもしなかったが、そう言えば形では今は、ジャンヌだったな。そんな事を思いながら髪を手に取り、指示されながらそれを解く。髪もしっかりと洗う必要があるのは勿論だが、それよりもまずは体をさっぱりさせたい。小さなバケツの方で水を汲み、それを頭の上からかけるように長し、全身を水で濡らす。デミサーヴァント化しているこの肉体が風邪を引く様な事は、スキルや宝具の干渉でもない限り、まずありえない。しかも【対魔力】EXを保有しているおかげで魔術さえも心配ないのだから凄い。だから冷たい水が体にかかった感触にちょっとだけ体が震えるが―――気持ちが良かった。
「あー……気持ちいいなぁー……」
そうやって水を被って行き、ある程度体が濡れた所で、置いてあったボディーソープを手に取る、それを両手でこすりながら泡立たせ、それを体に手でこすりつけて行く。本当ならスポンジか何かが欲しい所だが、そんな贅沢も言える事ではない。なるべく意識しない様にまずは首の周りから、そこから胸に、谷間、胸の下、脇の下、腕、お腹、背、股の間と周り、足、足の指と旅の汚れを落とすように使い、汲んだ水で一気にそれらを流し、顔も石鹸で洗い、綺麗にする。
たったそれだけでもまるで生まれ変わったかのような気分だった。まだ使える水は多い。それを頭からかぶり、体を抜けて行く水の感触を目を瞑って感じる。頭から体を滑り、下へと走って行く水の感触は肌を撫でるようにこそばゆい感触を生み出し、下へと抜けて行く。なんとも筆舌しがたいその感触に、軽い感動さえ覚える。今は自分が男か女か、そんな事はどうでも良かった。この冷たい水を気持ちよく浴びる事が出来るなら、そんな事は本当に些細だった。この瞬間の快楽は今までの悩みを吹っ飛ばすかのような気持ちよさだ。
「あー……気持ちいい……久しぶりの気持ちよさだこれは……」
『マスター、それワザと言ってませんか』
実はワザと言っている。行ってみたらこれ、エロくて興奮するんじゃないか? と思ったけど自分をネタにして何が楽しいのか。アレだ、若干ファンタジー見すぎだな、と結論を入れたところで、近くのシャンプーを取り、
「じゃあ髪を洗うけど……」
『はいはい、手入れの仕方はお任せください。慣れていますから』
ジャンヌの言葉に耳を傾けながら髪を洗い始める。
◆
「―――ふぅ、さっぱりしたわ」
風呂から出て、上半身裸のまま、下は下着と黒いホットパンツ姿で、タオルを両肩にかけ、さっぱりとした状態を楽しむ。湯上りじゃないし、牛乳もない。だがそれでも、この世界における贅沢を楽しむ事が出来、個人的にはかなり満足していた。今では水浴びの一つでさえ物凄い贅沢になったのだ―――水浴びが出来るなら飲み水を確保しなくてはいけないのだから。だから自分も、ここに来るまでは見つけた水を全部、飲み水として確保してきた。
だから本当に、生き返るような気持ちで水浴びが出来た。
「……午後からは断水、終わっているよな」
『何か問題がなければ、そうなるでしょう。忘れてはいけませんよ、マスター。私達の目的を』
―――記憶を探し、そしてこの体になった理由を見つけ出す事だ。
ベッドの上の服を着直しながら、改めて考える。ヒントは間違いなくカルデアだ。この名前を追えばきっと、自分の記憶にたどり着けるのだろうと思う。だけどそれとは別に、また”冬木”に惹かれるのも事実なのだ。何かが、何かが自分をあの土地へと引き寄せようとしている様に感じる。それは聖杯が聖杯を求めているのか、或いは記憶の手掛かりがそこにあるのか、
判断は出来ない。
だが考える事は出来る。
『マスター、いますか?』
扉の向こう側からアンリ・サンソンの声がする。
「ここにいるぞー」
『失礼します』
部屋の中に入って来たアンリ・サンソンの頭には【マリーLOVE!】と書かれていたハチマキが装備されてるが、この英霊は会うたびに残念にならなきゃいけない法則でも持っているのだろうか。インパクトが衝撃的過ぎて言葉が咄嗟に出ない。
『バゼット氏が続報がある、とお呼びです。……どうしましたか、マスター? 何か奇妙なものを見ているような表情で……あ、いえ、言いたい事は解りました。でも現在、マリーグッズは誠意作成中、プロトタイプしか存在しないんです。今、秋葉原の同志やマイスター達と相談し、座にも持って帰れそうな方法を模索中です。布教まではもう少々お待ちください』
『いや、座に帰らないでくださいよ。アンリくんだけですよ―――問答無用でアンリ・マユを即死させられるの? 座に帰られると物凄く困るんですけど』
『僕にはマリーの可愛さを座に布教する使命が……』
「そんな使命はマッハで捨てろよ。それよりバゼットが呼んでるっつーのなら行かなきゃな」
歩きはじめ、霊体のアンリ・サンソンの背中をたたき、その横を抜けて前へ進む。
水浴びで大分英気は養った。
「―――うし、行こう!」
気合いを入れ直し、今日もこの世紀末で生きて行く。
各地の大聖杯を止める為に型月世界の一部の超越者たちも地味に戦ってます。絶倫メガネとか、波動砲とか、あだ名が宣教師のアイツとか。
大聖杯は汚染されてるし。
エラーがおきまくってるし。
そろそろ地球が悲鳴を上げそうだから地球のズっ友のORTくんが目覚めそうだけど
今日も日本は平和です。なお風呂やシャワーがない場所でのバケツ水浴びは実体験です。というか現在進行形の私の生活です。