秋葉原に滞在し始めてから一週間が経過した。秋葉原の居心地の良さについつい長期滞在を行っているが―――秋葉原に留まっているのはそれ以外の理由もある。バゼットに返答はしていないが、冬木へと攻め込む為の魔術師のチームが現在、編成されている最中であり、自分も頼みさえすればそれに組み込まれる様になっている。聖杯からの完全なバックアップが受けれる英霊というのは非常に有用なのだ。その為、秋葉原から出る事に軽いストップがかかっている。勿論無視して進む事もできるが、久しぶりとも取れる文明的な生活の誘惑は甘かった。
お腹いっぱい食べれる環境、
節約さえすれば浴びれるシャワー、
そして見張りがいなくても安心して眠れる夜。
ここまで普通の生活がある事に違和感や安心を覚える日が来るとは一切思いもしなかった。基本的に日中の間は落とし子やシャドウサーヴァントの動きも少なく、バゼットかクー・フーリン、どちらか片方がいれば防衛はそれで済むらしいので、アルトリアかクー・フーリンから武術を学ぶ、という凄まじい機会にも恵まれていた。そうやって穏やかとも取れる日常を一週間、たった一週間だけ過ごした。
生きて、考え、そして体を動かす一週間。
―――結論がでた。
◆
「秋葉原を出よう」
サーヴァント達を集め、そう言った。それはもはや決めた事だった。秋葉原を出よう、と。唐突に決めた事ではなく、元々前から考えていたことなのだ。しかし、それを宣言したサーヴァント達には驚きはなかった。何だかんだで此方の事は良く把握されているな、なんて事を思っていると、私服姿のアルトリアが口を挟んでくる。
『いいのか? ここで鍛えながら合流した方がいいんのではないか』
「いや……なんつーか……感覚的なものだけどね? 秋葉原はいい場所だよ。みんな頑張っているし、鍛える事もできるし、生活は安定するし。だけど……こう、心が逸るんだよ。先へ進め、って。こんなつまらない所で時間を稼いでいないで、早く冬木へ向かえ、って気持ちがあるんだよ。一週間だけここに留まったけど、待っている間は少しずつその気持ちが強くなっていくんだよ。……やっぱ、話を聞いて、もっと思ったわ」
俺の心は、
「―――冬木に呼ばれている」
それが自分の考えだった。冬木に呼ばれている。そうとしか表現できないのだ。冬木の事を考えれば考えるほど、魂が惹かれる様な、そんな気がするのだ。引かれるのではなく、惹かれる。あの街の何か、この魂を呼びつける様なものがある、そんな気がするのだ。秋葉原で過ごす毎日が無為だと言っている訳ではない。安定した環境で技術を鍛える事が出来るし、自分が手伝えることだってある。この一週間で、一週間前よりも前へと進めた気だってしている。だけど、それ以上に、もっと前へ、
冬木へと向かって進むべきだと、本能と魂で理解した。
「ここ数日ギルガメッシュ以外は暇にさせていて悪かったな―――とりあえず今日中に準備を整えて出るわ」
「近いうちにそう言うと思って既に準備は終わっていますよ、マスター。保存食の類は既に鞄の中に入れて、何時でも旅を再開できるようにしています」
アンリ・サンソンのその言葉に驚き、カバンの中を探り、そしてその中からまず最初にハッピとサイリウムを見つける。カバンから顔を上げ、アンリ・サンソンへと視線を向けると、良い笑顔とサムズアップが返ってくる。物資が不足している中で、こんな事をやっていいのか、なんて事を思うが、良い記念だし貰っておこう。そう思いつつもカバンの中を探し進めると、他にも缶詰や干し肉、水の入ったペットボトルなどがカバンの中には詰められていた。何時の間に、なんて事を思っていると、アルトリアが息を吐く。
『私もランサーも、鍛錬中に心ここにあらず、というのは解っていたからな。あぁ、後ランサーからの言伝だ”才能ないから槍使うの諦めろ”、との事だ』
叩きつけられる言葉にやっぱり、なんて事を思いながら溜息を吐く。何だかんだで自分が鍛えても強くなれないのは解っていた。何せ、クー・フーリンは途中から技術ではなく、クー・フーリンが保有する術、たとえばスカサハから教えられた【鮭とびの術】や【ルーン魔術】を礼装化する事で、使えない様に出来ないか、或いは行動の先読み、対処法、戦士ではなく”マスターと魔術師”としての戦い方を教え始めたからだ。数日でシフトし始めたのだから、大体予想がつくが、それでも軽いショックだ。
「ま、しゃーない。違う方向で頑張ればいいんだ。うむ、才能がないからって努力しない理由にはならない。鮭とびの術だったら礼装化させたから何とか使えるし」
流石にルーン魔術は本格的に講義を受けて勉強する必要があったが、鮭とびの術―――クー・フーリンが見せるあの異常とも言える跳躍力を再現する術を使えるようになったのだ。成果としてはまずまず、といった所だろう。そんな手応えを感じつつも、やっぱり選択は変わらない。冬木へと向かう。それはもはや決定だった。そしてそれが決定したら止まる理由はなかった。荷物はそれほど多くはない。洗面所、風呂場、そして部屋に置いてある日用品の類を全部カバンの中に詰め込めば、それで準備は完全に完了してしまう。
カバンを持ち上げ、肩にかけながら部屋を見渡す。
「愛着がわいていても去る時は一瞬で準備が完了するのって結構寂しいな……」
『まぁ、それが旅ってものですよ』
一回だけ部屋の中を見渡し、確認し、そしてサーヴァント達を連れて部屋を出る。部屋を出て階段を降り、下へと向かい―――そこにバゼットやクー・フーリンの姿を見つけられない。おそらくは見回りか、何処かのヘルプに出ているのだろう。このまま去るのも非常に申し訳ないし、何か言葉を残す方法はないかと思ったが―――まぁ、去れば勝手に向こうも察してくれるだろう。そう思い、さっさとビルを出て、秋葉原の街に出る。時刻は解らないが、まだまだ日は昇っている為、明るい。聖杯戦争は元々夜間にのみ行われた秘された儀式だった。
日本全土が冬木の聖杯戦争の範囲に収まっている今、昼も夜も関係はない。
魔術を隠す必要はない、もはや公然の秘密だ。
―――だが魔術は死なない。
現在、魔術という者は秘匿される事でその神秘性を守って来た。だがそれは七つの大聖杯の暴走により暴かれてしまった。それでも神秘は維持されている。その事実がおかしいのだ。魔術は秘匿されているからこそ神秘を守る事が出来ているのに、多くの者が魔術を知ってしまったこの時代、この状況に、何故魔術が死んでいないのか。なぜ神秘が維持されてしまったのか。それは実に簡単な事だ、とバゼットは教えてくれた。
―――世界そのものが神秘の溢れていた神代へと回帰している。
神霊の出現、概念汚染、暴れ回る英霊、狂える環境、そして溢れる神秘。
誰が黒幕であるかはいまだに発覚してはいないが、それでも七つの大聖杯の暴走は、ありえない現象を引き起こしている。まるで七つが並列に稼働する事によって一つの大きな変化をこの世界に刻み込んでいる様に。
「予想外に長居しちゃったし、さっさとでるか」
そのまま秋葉原の外へと向けて歩き始める。いや、折角だから礼装を使って移動しよう。そう思って右手に装着しているバングルへと魔力を通し、刻まれているルーンを通して礼装に記録されている魔術を発動させる。
「鮭とびの術―――」
助走なしで超跳躍を行う。数十メートルを高速で一気に飛び上り、ビルの上へと着地しながら、そこから再び鮭とびの術を使用し、一気に跳躍して移動する。これだけはクー・フーリンに習っていた良かったと思う―――或いは、近いうちにここを出て行くというのを理解したクー・フーリンが予め教えてくれたのかもしれない。ただ事実として、地形をある程度無視して高速で移動する事が出来るこの術は、長距離の移動にはかなり便利であるという事だ。英霊の肉体でも行えないありえないレベルの跳躍で長距離を一気に移動出来る為、ある種の清々しさが体を駆け抜けて行く。跳躍して移動する体に風が当たり、横を抜けるのを感じながら、着地と同時に再び跳躍する。
「楽しいな、これは!」
『まぁ、霊体化している僕らは強制的に引っ張られるから移動は楽ですけど……』
「じゃあ問題ないな!」
ある程度悪目立ちしているのは自覚しているが、これだけ派手に動けばクー・フーリンやバゼットも此方が出て行ったというのは解ってくれるだろう。そういう意味でも派手に跳躍して移動するのは悪くはない。そうやって何度か跳躍し移動を続けると、
あっさりと10キロ程秋葉原から離れた位置へと到着する。着地しながら今までとは段違いの移動効率に満足しつつ、振り返り、秋葉原の様子を見る。
これだけ離れていても英霊の強化された眼であれば街の様子を見る事が出来る。
遠くから見る秋葉原の姿は、まるで世紀末世界のゲームに出てくる様な”街”だった。周りが廃墟であり、そして無人であるのに対して、秋葉原というエリアだけは復興途中を示す建設用の足場や明かりが存在し、それによって人の騒がしさと温かさを覚える環境が出来上っている。良い場所だった。こんな滅茶苦茶な世界でも、崩壊した中から頑張って再生しているその姿は、心を打つものがある。いや、偉そうにしているが、あの環境はいるだけで”自分も頑張らなきゃ”という気分にさせてくれる。
だからこそ、心が逸る。早く、冬木へ、と。
一体冬木で何を求めているのだろうか。アンリ・マユか、大聖杯か、或いは記憶の手がかりなのだろうか。まぁ、何だっていいだろう、きっと冬木へと向かえば答えが出るに違いない。そう思って秋葉原から視線を外そうと瞬間、
―――秋葉原の街から黒煙が上がる。
黒煙は破壊の証だ。となると秋葉原で何かがあったに違いない。戻るべきか、そう思案した瞬間、
「―――マスター!!」
アルトリアの声と【啓示】による警告は同時だった。鮭とびの術で素早く跳躍した瞬間、足元を粉砕する一撃が周囲一帯を粉砕し、完全に破壊していた。跳躍の最中に視線を振り返らせれば、
そこにいたのは褐色の肉体を完全に黒く染め上げられた狂戦士の姿だった。目撃した瞬間に発生する【真名看破】が相手の名前を強制的に暴く。
着地しながらバックステップを取り、魔力の供給を行い、アルトリアとアンリ・サンソンを出現させる。
「アルトリアがメインでアンリは援護! ギルガメッシュは―――」
『さて、足掻けよ雑種』
当たり前の様に後方で腕を組み、優雅に高みの見物を決めていた。まぁ、従える事が出来ない今、こうなるのは当たり前だな、そう判断しながら黒く染まった狂戦士にアルトリア、そしてアンリ・サンソンを相対させる。パーツを除去した解放状態の鎧姿と解放状態の【最果てにて輝ける槍】を握りながら、アルトリアが笑みをこぼす。
「此度の聖杯戦争は同窓会気分だな……まぁいい、もう一度殺させてもらう―――大英雄ヘラクレス」
神の血を引く大英雄ヘラクレス、それが完全に理性を失った狂戦士となり、絶対的な暴力となって襲い掛かってくる。
逃げる事も可能だが―――逃げればギルガメッシュに見限られるだろう。つまらんと。
「っつーわけでだ、勝たせてもらうぜ大英雄様」
襲撃を切り抜ける覚悟を決めた。
というわけでヘラクレスさん登場。12回殺す事が出来るのだろうかこれ。
という訳で秋葉原編も終わりが近いです。終われば閑話(アメリカ黙示録)挟んで九州へ