Fate/Grail Seeker   作:てんぞー

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求めよ、さらば与えられん Ⅳ

 気づけば中庭で優雅なティータイムを過ごしていた。

 

 白い円形のテーブルにジャンヌと横に並んで座りながら、イリヤスフィールと相対する様に座っている。テーブルの上にはティーセットが置かれており、イリヤスフィールの背後には待機するように立つ二人の白い服装の恐らくはメイドが控えている。彼女たちがサーブした紅茶のカップが目の前にはあり、何故か自分もジャンヌも、流される様にここ、アインツベルン城の中庭でティータイムを過ごす事になってしまっていた。なんでだろうな、なんて事を思いながら視線だけを横へと動かし、ジャンヌへと向ければジャンヌがカップを持ち上げ、それを口へ運んでいるのが見える。それを少しだけ傾け、優雅な動作で紅茶を飲んでいた。

 

「どう? 毒は入っていないでしょ?」

 

「……だ、そうですよ、マスター。飲んでも大丈夫そうです」

 

 ジャンヌが飲んで大丈夫な所は既に確認してある。だからそれを信用し、温かいティーカップを片手で持ち上げ、それを口元へと寄せて傾ける。―――物凄く久しぶりに飲む紅茶は美味しかった。物凄く美味しかった。言葉で表現する事は難しいが、少量の砂糖しか入ってない筈なのに、えらく久しぶりなせいかそれが物凄く甘く感じ、思わず感動してしまった。あぁ、そういえば紅茶ってこんな味だったよな、と妙な事を思い出してしまう。機会がなければ数年飲まない人だっているだろう。だがそれは”何時だって飲める”と言う環境にあっての話だ。飲みたくても絶対に飲めないなんて環境にある今、どれだけ高級品か、美味しいものか、そういうのは判断が付かなかった。ただ甘く、美味しいという事実だけが脳髄を駆け巡って支配する。あぁ、これが紅茶の味だったか……そんな感想を抱きながら泣きそうになっている。

 

「ふふふ、余程酷いものばかり飲んでいた様ね。おかわりはまだまだあるから心配する必要はないわよ」

 

 そう言われて少々がっついていたかもしれない、とちょっとだけ恥ずかしさを感じながらカップを降ろす。そうやって心の余裕をいくばくか取り戻しつつ、視線を周りへと向ける。ここは―――アインツベルン城だ。しかし少し前まで見えていた闇夜の荒れ果てたアインツベルン城ではなく、在りし日のまだ無事だった頃の姿だ―――何年も前の、健在だった頃の姿だ。今となっては絶対ありえない姿だ。この中庭だって現実では荒れ果てている筈だ。

 

 そう、現実では。

 

 ここはおそらく現実ではない。なぜならイリヤスフィールが生きているからだ。確実に彼女は心臓でもある小聖杯を抜かれたことによって死亡している。それは”歴史であり、事実”でもあるのだ。故にこうやって、目の前であどけない姿を晒している彼女はありえないのだが、何故だか、彼女に関しては警戒する必要はない、そんな風に感じる事が出来る。だから軽く息を吐き、そして落ち着く。状況に”嵌っている”以上、焦ってもしょうがない。

 

「ふぅ、紅茶の味というものを久しぶりに思い出した。文明の味だ……」

 

「流石にそこまで言われるとちょっと引くわ。でも、そう、貴方の所は今そんな風になっているのね。随分と大変そう」

 

「大変も何も、決死の思いで冬木へと来たと思ったら何故かティータイムに突入しているから大変も何も現在進行形で頭の中が大変だよ」

 

「ふふふ、そうねぇ。あんまり簡単に答えを出しちゃうとつまらないのよね、こういうのって」

 

 そんな事を言われても困る。どうやらジャンヌとは完全に分離していて、【啓示】さえも発動しなくなっている。だから戦闘となったら間違いなくジャンヌ頼りだし、EXクラスの【対魔力】で防げないこの現象を行ったのがイリヤスフィールとなると、正直勝てる気もしない。ただ戦う必要はない、そうもどこかで感じている。彼女は敵ではない、と。心に、頭に直接語り掛けてくる何かがある。

 

「でも、あんまり長くこの状況を作っていられる訳でもないし、仕方がないから簡単にお話を進めちゃいましょうか。折角こうやって会えたのに、少しだけ残念ね」

 

「……? 俺の事を知っているのか?」

 

 そうね、とイリヤスフィールは言葉を置き、彼女は自分自身を指差してから此方へと指を向ける。

 

「私は貴方と同じ”物”。だけど貴方と私は違う……って所かな?」

 

「答えになってない」

 

「あら、質問すればなんでも答えが返ってくると思っているのかしら?」

 

 正論だ。ただ、イリヤスフィールは此方に関して、こっちが把握していない情報まで保有している様だった。意味ありげに言葉を漂わせ、そして意味ありげに仕草を向けてくる―――物凄く聞きだしたい。だけど強引にやったところで、一番の火力担当であるアルトリアもギルガメッシュも、何故かここにはいない。左手の手の甲に存在する令呪はそのままだ、ジャンヌの分の三画が残ったままだ。それを通してアルトリア達のパスは確かに感じ取れるが、念話等は通じていない。つまり連絡は不能だ。令呪を消費して召喚するというのもアリだが、それは最低、イリヤスフィールが敵意や戦意を見せた場合に限る手段だ。

 

 言葉に出さず悩んでいるこっちの事を察したのか、小さくイリヤスフィールが笑みをこぼす。

 

「ふふ、少し意地悪しちゃったかしら? ごめんね、でもあまり余裕がないのよ、私も。所詮は本物の欠片でしかないし……よっと」

 

 そう言うとイリヤスフィールは椅子から可愛らしく降り、こっちよ、と言って歩き始める。ジャンヌと視線を合わせ、席から立ち上がり、イリヤスフィールの後ろを歩いて追い掛ける。それを確認したイリヤスフィールがうんうん、と声を漏らしながら頷き、話を続ける。

 

「さて、私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルン―――第五次聖杯戦争において小聖杯の役割をはたして死んだ可哀想な子よ。そう、私は小聖杯として改造された時点で生き残る運命なんか用意されていなかったのよ。貴方と違って、私にはサーヴァントを召喚する様な能力はなかった。だからサーヴァントが死ねば魔力が蓄積されるだけ、ドンドン死期が近づいてくる。最初から破滅しか用意されていない戦いだったのよ、聖杯戦争は。残酷ね、親の気持ちを裏切ってしまって」

 

 親―――そう、イリヤスフィールの両親も聖杯戦争の参加者だった。衛宮切嗣という”魔術師殺し”で有名な男とアインツベルンの小聖杯、アイリスフィール・フォン・アインツベルン。この二人が第四次聖杯戦争でアルトリアのマスターとして戦い、勝ち残り、そして最後の最後で”間違えた”為に冬木市は災害に見舞われたと言われているが、その真実は聖杯そのものがアンリ・マユによって汚染されている為、どう足掻いても聖杯はまともに機能していなかった、という事だ。聖杯戦争は最初から破綻している。

 

 ―――第四次、及び第五次では聖杯戦争は最初から悲劇で終わる様に出来ていた。

 

「全く、本当に余計な物を作ってしまったわよね? まぁ、一番余計だったのは過去の聖杯戦争でアンリ・マユを召喚しちゃった事なんだろうけどね。なんていうか……”私の考えた最強のサーヴァント”を本気で実行しようとするからこうなるのよ。それが通じるなら苦労しないってのに。まぁいいわ、全ては過ぎ去ってしまった過去だもの。私が死んだことも、凛が失踪した事も、全部消えない現実として残ってしまっているわ」

 

 イリヤスフィールはそうやってアインツベルン城の外へ、城の背後へ誘い、導き、そして小さな十字架が突き刺さっている大地の前へと立つ。その空間だけはまるで今までの煌びやかなアインツベルン城が嘘の様に荒廃しており、現実のぼろぼろな姿を覗かせている。その前に立ったイリヤスフィールはくるりと体を回し、此方へと視線を向けてくる。

 

「ここはお墓―――私のお墓。そう、私は死んじゃっているの。聖杯戦争で小聖杯としての機能を保有している心臓、それを引き抜かれて即死しちゃった。でもね、全ての戦いが終わった後で引き抜かれた心臓と一緒に私をここに埋めてくれたの。ちょっと暗くてジメジメしていて人が少ないから暇で暇でしょうがないんだけど、それでも良く手入れをする為に来てくれていたから、私的にはそこまで問題はなかったの―――」

 

 イリヤスフィール・フォン・アインツベルンは死亡している。だったら今、ここで、見ている彼女は何か? 死者は話さない、だとしたら、これは間違いなく―――奇跡。奇跡が越した産物。ネクロマンシーなんかではなく、奇跡なのだ。”夢と現実の狭間”で揺蕩う様に、時間に縛られる事のない世界でイリヤスフィールは最後の時を過ごしているのだ。それはおそらく、

 

「―――私の心臓、小聖杯には少量だけど魔力が残されていた。だからこれが最後の奇跡。本当はだらしのない弟を助ける為に使いたかったけど……たぶん、これがあの子を一番助けるから。ううん、これ以外に方法はないと思っている。きっと、今、この日本で大聖杯を破壊する為のキーとパーツを揃えているのは貴方だけよ? あとは自分を理解するだけ……」

 

「自分を理解するだけって―――」

 

 そう言われても、自分には記憶はない。それでもなんであるかは理解している。自分は、

 

「―――いいえ、違うわ。貴方は”魔術師でも人間でもないわ”。元々は人間だった。でも今は違う。それは決して聖杯のせいではないわ。それに貴方は近いうちに気付くわ。同じ聖杯の同朋として、貴方は助けてあげる……もう、ここからあんなシロウやサクラの姿を眺めているのは辛いだけだから」

 

 悲しそうにイリヤスフィールはそう言った。だが待て、どういうことだ。俺は人間ですらないとは。そんな事を急に言われても困る。イリヤスフィールは此方の事を此方以上に知っているかのように振る舞っている。その事に困惑する。だが彼女が悪感情を抱いていないのは伝わってくる。なんというか―――必死なのだ、彼女は。恐らくはこの時間を作るだけでも限界を超えているのだろう。だから静かに、イリヤスフィールが光になって消えて行く姿を見る。

 

「さて、こんなものかしら……これも必定の流れだと言うなら運命は残酷なものね……ま……次、目覚めた時はもっと楽しい未来か……愉快な―――」

 

 その先は小さすぎて聞き取れない呟きだった。ただ彼女は目を閉じて光になって―――イリヤスフィールはその墓の前で霧散した。その粒子が徐々に消えて行くのを眺めながら、呟く。

 

「結局、何だったんだろうな」

 

「その答えは持ち合わせておりません。ただ、彼女が必死に、誰かを救おうとして、そしてその意思を託したという事は解りますよ、マスター。彼女は彼女の信仰に殉じました。その意思を受け取り、前へと進むのが生ある者としての義務です。彼女の事を忘れず、進みましょう」

 

「……そうだな」

 

 ジャンヌの言葉を受け取り、頷く。まだ良く解りはしないが―――何か、自分の中でカチリ、と嵌った様な気もする。これがなんだかは解らないが、それでも、それはこの先、大聖杯と戦ううえでは必要なパーツであるようにも感じた。

 

 自分を理解する為のパーツ。

 

 それを認識し、目を閉じる。心臓部の聖杯が稼働し、奇跡を奇跡で打ち払い、目を開けた次の瞬間には再び、荒れ果てたアインツベルン城のホールに立っていた。息を吐きながら確認する自分の姿は、ジャンヌのもののままだ。イリヤスフィールが作って夢と現実の間に存在する時間、そこから帰って来たのだ。息を吐きながら足元へと視線を向ければ、そこには聖晶石が一つ、少し大きめのが落ちているのに気付く。それはきっとイリヤスフィールからの最後のプレゼントなのだろう、その使い道を即座に決めながらポケットの中へと押し込み、アインツベルン城へと背を向ける。

 

「これ以上は何もなさそうだし、さっさと大空洞へと向かって、こんなばかげた戦いをさっさと終わらせようぜ」

 

『マスター、まだ到着したばかりですよ』

 

「いや、いいんだ。アンリ。先輩に十分と貰ったから」

 

 呟きながらアインツベルン城へと背を向け、歩き出す。向かう場所はこのまま真っ直ぐ南西へ、ここからはほど近い、大空洞、

 

 ―――大聖杯の在処へ。




 イリヤちゃん死亡済み。だけど心臓に残っていた魔力でホロウみたいな空間を作って残っていたというだけの話。きっと聖杯が起こした唯一の優しい奇跡。

 皆、士郎がどうなってるか今回の会話で大体理解したかもしれない。

 主人公の正体、解ってきたかな?
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