聞こえる。感じる。犯されている。
―――死ね。
死ね、死んでしまえ。死んでくれ。死んで欲しい。死んでよ。死にな。死んで。死ね。
死ネ。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね―――。
それは悪性だった。それは悪意だった。それは嫉妬だった。それは怨念だった。それは底なしの悪だった。悪、そうとしか表現する事が出来ない。悪、その言葉のみが当てはまる。―――悪だ。それ以外に見つけられる言葉がない。この世に悪という物質があるとすれば、それは今、間違いなく全身を愛撫する様に触れているこの泥である事に間違いはなかった。全身を犯すように触れ、しみこんでくる底なしの悪はそこにあるだけで精神を破壊する様に犯してくる。直接脳に、そして体に絶望を叩き込んでくる。指向性のかけらもない、ただの悪、そして泥―――悪神アンリ・マユの一部にしてその体を構成する悪。それがこの泥の正体だ。それを悪意に心と体を犯されながらも、同時にルーラーの力で観察していた。
「あ―――ガ―――か―――」
『マスター!』
『ちぃ、厄介なものよ。出れば即座に分解される―――サーヴァント殺しの泥か。えぇい、雑種! しっかりせんか! 貴様が意識を手放せば我らは沈み、崩壊するぞ!』
『ち、奴を狙えない……この泥から抜けなきゃ宝具を発動できませんよマスター!』
サーヴァント達の声がするそれに反応して口を開けて声を出そうとするが、口を開けた瞬間、その中に泥が流れ込んでくる。息を奪われながらも何故か呼吸と苦しみが同時にやってくる。令呪を真っ先にギルガメッシュとアンリ・サンソンの保護に使ったから、令呪の効力が切れるまでは二人は無事だろうが、問題は自分の体と、そしてその中にあるジャンヌの霊核だ。肉体という物理的障害があるから今はまだいいが、どんどんアンリ・マユによって悪性に染め上げられている。体の端から侵食される様に、聖人が堕とされて行く感覚を得て行く。
「ぐ、ぎ―――」
歯を食いしばり、頭の中に響く呪詛を耐えようとして、吐き気がこみ上げてくる。吐こうとしても何も出ず、逆に泥が体に中に入りこんでくるだけだ。段々と意識がもうろうとして行く中で、何かをしなくてはならない。何かを。その何かが解らない。そうすればこんな泥、どうにもならないという事が解っている。
いや、待て、何故そう思った。
そもそも、疑問に思う事がある。
―――最近、何かがおかしい。
違和感を抱いたのは森を抜ける時に、アルトリアが此方の動きを指摘した事だ。あんなレンジャーみたいな動き、出来る訳がない。そんな動きをした経験があるわけじゃないし、誰かに教わった訳でもない。自然と動かしたらそんな風に体が動いただけだ―――半ば機械的に。必要な時に必要な情報を取得した、そんな感覚があった。悪意と泥の中へと沈み、目を閉じ様とするのを―――活力を込めて開く。状況は変わらない。最悪で最低な気持ちで、意識が侵食される様に喰われて行く。士郎はこの悪に抗って意識を止まっているのか。驚異的だと評価するしかない。自分は今、この悪の概念に飲まれかけている。あと数分もすれば完全に意識を奪われるか、塗りつぶされてしまうだろう。
でもそれを怖いと思う事はない。
既に意識の消えて無くなって行く経験はあるのだから。
「あ―――ァ―――」
そして思い出す。
そう、前にもこんな経験は一度あったのだ。体がだるくなって、動かなくて、そして全てが意識の底へと沈んで行き、思考する事が出来ずに真っ暗になってブラックアウトして行く感覚。その果てで何も考えられず、何も感じず、終わる。そう、濃密な死の感覚。それは自分の命が言える瞬間の感覚だ。自分の命が蹂躙され、潰えて行く瞬間。それが今、熱烈な終焉の気配に目覚めつつあった。薄れて行く意識の中で思い出す。
―――自分は、一回死んでいる―――。
そう、一回死んでいたのだ。それを唐突に思い出す。カチリ、とまた一つ何かが嵌った様な気がする。記憶の”サルベージ”を行う。脳へとアクセスし、そこを通して自分の記憶を―――脳に記録された記憶を閲覧して行く。そうやって取り戻して行く、自分がなぜ死んだのかを。なぜこうなったのかを―――そしてイリヤスフィールの言葉の真意を。なぜ彼女と自分が同じ同朋ではあるが、全く別の存在であるのか。彼女は正しく此方の存在を理解しており、それを理解させる為のセーフティを解除したのだ。
おかげで思い出した。いいや、違う。理解した自分がどういう存在であるかを。
―――人間ですらなかった。
『マス、ター……?』
アレ程体を狂わすように汚染していた泥が無力化されて行く。体の芯まで犯していたの悪性が一気にその意味を失い、不快なだけになる。泥の中で、泳ぐように体を起き上がらせ、そして上も下もない空間で立つ。理解した。完全に理解してしまった、自分と言いう存在を。なぜ、ジャンヌに変態出来たか、何故アルトリアを引けたか、何故人類の裁定者であるギルガメッシュを引けたか、何故アンリ・マユに対してクリティカルに突き刺さる能力を持ったアンリ・サンソンを引いたか、何故平行世界で生き残ったイリヤスフィールを召喚できたか、
何故、記憶がない状態で無事だったのか。
『―――どうした、今更自分が何者であるかを気付いたか?』
ギルガメッシュの言葉に色はない。此方に対してその言葉を投げてくるだけで、その向こう側にある意味を教えてくれない。ただ解るのは、ギルガメッシュが今、本当の意味で此方を試している、という事だけだった。そう、忘れてはならない。ギルガメッシュは暴君であり、人類の裁定者。人類の行く末を眺める観察者。傲慢の始原の王。始まりの英雄王。その考えは簡単だ―――気に入らないなら殺す。それだけの話だ。そして、
「”抑止力”は好かない、って事か」
『然り』
『抑止力って―――いえ、待って、マスターが―――』
ジャンヌの言葉に割り込む泥はもはや自分には通じない。汚染ではなく分解をしようとしているが、無尽蔵の聖杯の魔力を分解するには時間がかかりすぎる。だから泥をのどの中に流し込まれつつも、言葉を吐きだす。
「あぁ、そうだ―――俺は抑止力だ。この星に残った最後の―――抑止力の端末」
それが天白涯という男の体であった。
カルデアの実験により、サーヴァントを使役する為に、そしてデミサーヴァントの素体として選ばれた才能のある青年だった。だが彼はこのパンデミックを”生きて乗り越える事が出来なかった”のだ。故にその死体が損傷する前に、腐る前に、残された最後の力で抑止力が形成した、大聖杯による聖杯戦を終結させる為のご都合主義。今、この体、人格、考えを形成しているのは、生きていたころの天白涯の記憶であり、”活動しやすいようにサルベージされたもの”だ。
つまり限りなく人に近い様になってはいるが、そもそも人間ですらない。
世界の端末なのだ。
それを自覚すれば、抑止力の端末としての能力が蘇る、理解できる。悪性汚染を無効化したのも抑止力としての能力の一つでしかない。常に中立中庸、ブレる事のない抑止力という属性、それがある故に汚染や洗脳、概念による接触を無力化し、無効化する。抑止力としての能力の一端が既に発動している。
『して、答えろ。貴様はどうするのだ』
ギルガメッシュの問答。
それに対して迷う事無く答える。
「決まっているだろぉがぁッ! 抑止力だとか、生まれた意味だとか知ったこっちゃねぇなぁ! 一度死んでいるのはショックだけどよ、陳腐だけど言わせてもらうぜ、俺は俺よ。この先、聖杯を破壊したら抑止力の干渉が増えて俺という存在は消えるかもしれないけど―――」
それでも、
「もう一度貰った命だ、好き勝手暴れ回らせて貰うぜ! 使命感なんてファック・アンド・ファック!」
抑止力の端末である以上、行動は無意識的に、そして意識的に全て制限され、誘導され、そして確定される。だったら楽しまなければ損だ。システムなんかで悲しんではいられない。笑って、馬鹿やって、そして自分の意思で前へと踏み出す。グジグジウダウダやっているのはもう通り過ぎた。そんなものはいらない。混乱したりショックしたりするのはジャンヌに変態したときに大体経験し終えた。
「抑止力だって解ってんなら話は簡単だ、”聖杯破壊レース”だオラ、馬鹿やるんだってんならとことんやり通さなきゃ意味がねぇ、まずはこの臭いのを吹き飛ばすぞギルガメッシュ!」
『―――』
睨むように視線を向けてから、ギルガメッシュは口を開き、
―――【王の財宝】を展開した。
爆風が汚泥をふきとばし、汚泥に囲まれた空間に小さな余裕を生み出した。その中で立つギルガメッシュは、愉快な物を見つけた、それを隠す事のない表情を浮かべ、そして笑った。
「ふ、ふは、ふははははは―――! 良いぞ、悪くない。貴様は凡夫だが、その性根は我が愛でるに相応しいものよ。死を受け、世界に遊ばれた者よ! 誇るが良い、貴様を我がマスターと認めてやろう! これより貴様の刃として我が刃を振るい、如何なる敵であろうとも地獄を見せてやろう……!」
頼もしいギルガメッシュの言葉に笑みを浮かべる。あぁ、そうだ、この感じだ。胸の底から湧き上がってくるこの熱い感覚、これは死んでいても、世界の操り人形でもなく、自分だけの感覚だ―――どこまでも突き抜けて馬鹿にやって行こう、
「じゃあ見せて貰おうか、その地獄を」
その言葉に、やはりギルガメッシュは笑って応えた。
「この我に慢心を捨てろと来たか! 何とも傲慢なマスターよな! だがそれで良い、踊るならば最後まで馬鹿のように踊れ、それが貴様に一番似合う装飾だ! 救世主等という称号は捨て去れ、そして己の足で選ばれた道を往くが良い」
そう言い、【王の財宝】からギルガメッシュがその愛剣、乖離剣エアを引き抜いた。本来ではありえない事だ。ギルガメッシュが誰かに言われてその宝具を引き抜く等とは。だがそれが今、ここでは発生していた。ギルガメッシュはマスターとして認め、そして従う事を良しとしていた。故に乖離剣は引き抜かれ、回転を始める。その正面には魔力の嵐が発生し、泥を引き裂きながらその余波だけで世界を崩壊し始める。囲んでいた汚泥はそれで吹き飛び始め、世界が再び大空洞へと戻って行く。三つの力場がエアの前に展開され、合わさり、そして時空を崩壊させる一撃へと昇華されて行く。
「―――死して拝せよ、【天
そして、放たれた。
世界を分断する至上の宝具、その一撃が、本気の【天地乖離す開闢の星】が大空洞を消滅させながら放たれる。その正面に存在するアンリ・マユは汚泥から出現した此方の姿を目撃し、軽く驚く様な表情を浮かべ―――そしてノータイムで迎撃に入った。僅かな時間で汚泥を重ね合わせ、降下し、それを物理的な障壁としながら無限に溜めこまれた怨嗟そのものを衝撃として【天地乖離す開闢の星】に対して叩き返してくる。これが英霊同士の戦いであれば間違いなくギルガメッシュが圧倒し、一瞬で殺しただろうが、相手は大聖杯そのものである”神霊”のサーヴァント、
僅かに負けるのみで勝負は終わり、大空洞を吹き飛ばしながらその汚泥を夜天の下に晒す。
「あら……戻ってきちゃった。駄目じゃないですか……ちゃんと食べられてくれなきゃ」
「ふん、どうした聖女、処刑人。呆けているのであれば我一人で全部持って行くぞ」
そう言うギルガメッシュの上半身には一切鎧も服装も纏われるものはなかった。右手には乖離剣が握られており、左腕には【
シャルル=アンリ・サンソンがコートを脱ぎ捨て、片手に処刑刃を握り、出現した。
「やれやれ、ここで全て任せっぱなしにするとあんまりにも情けなさすぎますからね。あんまり、正面戦闘は得意じゃありませんけど―――まぁ、今のこいつらには負ける気はしません」
「当然であろう。この我が付いている。全く、汚染なんぞされおってからに―――」
正面、直ぐ前にギルガメッシュとアンリ・サンソンが立ってくれている。そして後方には未だに戦い続けるアルトリアとイリヤスフィールの気配もある。
―――ここが日本解放のクライマックスだ。
『マスター、全力でサポートします、勝ちましょう!』
「あぁ―――」
聖旗ではなく【
「―――勝つさ、絶対にな」
それに応える様に影の英霊達の咆哮が響き、汚泥から新たに影の英霊達が”無限”に生み出される。地獄が形成されるのと同時に、乖離剣がうなりを上げながら回転し始める。背後に【王の財宝】を展開しつつ、もはや完全に逸脱してしまった、”友だった汚泥”をギルガメッシュは眺め、視線を外し、そして
「―――良い開幕だ。死に物狂いで謳え雑念―――!!」
そして、決戦の幕が明けた。
抑止力だってヒントは所々バラ撒いてたけど(理解力や召喚されるサーヴァント、状況に対するクリティカル)、気付いていた人はいたのかな? とりあえず、次回が最終決戦になると思います。
抑止力の端末の効果:洗脳・汚染効果無効、因果や概念による勝利を無効、伝承や逸話による死の否定を無効、神秘強度の否定と無視。
というのを大体想定している。まぁ、短めの作品なので割と好き勝手な感じかもしれない。どっかで神話礼装持っている人が暴れているし、型月主人公勢って全員どこか性能ぶっ壊れてるし正直これぐらいは……。
ともあれ、CCC版cosmic air流しながら次回かなぁ、という感じで