―――意外とキツイ。
『あれあれ、どうしたんですかマスター……?』
「こいつ……!」
歩いている。廃墟の世界を、荒廃した日本のどこかを。それをジャンヌと軽口を交わしながら歩いている。ジャンヌの軽口がなければとっくの内に発狂していそうな過去の繁栄の証の様な光景を歩いている。今いる場所は高速道路の上。新宿へと続く、と前見た看板にはあった。だからきっと、真っ直ぐこの高速道路の上を歩いて進めば新宿にたどり着く事が出来るのだと思う。だからそう信じて、もう何十キロか歩いている。英霊の―――ジャンヌの体は凄い。どれだけ歩いても疲れる事はない。
ただその代わり、本来の英霊の体とは違うせいか、色々と生理的な現象が発生する。
たとえば―――感触。ジャンヌの服装はドレスと鎧を一体化させたような軍服だ。下のスカート部分は通気性が良く、歩いていると太ももに風が掛かり、そこは涼しい、というか恥ずかしいという気持ちがある。女性としては普通なのかもしれないが、男としては太ももに風がかかる様な事態は少ない。あるのは水着の時ぐらいだ。だから深いスリットスカートの間から入ってくる風の感覚が実にくすぐったい。スカートの下にはいている下着の感覚も、男のものとは全然違う。だからそこらへんも戸惑いが強い。何故スカートとはこうもスースーするのだろうか。なぜ女子共はこれが平気なのだろうか。
まぁ、人目がない分、マシだと思っている。
ただ問題は下ではない。
上だ。
この軍服の構造上、上半身は服を二枚重ねに来ているような構造になっている。しかもこれ、割と特殊な構造というか―――所謂”乳袋”的な構造をしている。良くフィクションやエロゲのヒロインの胸が強調されているアレである。服の下から胸が強調されているのではなく、胸その物を収納する様な形になっているとか言う、そういうアレである。ブラジャーつけてないのは感触的に解るし、たぶん、この乳袋的構造が激しい戦闘を行っても胸を痛めない様にしてある服の形なのかもしれない。何せ、まるで胸は固定されているかのようにズレない。
良くフィクションで歩いているだけで胸が擦れて―――とかあるが、エロゲの遊び過ぎである。正気に戻れと教えてあげたい。ただそれとは別の問題があるのは確かだ。
フランスの気候を想定した服装なのか、割と暑い。というか汗が溜まりやすい。胴体部分はメイルで守られており、それから上、上半身は二重構造になっている服に包まれているのだ。蒸れる。物凄い蒸れる。どこが? と言われてしまうと胸の間が、と答えるしかない。今は秋か冬なのか、そこそこ涼しさは感じる。が、歩き続けているのと日差しをずっと浴びていると、廃墟だらけなせいもあって、高速道路の上には影になる者がなく、熱が体に溜まって行き、汗になって表現される。
それが胸の間にも溜まって、蒸れてくる。
『いやぁ、これは放っておくと酷くなりますから、一旦拭いた方がいいですよ。えぇ、私も困った記憶はありますよ。なので手取り足取り体のケアの仕方をちゃーんと教えてあげましょう。心配する必要はありませんよ? 普通の事ですから』
「お前、そうはいっているけど、物凄く楽しそうだぞ」
ジャンヌの声でそうぶっきらぼうに返すと、笑う様なジャンヌの声が返ってくる。
『……えぇ、すみません。この状況がおかしくておかしくて……本来の聖杯戦争は遊ぶような、こういう風にふざけている余裕さえありません。戦術を用意し、戦略を立てて、力を集めて、マスターとサーヴァントと殺し合う戦いなんです。デミサーヴァントとしてマスターと巡り合う事があっても、おそらくはこんな風にからかう余裕や遊ぶ余裕さえありません。必要な情報交換を行ったら即座に体の習熟を必死に行い、そして殺しに行く……そんな感じになったと思います』
本来の聖杯戦争は七人のマスターと七騎のサーヴァントが殺し合う戦いだ。普通のサーヴァントマスターであればそのまま戦う事になるし、ルーラーというジャンヌのクラスはかなり特徴的である為、場合によっては他のサーヴァント複数と同時に戦う必要さえあるのだ。そう考えると実に殺伐しており、笑う時間さえないのだろう。
『ある程度の緊張があるとはいえ、人を、マスターを殺す必要がないかもしれないこの状況はちょっと……嬉しかったりもします。マスターと自由に交流できますし。ですので少々ふざけが過ぎてしまうのも許してください』
そう言われてしまうと何も言い返せない。神のお告げを聞いたと言って剣を取り、そして祖国のために戦った聖女。ジャンヌ・ダルクはたったの十九年しか生きる事の出来なかった少女であった。二十歳を迎える事さえできなかったのだ。彼女がどういう気持ちを抱いているかを理解する事は出来ない―――だがシンクロを通じて感じる事は出来る。ある種の後悔だ。もっと遊びたかった。もっと自由が欲しかった。聖女とはいえ、”人”であった、という事なのだろう。いや、人だからこそ聖女と呼ばれる事が出来たのかもしれない。
「まぁ、少し位なら……」
『じゃあちょっとそこらへんの物陰でぬぎぬぎとしませんか? 優しく教えますので! ちょっと双子の妹の面倒を見ているような感じで、楽しくなってきているんですよ!』
「ただ単にテンションの問題じゃねーかてめぇー!!」
『美少女が羞恥の表情で頑張ろうとしているのもなんかこう、いいですよね! あ、私が美少女でしたね』
「お前割と楽しんでるよな、サバ生!」
『楽しまなくては損ですからね―――と』
ジャンヌの声が途切れ、そして【啓示】が敵の接近を警告する。
「サンキューカッミ」
『もうちょっと主に対して敬意のある話し方を……まぁ、こればかりは仕方がありませんね、信仰は自由ですから。それよりもいい機会です。【
ジャンヌの言葉を聞きながら右手を横へと付きだせば、パイクとそれに結びつけられた聖旗の姿が出現する。柄を高速道路の上に突き立てる様に持ち、風に聖旗をなびかせながら視線を前方へと向ければ、高速道路の外側から昇ってくる様に黒いヒトガタが―――アンリ・マユの落とし子達の姿が見える。性懲りもなくやってきたか、と呟きながら右手で聖旗を握ったまま、左手をそのすぐ下、左腰に装着されている剣と鞘へと伸ばし、導かれるままに刃を引き抜く。
美しい銀色の刃は真っ直ぐ伸びた細い両刃の剣だった。握りに軽い装飾の施されたそれを左手で握り、聖旗を握る右手と半身を後ろへ、【紅蓮の聖女】を握る左手と左半身を前に出す。これが基本的に相手を迎えるスタイルらしい―――それはジャンヌのイメージで伝わってくる。
『まぁ、今回は聖旗を手放しても問題ありません。なにせ私が参戦していたのは大人数が入り乱れる戦争で、味方が何処にいるのかを把握し、鼓舞する為にこの聖旗が必要でしたからね。集団戦を行うのであれば聖旗―――【
「んじゃこれはいいな」
そう言って聖旗を手放す、霧散させ、そして左手の刃を右手へと持ち帰る。自分も、ジャンヌもどうやら右利きらしく、右手に持ち替えた方がしっくり来る。
『剣の基本は斬る、突く、払うの三動作です。私の力を使っている間は……変身している間は私とシンクロしていますが、どう足掻いても埋められない部分はあります。落とし子は弱いので気になりませんが、訓練を受けた戦士が相手となると話が違ってきます。斬る、突く、払うの三動作がどれだけ洗練されているかが剣における戦闘の重要な事になります―――まずはそれを意識して戦いましょうか』
「あいよ」
柄を握り、刃を下へと振るい、目の前に出現した十一の落とし子を確認する。【啓示】がどれから倒すべきか、その答えを神の視点から伝え、教えてくれる。故に何よりも先に、左側で孤立していた落とし子へと向かって踏み込み、接近する。サーヴァントは誰もがステータスというものを保有しており、ジャンヌの敏捷性はAになっている。これは簡単に言ってしまえば”完全な人外の領域”と言ってしまっても良いだけの能力だ。
故に踏み出した、前へと体を飛ばすだけで一瞬で相手の前まで到達する。踏み抜いた道路がその反動で砕ける音を響かせつつも、ジャンヌに言われた通り、スローモーションに見える世界で動きに気を使いながら刃を振るう。まず基本の斬るという動作。右上から斜めに切り裂き、一撃で落とし子を消滅させ、そのままステップを取る様に跳躍し、弧を描きながら次の落とし子に接近し、片足で着地しながら体を軽く回転させ、そのまま横に切り払う。
「重い」
『そうです、剣は見た目では解りませんが、鋼鉄の塊なので重いんです。勿論槍等と比べれば軽いのでしょうが、それでも重量の存在する物である事を忘れてはいけません。特に【紅蓮の聖女】はその素材を概念としている為、見た目に関係のない質量と重さを持っています。体が慣れているでしょうが、経験だけはどうしようもありません。覚えてください』
それに応える様に剣を振るう。右へ、左へ、上から下へ、斜めに、そうやって剣術の基本と言われる動作をジャンヌに導かれるままに振るい、そしてジャンヌの動きから俺の動きへとダウンロードして行く。そうやって基本の三動作を一通り繰り返していると、
落とし子を全て討伐し終わる。息を吐きながら剣を一回振るい、その汚れを弾く様に飛ばしてから鞘の中へと戻す。結構綺麗に動けているんじゃないかと思うが、間違いなくジャンヌならもっと上手く動くんだろう。自分は戦っている間、どうしても体のアレコレが気になってしまった、フルに動けない部分がある。だって、戦っている時のちょっと揺れる胸の感じとか、スリットの間から覗く足とか、気になってしまうじゃないか。
まぁ、それはともあれ、
「どう?」
『まぁ、新兵よりはマシですね。私も戦う事自体はそこまで得意ではないのであまりとやかく言えませんが……だって鼓舞して指揮するのがジャンヌの仕事でしたし!』
「知らんがな」
どうでもいいが、ジャンヌとの会話のやり取りは基本的にどっちもジャンヌの声で行われている。ジャンヌは直接脳に語り掛けているらしいが、それでも同一人物の声が互いに話しかけているのだから凄い光景だというのが良く解る。
とりあえず戦闘を行ったせいか、汗が更に酷くなってきた。そろそろ本格的に水浴びか、或いは汗を拭く必要が出てきた。これをこのまま放置するとかぶれるらしいし。
『やーん、胸ばっかり見ちゃってえっちぃですね』
「人が真剣に悩んでる所をこのなんちゃって聖女は……!」
『あ、なんちゃってとは失礼な! こう見ても魔女認定されても正面から神学で論破して危うく処刑キャンセル出来そうだったんですよ。まぁ、結局バーニングジャンヌに進化してしまいましたけど』
「流石ジャンヌちゃん、俺じゃあ出来ない表現をぶっ込んでくれるぜ」
勿論褒めていない。というか声は震えている。このジャンヌを歴史家諸君に紹介したら、たぶんショック死でもするんじゃないだろうか。―――まぁ、彼女が、ジャンヌが俺の為に頑張って盛り上げてくれているというのは解る。
状況も出来事も風景も、現実感がなさすぎる。何を見ても夢だと思えてしまう程度には。
だから、頑張ってジャンヌは馬鹿らしいことを言って、盛り上げて、そして刺激を送り続けているのだ。現実逃避しない様に、心を繋ぎとめる様に、狂わない様に。ジャンヌに変身して【聖人】のスキルがその効力を発揮してくれているおかげか、或いはジャンヌとシンクロしているおかげか、冷静にそれを考える事が出来る。この聖女にはやっぱり、助けられているんだ。
そう思った直後、
―――【啓示】が背後からの危機を伝える。
振り返りながら背後から聞こえる破砕の音に反応し、刃を抜こうとするが、それと同時に発生するジャンヌの声は全く違う事を命令していた。
『……ッ! 振り返らず退いてください!』
が、遅い。既に振り返る動作を取っており、肉体構造の問題で、そこから急に動作を変更する事が出来ない。だから背後へと振り向きながら剣を振り抜いた直後、目の前に凄まじい巨漢が道路を砕きながら足場を踏み潰したのが見えた。
それは下半身を赤い布で隠す巨漢だ。両手に一本ずつハルバードの様な武器を握り、そして獅子の様な白髪を生やし、その顔を馬と牛の中間のような姿をした黒い仮面を被った男だった。全身からは覇気が漲っており、仮面を被ったその姿はまさに”怪物的”という言葉が相応しかった。その体の各所をまるで黒いヘドロに飲み込まれたかのように侵食されており、尋常ならざる嫌悪感を感じる事が出来る。この巨漢は、あのヘドロから生み出されたのだ、きっと。そう考えるのには時間を必要としなかった。
ジャンヌの言葉を実行しようと後ろへと下がろうとした瞬間、
―――仮面の奥の光と目が合ったような気がした。
『守って!』
ジャンヌの声に反射的に腕が動いた瞬間、
空気を薙ぎ払いながら片腕で超重量の鉄塊が振るわれる。風を砕く様に押しのけながら振るわれる暴力の象徴は一瞬で加速を完了させると防御しようとした此方の存在と、そしてその剣ごと当て、押し付け、力を籠め、
「―――こ、ろ、す―――!」
くぐもった声で殺意を宣言し、そして暴力を振り抜いた。
第一の刺客。
というわけでfateつったらアレですよ、サバとしての戦いとコミュですよ。今までずっとジャンヌコミュな感じで進んできてからさあ、バトルって感じで。
しかし絶対ノーブラだよな