衝撃と共に体は完全に吹き飛んでいた。高速道路の硬い感触に体をワンバウンドさせながら反対側のレーンへと吹き飛ばされ、そのまま高速道路を支える壁へと衝突し、それを砕くように貫通しながら更に奥へと吹き飛ばされ、高速道路から投げ出される様にその向こう側へ―――高さ十数メートルはあるであろう空間を吹き飛び、近くのビルの窓ガラスとフレームに衝突し、半分埋まる様な形で体の動きが止まる。
「ごふっ―――」
口から吐血しながら全身に感じる痛みに思わずブラックアウトしそうになる。余計な思考が全て自動的にシャットアウトされ、そして体を制御する事に意識が向けられるので、妙に痛みが体中に響くように感じられる。死ぬ。そんな感覚は今までにない程強力なイメージとして感じつつも、目は開く。重い瞼を開けて視線を前へと向けると、仮面を被った巨漢が鉄塊を振り抜いた体勢で動きを止め、そして此方へと視線を向けてくるのが見える。息を荒げながらその姿を睨めば、【真名看破】のスキル効果が発動する。サーヴァントとして召喚された英霊であれば誰でも保有している特殊能力により、ジャンヌは、そして俺は相手の真の名を知る事が出来る。
Name:アステリオス
Class:バーサーカー
Status:混沌・悪
筋力:A++ 耐久:A++ 敏捷:C 魔力:D 幸運:E 宝具:EX
Skill:【怪力】A 【天性の魔】A++ 【狂化】B
宝具:
相手に【真名看破】の効力が発揮されたことによって次々と相手の情報が丸裸になり、取得されて行く。そうやって確認するのは、相手が自分よりも、ジャンヌよりもはっきりと戦う事に特化した能力を持っている相手であり、まともに戦った場合、限りなく勝機が存在しない事だった。それをステータスを見て確認し、そして痛みを通して理解した。逃げないと、逃げないと駄目だ。
そう理解した直後、逃亡の為に体を動かし始める。窓のフレームに食い込んだ体を力づくで引き剥がしながら、下へと落ちる。アスファルトの上へと着地、口の中に溜まった血の塊を吐きだし、荒い息を何とか整えようとし、【啓示】が再び死の予感を予知する。どうせなら逃げる道を教えて欲しい。そう思いながら、
『跳んでください!』
迷う事無くジャンヌの声に従って跳躍し、次の瞬間発生したバーサーカー・アステリオスの薙ぎ払いからギリギリ逃れる事が出来る。次の動き、どう入るべきか、それを悩む前にシンクロさせたジャンヌの意思が導く。それに従い体を動かし、力任せに振り払うアステリオスの攻撃を回避する。もう一撃喰らうだけの余裕はこの体にはない。あのA++の筋力に【怪力】のスキル、一撃目で即死しなかった事の方が不思議だ。いや、辛うじて生きているという状態なのかもしれない。
何せ、ガードに入れた右手から全く反応がない。【紅蓮の聖女】を握らせてはいるが、それでも動かす事は難しい。故に右手の【紅蓮の聖女】を霧散させ、左手に聖旗を出現させる。攻撃する訳ではないが、それでも武器を一切握っていないのよりは断然マシだ。
故に後ろへと下がりながら大きく跳躍し、アステリオスから離れて行く。ジャンヌの敏捷はAランク、つまりは最上位の一角はある。Cのみのアステリオスと比べれば雲泥の差だ、逃げる事だけに集中すれば逃げられる。故に生き残る事だけに集中し、跳躍しながら迫りくるアステリオスの暴力、そして攻撃から発生する瓦礫の攻撃を回避しながら街灯の上に着地する。ふぅ、ふぅ、と息を吐きながらなんとか息を整える。
『【神明裁決】で制限し、そこから逃亡しましょう』
「―――バーサーカー・アステリオス! ルーラーの権限によって汝の戦闘行動を禁ずる!」
踏み出そうとしたアステリオスの動きが止まり、武器を振るう動きが停止する。今こそ逃げるチャンス。そう思って更に遠くへと跳躍しようとした瞬間、
―――アステリオスを中心に、魔力の波動が広がった。
それが原因で世界はモノクロ色に染まり、そして少しずつ風景が歪み始める。
『宝具―――!』
宝具、それは英霊の象徴。生前の技術、或いは武器、逸話、そういったものの象徴。英霊が起こしたその奇跡が必殺の形で表現された幻想らしい。ジャンヌにも勿論宝具が存在する、それも二つ。一つは今握っている聖旗が、そしてもう一つは扱い切れていないあの剣が、その二つがジャンヌの未発動状態の宝具だ。そしてアステリオスの宝具はジャンヌの様な武装型ではないらしく、アステリオスを中心に、空間が変質して行く。素早く逃れようと頑張るが、もはや逃れられないらしい。自分の周囲の空間が完全に切り替わって行くのが風景で解る。
「まよえ……さまよえ……しねっ!!」
アステリオスの声が響き、景色が変わった。
まずは天が消え、天井が覆う様になった。その天井に届く様な石壁が出現し、道を制限し、足元も石畳へと変化する。僅かな明かりもない闇の世界へと変動した中で、聖旗が僅かに光源を生み出すかのように淡く光り輝く。周辺の空間だけでも明るく照らすそれによって見えてくるのは、
―――
『アステリオス……クレタ島のラビリンスに封印された生まれついての魔獣、反英霊。ミノタウロスとも呼ばれる有名な怪物です。まさかこんな大物と一番最初に接触するとは思いもしませんでした……』
「それよりもこれからどうするんだ……」
ふぅ、と息を吐きながら背中をラビリンスの壁に預ける。アステリオスから喰らった一撃のせいでまだ体が痛く、自由に動かない。ジャンヌに変身せずに喰らっていたら間違いなく即死だった。そこまで考えたところで、自分の傷の治療の仕方が解らない。いや、治療キットなら荷物の中だが、アステリオスに殴り飛ばされた時に荷物は武装以外置いてきてしまった―――つまりはこの迷宮内には存在してない様に思える。どうしよう、どうするべきか。焦りが胸の内に現れ始める。
『マスター、落ち着いて変身を解除してください。まずは魔力の節約と、そして治療に入ります。治療の魔術に関しては私が使えますから、マスターが変身しなければ此方からやらせてもらいます』
「……大丈夫なのか?」
『幾つかの理由がありますが……大丈夫です、まずは治療を始めましょう』
ジャンヌに従う様に変身を解除する。ゴリゴリと体が変態して行く不快な痛みに悲鳴を押し殺しつつも、直ぐに自分の姿へと戻る作業は完了した。そのままずるずると腰を下ろし、そして何時の間にか聖旗が消え、完全な闇が迷宮を満たしたのを理解する。その代わりに、体内をめぐる魔力がつけられた傷に反応するように熱を吸い取っているような、そんな感じが体内を満たし始める。しかし変身を解除したら完治、なんてシステムは残念ながらないらしい。
「ふぅー……これからどうするんだ?」
『まずは傷の治療を―――そしてサーヴァントの召喚を行います。私達ではアステリオスに絶対勝利出来ない幾つかの理由が存在します。それを説明しますよ?』
簡単にジャンヌに返答する。
『それでは気分的には眼鏡をかけた女教師風に……』
「何時も通りでいいんだよ!」
『え、何時も通りのジャンヌちゃんが一番かわいい? もう、マスターがそんなに褒めても結婚しかしませんよ』
「愛と好意が重い!」
『じゃ、調子が戻ってきた所で真面目な話をしますが、アステリオスは耐久A++な上に【天性の魔】というスキルで更にその耐久力を高めています。それに比べると私は最高でも筋力がA、相手が対魔力保有していないのを考えて魔術で戦ったとしても此方の魔力もAで、強化されたA++の耐久力を抜くのはちょっと現実的ではありません。しかもこれ、【
そこで一拍置き、
『【
そして次。
『そして”属性”の話になります』
「炎とか水とか?」
『似たような話です。アステリオスは”怪物”ですから絶対に英雄には勝てません。英雄に討伐されるという運命を持った存在です。ですが私、ジャンヌ・ダルクという少女は英雄ではなく”聖女”なのです。怪物にとっての聖女とは喰らうべき餌でしかないので、能力や火力の事を抜きにしても、攻撃の通りが最悪とも評価できるんです』
「成程なぁー……」
『なので殺せません。絶対に勝てません。【壊れた幻想】で宝具を犠牲にしたとしても、【狂化】【天性の魔】【
「あと一発喰らったら逝くけどそれさえ気にしなきゃ余裕」
その言葉にジャンヌがくすりと笑う。無駄に悲観しているのは自分とジャンヌには似合わない。ここまで来たように、笑いながら、ふざけながら、そうやって道を進んで行きたい。そう思い、親指の先を噛み、そしてそこから血を流す。ジャンヌが召喚の指示をしてくれる。ルーラーであるジャンヌの権限を利用すれば、サーヴァントの召喚は簡略化出来るらしい。故に血を流し、闇の床の上に魔法陣を描く。スキルの拘束力が聞いている間に、なるべく、早く、集中して描く。それが完成したら一歩後ろへと下がり、魔法陣を眺められるようにする。勿論、闇の中にいるからまともに見える事はないのだが、
召喚したい、そう思って魔力を流し込めば、体内の魔力に反応するように魔法陣が淡い青色に輝き始める。魔法陣が起動し、召喚の準備が整う。
「え、えーと……なんか呪文でも唱えるのか?」
『いえ、重要なのはここから強力なサーヴァントを召喚する事です―――ポケットの中に聖晶石をしまっていましたよね? 召喚するサーヴァントの質を上昇させる位は非常に有用な触媒なので、それを利用します。ぽい、っと魔法陣の中央に投げ込んでください。召喚のランク高くなればジルは弾けるので』
「ジル?」
聞き返しながらポケットから綺麗な色の石を取り出し、それを言われた様に設置し始める。
『これからの戦いのレベルに絶対について来れないので事前に弾きたい人の事です、それよりもほらアステリオスが来る前に済ませてしまいましょう。……はい、終わらせましたね。ではルーラーの権限でクラスを絞り込みます。必要なのはバーサーカーと戦えるクラスなので、必然的にセイバー、ランサー、ライダーのクラスで決まりですね。この迷宮内でアーチャーじゃキツイでしょうし』
「んじゃランサーで」
『はい、設定完了です。本当に召喚はガチャなんで、覚悟しておいてください』
「マジかよ……」
『しょ、触媒使っているから多少マシですよ! 英雄縁の品でもあれば確定なんですけど……あるわけないですし。とりあえず、準備は完了しました。後は魔力を注ぎ、そして召喚の意思を思いっきり込めてください。これでマスター内の聖杯の召喚システムを稼働させられるはずです―――』
ジャンヌにそう言われ、その言葉を信じ、助けを求める。
―――この状況を圧倒的暴力、叡智をもって突破できる英霊よ、俺の力になって欲しい。
願い、願う。神ではなく自分と、ジャンヌの心に、そしてどこかに届くであろう、英霊へと。神がいるかどうかは俺には信じられない。神の存在は不確かなのだ。それだけはジャンヌには悪いが、自分の考えなのだ。だから祈る時は自分自身、そして隣人に。それが問題を解決する者達なのだから。だから両手を合わせる事無く、心の中で祈り、
「来い、ランサーのサーヴァントよ―――!」
召喚する。体から魔力が抜けて行く。魔力と聖晶石を対価に奇跡が起きる。魔法陣が輝き、そしてその中央に、純粋な相性を基準としてサーヴァントの召喚が行われる。
「ほう―――私を召喚したか。良いだろう」
そうして魔法陣の光に照らされて召喚されるサーヴァントの姿は黒かった。
竜を模した鎧甲冑を装備し、その黒い鎧はまるで竜の鱗のような装飾が施されており、女性的なフォルムをしながら威圧感と抱擁する様な懐の大きさを感じさせる。召喚されたサーヴァントの右手に握られているのは黒い
「―――サーヴァント・ランサー。召喚に応じ参上した。貴様が私のマスターという奴か?」
そこでランサーは小さく笑い、
「宜しく頼むぞ、
「あぁ、よろしく頼むランサー」
【真名看破】が発動し、その能力を確認し、勝機を得た事を確信した。
ランサーであれば、アステリオスを殺せる―――この人は超一級の英霊だ。
ランサー召喚。漸く複数サバとしての最低限の状態が構築されつつあるな。
というわけで次回はvsアステリオス