colors! -a school idol another story-   作:瀬戸蒼志

2 / 6
>Nine of the Goddes -はじまりの章-
#01  "セカイ"を変えて


 

 

 

 ある日、よく通っていたパン屋さんが(つぶ)れた。

 

 メロンパンがとても美味しいお店だった。

 甘くて、でも甘過ぎはしなくて、外はカリッとしてて中はふんわりとした典型的なメロンパンだった。

 

 その店自体はこじんまりとしていて、かなり古びた感じだった。

 でも、そんなボロっちい外観とは裏腹に人は結構出入りしていて安くて美味しいと評判のお店だった。

 

 家から結構遠かったこともあり俺は二、三ヶ月に一度ぐらい通う程度だった。

 いつだったか、友達と買いに訪れたこともあった。

 

 しかしそのパン屋さんは数ヶ月後、呆気(あっけ)無く看板を下ろしたのだ。

 知らなかった俺はそれを知った時、乗っていた自転車から転け落ちた。擦り傷と(あざ)が出来る程の痛みだったはずなのに、その時の俺はそんなことよりそのパン屋さんだった。

 

 近所のおばさんが教えてくれた。

 近くに出来た新しいパン屋さんにお客を殆ど持って行かれたらしい。

 だから、店を潰すしかなかった。

 子供の俺にはその事実(コト)がどうしても、理解できなかった。

 

 

 

 

 *****

 

 

 

 

「―――――……ってな感じですかね。」

 

 近況をざっと一通り話し終えた一人の男子高生。男子高生と言ったが、彼は制服を着ていなかった。代わりに淡いブルーを基調としたチェック柄が目につくパーカーに、下はブラックのチノパンを着ていた。

 そんな彼は歳相応を感じさせる中性的な顔立ちと少し幼めの声の高さで、更にはその年齢には珍しく酷く落ち着いた雰囲気を(かも)し出していた。

 

 彼の向かい側には男子高生より(はる)かに歳上な大人の女性が一人、椅子へと腰掛け男子高生の話を静かに聞いていた。

 そんな彼女は灰色の、いかにも高級そうなスーツを身に(まと)い大人の品格を漂わせていた。

 

 ―――国立音ノ木坂(おとのきざか)学院の理事長室。

 男子高生の目の前にいるこの女性こそ、この学院の理事長である。

 

 彼女は、(みなみ) ひなこ。

 まだ若いながらもこの学院を纏め上げ、そして経営もしている。簡単に言うならば、非常にデキる女性である。

 

「……そうですよね。あれからもう数年が経ちましたから。」

 

 そんな理事長の言葉を受け男子高生は昔を懐かしむように窓の外へと目を向けたのだった。変わってしまった街の様子を眺めているのだろう。少し寂しそうであった。

 そして彼女も、同じように窓の外へと視線を変えたのだった。

 

「……お母さんは元気そう?」

 

 ふと、理事長は男子高生の方へと向き直り彼の母親の安否を尋ねたのだった。

 男子高生は理事長へと視線を戻し、海外で暮らしていたときのたまに会うテンションの高い母親の姿を思い出してしまい心の中で苦笑いした。

 

「あー、大…あ、いや、その元気ですよ? たぶん。いや、ふつーにだいぶ、元気であると思います。」

 

 母親のことを考えている内に思わず、男子高生は友達言葉を使ってしまいそうになった。慌ててバレないように敬語への転換をはかったのだが、逆効果になってしまったようだ。酷すぎるほどの棒読みだった。

 

「ふふふ。

 ……敬語、無理しなくてもいいのよ陽葵(はるき)くん。」

 

 理事長は口元を掌で覆い隠しながら、上品にクスクスと笑った。

 それを見聞きしてしまった陽葵くんと呼ばれた男子高生はやっちまったと言わんばかりに眉を(しか)めたのだった。

 

「その、すみません。お言葉に甘えさせて貰おう、かな。まあ、さすがに他の生徒の前とかはまずいだろうから気をつける。……ただ、やっぱり二人だけのときは出ちゃうかもしれない。」

 

「いいのよ別に。まあ、(うるさ)い子はいるかもしれないけど私はあまり気にしないわよ。それにほら、その方が陽葵くんらしいと思うし。いや、あの頃みたいに"ハルちゃん"って呼んだほうがいいのかしら。」

 

 理事長は机に頬杖をつくと陽葵の目を見つめながらいたずらっぽく微笑んだのだった。その姿と笑顔は三十代後半だと感じさせないほどに可愛らしいものだった。

 しかし、陽葵はそんなことよりも理事長から呼ばれた呼び方にバツが悪そうな顔して視線を逸らした。

 

「随分とまぁ……懐かしい呼び名を出してきたな。恥ずかしいだろ、"ひなさん"。」

 

 恥ずかしさを隠すように右手でガシガシと()いた。

 

 ふたりの仲良さ気な呼び名から聞いて分かると思うが、このふたりは昔馴染みの知り合いであった。

 

 そして彼は、鳴海(なるみ) 陽葵(はるき)

 

 今年より晴れて高校二年生となった彼。

つい先日までは海外で生活していた陽葵だっだが、今年度より此処音ノ木坂へ転入する為に戻ってきたのだった。

 色々と手続きがあったので、始業式には残念ながら間に合わず四月中旬になりようやく転入出来ることになった。

 

「ふふ。懐かしいわね。昔を思い出すと。 

 それにしても、ごめんなさいね。こんな時に呼び出してしまって。」

 

「……俺なら大丈夫だよ。」

 

 先程までの笑顔とは一変して複雑そうな表情を浮かべる理事長だった。その顔は大変申し訳無さそうに曇っていた。

 そんな顔を陽葵に見せまいと思ったのか、さり気なく立ち上がり背を向けた彼女は真後ろにあった窓から外を眺めた。

 そして、再び口を小さく開けて語り始めたのだ。

 

「なんとなく出した提案。それがこうして通るなんて、思いもしませんでした。ずっと、女子校であったこの音ノ木坂がまさか共学化するなんて。」

 

 陽葵からは表情は伺えなかったものの、その表情は決して優れたものではないということは彼には想像が出来たのだった。

 

 (……辛い、ですよね。ひなさん。)

 

 此処、国立音ノ木坂学院は大きな問題を抱えていた。

 

 その問題とは……。

 この音ノ木坂学院が今年入学したばかりの一年生が三年後成長して卒業式を迎えると同時に、"廃校"になるかもしれないということだ。

 

 近年、音ノ木坂は入学希望者及び入学者数が右肩下がり――年々減少傾向にある。しかも今年度に関しては、入学者数がひとクラス分の生徒しか満たなかった。これは大問題である。

 

 このことは先日、朝会で全校生徒にも告げられ多くの驚きと悲しみを呼んだ。

 どうにか阻止したい、どうにか阻止しよう。

 みんながそうは思ってはいるものの、それはどうしようもなく重たい問題だった。

 現段階では生徒だけでも、教師だけでも、理事長だけでも、到底解決など出来ないだろう。

 

 しかし、このままだと"廃校"は確実だ。

 

「母さん、ぶっ飛んでるから。」

 

 そんな重たい場の空気を少しでも和ませようと陽葵は笑った。

 

「そうね。これも、咲良(さくら)のおかげ。相変わらずの海外暮らしなんでしょ。」

 

 陽葵の母親、鳴海(なるみ) 咲良(さくら)

 理事長であるひなことは、小中高と同じ学校に通っていて仲の良い幼なじみ関係にあった。そこにはもうひとりいて、いつも三人で時間を共にしていた。

 大学からはお互いの夢を叶えるために別々の学校に進んだ彼女たちであったが、仲の良さは今も変わらず時折連絡を取っている。

 

 音ノ木坂の共学化、そして陽葵が転入することになった件についても、ひなこが電話やメールを使い咲良にそれとなしに相談したところ、

 「あら、ひーちゃん大変なんだね〜。だったらほら、うちに息子いるじゃない? 陽葵使っちゃっていいわよ。今度会った時、あの子に言っとくわね。」

 と、陽葵の意見など関係なしに勝手に決めてしまったところより始まったことだった。

 

 勿論、ひなこは"親友の息(陽葵)子を音ノ木坂(ここ)の転入生に迎える"とは一ミリも考えてすらいなかったので、悪いと断った。

 しかし、咲良はいいよいいからとこれぞとばかりに推しに推してくる。

 その結果、ひなこはそんな親友の言葉に甘えてしまった。

 

 陽葵自身も、はじめは勿論勝手すぎる母親にキレた。

 ふざけんなだの、ありえねぇだの散々(わめ)いたのだが、ひなこにお世話になっていたあの頃をふと思い出した。そこから一夜寝ずに夜通し考えて、その話を受けることに決めた。

 

 これが簡単ながらも、陽葵が日本へと戻ってきた経緯である。

 

 

 

 ***

 

 

 

「―――そんなところかしらね。じゃあ、陽葵くん明日からよろしく頼むわね。」

 

「ええ、こちらこそ。」

 

 会話し終えたふたり。そこで陽葵が窓へと目を向ければ、空は暗くなり始めていたのでそろそろ帰ろうと思って理事長へと切り出すことにした。

 

「俺、そろそろ帰ろうかな。」

 

「あら、もうこんな時間。そうね、話もきりがいいし。準備もあるでしょうから、悪いわよね。」

 

 理事長も自らの腕時計をチラッと見て納得した。

 

「では、南理事長。こんな感じですが、明日からよろしく頼みます。」

 

 笑顔で敬礼ポーズを浮かべる陽葵。貴重品以外鞄も荷物も何一つ持っていなかった彼は身一つで踵を返した。

 

「……あ、そうだった。」

 

 しかし、理事長は何か大事なことを思い出したようで大きな声を上げた。びっくりして反射の如く陽葵が振り返れば、そこには慈愛(じあい)に満ちた表情を浮かべた理事長の姿があった。

 

「ことりがいるから、よろしくね?」

 

「は?」

 

 ―――――小鳥(ことり)

 陽葵の頭に浮かんだのは、まずインコだった。

 音ノ木坂にはペットで小さな鳥を飼育しているのかと考え付き、不思議そうに首を傾げる陽葵。

 しかし、次の瞬間には幼い頃に会っていた可愛らしい女の子の顔が思い浮かんだ。

 

「……あっ!」

 

 会う(ごと)に全く違った可愛らしい洋服に見を包まれていた少女。お洒落な女の子だった。しかし、洋服に着られているという感じは一切なかった。着こなしていて、とても愛らしく陽葵にとって彼女は印象強かった子だ。

 

 その子の名前は、(みなみ) ことり。

 苗字から予測されるだろうが、理事長であるひなこの一人娘である。

 

「ことりちゃんか。そっか、同い年だったっけ。でもさ、もう何年も前のことだよ。覚えててくれるのかなぁ。」

 

「大丈夫だと思うわ。だって、あの子ね……ってそれは会って本人から聞いたほうがいいわよね。ふふ。やっぱり、なんでもない。引き留めてごめんなさいね。」

 

 意味有り気な言葉を途中で止められ陽葵は気になったが、それを聞くのはどうかと思うので辞めておいた。

 

「……? まあ、覚えててくれるに越したことないかな。じゃあ、今度こそ俺は行くね。」

 

 小さく手を振る理事長に同じく返して、理事長室と廊下を繋ぐ扉へと手を掛けてその場を後にした。月が廊下を照らしていた。

 

 

 

 

 

 

「此処の学院生活が、貴方にとっていいものになるといいんだけれど。」

 

 理事長が引き出しから取り出したのはクリップで止められた二枚の資料。

 真っ先に目が向かうのは右上に貼られた数年前に撮られた彼の写真だった。かっちりとスーツを着て、嬉しそうに笑う彼。

 綺麗に纏められているそれを彼女は上から見直した。

 

「…鳴海陽葵、くん。16歳、12月24日生まれ、山羊座(やぎざ)。A型……。」

 

 そこに書かれいるのは、"鳴海陽葵という人物について"だった。

 正真正銘、先程までこの場にいた彼で間違いない。

 

 予備欄に書かれた数行に渡る文字の羅列に、ひなこは思わず悲哀と悔恨(かいこん)の入り混じったなんとも言えない表情になった。

 

「ハルちゃん、……ごめんね。」

 

 

 

 

 

 

 

 #01 "セカイ"を変えて

   (新しい生活、……なんでだろう。何かはじまる予感がした。)

 

 

 

 

 

 

 了

 




  
<予備>

@友達言葉
 いわゆる、タメ口のこと。


第一話更新しました。
ギリギリ間に合いました!
親鳥様との会話。
残念ですが、今回はメンバーは出てきませんでした。
もし、期待されていたら申し訳ない。

次回は誰かがちょこーっと出ます。
その後、ガッツリ絡むので気長にお待ち下さい!
⇒次回投稿、五日の九時に予約投稿済。

ありがとうございました。
そして、プロローグより感想下さった方ありがとうございました。とても嬉しかったです!(名前を出して良いのか分からなかったので、こんな形で申し訳ない)
お気に入りしてくれた十七名の方もありがとうございます!


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。