はい、3話です。
更新遅れてすみませんでした…。
それでは、どうぞ!
広島県
俺は今、死ぬほど面倒な状況に叩き落されていた。
…うん、これだけじゃ分からないかもしれない。説明を加えよう。
どういう状況かを1行で説明すると、
『完全初対面の女子に、公衆の面前でケンカを売られている』
というものである。
全く、冗談だと俺も信じたい。
ただし事実だ。
俺の目の前には、両目に殺気を溢れんばかりに
ガンを飛ばされ、殺気を飛ばされ、俺はたじろぐことしか出来ない。
殺気と怯えの応酬。
ヘタレな俺にはどうすることも出来ない。
つまり、打つ手なしだ。
そりゃ笑いたくもなるだろう。
俺は考える。
そもそも、どうしてこうなったのだろうか。
少し前まで、俺は糸崎の駅を好奇心の赴くままに歩き回っていたというのに。
饅頭屋さんに入って、俺は好奇心に埋もれていた。
見たものすべてに驚くように、純粋に眼を輝かせて、探索に励んでいたのだ。
確かに、その当時は見えるものすべてが面白かった。
それが今はどうだ。
開いたスペースに滑り込んだというだけで、あれよあれよと崖っぷちに立たされた。
表情はもう、苦味が走った壮年のそれとなってしまっている。
見るものすべてが、途端に面白くないものに思えてきた。
喜怒哀楽の、「楽」から「哀」に一挙転落である。
こんな結末ではなかったはずだ。
やはり俺は、選択を1つ、間違えてしまったらしい。
俺はそのあまりの運の悪さに、ため息をつく。
それは、諦念と哀愁の混じったため息。
もちろん、相手を軽蔑するため息ではない。
しかし目の前でケンカを大安売りしているヤツは、それを大きく勘違いした。
目を三角にして、猛り狂う。
「―――おい、貴様、覚悟は出来ているのだろうな…?」
目の前にいるのは、黒いスーツでかっちりと固めた小柄な少女。
まるでマネージャーか何かのような、仕事の出来る雰囲気を身に纏っている。
それでいて整った顔立ちで、髪はこげ茶色だが、その双眸だけは抜けるような蒼。
すべてを見透かすような、底の見えない瞳。
クールビューティー、とはまさにこの人をさすのであろう。
黙っていれば美人だろうに、眉毛はつりあがり、表情は阿修羅像のそれだ。
俺に対してあらん限りの殺気を振りまいている。
正直、もったいないと思うし、「怖い」とも思う。
だって木刀を右手に構えてるし。それをバシバシ鳴らしているとか、ヘタレはもう縮み上がるしかないでしょ。
それに、何となく、手練の感じがする。
もちろん、俺は徒手空拳。
戦って勝てる確率は。万に一つもない。
それに後ろには、夜色の長い髪を退屈そうにかきあげる、1人の超美少女がいる。
この子まで参戦してきたら、俺はひとたまりもないだろう。
でも俺は、
ここで舐められるわけにはいかない、と決意を固める。
彼女の強いプレッシャーに押されてはだめだ。
一つでも情報を手に入れて、それから死のう。
不本意だが、しかたがない。もう、覚悟は出来ている。
―――世間一般で言う「悲壮な決意」を俺は固める。
そして努めて、無表情を作り、相手に問いかける。
失礼を承知で、分かりきっていることを、問いかける。
「…何を覚悟しろと」
「―――貴様、自分のしたことの愚かさが分かっていないのか…?」
「ああ、愚かなもんでな。今、俺が何をしたのか、懇切丁寧に教えてくれませんかね?」
「…黙って聞けば、ぬけぬけとそんなことを…!!」
「いいじゃないですか、別に減るものでもないし」
「―――うるさい!貴様に構っている余裕など無いのだ!!」
「余裕綽々じゃないですか。新幹線も行っちゃいましたし、教えてくださいよ」
「―――いいだろう、貴様に特別に、懇切丁寧に教えてやろう!!」
「へーへー、ありがとーごぜーやす」
少女は俺の誘導尋問に見事に引っかかり、俺の思う方向へと話を導いてくれた。
チョロい。
俺はほくそえむ。
あの子、多分すぐ騙されるタイプだ。
セールスに引っ掛けやすいだろう。全国の詐欺グループが狙いそうなやつだ。
ああ、俺の会話に上手いこと乗せられちゃっている。
まぁでも、別にカワイソウだとは思わないけど。
俺の顔にニヤケ顔が出そうになるが、すんでのところで踏みとどまる。
ここでにやけたら台無しだ。最後までびしっと決めなければ。
俺はなんとか無表情を崩さずに、黒スーツの話を聞いた。
黒スーツは俺の思惑など露ほども感心せず、気持ち得意げに、誇らしげに、話しかけてきた。
「―――貴様が前を横切ったのは、月世界で最も偉大な家である、
「ああ、分からん」
ずっこける黒スーツ。
俺の周りに集まっていた野次馬どもも、一斉にずっこける。
だって知らないから。
俺は別に間違ったことを言ってないのに。
俺は言われて当然のことを否定されて、少しふてくされる。
俺以外の人は、俺を珍獣でも見るような目で観察する。
他は呆然としていたが、いち早く黒スーツが復活して、俺にまくし立てる。
唾をも飛ばさん勢いで。
「…貴様、死にたいのか!!??お嬢様の眼前を横切ることは、死にも等しい重大な罪だぞ!?それを貴様は、普通に犯した上に、挙句軽い口調で話すとは!!処刑も止む無しだぞ!!?」
「いや、だから知らないんだって。だって俺、」
騒ぐ黒スーツの少女を、俺は軽い口調でなだめる。
その中に、大きな核爆弾が混じっていたとも知らずに。
「―――月の世界なんて知らないし。俺地球人だぞ?知ってるわけねーじゃん」
何てこと無い口調で言ったこの一言。
―――世界が停まる。
空気も、光も、色も、人々も、5番ホームに存在するものすべての世界が、停まる。
音すらも聞こえない、完全な無音世界。
その中で己を失っていないのは、俺と時間、そして、
―――目を大きく
彼女は、つい先ほどまで見せて…否、魅せていた気だるげな漆黒の瞳を、この上なく見開き、瞠目する。
驚愕に支配された表情を、彼女の顔が、
その白絹のような左手を、これまた形のいい唇に添えて、驚きを表現する。
動きに伴って、艶を放つ夜色の長髪が、ふぁさり、とゆれる。
そんな彼女の仕草1つ1つに、俺は目を奪われてしまう。
周りの世界は停まっているにも関わらず。
俺だけは世界が動いているにもかかわらず、
意図的に、世界を停めてしまうほどの魔性の美貌で、彼女は俺を魅了する。
俺が彼女に見惚れること暫し。
停まっていた世界が、動き出した。
「―――おい貴様!!!ここに、どうやって入ってきた!!?」
「あの通路を通ってか!?」
「地球人を5番ホームに入れるなんて、前代未聞だぞ!?」
「どうなっているんだ、警備は!!」
「
「近寄るな地球の蛮族が!!お嬢様に危害を加えようものなら只じゃ済まんぞ!!」
「死に晒せ野蛮人が!!」
「真由美以外は人間として認められていないんだよ地球人は!!」
黒スーツを筆頭に、大瀑布もかくやといった量の言葉が、俺の身一つに降り注いできた。
もちろん、プラス面での一言は1つも含まれていない。
疑問、愚痴、怨嗟、罵倒、
マイナス面での評価ばかり。
地球人を「野蛮人」だと蔑み、ストレスを俺に対してぶつけている。
まさに
四面楚歌の典型的パターン。
そんな状況の当事者である俺は、ただただ、失策だったかと、肩を
その仕草が、さらに人々を憤怒の道へといざなう。
「貴様…処刑されたいのか!!??」
「余裕ぶっこいてんじゃねーぞ!!!」
「お嬢様は誰にも渡さーーーん!!!!」
「蛮人は生肉でもしゃぶっとけ!!!」
バカにされたと勘違いした人々は、さらに罵倒をエスカレートさせる。
もはや人間としては俺を見ていない。
原始人だ。
文明を持たない、太古の人々に俺を
太古の人々に神聖なお人を触らせてたまるか、とお嬢様の前にバリケードをつくり、俺に対して牙を剥く
四面楚歌が加速した。
だが、俺は知っている。
――――その後ろ、人力車の上に
その純粋で穢れの無い、綺麗な黒の瞳。
好奇心から来るであろう、期待の
孤立している俺の姿が、その
そこに否定の色は見えない。
―――彼女だけは、少なくとも否定的ではない。
俺は感じる。
俺は、四面楚歌ではないっ!!!
俺は自己完結する。
「―――もういい!!…貴様は、粛清だ!!」
声が聞こえてきたので、改めて目の前に視線を戻すと、そこでは憤怒に身を染めた黒スーツが、俺に対して刀を振り上げている最中だった。
ダイレクトに人が死にそうだが、誰も咎める気配が無い。
むしろ、
「―――ウォォォォォォォォォ!!!」
「粛清だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「死ね野蛮人がぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「死んで詫びろぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
大歓迎のムード。
否定する人など1人もいない。
それを見て俺は、こことは違う世界の人間なのだな、と改めて確信を持つ。
同時に、俺はもうすぐ死ぬのだ、と諦めが俺の心に巣くう。
振りあがった木刀は、すぐに俺の頭めがけて振り下ろされるだろう。
江戸時代で言う「
俺は見るも無残な姿となり、ここでの記憶の一切を封印されるだろう。
これだけ好奇心の騒ぐ出来事は久しぶりだったのに、残念だ。
俺はゆっくりと振り下ろされる木刀を見ながら、1人、懐古する。
そしてはは、と力なく笑った。
ここで俺の好奇心は終わり。
また、退屈な世界が始まる。
ま、ちょっとでも楽しめただけ、よしとしようか。
俺はゆっくりと目を瞑り、来るべき衝撃に備えて身を固める。
その数秒後、俺の全身を襲ったのは、何か硬いものが頭に当たる衝撃―――、
「―――控えよ」
―――なんてものでは全然無く、少女の綺麗な声であった。
まさにクリアヴォイス。
世界を塗り替え、新たに染め上げる、魔性の声。
幼げでありながら、重厚な重みも伴った声。
俺は声を、聞き届けた。
世界に神が光臨したかのように、ゆっくりと目を開ける。
情報を、目で視認する。
光を、網膜に焼き付ける。
俺の目には、あのお嬢様が、扇子を構え、毅然と言い放っているように見えた。
そして脳が、視神経を通してその情報を共有する。
判断。
(―――やはり、俺は間違っていなかった)
彼女はやはり、俺の敵ではなかった。
唯一の、味方だった。
救いを差し伸べてくれる、天使だった。
俺の脳が、脊髄が、神経が、そう判断する。
感涙にむせび泣くのをこらえて、俺は彼女の次の言葉を待つ。
喋りだしたのは黒スーツ。
ゆらり、とよろめいた体を建て直し、すぐさま反撃を試みる。
自分たちの正義を使って、彼女を正しい道へと戻そうとする。
「―――何故お止めになりますか、お嬢様!!こいつは地球人です、野蛮な種族など、殺して当然―――」
「たわけ」
黒スーツが途端に黙った。
そして驚いたような顔をして、前におわす主を見やる。
自分の主張を、たった一言で詭弁だと押し返される。
3文字で相手を屈服させるこの力。
彼女は、只者ではない。
俺は何故か勝手に、そう考えついてしまう。
そのお嬢様は、依然毅然とした表情を崩さぬまま、黒スーツに告げる。
「―――わらわの前で殺生をするなど、言語道断ぞ。そなた、月がどうのこうの言う前に、わらわの存在を忘れてはおらぬか、のう?」
口調は穏やかだが、こもる気迫は穏やかではない。
一度不用意な発言をしたら、即座に屈服させられそうなこの威圧。
声は静かなのに、誰も逆らえないと、体全体が警鐘を鳴らすのは何故だろうか。
それほどの威圧感を備えた彼女。
上流階級の、幾多の死線を潜り抜けてきたであろう、猛者の目。
遠くで、擁護されているはずの俺ですら、縮み上がってしまうほどの
黒スーツはもはや一言も喋れそうに無かった。
―――怖い。
俺は心の底から、そういう感情が浮かんでくるのを感じる。
途端足が震えて、前が見えなくなる。
こんなところでも、ヘタレっぷりは通常運転であった。
怖くて前も見られなくなる。
その怖い彼女は、黒スーツを論破した後、俺のほうを向いた。
俺に、静かな声で、呼びかける。
「―――そなた」
「…はい、何でございましょう」
呼びかけただけなのに、それが何故か怖い。
思わず敬語になってしまった。
ただ、…まだだ。
まだ、もうちょっと、頑張らなければ。
ここで、舐められるわけには行かない。
内心壊れそうなほどびくびくしながら、もう一度ポーカーフェイスを顔に作る。
彼女はそれを見たのだか見てないのだか、俺に向かって突如、こう言ってきた。
「…失礼なことをしたな、少年。名は、なんと申すか」
名前を、尋ねてきたのだ。
何の前触れも無く、唐突に。
俺はそれに驚くと同時に、嬉しさも覚える。
それはひとえに、俺が彼女に「認められた」ということを指し示すから。
まぁでも、それを素直に認めるのも恥ずかしい。
美少女に呼びかけられただけで喜ぶとか、どんだけ恥ずかしい人間だよ…。
俺は嬉しさを隠し、なんでもないような顔をしながら、問いかけに回答する。
「―――
俺は、俺の真名を、相手に伝える。
はっきりと、丁寧に、分かるように。
誰も知らなくたっていい。
彼女だけに、伝わるようにだ。
相手側も、俺の言葉の意味を汲み取ってくれたようだ。
暫しパチクリと目を
そしてコロコロと笑い出した。
「―――ふふっ、ふふふっ」
扇子で口を隠し、優雅に、笑い声を吐息と共に押し出す。
見惚れてしまうくらいの、奥ゆかしく上品な笑顔。
正直、可愛い。
俺はまたも見惚れてしまう。
ひとしきり笑い終えた彼女は、俺に相対すると、
「―――そうか、宇和島海斗よ。わらわの名は、
と、自分の名前を告げてきた。
笑顔と共に。
俺はちょっと恥ずかしくなり、赤面する。
アレを見て平常心を保てる男子を、俺は知らない。
だって可愛いし。
でも、
これで彼女は、俺を、対等な人間と、認めた。
俺と話をすることを、認めた。
ならばいい。
遠慮なく話が出来る。
俺は頭で考えつくすと、再び相手に向き直った。
もちろん、赤くなっている頬は隠せない。
でも、仕方ない。
そのまま、俺は言う。
「―――そうか。じゃあ、よろしく。
お誘いの文句。ナンパ文句。
俺はゆっくりと手を差し出しつつ、それを告げる。
よろしく、という意味も、もう会えないだろうな、の意味も込めて。
万感の意を込めて、右手を差し出した。
彼女は動かない。
それを見ても、動かない。
途端、周りの野次馬が活気付く。
大方、俺がフラれたとでも思ったのだろう。
野次が飛んでくる。
まぁ、ここら辺が潮時だろう。
俺が半ば諦めたような感じで、手を引こうとしたそのとき。
―――彼女が、ふわりと舞い降りた。
人力車の上から、それはもうふわりと。
そのあまりの美しさに、俺だけではなく周りの人の時も停まる。
着物をはためかせ、優雅に降り立つ。
さながら、糸崎に舞い降りた天使のように。
目を奪われた俺は、動くことも出来ずに固まる。
降り立った彼女は、その固まっている俺に近づくと、満面の笑みで、
「―――うむ、よろしくじゃ!
―――これが、俺と彼女の、1年間の始まり。
8月15日の、始まり―――。
次回の更新は、おそらく9月15日です。
定期更新型に切り替えようかなと思っています。うん。
それでは、また4話で。