月夜の悪戯   作:M崎

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 少し長い8話です。

 でもまだチェイス中です。

 どうしましょうかね。



8月の夜風は、世界をクールダウンさせる。

 8月15日。

 広島県東広島(ひがしひろしま)高屋(たかや)町、西高屋駅。

 

 

 その1番ホームで、俺は、加速していた。

 野獣と一体化した、爆発的な速度で。

 

 

 「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 

 それはまさにスピードの暴力。

 数でかかってくる(えきいん)を、質で()り潰さんがためと、迫る弾丸。

 その(じゃま)を、確実に仕留め、(ひざまず)かせる。

 

 駅員(てき)も、その圧倒的なまでのスピードに、一度は怯みそうになった。

 

 「―――ええい、あいつは1人だ、何が出来る!!」

 「たかが速いだけの、ちっぽけなガキだ!!」

 「ここで俺たちが、退くわけにはいかん!!」

 

 だが、駅員は怯まない。

 

 震える体に鞭打って、弾丸を静止せんと、進路上に立ち塞がる。

 

 (―――おお、士気は満点だな。上等じゃねぇか)

 

 そんな駅員を、俺は野獣の笑みで、(物理的ではないが)見下ろす。

 そうだ。俺に立ちはだかる障害は、こうでなくては。

 

 俺はスピードをさらに上げて、100メートル走10秒台の俊足をいかんなく発揮する。

 

 駅員が覚悟を決めて、どっしりと構えるのが前方に見えた。

 俺はあれを、突き破らねばなるまい。

 

 だがまぁいい。

 

 

 ―――俺を止められるのならば、の話だ。

 

 

 俺はさらに加速する。完全に火事場のバカ力としか言いようがない。

 多分今なら100m10秒前半くらいは出ているかもしれない。

 

 でも、そのくらいじゃないと、意味が無い。

 

 駅員が本格的な捕縛体勢に入っているのが見える。

 俺はそこに、その速さのまま、飛び込んで―――。

 

 

 

 

 

 「―――ストオォォォォップ!!!!」

 

 

 

 

 

 ―――またも敵の虚をつくように、敵前で急ブレーキをかけた。

 

 

 

 

 

 「「「そぉぉぉぉぉぉい!!!!???」」」

 

 

 当然、俺を捕まえんと前に出た駅員は、つんのめって前に出る。

 つまり、勢いを殺せずに、倒れ掛かってくるのだ。

 

 しかも、3人とも。

 

 人間は急ブレーキ、急発進に弱い。

 急激なスピードの変化にはついていけないのだ。

 それが出来る人間は、スポーツですごく強い。

 

 ―――だが、俺はスポーツは人並み程度だ。

 特段上手いというわけでもないし、下手というわけでもない。

 本当に普通なのだ。

 

 しかし俺には、有り余るほどの「セコさ」と「逃げ足」がある。

 

 人間のもろいところをついて、崩すことが出来る。

 

 その特技と足の速さが掛け算して、見事に出来た戦術であった。

 

 

 「―――よっ、と」

 

 俺は倒れ掛かってくる駅員をするりと避けて、改札口へと疾走する。

 

 スピードは前よりも遅い。

 そりゃバテるからだ。走りまくってると誰だって辛い。

 

 それに、駅員が後ろから追ってくる気配がした。

 俺をそう簡単に逃がしたくは無いらしい。ここまでやられて黙ってはおけない、という気持ちも分かる。

 いつもより怒りの形相が濃いのも、気のせいではないだろう。

 

 だが、ここでやめるわけにはいかない。

 俺と香倶夜(かぐや)が助かるタイミングはここしかない。

 

 この作戦を成功させなければ、俺たちに未来はない。

 少なくとも俺は、そう信じている。

 

 これは、そのための作戦なのだから。

 

 (さぁ、第3フェイズだ)

 

 ダッシュしてまもなく、俺の目の前には西高屋駅の改札が見えてきた。

 そろそろ、作戦の3番目のポイントが近づいてきた。

 

 俺は定期を左ポケットから引きずり出す。

 まずはここを抜けるのだ。

 

 自動改札に「ピッ」と定期を当てて、改札を通過する。

 

 「あいつ、改札を通ったぞ!?」

 「1人だけ逃げる気か!?」

 「じゃあ、俺は万が一のためにここで待つ!2人は女のほうを追え!!」

 「え、でも、あれは女子トイレに…!」

 「そんなもの、向こうで呼べばどうとでもなる!!さあ、早く行くんだ!!」

 「「りょ、了解です!!」」

 

 そんな俺を見て、駅員さんは俺の意図を勘違いしたらしい。

 俺が1人で逃げるものだと勝手に思い込んで、こちらに向かっていた人員を2人減らし、香倶夜のほうに向かわせたのだ。

 

 こちらとしては、超好都合な出来事。

 これを活用しない手は無い。

 

 (―――俺のすることが1つ減っただけ。多少楽にはなったが…ま、そのまま続けるか)

 

 駅員の1人が不機嫌そうにこちらを見る中、俺はそちらを見向きもせずに、西高屋駅ホームから一旦離れた。

 すなわち、向こうの言う、「逃げた」のだ。

 

 敵前逃亡だ。

 女子を置いて、俺は逃げる。

 

 「おい!!宇和島海斗(うわじまかいと)は逃げた!!俺もそっちへ向かう!!」

 

 駅員の喜々とした声が耳の後ろに残る。

 もう完全に、己の勝利を確信した声音。

 

 

 

 だが、俺はまだ負けじゃない。

 

 

 

 この選択が俺にとっての「最悪手」だったとしても、まだ「負け」とはいえないのだ。

 俺の計画は、まだ終わっていない。

 

 俺は遠ざかる足音が聞こえた瞬間、弾かれたように駅舎へと舞い戻った。

 

 ここからが、第4フェイズだ。

 駅員が俺の声に気づく前に、仕事を済ませる!

 

 

 

                    ★

 

 

 

 一方、こちら側では。

 

 

 『おい!!宇和島海斗(うわじまかいと)は逃げた!!俺もそっちへ向かう!!』

 

 (―――海斗が逃げたじゃと!!?馬鹿な、そんなはずが…!!)

 

 月夜見(つくよみ)香倶夜(かぐや)は、絶賛大混乱中だった。

 

 なんせ、あの男が、「自分を捨てて、逃げた」というのだ。

 自分には「俺が呼ぶまで、絶対に出てこないで下さい!!」って言っていたのに、だ。

 

 一瞬、失望が香倶夜の胸に去来する。

 

 (―――い、いや!!やはり、そんなはずはない!あの海斗に限って、わらわを見捨てていくなどということはありえん!!)

 

 だが香倶夜は、自分を守ってくれた海斗の約束を信じ、心から失望を締め出した。

 狭い個室の中、海斗を信じて、じっと待ち続ける。

 

 (海斗…はやく来ておくれ…出来るだけ、早く…!!)

 

 ただ、祈る。

 宇和島海斗という名前のあの男が、香倶夜の世界を変えてくれることを、ただ願う。

 

 この場に辿(たど)り着いて、微笑んでくれることを、望む。

 

 それが何も出来ない自分が、唯一出来ることだから。

 

 香倶夜はただただ、一心不乱に、(こいねが)い続ける。

 

 『おい、出て来い!!』

 『バカ、怒鳴ったところで出てくるわけが無いだろ!!』

 『俺が宇和島海斗だ!!』

 『出て来てくれ、頼む!!』

 『お願い、出て来て!!』

 

 周りから声が聞こえる。

 自分を呼ぶ声だ。

 

 でも、そのどれもが、宇和島海斗の声音ではない。

 

 自分が信じた、約束の声ではない。

 

 故に無視する。

 もとより自分は、今信頼しているのは海斗しかいないのだから。

 他人の声になど、耳を貸すわけには行かない。

 

 香倶夜は両手をきつく結んで、月に祈る。

 

 ―――どうか、海斗が、無事にたどり着きますように、と―――。

 

 果たして、気持ちは通じるのだろうか。

 少しの不安と、有り余るほどの期待を胸に、香倶夜は祈り続けた。

 

 

 

                   ★

 

 

 

 同時刻、西高屋駅改札前。

 

 俺は、作戦のハイライトを実行していた。

 第4フェイズ、とは言うが、正直言ってフェイズも何もありゃしない。

 

 1つ1つを、自分の全力を使って、こなすだけなのだ。

 

 すべては、香倶夜(かぐや)の生還のため。

 

 

 西高屋駅構内に戻った俺は、券売機に飛び込む。

 飛び込んだ勢いそのままに、券売機の「購入」ボタンを連打する。

 

 人はいない。自分の行為を観察しているのは、誰もいない。

 だが一瞬、防犯カメラ、という言葉が頭をよぎる。

 

 (―――格好なんて別にどうでもいいんだ。どうせやることは犯罪行為なんだから)

 

 しかし、俺は半ば諦めの境地に至りながら、その言葉をシュレッダーにかけた。

 表示された値段の、一番安いところを押し、定期入れの中の小銭を、乱暴に投入する。

 

 すると、それとほとんど同時に、「入場券」と書かれた切符が、筐体(きょうたい)から吐き出された。

 

 この「入場券」は、お安い値段で駅のホーム内に入れる優れものだ。

 普通は「孫を見送る祖父母」とか、「息子を送り出す父親」とか、そんなときに使う。

 

 だが今回、俺はこれを、犯罪行為に使おうとしている。

 使用用途としては最悪にも等しい使い方を。

 

 (マジすんません、神様!!今回だけは見逃してくれ!!)

 

 心の中で神様に土下座しつつ、俺はお釣りをしっかり回収して、走り出した。

 もちろん、右手には先ほど買った入場券を持っている。

 

 だが俺は、それと同時に、定期も左ポケットから引っ張り出した。

 

 (―――これは、出来るのか…?…いや、やるしかないんだろうな…)

 

 出来る確率はほとんど無い。

 だがそれは「ゼロではない」。

 

 ならば、挑戦しないで逃げ帰るより、玉砕したほうがまだ格好がつく。

 

 何かに突き動かされて、俺は改札へ走る。

 

 両手に2つの入場方法を抱えた俺は、自動改札に差し掛かると、両手に定期と入場券を構え、

 

 

 

 

 「―――南無三!!」

 

 

 

 

 ―――定期を左の改札にタップし、入場券を右の改札に投入した。

 自分は左の改札を駆け抜け、駆け抜けると同時に入場券を回収する。

 

 

 

 

 (―――で、出来た…)

 

 動作が終わった瞬間、俺は心中で心底安心する。

 

 ―――これで俺は、「香倶夜が入場券を使って西高屋駅構内に入った」という状況を、人為的に作り出せた。

 犯罪行為スレスレというか最早法の完全無視だが、俺は気にせず猛ダッシュ。

 

 確率論をぶち破ったそのままのスピードで、俺は走る。

 

 何故ここまで自分が動けているのか分からないままに、走る。

 

 そんな俺を、野次馬はスルーし始めた。

 全く関与せず、改札口方面へと歩き出す。

 

 俺を誰も気にしない。

 俺を誰も欲しがらない。

 俺を誰も求めない。

 

 だが、そんなの俺だって同じだ。

 

 俺も誰も気にしない。

 俺も誰も欲しがらない。

 俺も誰も求めない。

 

 ―――俺は、望むだけ。

 たった1人の望みに、手を貸すだけ。

 

 望むのはただ1人、お嬢様、月夜見(つくよみ)香倶夜。

 

 彼女のためだけに、俺は走るのだ。

 

 他人なんてどうだっていい。

 俺は、彼女のために、走る。

 

 そのまま10秒も走っただろうか。

 

 人だかりが見えたところで、俺は足に急ブレーキをかけた。

 スザザッ、と小気味いい音を立てて、靴が擦れる。

 

 少し痛いが、気にしてはいられない。

 

 ストップした俺は、静かに立つ。

 これからの出来事に備えるように、構える。

 

 そしてありったけの息を吸い込むと、

 

 

 

 

 「香ぁ倶ぅ夜ぁさあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!!!」

 

 

 

 

 あらん限りの声で、二酸化炭素と共に、名前を吐き出した。

 俺の最大ボリュームで叫ぶ。

 

 正直苦しい。

 全力疾走と大音声のコンボで、喉は焼き付かんばかりに熱を持っている。

 

 だが、それだからこそ、全体に俺の存在を轟かせるには十分だった。

 

 『か、海斗!!海斗か!!?』

 

 個室の中の香倶夜も、

 

 「なっ、宇和島海斗!!!」

 「戻っていたのか、あいつ!!!」

 「逃げたんじゃなかったのか!!?」

 「そうだよ、俺が海斗だよ~?来たから、出ておいで~?」

 

 周りに群がっていた人だかりも、俺の声に反応する。

 

 にわかに騒がしくなる西高屋駅2番ホーム。

 さまざまな人が怒鳴り散らす、非日常の空間。

 

 そこには俺に憤怒の形相で向かってくる駅員も、香倶夜を全力で呼ぶ野次馬もいる。

 

 だが俺はそんな中にあっても、己を失わなかった。

 押しつぶされそうなプレッシャーを、ちっぽけな矜持だけで跳ね飛ばす。

 

 そうだ。

 俺にはまだやらねばならぬことがある。

 捕まるわけにも、逃げるわけにもいかない。

 

 俺はさらに声を振り絞り、約束の文言を叫ばなければならないのだ。

 でないと、俺が宇和島海斗だと、彼女に認識してもらえない。

 

 約束も、作戦も、完遂されない。

 

 俺は、これでラストだとばかりに、さらに、空気中の酸素を肺に取り入れる。

 

 破裂せんばかりに膨らんだ肺を確認すると、俺はそれを一気に吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 「今日も、月が綺麗ですねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 時が止まる。

 

 埃もチリも、空気さえもが、動きを止める。

 

 1人、ゼハゼハと息を吐く俺以外の、すべての時間が、停止する。

 俺に対する理解を拒むかのように、時間を停止させる。

 

 というか実際拒んでいるのだ。

 俺に向いている表情には、怪訝と放心と嘲笑の3つしかないのだから。

 

 完全におかしな子扱いだ。

 

 

 だが、俺はその表情とは別の、4つ目の感情が発生するのを、知っている。

 

 

 その発生源は、トイレの個室の中。

 それは徐々に膨らんで、大きくなって、張っていって…

 

 ―――ラスト、大きく破裂した。

 

 停止した時間の中、平和の女神と揶揄される美貌が、トイレから飛び出してきた。

 

 「―――うむ、わらわもそう思うぞ、海斗!!!」

 

 香倶夜である。

 彼女は、個室を飛び出すと、群集をすり抜け、俺にひしっと抱きつく。

 ―――抱きつく?

 

 おかしい。

 抱きつく?

 

 俺は疑問とともに、自分の状況を確認する。

 

 

 ―――紛うことなき、俺が香倶夜に抱きつかれている、といった構図。

 

 

 (…え)

 

 そして俺の脳がそれを認識すると同時、俺の両頬が熱を持ち始めた。

 

 (―――おいおいおいおい!!!これは聞いてないぞ!!?)

 

 真正面から十二単美少女に抱きつかれている俺は、らしくもなく動揺する。

 だがそれは当然だろう。

 多分誰だって、この状況に巻き込まれたらこうなるはずだ。

 

 この状況で走り出せた俺の理性を、精一杯褒めてやりたい。

 

 (―――ま、まだだ!!まだしなければならないことが俺には…!!)

 

 俺は理性だけで動揺を振り払うと、抱きついてきた香倶夜を優しくはがす。

 純真無垢な瞳で見上げてくる彼女に、若干気恥ずかしさを感じながらも、俺は簡潔に用件を告げた。

 

 「―――海斗…?」

 「す、すいません…急ぎますよ、ここを早く出ましょう」

 「分かった。…だが、どうやって出ればいいのじゃ?」

 「ここに券があります。これを改札の穴に通して、後は気にしないでください!!」

 「うむ、了解じゃ!!」

 

 聡明な彼女はわかってくれたらしい。

 しかと頷く香倶夜の手を引き、俺は駆け出した。

 

 ―――そして、俺たちが駆け出すと同時、周りの人の時間が動き始めた。

 

 

 「「「「「はぁ!!!!??」」」」」

 

 

 意味が分からないというように、口から驚きを漏らす。

 

 だがもうそのとき、俺と香倶夜は改札の目の前にいた。

 

 「―――あ、いたぞ!!」

 「チクショウ、今なら間に合うぞ、追え、追えーぃ!!!」

 

 駅員が、追えと声を張り上げる。

 それに応ずるように、今まで温存していた体力を使い、人々が全力で追いかけ始める。

 

 

 だが、もう遅い。

 

 

 彼らが改札に到着したとき、俺と香倶夜は、西高屋駅の改札をとうに通り抜け、遥か彼方にいた。

 

 

 

 

 




 いかがでしょうか。
 なんともいえない8話…。

 彼の真似は絶対にしないで下さい!!

 何はともあれ、これで6話以来の西高屋編が終わりました。

 それでは、また9話で。

 入試のため、来月はおそらく更新できないかと思われます。


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