織田信奈の刀 ―私の兄は虚刀流―   作:怠惰暴食

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七花と否定姫、長屋で勝家の愚痴を聞く

 五右衛門と川並衆達とを交えた夕食会から一週間で否定姫の衣服にびっしりと縫い付けられた元手のお金は増えて、川並衆に給金を支払う事ができ、贅沢にお茶と和菓子が買えるようになっていた。

 

 昼過ぎに七花と否定姫は団子やういろう、お饅頭を買って、長屋でまったり食べようとした帰り道に勝家にあった。

 

「よう、勝家」

「ああ、七花に一か」

 

 返事をする勝家は元気がなく、どこか疲れているようにも見えた。

 

「元気なさそうだな」

「そう見えるか?」

「そういう時は甘いものが一番よ。一緒に食べましょう」

 

 否定姫はそう言って、勝家の手を掴んで長屋の方へと連れて行こうとする。勝家は最初、どうしようか迷っていたが、否定姫のなすがままに連れて行かれる事にした。

 

 勝家は長屋に連れてこられると長屋の中を見られないように障子などで閉め切った。

 

「あんまり、見られたくないか聞かれたくない事があるみたいね」

 

 否定姫はそう言いながら湯を沸かしている七花は天井を見て、五右衛門の気配を確認すると否定姫に目で合図を送り、否定姫が五右衛門だけにわかるように、この長屋に誰か来たら教えるように指示を出した。

 

「ああ、信勝様がまた信奈様に謀反を起こすかもしれない」

 

 溜息を吐きながら言葉を出す勝家は年齢よりも年を取ったように見える。勝家の言葉を聞いて否定姫は『だめね。これは……』と首を横に振る。

 

「次は絶対に信奈ちゃんは信勝を切るわね。今川との戦が近いのに何をやっているんだか」

 

 否定姫は話しながらも沸騰したお湯を茶葉が入っている急須に注ぎ、蒸らしている。そして、頃合を見計らい、三つの湯のみにお茶を注ぎ、湯のみを渡す。

 

「それに美濃の方も危ないわよ。美濃を渡そうと思っているのは道三とほんの一握りくらい居ればいい方ね。美濃の大半の連中は道三の義理の息子を持ち上げて、道三を殺すでしょうね。もしかしたら今川と戦っている間に尾張に攻めてくる可能性もでてくる。場合によっては今川と美濃の両方から攻められて終了ね」

 

 否定姫はそこで言葉を止めて、ういろうを不味そうに食べて、お茶を啜り口の中のういろうを胃の中へと押し込む。

 

「せっかく買ったういろうが不味くなったわ。どうせ、あの馬鹿の事よ。今川との戦いも他人任せでしょうね。あの馬鹿を見てると家鳴匡綱を思い出しそう。なんで信奈ちゃんはあの馬鹿な弟を殺さないでいるのか不思議だわ」

 

 感情を込めないでたんたんと信勝を侮辱する否定姫に戸惑う勝家。七花は興味なさそうに団子を食べながら茶を飲んでいる。

 

 勝家は茶を啜ってのどを潤してから口を開いた。

 

「信奈様が信勝様を殺さないのは、二人きりの家族だからさ。母親は昨年殺された」

「殺されたって事は犯人を見つけることができたのか?」

 

 ここでようやく七花が会話に入ってきた。父親を殺されたとがめ、父親を殺した自分、親殺しという言葉に興味を持ったのだ。

 

「いや、犯人は捕まっていない。今も生きているのかもしれない。昨年の水無月がそろそろ終わりそうな日、信奈様も信勝様も用事で母親が住んでいる邸宅から離れていた時に襲撃を受けた。屋敷は血塗れで屋敷の守護を任されていた者達は一人を残して全員死んだ。だが、兵達はまだましだ。お二人の母親は顔だけ残され、体はバラバラにされ、所々潰されていた」

 

 勝家の体は少し震えていた。未だにその死体を忘れる事ができないのだろう。温くなったお茶を一気に呷り飲み乾してから言葉を続ける。

 

「生き残っていた兵は最後まで足掻いて戦い死にたかったろうに、あたし達に狼藉者の特徴を教えるために死に体の身体であたし達が来るのを待っていた。……狼藉者の特徴は女で身長は約五尺、年は三十手前辺り、言葉の最後に自分の言葉に否定を交えて『悪いのかしら』と邪悪そうな微笑と共に独り言でも呟くように、もともと自分達が眼中に入ってないように言葉を出したそうだ……それを伝えた後に最後の生き残りも息を引き取った」

 

 勝家は膝に乗せた握りこぶしを更に強く握りしめ手から血を少し流していた。七花は目を見開いて勝家を見つめている。信奈達の母親を殺した犯人に心当たりがあるからだ。だが、それは本当に彼女なのだろうか? それがわからない七花は口には出せず、動揺したまま勝家を見ることしかできなかった。

 

「すまない。更に菓子が不味くなるような話をしてしまって、あたしはもう行くよ」

 

 勝家はそう言うと誰の顔も見ずに長屋から出ようとした。

 

「待ちなさい」

 

 否定姫に呼びかけられて勝家は止まって振り向いたら、まんじゅうが飛んできた。

 

「今のあなたは酷い顔をしている。それでも食べて少しは元気を出しなさい」

「ありがたく頂戴するよ」

 

 勝家は否定姫に礼を言い、本当に長屋から出た。思い出したくない記憶を無理やり思い出して嫌な感情が渦巻いて視野が狭くなった勝家には七花の動揺した顔を見る事はなかった。

 

「五右衛門ちゃん、勝家ちゃんはもう行った?」

 

 否定姫は天井に声をかける。

 

「行ったでござる」

 

 五右衛門の声が返ってきた。

 

「どういう事だ? なんで姉ちゃんが……」

 

 顔を右手で押さえている七花の目は未だに動揺が浮かんでいる。

 

 鑢七実、鑢七花の姉が何故、信奈達の母親を殺したのか、七花はわからなかった。

 

 そんな七花の様子を見て、否定姫は天井にいる五右衛門に向かって言った。

 

「五右衛門ちゃん、今すぐに調べて欲しいことがあるの」

 

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