「……どういう事よ」
否定姫の言葉に信奈はそう言うしかなかった。七花と否定姫以外のこの場にいる全員の顔が驚愕に染まり七花を見ている。
「みぎり様は信奈様の父、信秀様に嫁ぐ前にみぎり様は六枝という男と結婚しており、その男との間に二人の子供を儲けました。一人はそこにいる七花君。もう一人は七花君の姉の七実、ちなみに証拠の品もございます。徹尾家から手に入れました。これにはみぎり様と六枝という男が見合いをして結婚したという記録が書かれております。つまり徹尾家公認で結婚をしたという事です」
否定姫は信奈に二十年以上前と思われる古い紙を渡した。文字に使われていた墨も古さを感じることができ、とても新しく書かれた物とは思えない。更にその紙には徹尾家の本物の朱印が押されている。
「飛騨鷹比良が起こした大乱の直後に六枝と七実と七花君は島流しにされました。六枝がみぎり様を殺したという理由で、まあ今の状況ではそれは嘘になりますか、本当の理由は織田にみぎり様を嫁がせるには三人は邪魔だった訳です。だから、三人はいないという事にするために島流しにした」
信奈は七花の顔を見る。七花の顔、いや表情を見ても信奈は七花が今どんな思いでいるか信奈にはわからない。
「ちなみに、これも徹尾家の記録に残っていました。几帳面ですね。普通になかった事にするなら記録に残さないのが一番のはずなのに、でも、できなかったんでしょうね。いつ、復讐されるかわからないからこそ、忘れるんじゃなくて、備える事にしたんでしょうが、まあ、無駄だった。徹尾家は潰されていましたよ、一人の女によってね。みぎり様を殺害した犯人と同じ特徴を持つ人物が徹尾家の屋敷の周辺で目撃されてました。その人物の名前は七実。島流しにあった七花君の姉ですね」
自分達の母親を殺した女の弟が目の前にいる。しかも、その男は自分達と同じ母親の息子だ。意味がわからない。いや、わかりたくない。自分達を仲直りさせた七花が自分達に復讐するために仲直りさせて、頑張ろうと思わせて、希望を見せて、それから自分達を絶望へと落とし、そして最後に殺す。そんな考えが信奈の頭によぎり、この場に家臣達がいても恐怖に震えそうになる。
それでも信奈は気を取り戻して、七花を真っ直ぐに睨みつける。
「私達を仲直りさせて、復讐のために私達を殺すの?」
信奈の言葉に家臣達は刀の柄に手を伸ばし、七花の返答によっては抜刀するつもりだ。
「復讐?」
信奈に尋ねられた七花は首を傾げていた。演技とかではなく本当に首を傾げている。その姿に信奈達は一瞬脱力しそうになるが、さっきの饅頭の時のように、いきなり豹変するかもしれないのだ。もし、あの饅頭が天然で起きたことなら、自分達は天然で振り回されている事になる。
「七花君、七花君。あなた母親や島流しにあう前の記憶はある?」
「記憶? ないよ。物心がついたときから、親父と姉ちゃんの三人だけしか、いなかったからな。それに島流しについては、俺は納得してるし」
「あなたはそうよね。でも、あなたの姉は違った」
「……そうだな」
七花と否定姫の会話を聞いて、七花は復讐のために信奈と信澄を仲直りさせたわけじゃないようだ。ならば、何故?
「さて、七花君。ここからなら言えるんじゃない? 何のために仲直りさせたのか」
「そうだな」
ようやく、七花は口を開いてくれるそうだ。
「俺が最初に殺したのは親父だ。親父が姉ちゃんを殺そうとしたから、俺は親父を殺した。次に惚れた女の目的のために戦って、その目的の途中で姉ちゃんが敵になって、姉ちゃんと戦って、姉ちゃんを殺した。そして、その目的のために進んで、目的が完了する直前で惚れた女を失って、それから俺は全てを失った。今の地図を描きたいという夢は惚れた女のやりたい事を借りているようなもんだ」
七花はそこで言葉を止める。信奈達は黙ったままだ。
「俺はな、信奈。お前が弟を斬って、俺の人生のように進んで全てを失うところを見たくないのさ。だって、俺は今でも親父を殺さずに済んだんじゃないかと思っている。お前が自分を殺して、壊れて周りを傷つけて、殺して、そして、俺のように最後に全てを失うところなんて見たくない。だから、仲直りさせた。これが俺の答えだ」
「七花、あんたのその話は夢物語みたいなものだわ。まるで私が信勝を斬ったら見境なく斬り続けると言っているようなものじゃない」
七花の言葉に信奈は否定しようとした。
「親父を殺し、姉ちゃんを殺し、女を殺された俺が取った行動は、城にいる女を殺した奴に殺して貰うために城攻めを行った。結果として死ぬ事はなかったが、殺して貰おうと思っていた奴とそれに巻き込まれた奴が死んだ」
七花の言葉に信奈は目を見開いた。
「それに自分の心を殺した奴の夢なんて誰が聞いても空虚のようなもんだ。中身があるから、みんなが付いて来てくれる。中身がなければ、誰も来ない。それとも、他に新しくそれらしい理由をでっち上げて付け足せばいいのか?」
「いえ、いいわ。それよりも、あんたは本当に私の兄なの?」
信奈は新たな疑問をぶつける。
「さあ?」
「さあって、あんたねえ」
「確かに、調べて貰った結果、信奈が妹で信勝が弟ということだが、実際に母親なんて俺は覚えてないし、信奈の母親に会ったこともない。まあ、信奈が妹かもしれないと知って、信奈の夢を手伝うかくらいの切っ掛け程度だぞ」
七花の言葉に信奈は唸っている。
「まあまあ、姫、落ち着いてください」
信奈を落ち着かせた女性は、どこか人が良さそうで、でも怒るときは怒る的な雰囲気を醸し出していた。
「あんたは?」
「丹羽長秀と申します」
長秀は七花に一礼して、話し続ける。
「ところで、七花殿。信奈様の兄を語って織田家をどうこうするという事はしない訳ですね」
「ああ、俺は信奈が天下を取ったら、地図を描く旅にでるから、地位とかはいらん」
「そうですか」
「でも、流石に住むところと生活する為の金が必要だから、今住んでいる長屋と給金が貰えるとうれしいかな」
「では、住む場所はそのままで、給金の方は足軽と同じ位でよろしいですか?」
「ああ、それで構わない」
「みなさま、これでよろしいでしょうか?」
長秀の言葉に重臣達は全員頷く。七花が織田家を乗っ取るのではないかと危惧していたのだ。
「どうですか、姫?」
「うー、それでいいわよ。万千代(長秀のあだ名)」
信奈はまだ唸っていた。
「では、これにて一件落着という」
「待ってくれ、長秀」
止めたのは勝家だった。
「七花、あたしと一対一で戦ってくれないか?」
何だかんだ言いつつも七花君は妹かもしれない信奈の夢を手伝いたいんだろうなあ
ちなみに、信奈が妹かもしれないと報告を聞いた時は、アニメ『刀語』の王刀のあのシーンのような感じだと思います