赤兜に跨って連れて来られた場所は桶狭間山。
その場所で七花は複数の忍と戦って、五人倒していた。五人とも七花が手加減していたので死んではなく、気絶している。
「残り三人か? 面倒だな」
面倒なふうに呟く七花とは対照的に忍達は追い詰められている。複数で戦っているのに目の前の絢爛豪華な十二単を纏っている男に傷一つつけられないどころか、相手に手加減されているのだ。尾張の数々の砦を難なく攻略して後は丸根の砦だけという状況で、こんな相手に出くわすというのは尾張の術中に陥っていると感じてしまう。
実際に彼らというよりも義元が否定姫の術中に陥っているのだけど、彼らにわかる訳がない。
早く目の前の男を倒さなければ、この後に何が起きるかわからない。そんな焦りが忍の体を緊張により固くして、思ったような動きをできなくさせていた。
そして、一人が動き、また七花に倒されて残り二人となった。
「お前達、何をしている!?」
いつの間に近づいていたのか忍達にはわからなかった。しかし、彼らを安堵させるには十分だった。自分達の上司の服部半蔵が来てくれたのだ。体の力が抜けて残り二人の忍達は座りそうになる。
「部下達が世話になったようだな」
半蔵はそんな部下達に目もくれず、部下達と戦っていても自分が来たことに気付いていた七花を睨みつけている。
「三人に増えたか、面倒だ。早めに終わらせて信奈のところに戻らねえと」
「織田の者であったか、悪いがここを通すわけにはいかん。行くぞ」
そう言って半蔵は手裏剣を、地を這うように投げる。七花はそれを避けようと上に跳ぶが、足元に飛んでいた手裏剣の軌道が変わって浮かび上がり、七花の喉下に向かってくる。
「へえ」
七花は軌道が変わった手裏剣を手刀で難なく落とす
「面白いな、今の何だ?」
「……貴様、一体何者だ?」
甲賀流手裏剣術【風穴】を危なげもなく普通に手で叩き落す七花に半蔵の警戒心が上がる。
「まにわにの忍法【足軽】のようなもんか? でも、確かにちゃんと手裏剣を叩いたときに重さを感じたしなあ」
「忍法【足軽】だと!?」
今は無くなった真庭忍軍に伝わる忍法【足軽】を目の前の男は知っている、つまり少なくとも目の前の男は真庭忍軍に会った事があるという事だ。
「真庭忍軍が【まにわに】か、奴等が生きていたら嘆くだろうな」
「そうか? 真庭喰鮫は喜んでいたけど」
「……真庭喰鮫経由で忍法【足軽】を見たのか?」
頭が痛くなるような話に半蔵は溜息を吐きたくなるのを堪えて質問する。
「いいや、見てないな。真庭喰鮫は喜んだ後に、攻撃をしかけてきて迷彩に殺された」
「!! 成程、貴様の正体がようやくわかった」
「そうか、じゃあ黙っといてくれ。信奈にも秘密にしてるんだ。自分の口からちゃんと言わないといけねえ事だからな」
半蔵に正体がばれても七花は気にしていなかった。まるで予定通りに事が運んでいるみたいに動揺していない。
「洩らした場合は?」
「さあな? 殺すのは確定だけど、あんたがいる場所によって城攻めをする事になるかもしれないな」
「そうか。ならば、お前の正体を誰にも話さない代わりに我らを見逃してくれないか? 見逃してくれるならば、我らはこの辺りを通る尾張兵にも手出しはしない事を約束しよう」
「わかった。取引成立だな」
七花がそう言うと、半蔵とまだ気絶していない二人は気絶した仲間を一人、二人ずつ脇に抱えて移動する。
半蔵以外の忍二人は疑問に思ったのか移動しながら話しかける。
「半蔵様、よろしかったのですか?」
「ああ、今の我らでは勝てん」
「それ程の男なのですか?」
「ああ、それ程の男だ。この戦は本当に罠だったのかもしれんな。今川が負ける可能性がでてきた」
「では、どうします?」
「何もするな。我らは何も関わらなかった。これでどちらが勝つにしても、この事を知っているのは我らのみ。我が姫は安泰だ。違うか?」
「違いません」
「あの男の正体がわかったとしても誰にも話すな。それを違えると我らが姫の命がないと思え!!」
「御意」
半蔵は部下達にそう一喝すると七花の事を考える。
(まさか虚刀流とは、しかも旧将軍が集める事ができなかった変体刀十二本を集めた奴が織田に仕えているとは、簡単に部下達を気絶させる事も納得できる)
半蔵の両脇に抱えている気絶した部下は別に弱い訳ではない。桶狭間山に見張りとして置いた部下達は半蔵が自ら厳選した部下達だ。彼らは連携して相手を攻撃し、人質になった仲間がいても容赦なく仲間ごと相手を葬りさる心構えを持っている。そんな部下達を簡単に気絶させる事ができる時点で只者ではない。
(それに奴は気付くように自分の正体を明かした。我らに条件を出させて見逃すためにだ。という事は、奴は我らの事を知っている。我らが誰に仕えているかも知っている。奴が虚刀流であろうとなかろうと、変に関わって我が姫に危険を持ち込む事はない)
実際に半蔵達の事を調べたのは否定姫が指示を出した川並衆であり、否定姫は川並衆が集めた情報を使って策を考えて、七花に彼らが出てきたときの策を川並衆の一人を使って桶狭間で教えていた。しかし、赤兜が出てきたのは否定姫でも予想外であり、赤兜が七花を連れてきた先が桶狭間な事も否定姫は予測できなかった。運が良かったのである。
「しかし、どちらが勝つか見届けてやろう。場合によっては我が姫が三河で独立を宣言すれば良い」
これは戦いというより話し合いですよね。
半蔵さんが七花さんの事を知っていたのは、元康さんの三河独立で役に立つかもしれない情報をかたっぱしから集めていたためです。