七花と五右衛門は話し合った末、織田の本陣に向かう事になった。
小柄な足軽の屍を担いでいる七花は服装とあいまって、さらに目立っていた。
そして、足軽などの兵達の攻撃を相手が気付かないようにかわし続けると幽霊や妖怪や化物の三つの呼び名に鬼が足された。屍を担いでいる事から、連想で屍を持って帰って食らうと思われたようだ。
そうこうしている内に見知った顔が出てきた。
「七花君、こっちよ、こっちー」
否定姫が手を振って七花に近づいてくる。
簡素な服を着た短い金髪碧眼の女。頭には彼女の部下、右衛門左衛門の形見の『不忍』の二文字が書かれた奇妙な意匠の仮面をつけている。
「何もってるの?」
「さっき、そこで会ったばかりの足軽の遺体だよ。名前は木下藤吉郎だと」
「興味深い名前ねえ」
七花は足軽の屍を地面にゆっくり置いた。
「しかも、サルのような顔だわ」
否定姫は考えるような仕草をしている。
「まぁ、今はいいか。とりあえず、七花君ついてきて」
「おい、遺体を……」
「そんなの後々」
十二単の袖をひっぱり連れて行こうとする否定姫に少し抵抗するが無駄なんだろうなぁと諦める七花であった。
連れてこられた先は、茶色がかった髪を結っており、湯帷子を片袖脱いで太刀と脇差を荒縄で巻き、腰まわりに火打ち石とひょうたんをぶら下げ、右肩に鉄砲を担いでいた。
七花が現在している格好と互角のかぶき者だ。
「連れは見つかったの?」
「はい、見つかりました。ありがとうございます」
「デアルカ」
かぶき者の傲岸不遜な言葉使いに首を傾げる七花。
「申し訳あしません、信奈様。幕府がなくなる前から尾張に来ておりませんので」
「それは仕方ないわ。ねえ、あんた」
「俺か?」
「あんた以外に誰がいるのよ」
七花は視線を否定姫に向ける。信奈の額に青筋が表れる。
「私は織田信奈! 尾張の守護大名、織田家の当主よ」
「へえ」
信奈が名乗るが、七花は驚かずに感心している程度だった。
「尾張のうつけ者と呼ばれてるらしいわよ」
七花にだけ聞こえるように否定姫は囁く。
「守護大名だから、尾張城に住んでいるのか?」
「はあ? 何であんな縁起の悪いところに住まなきゃいけないのよ」
「縁起が悪いって」
「だってそうでしょ。飛騨鷹比等に大乱を起こされ、八代将軍が暗殺され、九代将軍の時に叛乱を起こされて没落したような城よ。縁起悪いじゃない」
「確かになあ」
八代将軍を暗殺した本人である七花にはどうでもいい事だった。
「しかし、驚いた。大名って男じゃなくてもできるんだな」
「それは八代目将軍、家鳴匡綱に仕えていた家鳴将軍家御側人十一人衆の生き残りが皿場工舎という女だけだという話で男よりも女が将軍やっていたら殺されなかったんじゃないのかという冗談から派生して、試しにやってみるかという話になって、姫が大名や武将をやると兵士達のやる気が上がるという結果がでてしまい、今では姫が大名や武将をやっていたりするし、大名や武将をやっている姫を姫大名と姫武将という呼び名がついてるらしいわ」
「ふーん」
皿場工舎が持っていたのは刀身のない誠刀・銓であり、七花は手加減ができた。そして、皿場工舎が生きていたか、くらいにしか思っていない。
「ちょっと、聞く気あるの!?」
「俺は物覚えが悪いから、後でこっちにわかりやすく教えてもらうよ」
信奈の怒鳴り声を聞き流し、七花は否定姫の頭をポンポン叩きながら信奈に向かってのんびりした口調で言う。その姿に毒気を抜かれたのか、脱力する信奈だった。
「なんか調子狂うわね」
「織田信奈!! その首貰い受ける!!」
いつの間に近づいたのか、刀を持って突っ込んでくる今川の兵士。その兵士と信奈の間には七花と否定姫がいる。
「あんた達、退きなさい」
鉄砲・種子島を構える信奈。そんな信奈に対して、否定姫はそ知らぬ顔して動かず、七花は兵士の方にニ、三歩ほど近づいて兵士の間合いに入った時に白刃取りをした。
「な!?」
白刃取りをされた兵士は慌てて刀を引こうとして、刀身を根元から折ってしまった。
「勿体無いな」
七花がそう呟くまでに、今川の兵士は逃げ出した。
「へえ、あんたって結構やるのね」
にやにやしながら、信奈は言う。
「気にいったわ、わたしに仕えなさい」