前回と場所は変わり、場所は近江。更に詳しく言えば美濃の関所の近くである。
そこには約一万の近江兵達が存在していた。彼らは美濃の援軍として関所を通ろうとしていたが通れず、仕方なく関所の近くの村の付近で陣を敷く事にした。
「美濃からの返事はまだか!?」
待機しているだけだというのに近江兵達に余裕は無かった。自分達の城主である浅井長政が【織田のうつけ者】に捕らえられたという話は、七花に刀を抜いて無力化された部下達が近江に戻って報告し、すでに近江中には広まっている。
それを知った長政の父である浅井久政は美濃へ同盟の文を一兵士に持たせ早馬に乗せて走らせた。
美濃へ行き、返事を貰うまで数日はかかる。その数日は幾ら精強な近江兵といえども、焦らない訳がなかった。何故なら、六角家の独立は長政の力あってこそ、いくら久政や家臣団の結束が固くても、独立できなかったのならば、六角家が攻めてくる可能性がある。もしかしたら、美濃が攻めてくる可能性もあれば、手伝うだけ手伝わされて、長政の身柄を美濃で拘束される可能性もある。六角家ではなく美濃へ従属が変わるだけだ。ありえない話のはずが、時間が少しずつでも進めば、可能性に変わり、疑心暗鬼になっていく。
そんな考えに囚われてしまえば、兵士の質が下がり、負け戦へと繋がり、死者が増えるだろう。しかも、長政が囚われているのは美濃の向こうの尾張だ。安否を確かめられない。
だからだろうか、近江兵達の心、ここにあらず、美濃の関所を通って近江に入ってきた旅人を見逃していた。
その旅人は身の纏っている物は旅人と呼べる服装だが、身長が六尺八寸という大男……一寸は約3.03cmで尺は寸の十倍……計算すると約206cm!! え、本当? 時代的にみてもかなり高い!! それほどの大男を見逃すほど近江兵達は追い詰められていた。遠目で見てみると見逃せる……かな? どうだろう?
その旅人はかなり大きな荷物を背負っていた。人一人が軽々入れそうなほどの大きな木箱を縄できつく縛っていた。実際に人が入っているのだ。呼吸できる隙間があればいい。
「次はいつ起きるかな、こいつ?」
「先ほど、眠り薬を嗅がせたので今日の夜だと思うでござる」
「そうか」
【大きな旅人】・鑢七花と【小さな旅人】・蜂須賀五右衛門はそんな会話をしながら小谷城へ向かって歩いていく。二人の会話で眠る、眠らないという話がでているのは、木箱の中に入っているのは、美濃への同盟の文を持っている近江兵だからである。
「しかし、あんな目立つ格好で馬に乗って駆けていくとは思ってなかったな」
「浅井久政は元々、役人の鑑でござる」
「役人だからどうしたんだ?」
「報告するさい、途中で止められるとは考えてないでござりゅ」
場合によっては止められる可能性もあるが、役人の鑑である浅井久政は報告のやり直し等をしたことはなかった。
「それに美濃で襲われる事を考えてもなかったろうな」
同盟を結ぶ美濃で襲われたとあれば、それだけで同盟の話は無くなる。美濃は尾張と近江の挟撃で負ける事になる。
「しかし」
「どうしたでござる?」
「いや、何で美濃は近江に同盟を持ち掛けなかったのかなーってさ」
七花は首を傾げながら疑問を口にする。
「浅井長政が捕まったらさ。普通なら、浅井長政を助ける為とか言って戦力を増やすために近江に向かって同盟を結ぼうとするよな」
「そうでござる」
「でも、こいつが派手な鎧着込んで馬に乗って来たって事は美濃から同盟の話を持ちかけられなかったって事だよな」
七花は『こいつ』の辺りで後ろの箱を見て強調する。
「もしかしたら、行き違いかもしれないでござる」
「それなら、あいつら美濃に向かっているはずだろ」
七花の視線の先には未だに連絡が無く焦れている近江兵達の姿があった。手紙の中身も同盟を持ちかける内容なので、まだ同盟を結んでいないのは確かだ。
「ならば、利のためかもしれないでござる」
五右衛門はしばらく考えてから七花にこう言った。
「利?」
五右衛門の言いたい事はこうだった。美濃から同盟を持ちかける事と近江から同盟を持ちかけるのはだいぶ違うという事である。今回の戦の報酬は美濃、もしくは尾張である。しかし、その報酬とは別に浅井長政が巻き込まれてしまった。美濃から近江へ同盟を持ちかけて戦に勝つとすると、美濃が得るものは尾張であるが、近江に報酬として浅井長政と尾張から何かを与える事になる。しかし、近江から美濃に同盟を持ちかけるとがらりと変わる。なにせ、近江が取られているのは家督を持った浅井長政。同盟に不利な条件を提示されても近江がほとんど呑んでしまうほどのものだ。尾張との戦に勝利すると上手くいけば、近江も得られるかもしれないという事である。だから、五右衛門は美濃から近江に同盟を持ちかけなかったと七花に言いたいが、こんな長い説明台詞を噛まずに伝える事は先ず不可能。
「その説明が長くなるので勘弁でござる」
五右衛門の顔は七花には見えないが、説明したいけど、そのまま説明すると噛んでしまう、かといって言葉を区切りながら話すと長くなってしまい注意が散漫になるという答えがわかっているのに答える術がない、七花の忠臣でいたいのにいられない歯がゆい乙女心により、複雑な表情を五右衛門はしていた。七花がその事に気付くことはないだろう。
だが、五右衛門の答えは間違っていた。
最初から間違っていたのだ。確かに普通なら美濃から近江へ同盟を持ちかけるだろう。しかし、未だに美濃から近江に向けて同盟を結ぼうとする気配がない。美濃へ仕えている軍師・竹中半兵衛は美濃に同盟を持ちかけるべきだと主張しているが、美濃にいる豪族達は戦上手の浅井長政ならともかく、戦国時代に入ってから負け戦をし続けた浅井久政に同盟を持ちかけるのは渋っていたのだ。何故なら、縁起が悪いから、普通の人達ならば笑ってしまうことだろう。戦に赴き、敵と刃を交える屈強な心を持つ武士達が縁起を気にする等、しかし、彼らは命を賭けて戦うのだ。浅井久政と同盟を組んで戦力を増強するのも良いだろう。だが、浅井久政は六角家に負け続け、独立できなかった武将だ。対する【尾張のうつけ者】織田信奈は尾張の経済力と【美濃の蝮】斉藤道三を手中に収め、更には二万五千の大軍勢を率いた【海道一の弓取り】今川義元との戦に勝っているのだ。いくら、戦力増強のために同盟を結んでも負けるかもしれない。更に浅井久政の負け戦が入るのだ。勝てる戦が勝てなくなるかもしれないと考えてしまうのは仕方がないとも言える。しかし、竹中半兵衛の言う事ももっともである。だから、彼らは妥協案として、浅井久政が同盟を持ちかけたならば、同盟を結ぶという何とも運任せに近いことをしていた。
しかし美濃に居る豪族達は理解していなかった。彼らは尾張と美濃との戦争の時に堂々と美濃へ入り、近江へ向かうという発想が無かった。ほとんどが尾張は美濃との戦に向けて準備をすると考えていた。だから、近江へ向かう身長の高い男を見逃していた。
「んー」
人一人が入った箱を背負いながら伸びをしている旅人、彼は尾張では知らぬ者はなしというほど慕われて、尾張で最も強いと言われる柴田勝家を正々堂々と倒し、真の今川軍を倒した立役者。尾張でいつも絢爛豪華な十二単を二重に着込み、尾張の暴れ猪である赤兜の背に跨り、赤兜が駆け抜けておきる風に総髪を靡かせる姿を尾張に住んでいる者達は彼を親しみ込めてこう言った。【尾張のかぶき者】と……
「肩がこるなー」
普通の旅人姿に首の後ろに右手を当てて、カキコキと首を鳴らす姿に今は背が高いなーという事しか感じられないが、ここ近江でも何かを起こしてくれるだろう。
美濃の中で暗殺した方が早いのですが、それをしてしまうと、長政を手に入れられなくなるので、生きたまま捕獲する形になりました。
自分に説明文を書く力がないので、本当に遅い。
そして、次回、また忙しくなるので、いつ更新できるか、わかりません。申し訳ない。