雑談を終えた後、七花と否定姫は犬千代に買い物できる場所に連れて行って貰った。
そこで七花と否定姫は米と塩と味噌を買って、うこぎ長屋に戻り、また犬千代を交えて夕食を取り、そろそろ寝るかと布団を敷いて、横になった時だ。
「明日、七花君、山に行ってくれない?」
「いきなりだな」
いきなり、否定姫に話しかけられて、七花はすぐ近くにいる否定姫の顔をジト目で見る。
状況として布団は一組しかなかったため、七花と否定姫は同じ布団で横になっている。
「給料でるまで、貯えがあるとは限らないから、今のうちに出費を抑えておきたいのよ」
「確かにな」
それに貰える給料が出費より少ないのなら、やはり今の内に節約をした方がいい。
「それに山なら、きのこや木の実の食料もあるし、野生の動物をしとめて、必要な分を取ったら売ることもできるわ」
「ふーん、じゃあ、俺は山に行くとして、お前はどうするんだ?」
「有事があるかもしれないから、ここに残るわ、何かあったら赤い煙が出る狼煙で知らせるわね」
「そういや、信奈に仕えているんだっけ?」
「二人旅なら自由にできたけど、今は自由に動けない。美濃も今川もそう遠くないうちに行動を起こす可能性が高いもの。でも戦争を起こすにも時間が必要。今のうちに、この辺りの地形を把握しておいたほうがいいわ」
「……わかった」
話は終わったと、七花と否定姫は眠りについた。
翌日の明朝、七花は朝食を否定姫と取り、昨夜話した通りに山にある森の中へと大きな籠を背負って足を運んだ。
本来なら、否定姫に少し離れた場所で待機して貰い、きのこ等を取って、否定姫に食べられるかどうか調べて貰うのだが、否定姫が来れないので、きのこ等を多めに持って帰り、否定姫に確認して貰うために大きめの籠が必要なのだ。
「いろいろ、ありそうだな」
七花は多少覚えている記憶を頼りに食べられそうなきのこや木の実、山菜等を籠に入れていく。
時間が昼になる頃だろうか、森の奥へと歩いていき、籠の中の七割がきのこや山菜等で埋まっている。そんな時に七花はある気配に気付いた。
七花は立ち止まり、辺りを見渡すと、七花から30メートル離れた先に猪がいた。
体毛が赤茶けた色で、大きな牙が二本あり、体長が人より大きく、体重は人の三倍くらいあると思われる大きな猪が七花の方を向いて、前足で地面を掻いて……走り出そうとしていた。
猪が突っ込んできた瞬間、七花は猪の方へ跳び、猪の牙を交わした後、すれ違いに落花狼藉を猪の背に叩き込む。
「………………」
七花は驚いていた。食材で七割埋まっている籠を背負って身動きがしにくい状況で落花狼藉を繰り出して倒れなかった猪に対してではなく、鉄、もしくは鋼を連想させる程の硬度をもつ猪の肉体に驚いていた。
七花は地面に立つと直ぐに背負った籠を大きな木の折れないような枝に引っ掛ける。そして、その木を猪の走ってぶつからせないために離れ、猪を観察する。
猪は荒い息をしながら、また七花に向かって駆け出す準備をしている。七花は自分の後ろに木がないことを確認して、構える。
猪が七花に向かって突進する。七花は突進してくる猪を避けようとせず二本の牙を両手で掴んで、猪の突進を止めようとした。しかし、巨体の猪はすぐには止まらない。七花の体を数メートル動かして、ようやく猪が踏鞴を踏む。
七花は止まった猪の横っ腹に虚刀流の最終奥義『七花八裂(改)』を叩き込む。猪はダメージを受けたもののまだ戦えるとばかりに体を武者震いのようにふるわせる。人の体と異なるこの猪の体には虚刀流の最終奥義は決定打とはならなかったようだ。
七花は『七花八裂(改)』の結果に複雑な気分になりそうになったが、それを押さえ込み猪から距離を少しとる。
猪は完全な助走をとれなくても七花に突進する。それを七花は受け流し猪に手刀を叩き込む。猪は牙を振るい七花に攻撃を仕掛ける。七花は猪の牙を手で受け止めて足刀で猪の腹を蹴り上げる。
七花は猪の攻撃を受けてから、ほぼ無効化して攻撃を行う。何故、そんな事をするのか、七花の技術なら猪の攻撃を避け続けて、猪が隙を見せたときに攻撃を行うことだってできる。他にも破壊力透徹の技、四の奥義『柳緑花紅』で猪の脳や心臓などの内蔵に叩き込むのもいい。攻撃を受けて、攻撃を返すのは体力的にも怪我的にも策や技を使ったほうが少なくて済むのに、何故、それをしないのか?
それは七花がこの猪に対して敬意を表したからだ。この普通の人より大きく、金属を思わせるほどに引き締まった硬い肉体、この山の主を思わせるほどの猪に七花は敬意を持った。だから、勝つための策や虚刀流の奥義を使わず、鍛えあげた肉体で猪と戦う事を決めた。
七花と猪が打ち合って、数分だろうか、数時間だろうか、そのくらいの時が経ったと思わせないほど一人と一匹の体感時間は短く感じられた。
そんな時、猪が上体を起こす。七花を踏み潰すために、七花はそんな猪の腹を両手で突っ張り、更に猪の上体を反らすようにして、むき出しになった腹を手刀で、拳で、足刀で、膝で、頭で虚刀流とは呼べないほどの男二人が喧嘩に使うような攻撃を流れるように連撃して、最後に抜き手で猪の腹に叩き込んだ。
猪は流石に仰向けにはならなかったが、横向きに倒れ込んだ。腹が動いていることから死んではいない。
猪の目には『さっさと殺せ』と浮かんでいるように見える。
しかし、七花は猪にとどめを刺さずに頭を下げて
「ありがとうございました!!」
と礼を述べた。
猪に人の言葉がわかるかどうかは知らないが、猪は『お人好しめ』という風にそっぽを向いた。
七花は大きな籠がある場所に向かう。籠の中身はサルが荒らした様子はなく無事だった。
七花は籠を背負い、戻るべき場所がある方向を見る。森の奥へと来たためか人里は見えなかった。
「まいったなあ」
七花は自分の体を確認する。土埃で汚れた服、猪との戦いでついた傷と消耗した体力、そしてこれから山を下りる事を考えると溜息を吐きたくなる。
そんな時、七花の近くに戦った猪が近づいてきた。どうやら戦う気はなさそうだ。
猪は七花の隣に来ると跪いて『乗れ、送っていく』と言わんばかりに七花を横目で見ている。
「いいのか?」
七花の言葉に猪は『気が変わらない内に早くしろ』と短い鳴き声を出す。
「じゃあ、頼むよ」
七花はそう言うと猪に跨る。
猪は『振り落とされるなよ』と体を軽く揺らして、走り出すための運動を行い、一気に駆け下りた。
猪の駆け下りる速度に七花は振り落とされることもなく猪に乗っていた。
途中、湖がある場所で猪が立ち止まり、籠の中身をぶちまけたが、中身の回収に成功し、次は気を付けないといけないと七花は思った。
七花は湖で服と体を洗い、持っていた火打ち石で火を起こし焚き火を焚いて、服を乾かしていた。
服を乾かしている間に昼食を取ろうと七花は大きめのおにぎりが五つ入った包みを取り出す。もしかしたら、一日掛かるかもしれないという理由で昼と夜、翌日の朝の分の量である。
七花はおにぎりに味噌をつけて焚き火で炙る、味噌の香ばしい香りが七花の食欲を刺激する。頃合を見計らって七花は焼き味噌おにぎりにかぶりつく。
「うめえ~」
疲れた身体に塩分が多めに入った味噌は七花には美味しく感じられた。
その様子を猪は興味深そうに見ている。
「食べるか?」
七花は猪に差し出す、猪は『置け』と前足で地面を軽く数回叩いた。
七花は皿の代わりに大きめな葉を地面に置いて、その上に焼き味噌おにぎりを置く。猪は何回か鼻をひくひくさせて匂いを嗅いでいたが、おにぎりを食べた。しばらく様子を見ていたが気にいったようだ。五つのおにぎりは三つは七花が、二つは猪が食べた。
信勝さんはでてこなかった!!
普通に『七花八裂(改)』を使ってますね。その後は使ってませんけど