たんぱつー。
地の文を書く練習がてら、オリジナルとして書いてみました。

ぱっと思いついたネタをだらだら書いただけですが、感想等くれると喜びます。

Pixivの方にも、同日投稿しています。

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電子の海の中の彼女。

     ×     ×     ×

 

 彼女と初めて出会ったのは数ヶ月前、なんとなく暇つぶしにネットサーフィンしていて覗いたチャットがあるウェブサイト。数あるハンドルネームが飛び交うメンバー一覧の中で、わざわざ名無しにしているハンドルネームが気になって入室したのがきっかけだった。

 僕を含めた色々な人間が色々な会話をして次々とチャットログを流していく間、その名無しの彼女は終始、無言のままだった。

 僕はなんだかやけにその様子が気になって、次の日も、その次の日も、そのチャットに通いつめた。そうしているうちに、色々な人が僕のことを覚えていって、僕はそのチャットの常連になっていった。僕に対して同じような常連の人達が、僕のことを歓迎してくれるようになった。でも、彼女だけはやっぱり無言のままだった。

 そして、チャットに通いつめたおかげで彼女のことが少しずつわかっていくようになった。

 彼女は、とても不思議な人間だった。最初は、本当にそこに存在しているのかすら疑わしいくらいに不思議に思った。

 まず一つ目。彼女は、何故か夜九時から夜十時の間だけしかチャットに入室しない。休日特にやることもなかった僕は、チャットでひたすら時間を潰していたりしたことが何度かあったのだが、彼女はその『決まった時間』以外は一度も現れなかった。

 そして二つ目。彼女は、こちらから話しかけると無言で退室していってしまう。

 僕は以前、僕と似たような常連の人に『あの名無しの人、会話しないのかな』と尋ねたことがある。その常連の人は『何がしたいのかよくわかんないけど、いつもああだからほっといていいんじゃない』と言っていた。

 ある日、僕は彼女に『名無しさん、でいいのかな? 会話、参加しないの?』と尋ねてみた。すると、僕がそう発言してログが流れた瞬間、彼女は退室していった。それも、夜十時になる前に。

 僕が彼女に話しかけるたびに周りは『ほっときなよ』と僕に釘を刺したけれど、僕は構わず話しかけ続けた。当然、毎回すぐ退室していってしまうけれど。

 僕が彼女に話しかけ始めるようになってから一週間ほど経った日に、小さな変化が訪れた。

 僕がいつものように彼女に話しかけると、退室することはせずに数秒のラグの後、あまり聞くことのないシステム音がスピーカーから聞こえた。

 このチャットには、内緒話という指定した相手とオープンログに残らない会話をすることができる、という機能がツールとして備わっていたのだが、僕が今聞いたそのシステム音は紛れもない内緒話の音だった。送信者は、名無しの彼女。

『どうして、私にそこまで話しかけるの?』

 僕が内緒話のアイコンをクリックすると、そんなログが表示された。

「なんとなく気になったから、かな?」

 僕がそう返すと、彼女はまたもや無言で退室してしまった。

 なんだったんだろ、と呟いたものの、初めて会話してくれたことによくわからない嬉しさを覚えた僕は、次の日、彼女に内緒話で話しかけた。

「こんばんは」

『こんばんは』

 コピペの挨拶だけを一言だけ返してくれた後、彼女はまたもや無言で退室していってしまった。彼女の退室時間がばらばらになったことに疑問を持つ人も当然いて、いつも彼女に話しかけていた僕にそれを尋ねられたことが何度かあったけど、僕は「僕にもよくわからない」とだけ返しておいた。

 その次の日も、同じように内緒話で彼女に話しかけた。その次の次の日も、同じようにして話しかけた。返ってくる言葉は毎回コピペの挨拶だけど、僕とだけ会話してくれることに、僕はどんどん嬉しくなっていった。

 そうした会話を毎日、毎週と繰り返していくたびにまた小さな変化が訪れた。

 僕がいつものようにチャットに入室すると、いつものように常連の人たちが僕に挨拶をしてくれる。

 ──と、同時に初めて彼女の方から内緒話で話しかけられた。

『こんばんは』

「こんばんは」

 変わることのないコピペの挨拶を済ませると、いつもなら彼女は退室していってしまうのだが、その日は違った。

『あなたは、優しいね』

「なにが?」

『ちゃんと、話しかけてくれるから』

 その内緒話を最後に、彼女はいつものように退室していった。彼女にしては、彼女らしくない言葉を残して。それでも、その些細な心の変化は、だんだんと僕に心を開いていってくれているように思えて嬉しくなり、その日の僕は年甲斐もなく浮かれていた。

 その次の日、またもや彼女の方から話しかけられた。

『こんばんは』

「こんばんは」

『今日も、私と話してくれるの?』

「もちろん」

『そっか』

 そっけない返事だったけど、彼女は僕とだけ話をしてくれる。そのことに、僕は調子に乗って少しだけ、踏み込んでみることにした。

「君は、どうして誰とも会話しなかったの?」

 僕がそう尋ねると彼女は無言で退室していってしまった。無神経だったか、と、僕は小さくため息を吐いた。

 

 昨日のこともあってか、僕とはもう会話をしてくれないかもしれない。

 入室者一覧の中にある彼女の名前を見てそんな風に思いながら僕がチャットに入室すると、いつもと変わらずに彼女から内緒話が飛んできた。

『昨日は、ごめんなさい』

「いや、僕の方こそごめん」

『ううん。やっぱり、あなたは優しいね』

「そんなことないよ」

『私と、ちゃんと話してくれてる』

 そりゃ話しかけられたらちゃんと話すのが普通じゃないのかと僕は思ったけれど、それをはっきりと文字にするのはやめておいた。

「僕の他に話しかけた人もいたんじゃないの?」

『いたよ。でも、私が無視したら次の日には話しかけてこなくなったから』

 ああ、それは確かに。話しかけたのに無視されるのって結構キツイからね。

「まぁ、僕は自分でも変わっている方だとは思うけど」

 僕は昔から、人が興味を惹かれるものに僕は惹かれたことがない。その変わりに、人が興味を惹かれないものに惹かれることが多かった。子供の頃、周りが怪獣や戦隊ヒーローモノといった格好良いものに夢中になっている中、僕は怪獣に破壊される兵器やヒーローの周りにいる主役ですらないモブキャラに心惹かれるくらいには、変わっていると思う。

『私もそう。だから、あなたと話してみようと思ったの』

 文字だけのはずなのに、画面の向こうに存在する彼女がくすりと笑ったように僕は思えた。

「そっか。じゃあ、仲良くできるかもね」

『うん。あ、ごめん。また明日』

 そう言い残した後、彼女は退室していった。

 時刻を見れば九時五十八分。まぁ、毎日何か都合でもあるのだろうと残念に思いながらも、僕も退室する旨のログを残して、その日は退室した。僕がオープンログを流したのは、この日が最後になった。

 

 それからは、彼女と話をするためだけにチャットに通い続ける僕がいた。おかげで、今じゃ僕は『無言さん二号』という不愉快なあだ名までつけられてしまったが、彼女と話せるのならそんなことはどうでもいい。

 オープンログでは無言を続ける僕と彼女だが、僕と彼女の間にしか見えないログが一時間という制約の中、ぎっしりと流れている。それを知っているのは僕と彼女だけ。

 彼女のことは未だに知らないことだらけだけど、これから知っていけばいいと僕は思っている。

 

 ──そうして、目の前の小さな箱の世界の中で、僕と彼女の物語は始まった。

 

 

 

 

 




オリジナルものってあまり読まないので、他の方の作品とかぶってたらごめんなさい。

その場合、似ている作品等あったら記載しておいてください。
私のほうでも確認してみて、あまりにも似ているようなら削除いたしますので。


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