村の入り口には既に誰もいない。
アーチ型の門を潜ると、その惨状に目を見張った。
住居はほぼ全てが焼け落ち、村人の死体が転がっていて、その下半身は露出している。焦げ臭さとオークの獣臭さで鼻がひん曲がりそうになる。
仲間の姿を探すべく奥へと進む。熱さで喉が干上がりそうだ。
「ブゥヒィィィィィィィッ」
「うぼぅっ!!」
そこには棍棒で頭を殴りつけられ、脳漿を辺りにぶちまける仲間の姿があった。
既に息絶えて横たわっている男女の二人にはそれぞれ別のオークがいきり立つ下半身を露出させ、何かを割く音を立てながら死体に腰を沈めていた。オークは男だろうが女だろうが、構わず犯す。
おぞましい光景に身を震わせる。ありえない。こんなのはありえない。
先程仲間を爆裂させたオークが目に入る。
黒い。黒すぎる。通常種のオークであれば茶色の体毛で覆われているはずだ。
あれは上位種のオークロードで間違いない。それが3匹と通常種も2匹、計5匹がこの場にいた。
――通常種が上位種を連れてくる。
バーンウッドさんの話を思い出す。まさかこんな早くにそれが確認できるとは思わなかった。
これでは勝ち目がまったくない。
気付けば数メートル先にオークロードがいる。次の獲物を僕と決めたようだ。
動かなきゃいけないのに、足が竦んでどうしても動かない。吐き気もする。
ついに目前に迫り、手にした棍棒を振り上げるオークロード。
「避けるんだっ!!」
そう叫ぶ声で我に返り、盾を構えながら後方へと跳んだ。クリーンヒットは避けられたものの、棍棒が盾を掠め、その衝撃で数メートルほど転がりながら吹っ飛んでいく。
一瞬意識が遠のいて、気付けばポーターさんが頭から血を流しながら僕を揺さぶっていた。
「女の子はどうした!」
「ば、馬車の中に…」
「くそっなんで来たんだ!ここは俺が引きつけておくから、すぐに馬車に戻れ!馬の首辺りを2回君が意識を失くしても、馬が勝手に走ってヴェイクランドまで戻ってくれるから!」
そう言うが早いか、盾を剣で叩いてオークの注意を僕から逸らしながら、さらに奥へと走っていく。僕は彼に従い、馬車のある方へと逆走する。
「うぅっ」
右腕の鈍痛に耐えながら走っていくが、先の光景に目の前が真っ白になる。オークが2匹、入り口周辺をうろついていた。
こちらにはまだ気付いていない。僕はすぐさままだ崩れていない民家へと入っていった。
◆
こうして冒頭へと戻る。
これからどうすべきかは明白だ。少女の元へと向かい、最悪彼女だけでも逃がす。
そのためにはオーク達を掻い潜って馬車まで向かわなければならない。馬車は村から離れてはいるものの、いつオークに気付かれるか分からず、時間の猶予もそうないと考えたほうがいいだろう。
服の中を探って、小さな鉄筆スタイラスを取り出す。長さは5センチ程で、柄端には王冠が象られている。
両親が唯一残してくれた形見――らしい。らしいと言うのは、幼すぎて記憶にないのだ。幼い頃に両親を失くした僕は一旦施設に預けられたものの、程なくして叔父が引取ってくれた。
叔父と一緒に住んでしばらくして、鉄筆をペンダントにして渡してくれた。
―"どうしようもなく困った時、それは君を救ってくれるはずだ"―
叔父は常々僕にそう言い聞かせていた。
それと共に彼が教えてくれた御伽噺は僕を魅了した。一人の英雄王と、それに付き従う家臣達。
―"王はすべての兵士を動かす原動力であり、またそれらを守る親だ"―
それ鉄筆にはその資格に足る力が宿っているのだと、そう言っていた。
―"ククル、君が16才になれば、それを自分の能力ものにできるよ"―
その鍵となるのがこの形見だとも。
子供だと思ってからかっていたんだろうけど、当時は本気にしてたっけ。
――16才になれば、か。
僕はつい先月成人年齢となる16才になった。
僅かな期待にもならない期待を込めて。
鉄筆スタイラスを額に押し当てながら、力がほしいとただ祈る。
何も起こらない。
やっぱり、と諦めかけた瞬間――それが中に吸い込まれていった。
「わっわっわぁ!!!」
焦りの余り変な声を出しながら手をアタフタとさせるが、鉄筆スタイラスは完全に消えてしまった。いや、入り込んだというべきか?
その割りにまったく痛みはなく、額が割けている様子もない。手にはチェーン部分のみが残っていた。
そう思っていると、身体に異変が起こり始める。
皮膚がメキメキと軋む。
やがて皮膚が剥がれ浮かび上がったのは、光沢のある肌だ。ただし、それは人間のような柔らかいものではなく、もっと硬い、鉄のような肌だ。
やけに物音が聞き取りやすい。
意識を集中した音だけが反響したように聞こえる。
直感も鋭くなっている。
さっきまではオークが外にいるというぐらいしかわからなかったのに、今ではどの方角に何体いるかまでがなんとなく分かる。
嗅覚もより鋭く、視界もクリアだ。
ボロボロだった身体も元気を取り戻したように絶好調だ。気付けば折れていたはずの腕も普通に動かせる。
身体の変化を実感している、そんな時だった。
「フゴッ」
民家の扉が蹴り飛ばされ、1匹のオークが侵入してきた。全長は目側で2メートル半ぐらい。
反応する間もなくそれは一瞬で迫って来て、その巨大な手で僕を掴み上げた。
そのまま握り潰されていてもおかしくない程の握力なのに、多少の痛さはあるものの、身体はまったく平気だ。
「プギッ!?」
オークも予想外だったのだろう、怪訝そうな表情をしている。多分。
ふと、左手に棒状の何かを掴んでいるのに気付く。それは金属製のステッキのようだ。
「うあぁあああっ」
それをとにかく振り回す。目を瞑って振り回す。
ブン、ブン、ブンと振ると、ガンッ、ボコッ、メキッと相応の手応えが返ってきた。繰り返す内にオークの鼻声が弱々しくなっていき、やがて途絶えた。
目を開けるとあちこちがへこみまくったオークが、口からも吐血しながら地面に転がっていた。
少し冷静さを取り戻した僕は、現状を確認する。
僕はオークを1匹倒せるぐらいには強化されているようだ。探ってみると、村の入り口近くにオークはいない。
――動くなら今だ。
そう判断して、民家から入り口までを駆け抜ける。
その速さにまたも驚かされる。体感的には馬よりは少し遅い程度か。そんなスピードなので、馬車まですぐに到達する。
「ひっ!?」
「あ、ごめん。僕だよ。」
「おにいちゃん…?」
馬車を覗き込むと少女が膝を抱えて丸まっていた。僕の容姿も相当変化しているらしく、酷く怯えていた。
「僕、そんなに変わった?」
「う、うん。なんか、ニンゲンじゃない、みたい…?」
「そ、そっか。」
鏡を見てみたい気分だが、今はそんな場合じゃない。彼女を連れてギルドへ帰り、応援を呼んで来なければ。
ポーターさんを置いて、一人で?応援は間に合うのか?そうやって、目を逸らして、逃げるのか?
「…これから馬車が公国まで走るから、門兵さんに傭兵ギルドまで連れて行ってもらって、そこのミアモさんっていう人に村のことを話してくれるかな?できそう?」
「ミアモさんだねっ。うん、できるよ!オツカイいったことあるもん!」
「じゃあ、お願いね。また行ってくるね。」
「わかった!おにいちゃん、ありがとう!みんなのことおねがいね?」
馬の首をトントンと叩いて馬車が走り出すのを見送ると、深呼吸を一つして再び村へと戻る。
逆手に持ったステッキを見る。確かに強度はあるようだけど、杖術の心得のない僕は不安を覚えた。せめて、背の高いオークにも届くくらいの、扱いやすい武器があれば――
そう思いながら手に持ったステッキ軽く振ると、まるで生きているかのように金属音を立てながら形を変えていき――大斧が誕生した。
柄は少し長くて40センチ程。少しばかり重いが、田舎で散々薪割りをしてきたから、むしろ剣よりも扱い慣れている。
ギュッと柄を両手で握り締め、歩を進めた。
◆
村の中程まで行くと通常種オークが3体、こちらを向いて醜くブヒブヒ言っている。体長はオークロードよりも小さいが、それでも2メートルはある。
落ち着け、落ち着け。今の僕なら、出来そうな気がする。
オーク達が向かって来ている。特段ゆっくりとしている訳でもないのに、オークの動きがスローモーションのように見える。
足に力を込めて踏み込み、一体のオークへと急接近する。オークはうろたえているが、そのチャンスを逃すわけがない。
袈裟斬りを見舞うと、あっさりと肩から腰辺りまで刃が通り、血を撒き散らす。
既に事切れたオークを足で蹴り倒して、長斧を力任せに引き抜いた。
「ブヒッフゴッ!!」
「はぁっ!!」
残り二体が同時に飛び掛ってくる。
だけど、遅い。
棍棒やら手やらを掻い潜り、後ろへと回り込んで一閃――切り上げた刃はオークの背中を深く抉った。
前のめりに倒れるその体を足蹴にして跳躍、隣にいたオークの首目掛けて薙ぎ払いを決める。
「ブヒャ…ッ」
切れた喉では発声できず、断末魔の叫びは途絶えた。
――いける。
大斧を握り直しそう確信する。以前とは比べ物にならないくらい動ける。体の変化は気になるけど、それは後だ。
瓦礫の山を乗り越え、戦闘音が響き渡る方向を目指す。
――いた。
浅くない傷を負いながらも、2体のオークロードを相手に果敢に立ち回るポーターさんの姿があった。
2体相手だと攻撃するチャンスも少なく、攻めあぐねているようだ。
散乱する瓦礫や民家の間を抜けてオークの後ろへと回り込む。
オークロードは通常種とはまったく違う。
見た目だけじゃない。パワー、スピード、体格、あらゆることが通常種の規格から外れている。まったく別物と思った方がいいだろう。それを二体相手にするなんて愚の骨頂。
曲剣をイメージして大斧を振ると、イメージ通りに変化する。
手に剣を握り締め、頃合を見計らって地面を蹴り一気にオークロードへ突進し、一方の足の腱へ切り付けた。
その瞬間、オークロードが足から崩れ落ちる。
通常種より抵抗はあったものの、なんとか肉を抉り、脚の健にまで到達する。
「フゴッ、ブギィイイイイ!」
怒り狂ったように喚きながら、自由の利かなくなった足を引き摺って向かってくるが、もはや立つこともできない。
僕は力任せに首元へと曲剣を落とすと、ぐしゃり、と音を立てて潰れ、ピクリともしなくなった。
「お、お前、誰だ…?」
僕に存在に気付いたポーターさんだが、誰かまではわかないらしい。僕の容姿ってどれだけ変わってるんだ…?
「僕です!ククルです!」
「く、ククル…?とりあえず助かった!後一匹、ご助力願いたい!」
どうも半信半疑なのか言葉遣いがおかしいが、一先ずは敵ではないことが伝わったのでよしとしよう。
僕とポーターさんで化物の前後を取り囲む。こうなれば意識を二人に割かねばならず、容易には動けない、と思っていたけど。
さすがはイノシシ、振り返り、猪突猛進で突っ込んでいった――ポーターさんの方に。
「危なっ…!」
左手を振り下ろし気味に突き出すが、曲剣では届かない、と思った矢先。
ビキリ、と。
今度は高速で剣が槍に姿を変えて、オークロードの肩を突き刺した。
「ギッ!?」
「今だ、畳み掛けろ!ウラァーッ」
さっきまで固まっていたポーターさんが雄叫びをあげながら剣技を放つ。
ーーホリゾンタル・スラッシュ。
オークの厚皮を易々と裂くそれはシンプルだが、ただの横薙ぎではない。
放った刃は神秘的な光を纏っていて、鋭さが増している。
その光は神属性であり光術のエンチャントの一つだ。
僕も負けじと槍を振り、大斧に変化させて肩へと一撃を見舞う。真逆からポーターさんの得物が左脇を裂く。
最期の悪あがきか、オークロードも両腕を振り回して反撃するが、ポーターさんは光術で強化された身体能力でするりと交わし、僕は被弾するがびくともしない。
「ブッ!?フ…ゴ…」
やがて力なく崩れ落ちるオークロード。
それでも油断は禁物だ。やるなら徹底的に。それが傭兵の心得でもある。
僕とポーターさんは二度三度それぞれの武器を振り下ろし、完全にオークロードが動かなくなったのを確認して、漸く一息ついた。
「やった、か…」
「やりましたね…」
周りを索敵しても他にモンスターの気配は感じられない。いても小動物くらいだ。
二人してその場にへたり込む。
と同時に、パラパラと僕の仮の顔・・・が崩れ落ちていく。
恐る恐る触ると、そこには僕の皮膚があった。同じように全身も金属的な肌が崩れ落ち、元の人間らしさを取り戻す。手にしていた大斧も崩れ去った。
「…君は本当にククルだったんだな。」
「…はい。僕にも何がなんだかわからないんですけど。」
「そうなのか?魔法とも光術の身体強化とも違うから、恐らくは特異性イデオだと思うんだが…」
多分そうだろうと僕も思う。そして、これは僕が発現した特異性イデオでもないと思う。
僕の中に入っていった、王キングの鉄筆スタイラスは戻ってきていないが、なくなった訳ではなく、まだ心臓部辺りにその存在を感じる。
変わりに手元にあるのは、鉄製のリングに纏められた15個の鉄筆スタイラス。
それぞれ柄頭には馬、司教冠、戦車、歩兵のヘルム、そして王妃のティアラが象られている。
すべて、叔父が読み聞かせてくれた御伽噺の通りだ。
このことは叔父に聞かないとわからないだろうが、叔父は――
「それじゃあ、生存者の確認をするか。見た感じでは期待できないだろうが…」
周囲には丸裸にされた死体が点在し、中には焼け焦げているものまである。
「いえ、まだわかりません。少しでも可能性がある限りは、捜索しましょう。」
「…そうだな。希望を持たないと、見つかるものも見つからないものな。よし、行こう!」
胸のつかえが取れないまま、僕とポーターさんは真夜中近く、応援部隊が到着するまで捜索を続けたのだった。