機械仕掛けの王とスタイラスドール   作:小ノ寺祐佑

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第2部 胸のつかえは取れずとも

 村の入り口には既に誰もいない。

 アーチ型の門を潜ると、その惨状に目を見張った。

 住居はほぼ全てが焼け落ち、村人の死体が転がっていて、その下半身は露出している。焦げ臭さとオークの獣臭さで鼻がひん曲がりそうになる。

 仲間の姿を探すべく奥へと進む。熱さで喉が干上がりそうだ。

 

「ブゥヒィィィィィィィッ」

 

「うぼぅっ!!」

 

 そこには棍棒で頭を殴りつけられ、脳漿を辺りにぶちまける仲間の姿があった。

 既に息絶えて横たわっている男女の二人にはそれぞれ別のオークがいきり立つ下半身を露出させ、何かを割く音を立てながら死体に腰を沈めていた。オークは男だろうが女だろうが、構わず犯す。

 おぞましい光景に身を震わせる。ありえない。こんなのはありえない。

 

 先程仲間を爆裂させたオークが目に入る。

 黒い。黒すぎる。通常種のオークであれば茶色の体毛で覆われているはずだ。

 あれは上位種のオークロードで間違いない。それが3匹と通常種も2匹、計5匹がこの場にいた。

 

 ――通常種が上位種を連れてくる。

 

 バーンウッドさんの話を思い出す。まさかこんな早くにそれが確認できるとは思わなかった。

 これでは勝ち目がまったくない。

 

 気付けば数メートル先にオークロードがいる。次の獲物を僕と決めたようだ。

 動かなきゃいけないのに、足が竦んでどうしても動かない。吐き気もする。

 ついに目前に迫り、手にした棍棒を振り上げるオークロード。

 

「避けるんだっ!!」

 

 そう叫ぶ声で我に返り、盾を構えながら後方へと跳んだ。クリーンヒットは避けられたものの、棍棒が盾を掠め、その衝撃で数メートルほど転がりながら吹っ飛んでいく。

 一瞬意識が遠のいて、気付けばポーターさんが頭から血を流しながら僕を揺さぶっていた。

 

「女の子はどうした!」

 

「ば、馬車の中に…」

 

「くそっなんで来たんだ!ここは俺が引きつけておくから、すぐに馬車に戻れ!馬の首辺りを2回君が意識を失くしても、馬が勝手に走ってヴェイクランドまで戻ってくれるから!」

 

 そう言うが早いか、盾を剣で叩いてオークの注意を僕から逸らしながら、さらに奥へと走っていく。僕は彼に従い、馬車のある方へと逆走する。

 

「うぅっ」

 

 右腕の鈍痛に耐えながら走っていくが、先の光景に目の前が真っ白になる。オークが2匹、入り口周辺をうろついていた。

 こちらにはまだ気付いていない。僕はすぐさままだ崩れていない民家へと入っていった。

 

 ◆

 

 こうして冒頭へと戻る。

 

 これからどうすべきかは明白だ。少女の元へと向かい、最悪彼女だけでも逃がす。

 そのためにはオーク達を掻い潜って馬車まで向かわなければならない。馬車は村から離れてはいるものの、いつオークに気付かれるか分からず、時間の猶予もそうないと考えたほうがいいだろう。

 

 服の中を探って、小さな鉄筆スタイラスを取り出す。長さは5センチ程で、柄端には王冠が象られている。

 両親が唯一残してくれた形見――らしい。らしいと言うのは、幼すぎて記憶にないのだ。幼い頃に両親を失くした僕は一旦施設に預けられたものの、程なくして叔父が引取ってくれた。

 叔父と一緒に住んでしばらくして、鉄筆をペンダントにして渡してくれた。

 

 ―"どうしようもなく困った時、それは君を救ってくれるはずだ"―

 

 叔父は常々僕にそう言い聞かせていた。

 それと共に彼が教えてくれた御伽噺は僕を魅了した。一人の英雄王と、それに付き従う家臣達。

 

 ―"王はすべての兵士を動かす原動力であり、またそれらを守る親だ"―

 

 それ鉄筆にはその資格に足る力が宿っているのだと、そう言っていた。

 

 ―"ククル、君が16才になれば、それを自分の能力ものにできるよ"―

 

 その鍵となるのがこの形見だとも。

 子供だと思ってからかっていたんだろうけど、当時は本気にしてたっけ。

 

 ――16才になれば、か。

 

 僕はつい先月成人年齢となる16才になった。

 僅かな期待にもならない期待を込めて。

 鉄筆スタイラスを額に押し当てながら、力がほしいとただ祈る。

 何も起こらない。

 やっぱり、と諦めかけた瞬間――それが中に吸い込まれていった。

 

「わっわっわぁ!!!」

 

 焦りの余り変な声を出しながら手をアタフタとさせるが、鉄筆スタイラスは完全に消えてしまった。いや、入り込んだというべきか?

 その割りにまったく痛みはなく、額が割けている様子もない。手にはチェーン部分のみが残っていた。

 そう思っていると、身体に異変が起こり始める。

 

 皮膚がメキメキと軋む。

 やがて皮膚が剥がれ浮かび上がったのは、光沢のある肌だ。ただし、それは人間のような柔らかいものではなく、もっと硬い、鉄のような肌だ。

 やけに物音が聞き取りやすい。

 意識を集中した音だけが反響したように聞こえる。

 直感も鋭くなっている。

 さっきまではオークが外にいるというぐらいしかわからなかったのに、今ではどの方角に何体いるかまでがなんとなく分かる。

 嗅覚もより鋭く、視界もクリアだ。

 ボロボロだった身体も元気を取り戻したように絶好調だ。気付けば折れていたはずの腕も普通に動かせる。

 身体の変化を実感している、そんな時だった。

 

「フゴッ」

 

 民家の扉が蹴り飛ばされ、1匹のオークが侵入してきた。全長は目側で2メートル半ぐらい。

 反応する間もなくそれは一瞬で迫って来て、その巨大な手で僕を掴み上げた。

 そのまま握り潰されていてもおかしくない程の握力なのに、多少の痛さはあるものの、身体はまったく平気だ。

 

「プギッ!?」

 

 オークも予想外だったのだろう、怪訝そうな表情をしている。多分。

 ふと、左手に棒状の何かを掴んでいるのに気付く。それは金属製のステッキのようだ。

 

「うあぁあああっ」

 

 それをとにかく振り回す。目を瞑って振り回す。

 ブン、ブン、ブンと振ると、ガンッ、ボコッ、メキッと相応の手応えが返ってきた。繰り返す内にオークの鼻声が弱々しくなっていき、やがて途絶えた。

 目を開けるとあちこちがへこみまくったオークが、口からも吐血しながら地面に転がっていた。

 

 少し冷静さを取り戻した僕は、現状を確認する。

 僕はオークを1匹倒せるぐらいには強化されているようだ。探ってみると、村の入り口近くにオークはいない。

 

 ――動くなら今だ。

 

 そう判断して、民家から入り口までを駆け抜ける。

 その速さにまたも驚かされる。体感的には馬よりは少し遅い程度か。そんなスピードなので、馬車まですぐに到達する。

 

「ひっ!?」

 

「あ、ごめん。僕だよ。」

 

「おにいちゃん…?」

 

 馬車を覗き込むと少女が膝を抱えて丸まっていた。僕の容姿も相当変化しているらしく、酷く怯えていた。

 

「僕、そんなに変わった?」

 

「う、うん。なんか、ニンゲンじゃない、みたい…?」

 

「そ、そっか。」

 

 鏡を見てみたい気分だが、今はそんな場合じゃない。彼女を連れてギルドへ帰り、応援を呼んで来なければ。

 ポーターさんを置いて、一人で?応援は間に合うのか?そうやって、目を逸らして、逃げるのか?

 

「…これから馬車が公国まで走るから、門兵さんに傭兵ギルドまで連れて行ってもらって、そこのミアモさんっていう人に村のことを話してくれるかな?できそう?」

 

「ミアモさんだねっ。うん、できるよ!オツカイいったことあるもん!」

 

「じゃあ、お願いね。また行ってくるね。」

 

「わかった!おにいちゃん、ありがとう!みんなのことおねがいね?」

 

 馬の首をトントンと叩いて馬車が走り出すのを見送ると、深呼吸を一つして再び村へと戻る。

 逆手に持ったステッキを見る。確かに強度はあるようだけど、杖術の心得のない僕は不安を覚えた。せめて、背の高いオークにも届くくらいの、扱いやすい武器があれば――

 

 そう思いながら手に持ったステッキ軽く振ると、まるで生きているかのように金属音を立てながら形を変えていき――大斧が誕生した。

 柄は少し長くて40センチ程。少しばかり重いが、田舎で散々薪割りをしてきたから、むしろ剣よりも扱い慣れている。

 ギュッと柄を両手で握り締め、歩を進めた。

 

 ◆

 

 村の中程まで行くと通常種オークが3体、こちらを向いて醜くブヒブヒ言っている。体長はオークロードよりも小さいが、それでも2メートルはある。

 落ち着け、落ち着け。今の僕なら、出来そうな気がする。

 オーク達が向かって来ている。特段ゆっくりとしている訳でもないのに、オークの動きがスローモーションのように見える。

 足に力を込めて踏み込み、一体のオークへと急接近する。オークはうろたえているが、そのチャンスを逃すわけがない。

 袈裟斬りを見舞うと、あっさりと肩から腰辺りまで刃が通り、血を撒き散らす。

 既に事切れたオークを足で蹴り倒して、長斧を力任せに引き抜いた。

 

「ブヒッフゴッ!!」

 

「はぁっ!!」

 

 残り二体が同時に飛び掛ってくる。

 だけど、遅い。

 棍棒やら手やらを掻い潜り、後ろへと回り込んで一閃――切り上げた刃はオークの背中を深く抉った。

 前のめりに倒れるその体を足蹴にして跳躍、隣にいたオークの首目掛けて薙ぎ払いを決める。

 

「ブヒャ…ッ」

 

 切れた喉では発声できず、断末魔の叫びは途絶えた。

 

 ――いける。

 

 大斧を握り直しそう確信する。以前とは比べ物にならないくらい動ける。体の変化は気になるけど、それは後だ。

 

 瓦礫の山を乗り越え、戦闘音が響き渡る方向を目指す。

 

 ――いた。

 

 浅くない傷を負いながらも、2体のオークロードを相手に果敢に立ち回るポーターさんの姿があった。

 2体相手だと攻撃するチャンスも少なく、攻めあぐねているようだ。

 散乱する瓦礫や民家の間を抜けてオークの後ろへと回り込む。

 

 オークロードは通常種とはまったく違う。

 見た目だけじゃない。パワー、スピード、体格、あらゆることが通常種の規格から外れている。まったく別物と思った方がいいだろう。それを二体相手にするなんて愚の骨頂。

 

 曲剣をイメージして大斧を振ると、イメージ通りに変化する。

 手に剣を握り締め、頃合を見計らって地面を蹴り一気にオークロードへ突進し、一方の足の腱へ切り付けた。

 その瞬間、オークロードが足から崩れ落ちる。

 通常種より抵抗はあったものの、なんとか肉を抉り、脚の健にまで到達する。

 

「フゴッ、ブギィイイイイ!」

 

 怒り狂ったように喚きながら、自由の利かなくなった足を引き摺って向かってくるが、もはや立つこともできない。

 僕は力任せに首元へと曲剣を落とすと、ぐしゃり、と音を立てて潰れ、ピクリともしなくなった。

 

「お、お前、誰だ…?」

 

 

 僕に存在に気付いたポーターさんだが、誰かまではわかないらしい。僕の容姿ってどれだけ変わってるんだ…?

 

「僕です!ククルです!」

 

「く、ククル…?とりあえず助かった!後一匹、ご助力願いたい!」

 

 どうも半信半疑なのか言葉遣いがおかしいが、一先ずは敵ではないことが伝わったのでよしとしよう。

 

 僕とポーターさんで化物の前後を取り囲む。こうなれば意識を二人に割かねばならず、容易には動けない、と思っていたけど。

 さすがはイノシシ、振り返り、猪突猛進で突っ込んでいった――ポーターさんの方に。

 

「危なっ…!」

 

 左手を振り下ろし気味に突き出すが、曲剣では届かない、と思った矢先。

 ビキリ、と。

 今度は高速で剣が槍に姿を変えて、オークロードの肩を突き刺した。

 

「ギッ!?」

 

「今だ、畳み掛けろ!ウラァーッ」

 

 さっきまで固まっていたポーターさんが雄叫びをあげながら剣技を放つ。

 

 ーーホリゾンタル・スラッシュ。

 

 オークの厚皮を易々と裂くそれはシンプルだが、ただの横薙ぎではない。

 放った刃は神秘的な光を纏っていて、鋭さが増している。

 その光は神属性であり光術のエンチャントの一つだ。

 

 僕も負けじと槍を振り、大斧に変化させて肩へと一撃を見舞う。真逆からポーターさんの得物が左脇を裂く。

 最期の悪あがきか、オークロードも両腕を振り回して反撃するが、ポーターさんは光術で強化された身体能力でするりと交わし、僕は被弾するがびくともしない。

 

「ブッ!?フ…ゴ…」

 

 やがて力なく崩れ落ちるオークロード。

 それでも油断は禁物だ。やるなら徹底的に。それが傭兵の心得でもある。

 

 僕とポーターさんは二度三度それぞれの武器を振り下ろし、完全にオークロードが動かなくなったのを確認して、漸く一息ついた。

 

「やった、か…」

 

「やりましたね…」

 

 周りを索敵しても他にモンスターの気配は感じられない。いても小動物くらいだ。

 二人してその場にへたり込む。

 と同時に、パラパラと僕の仮の顔・・・が崩れ落ちていく。

 恐る恐る触ると、そこには僕の皮膚があった。同じように全身も金属的な肌が崩れ落ち、元の人間らしさを取り戻す。手にしていた大斧も崩れ去った。

 

 

「…君は本当にククルだったんだな。」

 

「…はい。僕にも何がなんだかわからないんですけど。」

 

「そうなのか?魔法とも光術の身体強化とも違うから、恐らくは特異性イデオだと思うんだが…」

 

 多分そうだろうと僕も思う。そして、これは僕が発現した特異性イデオでもないと思う。

 僕の中に入っていった、王キングの鉄筆スタイラスは戻ってきていないが、なくなった訳ではなく、まだ心臓部辺りにその存在を感じる。

 変わりに手元にあるのは、鉄製のリングに纏められた15個の鉄筆スタイラス。

 それぞれ柄頭には馬、司教冠、戦車、歩兵のヘルム、そして王妃のティアラが象られている。

 すべて、叔父が読み聞かせてくれた御伽噺の通りだ。

 

 このことは叔父に聞かないとわからないだろうが、叔父は――

 

「それじゃあ、生存者の確認をするか。見た感じでは期待できないだろうが…」

 

 周囲には丸裸にされた死体が点在し、中には焼け焦げているものまである。

 

「いえ、まだわかりません。少しでも可能性がある限りは、捜索しましょう。」

 

「…そうだな。希望を持たないと、見つかるものも見つからないものな。よし、行こう!」

 

 胸のつかえが取れないまま、僕とポーターさんは真夜中近く、応援部隊が到着するまで捜索を続けたのだった。

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