機械仕掛けの王とスタイラスドール   作:小ノ寺祐佑

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サーカス団の少女

********

 

 翌朝、用意された馬に乗ってヴェイグランドへの帰路に就いた。

 山を越え、森を抜けたところでお昼を迎え、セシリアに渡された手作り弁当に手を付けていた頃。

 ドクン、と心臓が跳ねた。

 血の臭いが鼻につき、胸の違和感が大きくなって、異常を訴えてくる。

 あの時(、、、)と同じ、神経が研ぎ澄まされる感覚。しかし体の変化は何もない。

 あれ以来、意識的にも無意識的にもあの鋼のような身体にはなっていない。

 だがそれがなくても今の僕にはわかる。これは人の血の臭いだ。

 自らを奮い立たせて森の中をかき分けていく。臭いの元までもう少し。

 

「へっ?なんで…?」

 

 一本の大きな木、そこにもたれ掛かるように倒れていたのは、ホタルビさんだった。

 全身が血にまみれ、どこから出血しているのかもわからない。

 よく見れば右の掌の皮は剥がれ、肉が見えている。

 

「だ、大丈夫ですか?生きてますか…?」

 

「うっ…あ…。」

 

 うめき声が聞こえた。

 胸のムカつきを抑えつつ、顔を覗き込む。既に視界がはっきりしていない様子だが、生きてはいる。

 

「あ、の時、のっ、お客さっ、んね…」

 

「無理に喋らないで下さい!今助けますから…」

 

「も、う…無理よ…」

 

 回復しようにも手持ちのポーションでは間に合わない。彼女の身がヴェイグランドまで持つかも怪しい。

 

「も、う、今更…。ああ、でも一つだけ…」

 

 彼女は突然、近付いていた僕の襟を引っ張り――

 

「ん~!?」

 

「ンっ」

 

 突然彼女の唇が僕のに触れた。

 かと思うと、口の中に彼女の舌が侵入してうねうねと動く。

 初めてのキスが血の味とか、笑えない。

 

 それも長くは続かず唇は離れ、彼女は息を荒げた。

 

「はぁっ、はぁっ…!初めてだったらっ、ごめ、んなさ、い…」

 

「な、なんで…!?」

 

「女の、子らしいこと、一つくらい、したくて…ふふ、冥土のみやげね…」

 

 息も絶え絶えに彼女は言う。

 彼女のことはよく知らない。でもこんな若くして、後悔無くして死ぬなんてありえない。

 きっともっとあるはずだ。生きてたら出来たこと。

 

 一つだけ、方法があるかもしれない。でもそれは、僕と同じ枷を背負わせることになる。

 

「助かるかどうかは賭けだけど、一つ方法がある。」

 

「…助かるの…?」

 

「恐らくは。」

 

 ホタルビさんが短くうん、と答えたのを見て、僕は腰からクイーンを象ったスタイラスを取り出し、彼女に手渡した。

 

「…生きたい…」

 

 彼女のその小さな呟きを契機に、スタイラスが彼女の中に取り込まれていく。

 真珠のような光の粒が彼女を包み、光沢を帯びた肌が露わになった。

 その姿はまるで呼吸をする人形のようで、不気味でもあるが、その美しさ故に見とれてしまう。

 やがて彼女が目を覚ました。

 

「ん…これは…」

 

「今から、説明するよ。」

 

 僕の知る限りのことを、経緯を交えてホタルビさんに語った。

 その間彼女は真剣に聞く――訳でもなく、興味深そうに自分の肌を拾った石で叩いてみたり抓ろうとしたりしていた。

 

「あ、あの、聞いてます?」

 

「ええ、聞いております。それで、私はこれからどうなるのでしょうか?」

 

 その顔に微笑みを湛えながら、こちらに向き直ってそう問いかける彼女。

 

「ご、ごめん!ひどい怪我だったから、普通じゃ間に合わないって思って…僕も腕を折ってて、スタイラスを取り込んだときに治ったから、もしかしたらって…。」

 

「私は怒ってないですよ?ヒトでなくなっても、死ぬよりはいいし。それに…」

 

 ホタルビさんの仮の肌が剥がれ、しっとりとした肌が露わになる。

 それはとても白く、新雪のようだ。改めて見てその独特の美しさに息を呑んだ。

 彼女はほっとしたように手で確かめながら、次に僕を見上げた。

 

「あなたも同じ状態なのでしょう?仲間がいるってだけで、それほど不安にならないものですね。私達の当面の目標は元に戻る方法を探すということで宜しいでしょうか?」

 

「そう…だね。叔父を探すのと、今ある手掛かりを探っていくしかないけど。」

 

 セシリアには叔父が帰ってきたときのために言付けておいた。

 スタイラスのことで至急会って話したいと聞けば、察しがつくだろう。

 

「それでは人間に戻るその日までお供します。恐らく離れられないでしょうしね。」

 

 僕は頷く。

 日記、というよりもメモに近い叔父の残した手掛かりには、スタイラスのルールみたいなものも含まれていた。

 それによると、従者は"キング"、つまり僕から一定範囲外は離れられないらしい。

 

「というわけで、付き合っていただけますか?」

 

「えっ!えっと…」

 

 あの時のキスがフラッシュバックする。この状況でそれはないと思いつつも、胸が高鳴る。

 しかし、彼女の口から出た言葉は1期待していたものとは180度違っていた。

 

「復讐、ですよ。私をこんな目にあわせた人達に。」

 

 裾で口を隠しながら彼女は言う。その目は妖しげに笑っていた。

 

***************

 

 その夜、森を少し抜けた大通りの脇に、仮の宿営地としてテントがいくつか張られていた。そのどれにも、サーカス団のトレードマークが刷られている。

 

 その中でも大きなテントの中、明かりもつけずに4人の男たちが一本のローソクを立てて卓を囲んでいた。

 すべての指に指輪をはめ、上座に座する男は、ルーカス・ホツビーだ。

 世界を渡り歩くサーカス団、ルーカス一座の座長を務めている。

 以前は本人も芸人であったが、引退して経営側についてからは丸まると肥っていき、今ではその面影もない。

 

「女が消えたと聞いたときは肝を冷やしたが、どうやら何事もなくいきそうだな。」

 

「大丈夫でさぁ、座長。あれほどの重傷を負わせたんだ、今頃はどこかで野垂れ死んでまさぁ。」

 

 座長に言葉を返したのは、背が曲がりきった男だ。その言葉にふん、と鼻を鳴らしてもうひとりの男が横やりを入れた。

 

「誰かさんがあの女を犯そうなんて言って生半可に殺さなきゃあ、こんな面倒なことにならなかったんだ。」

 

「まあまあ、それはもう終わったことだ。とにかく、宝は手には入った。」

 

 ルーカスの脂ぎった手が美しい藍色の太刀を撫で回した。

 彼等は併せて7本の貴重な太刀を手にするため、昨夜に一人のか弱い女子を手に掛けた。

 

「しかし、あの生意気な小娘も馬鹿だよなぁ。大人しく刀だけ置いて逃げればいいのに。」

 

「なかなかに強気な女だったな。請求するギャラもべらぼうに高かったしな。」

 

 件の女子は東の国からの放浪者であった。

 その美しさと太刀捌き、そして太刀自体の物珍しさから、入って間もなく一座の看板となった。

 

 一座は彼女のおかげで興行収入がうなぎ登りとなったが、彼女の要求する報酬がそれなりに高かった。

 元より団員から不当な搾取を行ってきた欲深きルーカスと経営陣が、それを許すわけがなかった。

 

 彼等が出した答えは、彼女を始末して刀を手に入れること。

 

 刀は生体認証が必要な、不思議なケースに入っていたため、最初は彼女を脅したが、頑なに拒否したので、掌の皮膚を剥いだ。

 この所業を嬉々として行っていた辺り、彼等の残虐な人間性を顕している。

 

「しかしこの刀、小娘が握っていた時のような反応は見せんな。剥いだ皮膚を接しても一緒か。」

 

「恐らく彼女にも何かあったんだろう。それは計算外だったが…刀自体は相当な業物、売れば一財産築けるぞ。」

 

「ちゃちい見世物小屋なんかしなくてよくなるな。」

 

 けらけらと笑う男たちの声が響き、卓を揺らした。

 蝋燭の火に有象無象の影が揺らぐ中、笑い声の中にシクシク、と泣く声が入り交じる。

 やがてその声ははっきりと男たちの耳に届き、彼等の背筋を凍らせた。

 

「おい!誰かそこにいやがるのか!ふざけてねぇで出てきやがれ!」

 

 それに呼応するように、テントの隅から赤い袴の裾が、続いて漆黒の袖が見え、遂にはうら若い少女が暗闇より現れた。

 その少女は疑いもなく、昨日確かに殺し掛けた少女と同一人物のはずだ。

 ところがどうだろう、その身には怪我一つない。

 いや、着物には血が付着しているし、よく見れば顔色も相当に悪く、生気を感じない。そう、まるで幽霊のような――

 

「ひ、ひぃ!お、女の怨霊だ!?化けて出てきやがった!!」

 

「ば、馬鹿やろう!んなわけあるか!?」

 

「じゃあお前何とかしろよ!」

 

「な何で俺が!?」

 

 狼狽する男たち。

 突然気配もなく現れた女。怪我も1日で治るようなものではない。であるならば、目の前の女は幽霊か――

 男達にはそうとしか思えないようになっていた。

 

「そ、それ以上寄るな!」

 

『刀、私の刀…』

 

 女の声が不自然に反響する。

 ルーカスが向ける刃を見つめる目には光がない。その様子に一層身の毛がよだつ。

 

「く、来るなぁ!!」

 

 屁っ放り腰で切りかかった彼だったが、手からするりと何かが抜ける感覚を覚えた。

 見れば手元に刀はなく、ただ虚しく空を掴んでいた。

 

『うふふ…刀…私の…』

 

 気付けば刀は大事そうに女に抱き抱えられていた。

 男達に戦慄が走る。

 女が構え直した刃から、透明な水が滴っている。

 

「ゆ、許してくれ!私の指示じゃなくて、こいつらが勝手にやったことで!」

 

「なに言ってやがる!?全部お前が仕組んだことだろう!き、聞いてくれ、俺は乗り気じゃなかったんだ!!」

 

「お前が女を犯そうとか言ったんだろうが!お、俺は止めたんだぜ!?」

 

「なにおう?!」

 

 口々に命乞いと擦り付けあいの言葉が飛び交い、目も当てられない。

 しかしその甲斐なく、女は不吉な言葉を口にしながら。

 

『ふふ…一緒…道連れ…』

 

 目にも留まらぬ早さで一閃、刃は4人を通っていった。

 

***************

 

 すべてを裏で見ていたククルは、事が終わったのを確認して現場へと向かう。

 そこには一人の少女と、無惨にも切り刻まれた男――ではなく、情けなく口を開けて伸びた男達が積み重なっていた。

 誰一人として死んでおらず、かすり傷一つない。斬られると同時に気を失っただけだ。

 妖を斬ると言われる秘刀ネネギリマルを鞘に戻し、ホタルビは息を吐いた。

 

「終わったみたいだね。」

 

「ええ、目的のものは取り返せました。やられた腹いせも出来ましたし、スーッとしました!」

 

 メッキが剥がれるように皮膚が剥けていき、彼女本来の柔肌が露わとなった。

 彼女は既に変身のコツを掴んでいる。

 無邪気に笑う彼女を見てククルは苦笑した。

 

 あの後、復讐なんてククルが許せるはずもなく止めようとしたが、よくよく聞いてみると彼女もその気はないことがわかった。

 ただ、奪われた家宝――7本の太刀は取り戻さねばならないと、そう彼女は言った。

 彼女の澄んだ目に嘘はないと、なんとなくククルは確信できた。

 

「…本当にそれだけでいいの?」

 

「ええ、勿論です!復讐なんてお馬鹿さんのすることです。」

 

 当然とばかりに腰に手を当てて胸を張る。

 

「あ、それとお着替えだけ取ってきますね。」

 

「うん、わかった。」

 

 すべてを回収した後、2人はヴェイグランドヘと向かう。

 背中に女の子の柔らかさを感じて、ククルは少々緊張している様子だ。

 一方の彼女はと言うと居心地良さそうにその身を預けている。

 

「こうしているとお兄様を思い出します。」

 

「お兄さんって、行方不明の?」

 

「ええ。こうやって後ろに乗せてもらっていました。」

 

 妖刀に魅入られしまい祖国を出奔した人物。相当の刀の使い手で、ホタルビも彼から手解きを受けた。

 

「妖刀と秘刀は互いに惹き合います。これらの太刀があれば、いつかは…」

 

 そう言って腰にある刀の鞘を握った。

 

 彼女は兄を追い、遠い東の祖国から一人で旅をしてきたのだ。

 それは可憐な少女にとっては苛烈なものだったはずだが、彼女の強固な意志が折れない心を育てた。

 

 事件が起こったのはそんな旅路の途中であった。

 世間擦れしていない彼女は、優しく声を掛けてくれたルーカスを信じてしまい、命を失い掛けた。

 

「貴方のことは信頼できそうです。」

 

「な、なんで?」

 

「とても嘘がつける人には見えませんから。あなたのお側にいるのが得策でしょう。」

 

 彼女は背中に押し付けられる感触にビクッとなるククルを見て、楽しそうにくすくすと笑う。

 

「そう言えば私のことですが、自己紹介すらしていませんでしたね。」

 

彼女は居住まいを正して続ける。

 

「改めまして、私はトヨシマ・ホタルビ、皆より照姫(てるひめ)とも呼ばれています。」

 

「照、姫…お姫様!?」

 

「改めて言われると恥ずかしいですが、そうなりますね。」

 

 そう言われると、言葉遣いから容姿までそれらしいと、ククルは納得できるものがあった。

 

「えっと、ククル・アーチボルトです。しがない傭兵やってます…」

 

「どうか言葉遣いはそのままで。名前も照姫と気軽にお呼び下さい。」

 

「…わかったよ、照姫。ふ、不敬罪になったりしない、よね?」

 

「まさか!」

 

 彼女はころころと笑う。

 

 ククルはこれからのことを考えていた。

 照姫とククルの共通の目的以外に、彼女の兄を探すという目的もできた。

 いくら秘刀を持っているとはいえ、兄が一所に居着いている可能性も考えて、各地を移動した方が良いだろう。

 ククルは最後まで彼女を見届けるつもりだ。

 

 こうしてお姫様と傭兵の旅が始まった。

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