もしマルタが壊れたら、こうなります。

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緑エミルの受難

「はあ……」

 

 トリエットの宿の個室に入り、しっかりと鍵を閉め、ベッドの下や天井、クローゼットやベッドの中に誰も居ないことを確かめてから僕はベッドに腰掛けた。

 僕――――エミル・キャスタニエには今まで想像もしなかった深刻な悩みがある。

 このラタトスクの騎士の世界を恐らく10回は繰り返しているんだけど、ここまで深刻な悩みが出来るとは思わなかった。

 

「今日も「来る」のかな? テネブラエ?」

「来るでしょうねえ」

 

 いつ襲ってくるのか考えるだけで頭が痛くなってきそうだけど、テネブラエもやっぱり「来る」って思うんだね……。

 

「ええ。なんせ、旅を始めてから今まで、襲ってこなかった日がありましたか?」

「無い、ね……」

 

 ルインを出てから今日トリエットに到着するまでの日を振り返っても、襲ってこなかった日は一度も無かった。

 それも、日を追うごとに過激になっていくから手に負えない。

 正直、あんな恐ろしい相手はもう一人の僕に全部丸投げしてしまいたいくらいなんだけど……。

 

「ラタトスク様は「俺は疲れたんだ! あいつらと一緒に好き放題遊ぶ!」と言って出て行ってしまいましたからね……」

「いくら半主人公のような状態だったとしても、居てくれないと困るよ……。どうしてこんな時に限って……」

 

 この周回の僕は、最初から二重人格じゃない。

 ラタトスクの意識は――――前の周回が終わった後、突然どこかに行ってしまって帰ってこない。

 じゃあ、ラタトスクモード、と皆が言っている赤い目の時はどうやるのかと言うと……。

 

「……慣れないよ、ホント」

「赤色のコンタクトレンズを付けて、必死で強い口調を真似していますしね……」

 

 そう、演技で必死にごまかしている。

 没アイテム扱いのはずのアワーグラスを強引に持ち込み、もう一人の僕が出ているはずのイベントや戦闘の度に使ってコンタクトを付けたり外したりしているんだ。

 ……正直、こんなに忙しいとは思ってなかった。

 それによってシナリオは問題なく進められる――――はずだった。

 

「まさか……マルタが「あんな事」になってるなんて……」

「一体何があったんでしょうね……」

 

 ところが、マルタがとんでもない事になってしまっていた。

 それは「エミル~~~~~~!!!!!!」

 

 

 

 

 

「! 早速来たか!」

「正面から襲ってきます!」

 

 立ち上がった僕の手には即効性のある睡眠薬の入った注射器一本。

 最初は物理的な行動で何とか対処していたけど、最近はもう薬を使わないと止められない。

 注射器を構え、いつでも出迎えられる準備をした僕の目の前で、扉が体当たりによって鍵ごとぶち破られた。

 犯人は――――マルタだ。

 正直そうは思いたくないけど、目の前の「これ」はマルタだ。

 

「エミル! 私のエミル! さあ! 今日こそ私と一緒に「自主規制」や「自主規制」、もっと過激な物を「するかああああああ!!!!」」

 

 オライアンのごとき勢いで飛びかかってきたマルタに僕は迷うことなく注射器を刺す。

 薬が効き、倒れるマルタは案の定全裸だった。

 ……ホント、どうしてこうなったんだろう。

 僕の知ってるマルタは少なくともまともな女の子のはずだったのに……。

 

「お客様! 宿を破壊するのは困ります!」

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい!」

 

 案の定店員に怒られる羽目に。

 まあ仕方ないけど……。

 と、とにかく、寝ているうちに鋼のワイヤーでぐるぐる巻きにしておかないと!

 こんなところで目を覚まされたら……!

 

「ああん♡ エミルの身体冷たいぃい! 私が今から温めて……ううん、熱くしてあげるね♡ ……むにゃむにゃ」

「もうやだこのマルタ……」

 

 鋼のワイヤーを僕の身体だと勘違いして変な夢でも見ているのか、妙な寝言を言い始めるマルタ。

 ただ、毎晩全裸で襲い掛かってくるこれがヒロインだとは思いたくない。

 

「と、とりあえずマルタの部屋に放り込んでおいたら大丈夫かn」

「ううん……はっ! どうして私ワイヤーでぐるぐる巻きにされてるの!?」

「もう目が覚めた!?」

 

 くっ……一本2000ガルドの高級睡眠薬でも駄目か!

 

「はっ……エミル? そっか……これはエミルからの愛のアプローチなんだね♡」

「どう考えたら鋼のワイヤーと睡眠薬入り注射器をそう捉えられるの!?」

 

 少なくとも僕には無理だよ!

 

「全身ぐるぐる巻き放置プレイ……ううん、駄目! こんなのじゃ私満足できない! エミルの身体じゃないと私……私……!」

「何重にも巻いた鋼のワイヤーがあっさり引きちぎられてる!?」

「満足できないよぉぉぉぉぉぉ!!!」

「うわあああああ!」

 

 ワイヤーを引きちぎって一瞬で飛びかかってきたマルタ。

 その身体を掴んですぐに背後に投げ飛ばす……けど扉が無い!

 

「テネブラエ!」

「承知!」

 

 マルタが部屋から投げ出された直後、テネブラエが厚さ20センチはある鉄の扉を設置し、マルタを締め出す。

 ……締め出した、よね?

 

「ええ。締め出しました。その証拠に向こうから声が……」

「ああ、うん……」

 

 扉の向こう側からは「エミルの身体じゃないと駄目なの! 満足できないの!」と叫ぶマルタの声と金属が削られるような嫌な音が聞こえる。

 ……時間稼ぎにしかならないか。

 恐らくあと数分で破壊されるだろう。

 

「はあ……今日はどうしよう。この前は僕そっくりの抱き枕を用意して誤魔化せたけど、その日は暴走したマルタに一日中下着姿で追い回されたし……」

 

 もちろん抱き枕はおぞましい事になっていた。

 もし捕まってしまったらきっと僕の身体も……ううっ、想像しただけで寒気が!

 

「あのマルタさまは本当に厄介ですからねえ……あれは本当に人間なんでしょうか?」

「少なくともあれを女の子とは認識したくないよ……」

 

 というか、腕も足もまともに動かないのに何重にも巻いた鋼のワイヤーを引きちぎるような女の子は人間とは呼ばないと思う。

 多分コレットでも無理だよ。

 

「……こうなったら、魔物で眠らせてみよう! ヴォ―デヴィル10体に歌わせればきっと!」

「やってみましょう!」

 

 僕とテネブラエはさっそく準備に入る。

 マルタはそんなことは知らず、扉の向こうで何かやってるみたいだけど、扉越しに聞こえるマルタの声がどんどん近くなる辺りやっぱり鉄の扉が破壊されているのは間違いない。

 

「はあ、はあ……はあはあ……! はあ、はあ……エミル! ねえ、大丈夫だからね? 私、ちゃんと分かってるからね? え、エミルはどうすれば喜ぶとかちゃんと分かってるからね? だからほら、待っててねエミル! もうすぐ、もうすぐ私とエミルを遮るこの邪魔な鉄の扉を壊せるから……!」

 

 ……正直、耳を塞いでしまいたくなるけど、逃げるわけにはいかない。

 僕がここで逃げたら、マルタはどこまでも追ってくる。

 そうなったら、寒い夜の砂漠でも全く気にせず全裸で追い回してくるマルタの方に分がありすぎる!

 というか、砂に潜って泳いで追いかけてくるから本当に怖いよ!

 リヒターさんやアリスの方が100万倍マシだよ!

 

「扉が破壊されます!」

「よし、全員歌え!」

「ようやく開いた! エミルゥゥゥゥゥゥーーーー!!!!」

 

 開いた、というより強引に穴を開けたマルタが部屋に突入してくると同時にヴォ―デヴィル10体がナイトメアの大合唱を行い、マルタを強制的に眠らせる。

 どうして鉄の扉を何も持たずに突破できるんだろう、このマルタは……。

 

「ああん……エミルゥ……zzz」

「……ごめん、今晩、皆交代で歌ってくれる?」

 

 さすがに状態異常の睡眠までは耐性が出来ていなかったらしく、マルタは動かなくなった。

 とりあえず今日だけは、これで凌がないと……!

 

「承知してくれたようです」

「ありがとう。……ごめんね、君たちも眠いだろうにこんな事させてしまって」

「気にするな、早く寝ろ、との事です。私が全力で守りますので、どうか寝てください、エミル」

「ありがとう、テネブラエ、皆……。それじゃ、お休み……」

 

 安全のためにマルタを再び鋼のワイヤーでぐるぐる巻きにしてから、僕はマルタが使う予定だった部屋で眠ることにした。

 ……今日も何とか、眠れそうだね……。

 早く、早くこの物語を終わらせないと……。




連日好きだと連呼し毎晩迫ってきてくれる。
なんだ魅力的なヒロインじゃないか(白目)

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