・とある戦場でのお話。

※小説家になろう掲載、練習用小説

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『練習用掌編(時限爆弾):ある戦場にて』

 厳しい状況である。このまま攻められ続ければ、遠からず落城してしまうだろう。

 『取ったり』と敵の声が聞こえる。声のほうを見やる。見慣れた槍が転がっていた。

 猪突猛進、の一言が似合う男であった。陣形の端で、敵陣の奥へ奥へと突き進むのが毎回の光景であった。

 その男が今倒れた。そばに控えている将たちも無言であった。

 

 敵が近づいてくる。まだ遠い。

 あまたの歩兵たちの前に立つのは飛将軍と言われた猛者である。戦場を縦横無尽に動き、歴戦の武将であってさえ、彼の者の動きをとらえるのは難しいであろう。

 武将・金に指示を出す。飛将軍の前を塞ぐ三体の歩兵の後ろについた金が、この精強な相手を牽制する。両者は互いに睨みあった。

 

 包囲網が狭まる。

 斜めの隙を縫うように次の敵が襲ってきた。金棒という、一風変わった武装を持った敵が防御陣を突破してやってくる。決死の突撃隊らしく、その金棒を縦横無尽に振り回し、味方を薙ぎ払いながらも次々と深くに食い込んできた。しかし、それは囮。

 こちらを淡々と狙っている一騎の武将こそが本命だ。

 此の者の先ほどの飛将軍と対をなすと言われている曲者であり、陣形の隙を伺っては、できた隙に得物をかっさらう鷹のごとくすると入ってくる戦巧者だ。

 一見、単身の特攻にみえる形であるが、実際は決死隊のこじ開けた穴をあの曲者が突き進んでくる形であろう。

 そして、今、その予想は形になろうとしていた。

 槍を取る、角鷹の愛馬がいなななく、突撃の形。

 腰を落とし、たずなをしっかり握り、その尻を小突いた。

 今、あの突撃を防ぐ戦力はない。決死の突撃隊に対処するのに手一杯で、あそこまで手を咲くことができないからだ。

 ゆえに、必殺の一刺しはここに成り。敵の勝利は決定的になるだろう。

 歩兵の狭間から放たれた手裏剣がこれを迎撃していなければ、だ。

 茶色の装束に身を包んだ忍びが、敵将の落馬を確認する。忍びはそのまま敵を飛び越え、前線へと消えていった。

 

 敵の攻めがさらに苛烈となる。ついに本丸まで攻め込まれてしまった。

 要の将軍、成り上がりでできた敵将が怒涛の勢いで味方を討ち果たしていく。

 味方の武将も果敢に防ぐが、敵の数が多い。とてもではないがさばききれない。

 先ほどまで飛将軍と睨みあっていた武将もすでに討ち果たされ、哀れな歩兵が蹂躙されている。

 このままでは落城は時間の問題だ。

 

 全てを預かる王は「このまま防ぎ続ける」か「一転、攻勢に出る」か迷っていた。

 このまま防ぎ続ければ、敵も戦力に限りがある。いつか息切れするはずだ。しかし、それまで防ぎ続けることができるかどうかわからない。

 逆に攻勢に出れば、敵軍の包囲網を突破し、そのままの勢いで勝つことができるかもしれない。何故なら敵軍はこちらを攻め落とすことに集中しすぎているため、敵本陣の陣形がまともにできておらず、守備が薄いのだ。そこをつけば勝機がないことはない。

 

 しばし黙考する。その間にも戦火は近づいてくる。ここが分岐点である。軽挙では動けない。

 将軍の肩には数多の将の、歩兵の命がかかっているのだ。なにより、自分はこの地を治める王である。時には苦痛に満ちた選択肢をしてでも味方の命を守らなくれはならない。

 

 ふと、自分の横に立つものの顔が目に入る。先ほど倒れた男、田楽刺しを得意としたその男にそっくりの顔立ちをした、青年。

 彼もまた王に奉仕するために決死の覚悟でそばに控えていた。

 王が周りを見渡す。無事なものなど一人もいない。鎧が半分ほど脱げた者、額当てに幾多の切り傷が入ったもの、頬から血を流している物、突き刺さった矢を追って無理に立っている物。

 臣下が死を覚悟しているときに何を弱気になっているのだ、と王は自身を叱咤した。

 もはや迷いはない。覚悟は決まった。

 

「……撤退だ」

「……」

「しかし、それは後ろへの撤退ではない」

 

 鞘からゆるりと刀を抜く。その切っ先を敵の根城へ向けた。

 

「前だ。これより我ら敵の城へと向かい決死の撤退を行う。こと、ここにいたりて命を捨てぬことには状況の打破は不可能。ならば、前に撤退し、そのまま敵軍の隙を突き落城させるぞ。なに心配はいらん、このままでは死ぬだけの命だ。ならば、その前に死に華を咲かそうではないか」

「……」

「しかし、これは余のわがままに過ぎん。故にそちらの中からついてきたいものだけついてくるがよい。何恨み言はいわん。むしろ、この死地にまでついてきたことに感謝する」

「……」

 

 沈黙があたりを支配する。提示されたのは策とすら言えぬ決死の特攻。命を捨てに行くようなものである。この城と運命を共にするつもりであったであるにしても、改めて命を投げ捨てることを告げられ、動揺するのは致し方ないことであった。

 武将たちがだまっていると、青年が一人、ぽつりと言った。

「オレはおとうの仇を取りたい」

 そういって、王のそばに付いた。彼の父と同じく、彼が一番早かった。

 それを皮切りに次々と声が上がる。

「オレもだ。このままやすやすと死ぬのは嫌だ」

「まったくだ。たとえ投降しても受け入れられる保証はないもんな」

「ああ、死んでいった味方の仇を取らせてくれ」

「最後の意地ってやつを見せてやる」

 王は周りに集まった者たちを見ると、ひとつ頷いて。

「余は貴様らを誇りに思う。では、死への花道へ、いざゆかん!

負けては散り花、勝ちては後世にかたりつかがれる戦となろうことよ!」

 

 鎧の擦れる音が響く、かられの足取りはあくまで軽く、皆が皆、おたけびをあげながら敵陣へと吶喊していった。

 

 

 盤面に最後の一手が下された。

 

「――王手! 詰みだ!」

「………っ」

 

 果敢に攻め込んでいたはずであったが、攻勢に駒を遣いすぎたためにできた隙を突き、詰みにまでもっていった。

 よほど諦めきれないのか対局者はいまだ盤上を見つめ、うんうんと唸っているがもはやできることはない。完全に詰みだ。

 これにて対局は終了、彼は、彼らは勝ったのだ。

 



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