やはり俺たちの高校生活は灰色である。   作:発光ダイオード

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ー折木奉太郎ー

 

楽しい事を心待ちにしているほど時間はなかなか過ぎず、早く来ないかと待ち遠しく感じる。逆に嫌な事が待っている時間はあっと言う間に過ぎ、逃れられない絶望感を感じる。普段授業は真面目に受けていると胸を張って言える訳ではなく、早く終わらないかなどと考えていたりもする訳だが、今日の俺はこの国語の授業をもうしばらく受けていたいと思っていた。放課後のエネルギー消費の事を考えるとなるべく動きたくないし、やらなければならないなら少しでもイスに座り体力を温存しておきたい。しかし、そういう時に限って時間はあっという間に過ぎ、気づけばもう放課後になっていた。少しため息を漏らし、席を立った。

 

「送る月日に関守なし…か」

 

 

※※※※※

 

 

今、俺は雪ノ下と伊原と共に箏曲部の女子部員である三好と日恵野の所に不本意ではあるが向かっている。決まった事に文句を言うつもりは無い。…だが、出来れば部室で待って居たかった。しかも恐ろしい事に雪ノ下と伊原というなんとも危険な香り漂う毒舌ペアと行動を共にしなければならないのだ。これは俺が無事平穏に部室へ行けない事と同義である。比企谷…こういう時だけ運の良い奴だ。そう思い少しばかり気を落としていると雪ノ下が話しかけてきた。

 

「折木君、そんなやる気の無い顔で一緒に歩かないで貰えるかしら。だらし無さが移るわ」

 

「そうよ折木、あんた普段何もして無いんだからこういう時くらい役に立ちなさいよ」

 

伊原も雪ノ下に同調して言ってくる。

 

「お前ら好き勝手言ってくるな…」

 

「あら、これでもまだ言い足りないのだけど。私が優しいからあまり言わないであげているのよ。貴方がお望みなら…

 

「いや悪かった。何でも無い」

 

俺は雪ノ下の言葉を遮る様に言った。しかしこれで優しいとは一体どういう事だ。こいつが思っている事を言い出したらと考えると寒気がした。

 

「しかし、俺が来る意味はあったのか?お前らだけで十分だと思うんだか」

 

「確かに私と伊原さんがであれば問題なく話は聞きけるでしょうけど、福部君の言っていた様に話を聞いた時の印象は男女で変わるわ。私が聞いた話を折木君にしてもいいのだけれど、直接聞いた方が相手の些細な感情も感じ取れるわ…私が気付かない事に貴方が気付くかもしれないでしょうしね。だから折木君はただ聞いていてくれたら良いのよ。けれどただ居るだけが嫌というなら、そうね…書記でもやってみる?」

 

「わかった、ちゃんと聞いてる」

 

そんな新聞記者のような面倒な事ご免被る。俺が慌てて答えると、雪ノ下は楽しそうに笑った。

 

「ふふ、よろしくね」

 

部室ではいつも睨まれていたが、こいつもこんな顔で笑うんだな。

顔立ちは整っていて、いつも凛とした表情を崩さずにいる雪ノ下は凛として綺麗に思っていたが、偶に見せる笑顔は年相応の女子高生と言えるくらいに可愛らしく見えた。

 

「ところで少し聞きたいんだが、お前は今回の依頼についてどう思う?」

 

「どう、と言うのは具体的にどういう事かしら」

 

「嘉悦の、振られた訳を知りたいという依頼についてだ。俺は女子でもないし恋愛経験もないからよく分からないんだが、振られた理由を知るのはそんなに重要なことなのか?」

 

俺の質問に対し雪ノ下は少し考えた。

 

「そうね…重要かどうかは人それぞれだから何とも言いようがないけれど、由比ヶ浜さんの言う様に知って納得することで次に進む事ができるのかもしれないわ。あるいは次に進まなければいけない、とも言うのかしらね…。まぁ私も恋愛経験豊富という訳ではないから確かな事は言えないのだけれど」

 

雪ノ下は冗談を言う様に微笑んだ。確かに人それぞれであれば俺がどう思おうと関係ない。嘉悦は一見大人しそうに見えて、以外とそういう所は貪欲なのかもしれない。よく分からないが女子というのはそういうものなのだろうか。

 

「お前ならどうだ?男子に…例えば比企谷に告白して振られたとしたら、その理由を聞きたいと思うか?」

 

俺が何気なく聞いてみると、先程まで可愛らしい雰囲気を醸し出していた女子生徒は何処へやら、一変して氷の様に冷たく鋭い視線が突き刺さる。

 

「折木君、あなた頭がおかしくなったのかしら?どうして私が比企谷君に告白しなければいけないの?あんな目も性格も腐った様な生き物に告白する人間なんて世界中探してもそうそういないでしょう。もし仮にいるとしたら、それはよほどの物好きか聖人君子くらいだわ」

 

自分と全く関係ない所で罵られる比企谷を少し不憫に思った。すまん比企谷。

 

「いや、あくまで例えの話で…」

 

雪ノ下は俺の言葉に耳を貸さず、更に続ける。

 

「それに、万が一そんなことがあったとして、私の告白を断るなんて身の程知らずもいいところだわ。比企谷君は誠意を持って応じるべきだと思うの」

 

そう言いながら雪ノ下はスタスタと一人で行ってしまう。その先では、いつの間にか一人先を行っていた伊原がこちらを向いて手を振っていた。

 

「二人とも何してるのー、もう着いたわよ…って顔赤いよっ、どうしたの?大丈夫?」

 

伊原は雪ノ下を見て驚き駆け寄る。

 

「大丈夫。気にしないでちょうだい」

 

雪ノ下は顔を逸らしながら答えたが伊原は余計に心配している。俺が質問した時には氷の様に冷たい表情だった筈だが伊原の所にいく頃にはそれも溶けるほどに赤くなっていたらしい。どういうことだ。

俺はそんな二人に追いつき教室の札を見た。ニ年D組、箏曲部の女子部員である三好と日恵野の在籍する教室である。

 

昼休みの話では放課後一度部室に集まる筈だったが、箏曲部は全員二年生なので直接話を聞きに行こう、と言う内容のメールが休み時間中に送られてきた。俺としても余計な移動をせずに済むので即了解の返事を返した。まさか連絡を知らず部室に行くという面倒な事をする奴もいまい。

伊原は廊下近くに居た生徒に声を掛け、三好と日恵野を呼んでもらっていた。しばらくすると、二人の女子生徒がこちらにやって来る。

 

「あたしらになんか用?」

 

キツそうな物言いの女子生徒が伊原に話しかけてきた。

 

「あの、私植田さんと同じクラスなんだけど、少し聞きたい事があるんだけどいいですか」

 

「いいけどあんた久美子の友達なん?」

 

何故か女子生徒は詰問する様に聞いて来る。その圧力は、あの伊原でさえ一歩足を引いてしまう程だった。そして雪ノ下は何故か対抗する様に一歩前に踏み出して睨み返している。空気が不穏だ。

 

「そんなにやたらと睨んじゃダメよ春香」

 

一色即発かと思われたその時、その空気を落ち着かせる様に教室から声が聞こえてきた。

 

「別にそんなんじゃないし…」

 

春香と呼ばれた女子生徒は口ごもった。どうやらこのキツめの女子が日恵野春香のようだ。

 

「ごめんね、春香ってば友達取られると思っていつもこうなのよ。私が三好だけど、私達に何か用だった?」

 

「だからそんなんじゃないってばっ!」

 

日恵野は顔を赤らめて怒っているが、それを三好は上手くあしらっている。三好…こいつは副部長だったか。一見優しそうな雰囲気だが、このやり取りを見る限り日恵野よりも立ち場が強そうだ。

微笑みながら聞いてくる三好に伊原は質問する。

 

「えっと、私植田さんと同じクラスなんだけど、彼女が先週の金曜日からずっと休んでるからちょっと心配になっちゃって…。それで箏曲部のみんなが仲が良いって聞いたから何か知らないかなと思って聞きに来たの」

 

伊原は少し落ち着いた様で三好に質問した。すると仲が良いと言われた日恵野は何やら急に上機嫌になった。

 

「何よー、そういう事なら早く言ってよ。まぁ、確かにあたしらいつも一緒にいるし久美子の事なら大体分かるよ」

 

得意気に鼻を鳴らし答える日恵野に対し、三好は若干申し訳なさそうな顔をしている。

 

「担任の先生は風邪だって言ってたんだけどそうなの?」

 

「そだよ、なんか木曜日に「今日体調悪いから部活休む」っつって、それでどうしたって聞いたら「昨日傘忘れちゃって濡れて帰った」って言ったのよ。あの子ドジなんだよねー。言ってくれたらあたし一緒に帰ったのに」

 

「そうなんだ…」

 

少し心配そうな顔をした伊原を見て、三好は日恵野に続いて喋りだす。

 

「でももう大丈夫よ。昨日春香と一緒にお見舞いに行ったらだいぶ調子良さそうだったから、明日には登校できると思うよ」

 

「二人でって事は嘉悦は一緒に行かなかったという事か?」

 

ほっとする伊原の後ろから俺が聞くと、日恵野は愛娘にできた恋人を憎むような目つきで睨んできた。実際に視線を向けられるとかなり恐ろしい。

 

「あぁ?あんた千花絵のこと知ってんの?」

 

「…春香」

 

三好はまたかとため息をつく。睨まれた俺は一歩引いてしまう。流石伊原を退かせただけはある。

知っているのかと聞かれたが、俺は別に嘉悦の知人でも無ければ友達でも無い、ただの依頼人だ。確かに知ってはいるが依頼の事を話す訳にもいかない…。どう答えるべきだろうと俺が悩んでいると、日恵野は無視されたと感じたらしくさらに視線を鋭くして睨んで来る。

 

「私達は嘉悦さんとは友達ではないわ。強いて言えば友達の友達ね」

 

「箏曲部は仲が良いからお見舞いに行くなら女の子みんなで行くと思ったの」

 

雪ノ下と伊原が咄嗟にフォローを入れてくれたので、日恵野の表情は戻った。

 

「千花絵は人と話すのあんま得意じゃ無いからちょっと心配なのよ。今は色々話してくれる様になったけど初めて会った時なんて全然喋んなかったし…………」

 

日恵野は心配そうに言うが、そりゃ日恵野のその圧力だったら嘉悦でなくても喋り辛いだろう。

嘉悦の事を話し出したら止まらなくなったのか、日恵野は箏曲部の事を色々と話してくれた。ありがちな思い出話だったが、聞いているとこいつらの仲の良さが伝わってくる。

 

「……………けど初めてお昼誘われた時はマジ感動だったわけよ、なんか子猫がやっと懐いてくれたー、みたいな?」

 

三好も加わりあれやこれや話し、伊原達もうんうんと聞いていた。日恵野はひとしきり話した様で俺たちへの警戒は完全に取れていた。

 

「そういう訳だからあんたらも千花絵の事知ってんなら仲良くしてあげてよね、まぁ一番の友達はあたしらだけとっ」

 

日恵野はニッと笑って言った。最初の印象こそ悪かったが、話してみれば割といい奴なのかもしれない。

 

「それで、お見舞いへは何故二人で行ったのかしら?」

 

雪ノ下が話を戻す様に尋ねた。三好も忘れていた様でハッとして喋った。

 

「そうだったわね、千花絵もあまり調子良さそうじゃなかったから春香と二人で行ったの。風邪が移ったら千花絵にも久美子にも悪いしね」

 

まぁ先週振られたんだ、無理も無い。

 

「そうだったんだ」

 

「そいや久美子、なんか千花絵に謝らないと〜みたいな事言ってなかった?」

 

日恵野はふと思い出した様に言う。

 

「そうなの?」

 

「うーん、まぁそうだったかな」

 

伊原に聞かれ何か曖昧な返事をする三好に対し、日恵野は何か知ってる様な笑みを浮かべた。

 

「いやー色々あるからねあの子らも。ここだけの話、私の考えだと千花絵も久美子もたぶん…痛っ!三好痛いってっ‼︎」

 

「春香、そう言う事はあまり人様に話すもんじゃないでしょ。友達無くすよ」

 

三好に腕をつねられて日恵野は大人しくなった。どうやらこいつは友達という言葉に弱いらしい。

 

「ごめんね、気になるかもしれないけど乙女の話だからあまり聞かないでくれたら嬉しいかな」

 

三好は笑顔で言っているが、その目はこれ以上聞くなと言っている様に思えた。

 

「やだ、もうこんな時間。春香そろそろ部活行くよ。あなた達もごめんね、このくらいしか話せなかったけど大丈夫かしら?」

 

「うん、ありがとう。こっちこそ急に来てごめんね。それじゃあ部活頑張ってね」

 

二言三言挨拶を交わし、部室に向かう二人を見送った。

 

「なぁ、さっき日恵野が言いかけてた事って…」

 

「うん…何言おうとしたか何となく分かる気がするけど…取り敢えず部室に行かない?」

 

「そうね、由比ヶ浜さん達ももういるかもしれないし、話はそれからにしましょう」

 

そうして俺たちは部室に向かった。取り敢えず俺は自分のやるべき事を一つ片付けた。後は比企谷達の話を聞いて、それからどうするか考えよう。

しかしあいつらはちゃんと話を聞けたんだろうか。ふとそんな疑問が頭をよぎった。

 

 

※※※※※

 

 

ー比企谷八幡ー

 

 

少し前…

 

 

 

「はっくしょい!!」

 

誰かが噂でもしているのか、俺は部室の前で鼻をすすった。昼休みの話では、放課後部室に集まるという事だったので寄り道もせずまっすぐ来た訳だが、何故かドアには鍵がかかっている。早く来すぎたと言う時間でもないし、だいいち雪ノ下が俺より遅く来るなんてまず無い。しばらく部室の前でぽつねんとしていると俺の暇潰し機能付目覚まし時計が震えだした。

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

送信者 由比ヶ浜

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タイトル 今どこに居る?

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ヒッキー今どこ?

ひょっとして部室行っちゃった?

 

ゆきのんから連絡あって放課後は

直接箏曲部の人たちに聞きに行く

ことになったから

早く教室に戻って来てねっ!

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

こいつ…何でもっと早く言わないんだよ。わざわざ部室まで来ちゃったじゃんかよ。

せっかく殊勝な行ないをしたというのにまったくの無駄足だった。

 

「仕方ない…戻るか」

 

自分一人の状況に虚しさを感じ立ち去ろうとすると、不意に後ろから明るい声が聞こえてきた。

 

「せーんぱいっ!」

 

振り向くと一色がすぐ後ろに立っていた。少し前かがみになり、俺の顔を上目使いで見上げているその仕草は相変わらずあざと可愛い。ちょっと心が揺れそうになったが、俺は何事もない様に返事をする。

 

「一色か。なんか用か?」

 

「もーっ先輩テンション低いですよ。せっかく私が会いに来てあげたんですからもっと元気出してくださいよっ」

 

「だってお前と居ると面倒なことにしかならないんだもん。それにあざといし」

 

可愛い笑顔で接してきた一色は俺の態度に頬を膨らました。

 

「ぶー、あざとく無いですよっ。それより部室閉まってるみたいですけど今日ってお休みなんですか?」

 

「いや、休みじゃないがまだ部室は開かないぞ。分かったらお前もとっとと生徒会室に行け」

 

「じゃあ先輩、ちょっと生徒会の仕事手伝ってくれませんか?」

 

一色は上目遣いで目を潤ませながら頼み事をしてくる。この仕草に何人の男子が手玉に取られたことか…。俺がぼっちじゃ無かったら危なかった。

 

「じゃあってなんだよ。俺も忙しいんだよ。また今度な」

 

そう言い教室に戻ろうとするが、一色は付いてくる。

 

「えー、いいじゃないですか。どうせやる事なくて暇なんでしょ?私と一緒に居れるんですよー」

 

「だからホントに忙しいんだってば。俺はもう教室に行くぞ」

 

「教室って生徒会室ですか?わぁ嬉しい」

 

「ちげぇよ、俺のクラスだよ」

 

袖を引っ張る一色を引き連れ、俺は教室に向かって歩く。その間も一色は騒ぎ続けるので、他の生徒とすれ違う度に異様な視線を浴びせられた。あまりにも迫ってくるので根負けしそうにもなったが依頼をほっぽり出したとなれば雪ノ下が黙っていない。そう思い、意思を強く持ち、視線に負けず、歩き続けた。

教室の近くまで来た時、前から見覚えのある生徒が歩いて来るのが見えた。

嘉悦だった。

嘉悦は俯きながら歩いていたので表情は見えなかったがその足取りは重く、昨日由比ヶ浜に支えられて帰った時と変わらない様に見えた。嘉悦はこちらに気付く素振りもなくそのまますれ違う。

 

「なぁ、ちょっといいか」

 

俺は様子が気になり声を掛けると、嘉悦はくるりと振り返った。

 

「はい。…えっと…」

 

嘉悦は誰だこいつみたいな目で俺を見て来る。恐らく俺が昨日奉仕部に居た事を覚えてないのだろう。眼中になかったのか、意識的に記憶から消したのか…まぁそんなとこだろう。

自分で言ってて悲しくなる。

 

「あー、奉仕部の比企谷だ。」

 

「奉仕部の…あなたも昨日いたんですね」

 

嘉悦ははっとした様子で答えた後、ばつの悪そうな顔をした。

俺も居ましたし喋ってもいました。一応会話もした筈なんだけどね、覚えてないみたいだけど。

 

「それで何か用ですか?」

 

嘉悦にそう聞かれた所で、俺は制服の袖を引っ張られている事に気付いた。

 

「せんぱーい…なんでいきなり女の子に声掛けてるんですか?先輩ってそんなにチャラかったでしたっけ?」

 

振り返ると一色がニコニコした顔でこちらを見つめていた。可愛らしい笑顔なのだがぴくりとも動かない表情は逆に威圧感さえ伝わって来る。

 

「いや、そんなんじゃねぇよ。ただの部活の依頼者だよ」

 

「へー、そうなんですねー」

 

一色は笑顔を崩さずに平坦な口調で言う。それは俺の被害妄想でなければ“お前、よく知りもしない女に声掛けてないで生徒会の仕事手伝えよ”と言ってるようにも聞こえてすごく恐い。

俺は咳払いをして気持ちを落ち着けてから嘉悦へ振り返る。

 

「あー、なんだ…少し聞きたい事があるんだが…いいか?」

 

「…いいですけど……」

 

嘉悦は一瞬眉をひそめた様に見えたがすぐに元の表情に戻し、何か言いかけたまま言葉を噤みこちらを見ている。その視線は一色に向けられていた。

 

「一色、お前ちょっとあっち行ってろ」

 

「えっ?なんでですか?」

 

一色は不思議そうに言う。

 

「守秘義務とか色々あんだよ。とにかく向こうに行ってろ」

 

「あっ、ちょ…先輩っ」

 

俺は一色の背中を押す様に追い払うと再び嘉悦に向き直る。

 

「…悪かったな」

 

「いえ…それで聞きたい事って何ですか?」

 

そう、俺はこいつに聞きたい事があった。昨日は話の最中うやむやになって聞けなかったが、ずっと胸に引っ掛かっていた。

 

「昨日聞きそびれた事なんだが、どうしてお前は振られた理由を知りたいんだ?」

 

昨日の由比ヶ浜の言う事も分かる。だが、俺にはどうしても嘉悦がそれを知りたがる人間には思えなかった。

 

「どうしてそんな事聞くんですか?」

 

嘉悦は少し黙っていたが、こちらを弱く睨むように見て聞いてきた。

 

「いや、何か参考になればと思ったんだが…」

 

「それって直接依頼を解決する事に関係ありますか?」

 

「あー、直接関係あるかは分からんが…」

 

「なら別に言う必要ないですよね。それに言ったってどうせ分からないと思います」

 

だんだんと口調が強くなった嘉悦は、そう言うと再び俯いた。

 

「それじゃあ、私用事があるんでもう行きます」

 

「あっ、おい!」

 

「…依頼なんてするんじゃなかった…」

 

嘉悦は最後にぽつりと呟くと足早に去って行ってしまった。一人残された俺は、しばらくその場に立ち尽くしていた。

 

 

※※※※※

 

 

「行っちゃいましたけど話終わりました?」

 

程なくして一色がひょっこりと顔を出した。

 

「一色…お前まだいたの?」

 

「ちょっと酷くないですかー?先輩が待っててくれって言ったんじゃないですか」

 

一色はぷくっと頬を膨らまして怒ったふりをする。あざと可愛い。てか俺はそんな事言っただろうか?

とは言え、突っ立っていても仕方がないのでとりあえず教室まで行く事にする。移動している間も俺は先程の嘉悦の言葉について考えていた。振られた理由は知りたいが何故知りたいかは言いたくないし、どうせ言っても分からないと言う。それに依頼しなければよかったなんて、まだ相談しかされてないのにそんな心変わりをする理由はなんだ。考えるほどに分からなくなる。

俺はふと隣を歩く一色を見た。

 

「なぁ一色。お前は好きな相手に告白して振られたとき、その理由を知りたいと思うか?」

 

俺がそう聞くと一色は俺を見上げたまま立ち止まってしまった。どうしたと思い俺も歩くのを止めたが、その時自分がとんでもない失敗をした事に気付いた。

こいつは去年、デステニーランドで葉山に告白し、そして振られたのである。

 

「すまん…。今のは忘れてくれ」

 

俺がそう言うと、しばらく黙っていた一色はふっと笑った。

 

「別にいいですよ。そんなに気にしてませんから。そうですね…私が葉山先輩に振られた時は理由なんて知りたいとは思わなかったですね。葉山先輩の気持ちが私に向いてないのも知ってましたし、私もそれでいいと思ってましたから」

 

一色は淡々と喋っている。

 

「お前は葉山と付き合いたいから告白したんじゃないのか?振られる事前提みたいな状況で、なんでお前は告白したんだよ?」

 

そう聞くと一色は意地悪そうに微笑んだ。

 

「あれっ、言いませんでしたっけ?私も本物が欲しくなったんですよ」

 

それを聞いた瞬間、俺の全身は熱くなり顔は煮ダコの様に赤くなった。

本物が欲しい…それは俺が雪ノ下と由比ヶ浜の前で泣きじゃくりながら放った言葉である。確かに一色が告白した日、帰りのモノレールの中で聞いた覚えがある。

恥ずかしさのあまり黙っている俺を見て楽しむ様に一色は言葉を続ける。

 

「あの日私は、私の本物を確かめる為に告白したんです。だから振られて良かったんです。葉山先輩を利用するみたいになっちゃいましたけど、あの人には私の考えも気付かれてたみたいです」

 

一色はそう言って自分の頭を小衝いてみせた。あざと可愛い。

 

「それで、お前の本物は見つかったのか?」

 

俺は気持ちを落ち着かせそう聞くと、一色は近づいてきて俺の顔を見ながらニッコリ笑った。

 

「先輩知ってます?先輩と葉山先輩って意外と似たとこがあるんですよ」

 

「…俺とイケメンリア充の似てるとこなんて性別くらいのもんだろ」

 

「相変わらず捻くれてますね。そういう話じゃないですよ」

 

一色はやれやれという感じでため息をつく。

 

「でも性格はさておき、先輩だって目がもう少し生き生きすれば結構…」

 

一色は言いかけた言葉を途中で止める。

 

「結構…なんだよ」

 

「やっぱり何でもないですっ!ほらっ、さっさと行きますよ」

 

そう言って一色は先を歩いて行く。

 

「いや、なんでお前が仕切ってんだよ」

 

「いいからっ、置いてきますよ」

 

「ちょっと待てって」

 

ほんのり顔を赤らめながら笑う一色を追って、俺は教室へと向かって行った。


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