やはり俺たちの高校生活は灰色である。   作:発光ダイオード

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ー比企谷八幡ー

 

 

 

俺が自分の教室に戻る頃には殆どのクラスメイトが部活、委員会、あるいは帰宅と、既に教室を去った後だった。まだ数人残っていたが、それほどリア充度の高くない連中ばかりである。俺としてはあまりクラスメイトに会いたくなかったので丁度よかった。

 

「みんなもう殆ど帰っちゃいましたね」

 

一色が俺の後ろからひょこっと顔を出して言った。結局ここまで付いてきてしまった。ただでさえ下級生が上級生の廊下を歩いていれば目立つのに、それが生徒会長ともなればもう見てくれと言っている様なものだ。刺さる視線を無視しながらここまで来た俺を、誰か褒めてくれてもいいんじゃないか?

 

「放課後だしな、そりゃそうだろ」

 

「でもここでする事無くないですか?いい加減手伝って下さいよー。いつもならとっくに手伝いに来てくれてる頃じゃないですか」

 

こいつ分かっててやってたのか。何かと勝手な事を言いやがる…

 

「それはお前が決める事じゃないだろ。言ったろ、やる事があるって。何もなきゃ真っ先にお前のこと助けに行ってやるよ」

 

俺がそう言うと一色は少しポカンとした後、急に顔を真っ赤にして

 

「なんですかお姫様を助けに来た王子様気取りですかそう言うメルヘンチックな告白も憧れますけど大事なことは真面目な感じで言って欲しいのでやり直してください、ごめんなさい」

 

「なんか分からんが、また振られたな…」

 

「そうですよ、先輩のこと振るのもいい加減疲れるんで早く終わらせてくださいよ」

 

「終わらせるったってそれ俺に何とかできるの?どうすりゃ終わるんだよ」

 

「そんなの決まってるじゃないですかっ!…私と…先輩が、…その…」

 

「あーっ、ヒッキーいた!」

 

一色の話を遮る様に廊下から由比ヶ浜の声が聞こえた。そちらに目をやると由比ヶ浜と千反田が教室に入って来るところだった。

 

「もー、ヒッキー私が声かける前に教室出てっちゃうんだもん。ホントびっくりだよっ。あれ?いろはちゃん、やっはろー。どうしたのこんなとこで?」

 

「こんにちは一色さん。比企谷さんも大変でしたね」

 

「由比ヶ浜、何でもっと早く言ってくれなかったんだよ。おかげで部室まで行って帰って来ちゃったじゃねーか。疲れるんだぞあそこまで行くの」

 

「だってヒッキーいつもしばらく教室に居てから部室行くじゃん。なのに今日はすぐ行っちゃうし、気付いたら居ないし。慌ててメールしたんだからね」

 

「それより一色さんは何故二年生の教室に居るんですか?」

 

俺の苦労を、それよりの一言で片付けた千反田は一色に尋ねた。

 

「結衣先輩、千反田先輩こんにちは。実は先輩にちょっと生徒会の仕事を手伝って貰おうとしてたんですよ」

 

一色がそう言うと、由比ヶ浜と千反田は俺を見てきた。

 

「俺は用があるって断ったぞ。こいつが勝手に付いてきただけだ」

 

「ちょっと先輩ー、その言い方酷くないですかー?」

 

泣き真似をしながらこっちを見てくる一色に一瞬ドキッとしてしまった。くそ、あざと可愛い。

 

「あのっ、一色さん。実は私たち結衣さんのお友達から依頼を受けてまして、それで今からやらなければいけない事があるんです。…一色さんのお願いも聞いてあげたいんですけど今はちょっと…すみません」

 

千反田は申し訳なさそうに一色に深々と頭を下げて謝った。一色が自分勝手を言ってるだけで千反田が謝る必要はないんだが…。ていうか千反田の言い方だと俺の意思が尊重されてないんだけど誰か突っ込め。

 

「ごめんねいろはちゃん。今日はヒッキーいろはちゃんのこと手伝えないんだ。でも依頼が終わったらいつでもヒッキー使っていいからさっ」

 

由比ヶ浜も謝る。そしてなぜか備品扱いされている俺。

 

「そうだったんですね。もー先輩、それならそうと早く言って下さいよ」

 

「まぁ、すまんな一色…」

 

俺は最初から言ってなかっただろうか。だが例え自分が悪く無くても断るというのは多少気がひける。

 

「でもいろはちゃん一人で大丈夫?」

 

「はい、大丈夫です。多分私一人で出来ますので」

 

大丈夫なのかよ、俺必要無いじゃん。

 

「ではみなさん、お仕事頑張って下さいね!先輩もちゃんと働いて下さいね。ではではー」

 

そう言って一色は教室を出て行く。だが去り際にこっちに寄ってきて、俺の耳元で囁いた。

 

「…この埋め合わせはちゃんとして下さいねっ…」

 

一色を見送った俺は、耳元で囁かれる女子の声の破壊力をひしひしと感じていた。

 

 

※※※※※

 

 

一色が去った後、俺は由比ヶ浜と千反田と一緒に、新渡戸と大須賀に会いに行く。しかし、放課後になってから少し時間が経ってしまったからもう教室にはいないかも知れない。

 

「教室に行って居なかったらどうするんだ?」

 

俺は千反田に聞いた。

 

「そうですね…その時は箏曲部の部室に行ってみましょう。そこなら確実にいるはずです」

 

「いや、それはやめといた方がよくないか?」

 

「ちょっとヒッキー、まさか面倒くさいーとか言わないでよ」

 

由比ヶ浜が呆れた様に言ってくる。

 

「そうじゃねぇよ。例えば教室に新渡戸と大須賀がいないからといって箏曲部の部室に行けば、当然他の部員とも鉢合わせる事になる。花井は総務委員の仕事があるし嘉悦もあの様子だから恐らくいないだろうが、残りの連中の前で嘉悦の事を…まして部室にまで乗り込んで聞きに行ったとなればきっと何か疑問に思う筈だ」

 

嘉悦は俺たちに依頼した事を花井に知られたくないと言っていた。俺たちが部室まで行って嘉悦の事を聞けばその事は花井もすぐに知るだろう。そうなる事はまずい…。

 

「そっかー、なら早く教室に行ってみようよっ、まだいるかも知れないし!」

 

由比ヶ浜の言う通り行く宛が他に無い以上行ってみるしかない。俺たちは足早に目的の教室へ向かった。

程なくしてついた教室は、俺のクラスと同じように生徒は殆ど居なかった。それらしい男子生徒も見当たらない。

 

「いないな…」

 

「…いませんね」

 

俺と千反田は茫然と教室を見つめる。

やはり遅かったか。だがこれからどうする?箏曲部の部室に行く前に二人を見つけて話を聞くなんてできるか?いや出来ないだろう。これはもう諦めて部室で折木たちが戻って来るのを待つのが賢明かもしれない。

などと考えていると、由比ヶ浜が廊下の向こうを指差し声をあげた。

 

「ヒッキー!ちーちゃん!いたよっあそこ!ほら廊下歩いてるっ」

 

俺と千反田が由比ヶ浜の指の指す方をを見ると、廊下の端を新渡戸と大須賀が歩いているのが見えた。いや、俺は二人とも顔を知らないから分からないけど…、由比ヶ浜言うならそうなんだろう。

 

「おーいっ!ちょっと待ってー!」

 

由比ヶ浜は大きな声で二人を呼び止めぱたぱたと走って行く。他に何人か関係のない生徒が振り向いたがそんな事は気にしないらしい。さすがリア充のなせる技だ。俺だったら廊下で大声を上げれば恥ずかし過ぎて死ねる。

 

「比企谷さん、私達も行きましょうっ」

 

「そうだな」

 

千反田にそう言われ、俺は由比ヶ浜の後を出来るだけ関係のない人のフリをして付いて行った。

 

※※※※※

 

 

「由比ヶ浜さんじゃん、お疲れー。どうしたの?」

 

「新渡戸君、やっはろー。ごめんね呼び止めて。ちょっと聞きたい事があったんだけど今大丈夫かな?」

 

「いいよ、もち大丈夫だよーっ。聞きたい事って何?あっ、もしかして俺の事だったりしちゃう?」

 

由比ヶ浜が二人に話しかけたが、新渡戸がガンガン返事をして来る。どうやらこいつはウザい系の奴の様だ。しかし、どうして名前に戸部とつく奴はこんな性格の奴ばかりなんだ…。由比ヶ浜が少し困っていると

 

「由比ヶ浜さんがお前に用があるわけないだろ。嘉悦の友達だしあいつの事だろ」

 

「うん、そうなの。かえちゃん最近元気なくて…。大須賀君たち何か聞いてる?」

 

「由比ヶ浜さんにもそう見えるんだね」

 

由比ヶ浜に聞かれ答えた大須賀は、少し黙った後考えるように口元に手を当てて

 

「ひょっとしたら気付いてるかもしれないけど…嘉悦は剛の事で悩んでるんだと思う」

 

「えっ!大須賀君かえちゃん達の事知ってたの?」

 

由比ヶ浜は驚いて大須賀に聞き返した。由比ヶ浜は依頼の事だと思っている様だが、恐らく大須賀は別の事を言っているんだろう。こいつがうっかり口を滑らさないか不安だ。

 

「やっぱり気付いてたんだね。女の子って凄いな。俺はずっと一緒にいたから気付いたんだけど多分嘉悦は剛の事が好きだ。本人は気付かれてないと思ってるけどみんな知ってると思う。あいつは自分の事を言わないくせに隠すのは下手だからね」

 

「あっ、あーそっちの方か…でもみんな知ってたんだね」

 

どうやら由比ヶ浜は自分の勘違いに気付いたらしい。それよりも、嘉悦の話を聞いた限り誰もあいつの気持ちを知らないものだとばかり思っていたが、まさか全員知っていたとは。

 

「みんなって言うのは花井もか?」

 

「君たちは…?」

 

俺が質問すると、大須賀は由比ヶ浜の後ろに立っていた俺と千反田をみて聞き返してくる。

 

「私の友達なの!ちょっと付いてきてもらったんだ」

 

由比ヶ浜が俺たちの事を軽く紹介したが、こいつらからしたら完全に部外者だから多少不審がられても仕方がない。大須賀は少しの間俺たちを見つめていたが、直ぐに表情を戻した。

 

「多分知ってたと思うよ」

 

「ちょ、ちょっと待ってよ!嘉悦の事それまじ?俺全然分かんなかったんだけど!てかみんな知ってたの?」

 

どうやら新渡戸は知らなかったらしい。大須賀よ、みんな知ってるというのは間違いだった様だな。

 

「普通に見てたら分かるだろ。お前はそう言う所に疎いんだよ、彼女いる癖に」

 

「ちょ、急に言うなよ!」

 

「新渡戸さん、彼女がいらっしゃるんですか?」

 

「そうなの?誰誰?」

 

大須賀の爆弾発言に千反田と由比ヶ浜が食い付いた。

 

「こいつ同じ部の三好と付き合ってるんだ」

 

「そうなの?全然気付かなかった!」

 

「三好さんのどういった所が好きなんですか?」

 

ダメだ、話がどんどん逸れていく。だが、こうして見ていると大須賀はなかなか頭が回る奴の様だ。比べるのが新渡戸ってのがアレだが、周りをよく見て行動しているのが分かる。仲間を引っ張って行くタイプではなさそうだが、話を聞いてくれるとか、気配りができるとか、多分そんな奴だろう。

 

「くっそー、俺ばっかり…。正樹はどうなんだよ?好きな奴いないの?植田とか?」

 

「あいつも多分好きな奴いると思うぞ」

 

「まじ?じゃあ日恵野は?」

 

「あいつは悪い奴じゃないけどお前と性格が似てるからな…一緒に居たら疲れそうだ」

 

「えっ?まさか三好とか?止めてください、お前が相手じゃ俺マジで振られちゃう」

 

「そんな事しないから安心しろ。それに三好はちゃんとお前の事好きだよ」

 

なんて恥ずかしい話してんだこいつら。由比ヶ浜も千反田もなんか楽しそうに話を聞いている。女子はこういう話が好きと言うがこいつらも例に漏れないらしい。

 

「一つ聞いてもいいか」

 

俺が話を遮る様に言うと大須賀は話を止めてこっちを向いた。

 

「これは例えばの話なんだが…俺の知り合いに花井の事を知っている奴がいるんだが、花井は相手の事を傷つける様な真似は絶対しない奴だと言っている。だが、もし相手の望まない答えを伝えないといけない時、それでも花井は相手の事を傷つけないのか?」

 

大須賀は黙ったまま俺をじっと見つめる。少しの沈黙の後、大須賀は口を開く。

 

「そうだろうね。あいつは相手を傷つける事は絶対にしない」

 

「どうしてそう思うんだ?」

 

「剛は親友だからね。上手くは言えないけど、多分そうだ」

 

大須賀は嬉しそうな、悲しそうな何とも言えない様な顔で笑った。その表情が何を意味するのかは俺には分からない。それを知るにはあまりに大須賀を、箏曲部の事を知らな過ぎる。

 

「じゃあ俺は?どの位大切?」

 

少し重くなった空気を新渡戸がぶち壊す。大須賀はぶっ、と吹き出して笑った。

 

「お前は、そうだな…セロハンテープの次に大事だよ」

 

「なんだよそれ!お前どれだけセロハンテープ好きなんだよっ」

 

場の空気が明るくなった。新渡戸も新渡戸なりに周りの事を気遣っているんだろう。

 

「そろそろ俺たちに部活に行くよ。他の連中も待ってるだろうし」

 

そう言って大須賀は腕時計を見て別れを告げる。

 

「うん、わざわざありがとね。部活頑張ってねっ」

 

腕を大きく振る新渡戸とそれを引っ張る大須賀。彼らが部活に行くのを俺たちは見送った。

 

「話も聞けたし部室に戻るか」

 

「はい、そうですね」

 

「ゆきのん達ももう居るかもね」

 

俺が最初に部室に行ったロス分を考えると、多分雪ノ下達はすでに部室で待っているだろう。つまり俺はまた伊原に遅いと怒鳴られるという事だ。重くなる足に鞭打ち、俺は本日三回目の部室へと向かった。

 

 

※※※※※

 

 

部室に戻ると、すでに雪ノ下、伊原、折木が座っていた。雪ノ下たちもさっき来たばかりらしく、俺も伊原に怒鳴られる事はなかった。早速お互いに聞いてきた話を伝え合い、それぞれの話をまとめる事にした。

 

「話を整理する前に、さっき福部君から連絡があってやっぱり今日は来る事ができないそうよ。なので結論を出すのは不可能だけれど、取り敢えず今分かる事だけ考えましょう。そして明日、福部君からの話を聞いて答えを見つけ出す。それでいいかしら」

 

俺たちは雪ノ下を見て頷いた。そしてそれを確認した千反田が話を始めた。

 

「では、皆さん。今日聞いてきた中で何か気になった事や疑問に思った事はありますか?。私としてはまず気になったのは、新渡戸さんと三好さんが付き合っているという事です」

 

千反田は意気込んでいるが、どうも見当違いな事を考えている様だ。

 

「それは関係なくないか?」

 

「そうでしょうか?でも関係あるかもしれませんよ?」

 

折木が否定したが、千反田は納得していない様だ。俺も多分無いと思うが、まぁ必ずしもそうとは言い切れない。

 

「取りあえず気になる事を話すだけだから、関係ある無しはその後で考えましょう。」

 

雪ノ下がそう言うと千反田も納得した様だ。

 

「日恵野さんが言いかけてた事なんだけど、嘉悦さんも植田さんも花井君の事…て言ってたけど、やっぱり二人とも花井君の事を好きだって言おうとしたんじゃないかな?大須賀君も植田さんは好きな人いるって言ってたんだよね?」

 

伊原が言うと雪ノ下もそれに続く。

 

「それに嘉悦さんの気持ちは部員の全員が知っていたという事は、つまり植田さんは嘉悦さんが恋敵であるという事を知っていた事になるわ。だとしたらお見舞いに行った時に日恵野さんが聞いた「嘉悦さんに謝らないと」と言うセリフはそれに関係するんじゃないかしら?」

 

「いや、大須賀は嘉悦の気持ちを全員が知っていたと言うが実際には新渡戸は気付いていなかった。植田が嘉悦の気持ちに気付いていない可能性もある」

 

俺がそう言うと雪ノ下はムッとした表情をする。

 

「後は里志や大須賀が言ってた様に花井は相手を傷つける様な事はしないって事だな」

 

折木が言うと由比ヶ浜が少し悲しそうに言う。

 

「でもさ…それならなんで花井君はかえちゃんにあんな事言ったんだろうね?」

 

「確かにそれだと話が合わないですね」

 

千反田も頭を悩ませている。

 

「だが自分にその気が無くても相手を傷つける事はあるんじゃないか?特に嘉悦は打たれ弱い感じだ、そうなっても仕方がない」

 

俺の意見に伊原は眉を顰める。

 

「比企谷…あんたそういう事言う?」

 

俺は伊原の視線に若干たじろぐ。ひょっとしたら俺は雪ノ下以上にこいつに睨まれているかもしれない。

しかし、自分にその気が無くても相手を傷つけてしまう事は必ずある。だが嘉悦が打たれ弱いのもみんな知ってただろうし、福部も大須賀も花井は相手を傷つける事は絶対にしないと言っていた。確かにそんな奴が相手が傷つくか傷つかないかを見誤るとは思えない。

俺も考えが纏まらず、しばらく全員が考え込んでいた。

 

「花井と植田が付き合っていると考えるのはどうだ?」

 

不意に折木が口を開いた。

 

「ちょ、それどういう意味?」

 

「折木さんっ、詳しく教えて下さい」

 

由比ヶ浜も千反田も折木に食いついた。雪ノ下も折木に話す様にと目で合図している。

 

「例えば、植田と嘉悦が花井を好きだという事は部員のほぼ全員が知っていたが花井と植田が付き合っている事は当の本人達以外誰も知らなかったとする。嘉悦は気持ちを隠しているつもりでも周りにはバレていた。自分に好意を向けられていると知りながら植田と付き合っていた花井はその性格から罪悪感を感じていただろう…ひょっとすると植田も同じかもしれない、嘉悦に謝らないとなんて言ってるくらいだしな。だから花井は自ら嘉悦を振ったんじゃないか?」

 

「でもっ、けれど花井さんは相手の傷つく事はしない方です。それなのに嘉悦さんが傷ついているのはおかしくありませんかっ?」

 

千反田は折木に食い下がる。

 

「ずっと黙っている訳にはいかないと思ったんだろう。長引けば今以上に嘉悦が傷付く事になる」

 

「そうかもしれませんが…」

 

千反田の声は小さい。

 

「確かに辻褄は合ってるかも知れないけど…」

 

伊原は理論的に考えているのか否定してくる様子はないが、由比ヶ浜と千反田は感情的に納得できない様だ。確かに突拍子もない案だが否定はできない。

 

「まぁ、とりあえずは現状で考えられる理由のひとつという事ね。最初に言ったけれど、まだ福部君の話も聞いていないし、その内容によっては全く別の答えが出てくるかもしれないわ。折木君も例えばって念を押して言うぐらいだし、そう言う事でしょう」

 

「まぁ、そうだ」

 

雪ノ下の言葉に折木はこくりと頷いた。こいつは若干説明が雑すぎる。雪ノ下のフォローがあったから良いものを、そんなんじゃ伝わるものも伝わらない。

そう思った所で、俺は放課後嘉悦に会った事を思い出した。

 

 

「そう言えば、部室から教室に戻る時嘉悦に会ったな」

 

俺がそう言うと伊原がぷっと笑った。

 

「部室からって、比企谷あんた部室に来てたの?バッカみたい」

 

「うるせぇ。由比ヶ浜が教えてくれなかったからだ」

 

「だからそれは謝ったじゃんー。ヒッキー根に持ち過ぎー」

 

ぶつぶつ文句を言っていた俺は、由比ヶ浜にやれやれという感じで呆れられてしまった。俺は悪くない筈なのに…。

 

「それで、それがどうかしたのか」

 

折木に聞かれ、俺は嘉悦と交わした話をみんなにする。

 

「あぁ、その時嘉悦になんで振られた理由を知りたいのか聞いたんだがな、しぶって言ってくれなかった。そんでその後は“依頼なんてするんじゃなかった”って言って帰って行った」

 

そう言うと、伊原は睨みながら、千反田は心配そうにこっち見ていた。

 

「ヒッキーかえちゃんになんか変な事言ってない?」

 

由比ヶ浜が尋ねて来るので俺は慌てて否定した。

 

「いや、別に普通に聞いただけだし。マジで」

 

三人の視線を浴びていると、話を聞いていた雪ノ下が口を開いた。

 

「何故嘉悦さんが理由を言いたくないのかも気になるけど、去り際の言葉も気になるわね。だって私達は依頼を受けたと言ってもまだ話を聞いただけなのに、それだけで心変わりするかしら?」

 

「聞くのが面倒になったとか」

 

折木の言葉に、俺に向けられていた伊原の鋭い眼差しは折木へ移っていった。

 

「あんたちょっとは真面目に考えなさいよ。…そうねぇ、最初は聞く気だったけど後から恐くなって聞きたくなくなったとか?」

 

伊原は少し考えて言う。

 

「けれど嘉悦さんが振られたのは先週でしょう?休日も掛けてようやく出した結論をたった一日で変えるかしら?」

 

「と言うか俺は嘉悦が理由を聞こうと思う事自体不思議に思うんだが。嘉悦は普段からそんな性格なのか?」

 

「ううん、普段は大人しいから私も驚いちゃったよ。でも女の子って恋愛になると変わるって言うじゃん?」

 

「いや、知らねぇよ…」

 

「だとしたら何故嘉悦さんは理由を知りたいと思ったのでしょう?」

 

 

 

声は飛び交うばかりで話は纏まらず結局そのまま時間だけが過ぎ、気付けば最終下校時刻間近となっていた。

 

「今日はここまでにしましょう。明日また昼休みに部室に集合して、福部君の話を聞きましょう」

 

雪ノ下の言葉で部活はお開きとなった。みんな帰る準備をしてる中折木はイスに座ったままだ。

 

「どうした、帰らないのか」

 

「ん、あぁ、帰る…」

 

嘉悦たちの事を考えていたのか動きに機敏さが無い。

 

「何してるんですかー?早く帰りますよー」

 

気付けば俺たち以外もう部室を出ていた。

 

「ほれ、早く行こうぜ」

 

俺は折木を促して教室を出る。まぁ何にせよ、明日福部の話を聞けば答えは出るだろう。何せ当人の言葉だからな、それが答えでもある。だがそれを嘉悦にどう伝えるか、依頼の達成にはまだ時間が掛かるのかも知れない。


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