01
「お兄ちゃんっ!早く起きないと遅刻するよ!」
そう言われて俺は目を覚ました。寝覚めはすこぶる悪い。多分昨日嘉悦たちの事を考えていてそのまま寝てしまったせいだろう。重い目蓋をゆっくりと開けると、ベッドの上にはセーラ服姿の女の子が座っていた。
「どうやら俺はまだ夢を見てるみたいだ。目の前に天使が見える。だから後五分だけ寝かせてくれ」
俺はモゾモゾと、再び布団の中に潜り込んだ。
「馬鹿な事言ってないでさっさと起きてよね、ただでさえ時間無いのに。早くしないと小町先に学校行っちゃうからね」
そう言って我が妹はさっさと部屋を出て行ってしまった。ちょっと冷たい。も〜っお兄ちゃんったら〜!なんて頬を膨らませまがら言って、甲斐甲斐しく起こしてくれたならどれだけ素晴らしい事か。
俺は仕方なくベッドから這い出て着替えを済ませ、のそのそと階段を下りる。リビングのドアを開けると、食卓にはすでに小町の作ってくれた朝食が並べられている。今朝のメニューはトーストと目玉焼きにベーコン、サラダが添えられている。小町もまだ食べていなかったので、なんだかんだ言って待っててくれた様である。
「旨そうだな。いつもサンキューな」
そう言うと小町はにっこりと笑った。
「早く食べないと遅刻しちゃうよ。頂きまーす」
「頂きます」
朝食を食べ終え身だしなみを整えるた後、俺たちは一緒に家を出た。
通学途中、小町がチラチラとこちらを見てくるのでどうしたのかと聞いてみると
「お兄ちゃんなんか疲れてるみたいだけど大丈夫?雪乃さんや結衣さんと何かあった?」
「いや、別になんでもねーよ」
ぶーっと頬を膨らませてこっちを見てくる。どうやら俺がはぐらかしていると思った様だ。
「単に部活の依頼の事だよ。別にあいつらと気まずくなったりしてないから安心しろ」
「…それなら良いけど。けどあんまり無理しちゃダメだよ!それと雪乃さんと結衣さんに迷惑掛けないよーに!」
「はいはい、分かってますよ…」
「はいは一回っ!あっ、小町こっちだから!じゃあねお兄ちゃん」
そう言って手を振りながら中学校へ向かう小町と別れ、俺も自分の高校へ向かって歩き出した。
※※※※※
「ヒッキー部室いこー」
そう言われて俺ははっと我に返った。さっき登校したばかりだと思っていたのに、気付いたら昼休みになり由比ヶ浜が声を掛けてきた。午前中の授業は一時間目の国語以外全て理系科目だった。生物の授業はまだ良いが、数2、数Bと続けて攻めてくるのはやめて欲しい。昨日あまり寝付けなかった事も相まって授業中の記憶はほぼ無かった。何なら由比ヶ浜に話しかけられるまで眠っていたまである。
「もうそんな時間か…じゃあ行くか」
「うん」
「…その前に購買行っていいか?」
昨日購買に行った後、由比ヶ浜に腕を引っ張られて部室まで連れて行かれた事を思い出す。道中すれ違う生徒の視線を集めてしまった。今日はそんな事にならないようにしなければいけない。
そう考えていると由比ヶ浜はにやりと笑った。
「ふっふっふ…ヒッキーがそう言うと思って、実は私朝学校に来るときにコンビニでパン買ってきましたっ!」
「まじでっ?」
購買のパンはいつも食べてるせいで一通り食べ尽くしてしまった。しかしコンビニのパンともなれば滅多に買うこともないし、それに何だか購買のパンよりも美味しい気がする。
俺のボルテージはメリメリと上がっていく。仮に俺が小学生だったとしたら、ひゃっほいっと叫んでこの場で飛び跳ね駆け廻り、一緒にいる由比ヶ浜にさぞかし恥ずかしい思いをさせていただろう。由比ヶ浜よ、俺が高校生で良かったな。
「サンキューな、由比ヶ浜」
「えへへー、いいよー」
にへーっと笑う由比ヶ浜にパンの代金を渡し、ビニール袋を受け取る。中をみると焼きそばパンとメンチカツドッグが入っていた。中々いいチョイスである。俺は小さくガッツポーズをし、そして購買に行く必要の無くなったのでそのままを部室に向かった。
「ねぇヒッキー、あれから何か分かった?」
「分かるわけないだろ。昨日の話だけじゃ判断のしようが無い」
「そっか…そうだよね」
由比ヶ浜は不安そうに言ってきた。よほど嘉悦の事が心配なのだろう。
「ここで考えてもしょうがないだろ。早く部室に行って福部の話を聞こうぜ。そうすりゃ何か分かるだろ」
由比ヶ浜を落ち着かせる様に言うが、その表情は変わらない。そのまま会話もなく歩いて行った。部室には昨日よりも早く着いたが、それでもすでに全員揃っていた。最初に千反田が気付き挨拶してくる。
「こんにちは、結衣さん、比企谷さん」
「今日は早いのね」
「みんなやっはろー、遅れてごめんね」
「いやいや、そんなに遅れていないよ。僕らもさっき来たところだしね。それに待っている間、雪ノ下さんと千反田さんに昨日の話を聞かせてもらったからね。準備は万端だよっ」
福部はウインクして俺たちに言った。右手はサムズアップしている。俺や折木にはこんな真似は無理だ…やはりこいつはあちら側の人間か…。俺と由比ヶ浜は空いているスペースに席を取り、みんなと同じ様に昼メシを広げ始める。
「そういえば里志。総務委員はなんの仕事をしているんだ?」
「あぁそれかい、数ヶ月前に部活動の大幅な見直しがあったよね?そのリストが先生から回ってきてね、それを整理してパソコンで管理できるように作業しているのさ。生徒会と協力してやっているから人出は足りているんだけどね。ただ作業自体は難しく無いんだけど量がそれなりにあるにも関わらずパソコンの数に限りがあるから中々大変なんだよ」
「へー、大変なんだなぁ」
折木は自分から聞いたくせにあまり興味が無いような返事をする。生徒会も関わっているという事なので、なぜ昨日の放課後一色が俺の所に来たのかが分かったが必要なのは人手よりもパソコンという事なので、やはり俺の所に来る意味はなかったのではと改めて思った。
「それじゃあ福部君、あなたが昨日花井君から聞いた話を教えて貰えるかしら」
雪ノ下に言われ、福部は話し始める。
「そうだね、じゃあ聞いてもらおうかな」
※※※※※
「昨日の放課後、僕は総務委員の仕事でデータの入力作業をしていたんだ。二人一組でやる事になったから花井君を誘ったよ。二人で作業していると花井君は何か考え事があるのか作業に身が入っていなくてね、それでちょっと聞いてみたんだ。
「さっきからぼーっとしているけど大丈夫かい?何か悩み事でも?」
「あっ、悪い…。いやちょっとな…」
「僕で良ければ相談に乗るよ。まぁ、あまり力にはなれ無いかもしれないけどね。けど人に話せば落ち着いたり、頭の中を整理出来たりする事もあるよ」
僕がそう言うと花井君は黙って作業に戻ったよ。何も話さなかったけど暫くして花井君が話しかけてきた。
「…なぁ福部、お前って確か伊原と付き合ってるんだっけ?」
「…まあね。でもどうしてだい?ひょっとしたらそう言った悩み事だったりするのかい?」
僕の質問に花井君は少し何か考えた後、重い口を開いた。
「俺さ…先週女の子を振っちゃったんだよな…。同じ部活の子でさ、いつもみんなで遊んだりしてた」
「花井君はその子の事を遠ざけたかったのかい?」
「そんなんじゃないさっ、ただ部活の仲間としてでそれ以上の感情は無かったんだ。それに俺は他に好きな子がいた。だから部活の仲間として好き、みたいな事を言って断ったんだ」
「その子はそれからどうしたの?」
「話をしたのが駐輪場だったからね…傘も差さずにそのまま走って行ってしまったよ…」
「その事について後悔しているのかい?」
「後悔はしていない。ただ、俺の言葉がちゃんと彼女に伝わったかが心配なんだ。そのせいで傷付けてしまったかもしれないと思うと自分が許せないんだ」
それ以上は何も聞かなかったよ。何か言える空気でもなかったしね。けど最後に花井君はこう言ったんだ。
「ありがとな福部、お前に話して少し落ち着いたよ。でも、おかげで俺も自分の気持ちに正直になる決心がついたんだ。完全に後ろ向きってわけじゃないよ」
「僕は何もしてないさ。でも花井君の気持ちが落ち着いたなら良かったよ」
「だけどよく俺が悩んでる事が分かったな」
「僕はデータベースだからね、できる事といったらこれくらいさ」
そんな話をして、後はそのまま作業を続けた。僕の話はこれくらいかな」
※※※※※
福部の話を聞き終わったが、俺たちは誰も口を開かなかった。開けなかったと言う方が正しいのかもしれない。話の内容も嘉悦から聞いた事とほぼ一致している。新しく分かった花井に好きな奴がいるという事も、昨日の折木の話から予想はできていた。
答えが分かってみれば、嘉悦が振られた理由はどこにでもあるような在り来たりなものだったが、いざこれを伝えるとなると考えただけで気が重くなる。だがこのまま黙っていても話が進まない。
「取り敢えず今の福部君の話で分かった事だけれど、まず花井君が同じ部活の仲間を振ったという事。次に他に好きな人がいた事。そして自分の言葉がうまく伝わらず、相手を傷付けてしまったかもと思っている事ね」
沈黙を破り雪ノ下が話を切り出すと、みんな意識が戻ったように喋りだす。
「好きな人がいれば別の人を振るのは当然だよね…」
「何となく話は見えてきたけど、やっぱり…」
伊原も由比ヶ浜も俯いてしまう。
「おいおい、そんな暗い雰囲気になるなよ。この結果は依頼を受けた時から分かってた事だろ」
「それはそうだけど…改めて理由を聞くと悲しくなるわよ」
俺の言葉に伊原が反論していると、千反田がガタんと音を立て立ち上がった。
「待って下さいっ!確かに嘉悦さんは振られてしまったのかも知れません。けど花井さんが人の気持ちを分かる人だというのなら嘉悦さんが傷つきやすい性格だという事も分かってたはずです。それなら嘉悦さんが傷付かない様に言ってあげる筈ですっ!」
声を大きくして言う千反田に対し、俺は淡々とした口調で話す。
「それは昨日も話に出たが、自分にその気がなくても相手を傷付ける事はある。第一、花井はフォローの言葉を言っていたのに嘉悦はそれを最後まで聞かずにその場を去った。花井はその事を後悔しているが、原因は嘉悦の弱さにもある」
「それはそうかも知れませんが…」
「それに今お前が気にしているのは依頼とは関係ない事だ。まずは依頼を解決するのが先だろ」
俺の言葉に千反田は力なく席に座る。
「ヒッキーちょっと言い過ぎだよ」
由比ヶ浜は支える様に千反田の肩に手をまわす。
確かに由比ヶ浜の言う通り言い過ぎたかもしれない。だが千反田のこれは、ただのわがままだ。悲しい話が嫌いとでも言うかの様に反論するが言葉が続かない。おそらく自分でも道理の通らない事を言っていると分かっている筈だ。しかし言わずにはいられない。頭では分かっていても心が言う事を聞かないんだろう。それが千反田の優しい所であり、同時に弱い所でもある。
少しの沈黙の後、福部が口を開く。
「けどこうやって話を聞くと、やっぱり嘉悦さんは心が強くありたいと思っているんだろうね。こんな話、普通自分からは聞きたくないからね」
「でも嘉悦さんは依頼をした事を後悔していたわ。心の強い人がそんな事するかしら?」
「あぁそっか。じゃあどういうことなんだろうね」
雪ノ下に聞かれ、福部はさぁ、と言った様な顔で首を傾げる。
「理由はどうあれ依頼はまだ続行してる。俺たちはこの事実をどう嘉悦に伝えるかを考えるべきだ。それに…由比ヶ浜も言ってたが、これが嘉悦が次に進む為に必要な事ならちゃんと受け止められる様に伝えてやらなきゃな」
俺がそう言って由比ヶ浜を見ると、由比ヶ浜もこちらを見てうんと頷いた。
「そうだよ…ちゃんと伝えてあげようよ。かえちゃんきっとすごく辛いんだと思う。私たちが聞いても悲しかったんだから、かえちゃんはもっと悲しかったに決まってるよ。でも勇気を出して私たちに依頼してくれたんだから、私たちも全力で背中を押してあげようよっ。ね?」
由比ヶ浜はそう言って千反田に優しく笑いかける。それを見て千反田も微笑み返す。
「はい…そうですね」
「ねぇ、やっぱり嘉悦さんは理由を聞くのが恐くなって依頼なんてするんじゃなかったって言ったんじゃないかな。聞こうって決心したんだけど、いざ依頼してみるとその理由が分かるって重圧に耐えきれなくなったんだと思う」
「確かにそう言う事ならあり得る話ね。それに、嘉悦さんの気持ちが聞きたいと言う事ならそれをサポートするのも依頼の内だわ」
嘉悦の心変わりに疑問を抱いていた雪ノ下だったが、どうやら由比ヶ浜と伊原の話を聞いてその気持ちの変化にも納得したらしい。
「みんな、ありがとう」
由比ヶ浜がお礼を言う。
「いや、何でお前がお礼言ってんだよ。これも依頼だろ」
「えへへ、そうだね」
由比ヶ浜はそう言って安心した様に笑う。それを見ていた雪ノ下も強張っていた顔を緩めた。
「では、まずは話をまとめましょう」
俺たちは全員雪ノ下を見る。
「これまでの話から…まず、花井君は嘉悦さんを駐輪場に呼び出した。そして他に好きな人がいるという理由はから彼女を振った。この発言から考えると折木君の仮説の、花井君が植田さんと付き合っているという事はないと思うけれど、他の箏曲部員の話を聞く限り植田さんも花井君に好意を持っている様だから少なからず関わっていると思われるわ。次に嘉悦さんの気持ちは部員全員が知っていたと言う事…」
「新渡戸以外な」
俺がぼそりと口を挟むと伊原がむっと睨んでくる。雪ノ下は完全に無視して話を進める。
「当然花井君と植田さんも知っていたでしょうし…」
※※※※※
その後の話し合いで、嘉悦には今日の放課後部室に来てもらい、そこで依頼の結果を話す事に決めた。花井は他に好きな人がいた事、そして嘉悦が話の途中で逃げてしまった為、自分の言葉がうまく伝わらず傷付けてしまったかもしれないと思っている事を伝えることにして、植田に関しては不確かなこともあったため話さないことにした。これは嘉悦自身が直接聞く必要があると言う女子たちの判断でもあった。
問題は依頼をした事を後悔している嘉悦をどうやって向き合わせるかだが、それに関して俺たち男の使えなさっぷりはいささか見るに耐えない。…いや、ひょっとしたら福部はその辺は以外と上手くやるのかもしれないが、何れにしても女子たちを頼りにする事になるだろう。まぁ女子たちと言っても頼りになるのは由比ヶ浜と伊原で、雪ノ下と千反田はこういう事には向かないだろう。
まさか由比ヶ浜を頼りにする日が来るとは、と感慨深く思っていると、その由比ヶ浜が口を開いた。
「そしたら放課後になったら、私がかえちゃん呼びに行くよ」
まぁ俺たちの中では一番適役だろう。
「大丈夫か?」
「うん、ありがと。大丈夫だよ」
「それじゃあ由比ヶ浜さん、お願いするわね」
「比企谷、あんたゆいちゃんがいないからって部室に来るの忘れないでよね」
「分かってるよ。ったくどれだけ信頼ねぇんだ俺は」
「まぁ八幡じゃしょうがないかもね」
ささやかな笑いに包まれた。
昼休みも終わりに近づき、俺たちは昼メシを片付けはじめる。全員が部室を出る用意をしていた時、折木だけがまだのそのそと椅子に座っていた。
「何やってんだ。早くしないと授業に遅れるぞ」
「あぁ」
なんとも気のない返事である。腹が膨れて眠気にでも襲われているのだろうか。などと考えていると後ろから声を掛けられた。
「比企谷さん」
振り向くと千反田が立っていた。
「先程はすみませんでした」
恐らく先程意見をぶつけあった時の事だろう。どうやらずっと気にしていたらしい。
「いや、俺も悪かった。誰でもすぐに納得できる訳じゃないしな、あんまり気にすんな…てかお前全然納得してないのな」
「えっ!そうでしょうか?」
千反田は驚いたが、こいつは嘉悦と同様隠し事ができないタイプだ。苦手というよりも隠す気があるのかと思うくらい顔に出ているし、なんならアピールしてくるまである。俺は長年ぼっちとして過ごした事により他人の心の底を読む事に多少の自負はあるが、そんなもの取り払っても有り余るくらいに千反田は分かり易い。
「…そうですね。確かに私はまだ納得できていないのかもしれません。頭では分かっているのですがなかなか整理がつかなくって…私がちゃんと納得できるのはもうしばらく経ってからみたいです」
「そうか…」
納得できないと言った千反田だが、思ったよりも冷静なようだった。
「それよりも私、もうひとつ気になる事があるんです」
背後でガタリと椅子が鳴る。
「…何がだ」
「嘉悦さんの気持ちです」
「それなら散々話し合っただろ」
「いいえ、そうじゃありません…嘉悦さんは比企谷さんに依頼した理由を聞かれた時、答えるのを拒んだそうですね。由比ヶ浜さんの言う事も分かります。次に進む為、経験を生かす為に理由を知る事は大切だと思います。もし嘉悦さんがそういう気持ちでいたのならちゃんと理由を答えてたと思うんです。でもそうじゃなかったから言えなかった。だとしたら、嘉悦さんが答えられなかった理由が何なのか、私はそれが気になるんです」
俺たちが依頼をどうするか話し合っている間、千反田は別の事を考えていたらしい。花井の事と言い、千反田にとって気持ちというのはかなり重要なファクターのようだ。
「…お前は、嘉悦に何か後ろめたい理由があったから言えなかったと思うのか?」
「いえ…そう言う訳ではないんですけど…」
「何してんのー!早くしないと授業遅れるよー」
ドアの前で伊原が呼んだので千反田ははっとなる。
「そうでした…呼び止めてすみませんでした。それじゃあ行きましょうか」
「あぁ…」
俺たちは部室を出て教室に向かう。一番後ろをぽつぽつと歩いている折木に俺は声を掛けた。
「どうした?さっきはほとんど喋らなかったじゃねぇか」
話し合いの中、千反田もそうだったが、こいつもずっと黙ったままだった。
「考え事をしてた。里志の話を聞いて少し引っ掛かる事があった」
「…それで、なんか分かったのか?」
「いや、まだ何とも言えないな。…なぁ比企谷、お前は花井の事をどう思っている?」
「性格の事か?」
「あぁ、千反田の言う様に、嘉悦を傷付けない言い方もあったと思うんだ。しかし何故そうしなかったのか」
「花井に傷付ける気は無かっただろ。お前も言ってたじゃねえか、その気が無くても傷付けてしまうって」
「それはそうだが…」
「花井が読み間違えたとしたら嘉悦の心の弱さだ。普段はどうか知らんが恋愛に関して言えば女子は男子よりも繊細になるんだろ」
折木はまだ気になっている様だがこれ以上は本人に聞いてみないと分からない。
「それより俺はやっと昼メシをベストプレイスで食べれるのが嬉しいね」
「またそれか」
「今週は依頼で部室だったし、先週は雨でほとんど教室だったからな。明日が楽しみだ」
話をしている途中で、隣を歩いていた折木の姿が見えなくなった。振り返ると折木は立ち止まっていて、遠くを見ている様な近くを見ている様な、しかししっかりと焦点を合わせる様に何処かを見つめていた。
「…雨」
「どうかしたか?」
「いや…もう少し頭を働かせてみる」
そう言って折木は再び歩き出す。右手で前髪をいじりながらじっと何処かを見つめるその姿は、まるで探偵の様だった。