やはり俺たちの高校生活は灰色である。   作:発光ダイオード

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ー比企谷八幡ー

 

 

俺は今放課後の部室にいる。俺が来たのは十分程前だが、その時にはすでに折木と由比ヶ浜以外の部員が集まっていた。しかし由比ヶ浜は嘉悦の所に行ってからこっちに来る事になっているので実質来ていないのは折木だけである。

 

「遅いわね、折木君」

 

「ホータローはいつも遅いからね。むしろ早く来るなんてホータローらしく無いよっ」

 

「ふふっ、それ言えてる」

 

「二人とも、言い過ぎですよ」

 

「まぁ、今は急いでやる事も無いし別にいいんじゃないか」

 

そんな話をしていると部室のドアが開き、折木が入ってきた。

 

「折木さん、お疲れ様です」

 

「遅いわよ折木」

 

「すまんな、ちょっと考え事をしていたら遅くなった」

 

折木は机にカバンを置きながら千反田と伊原に言った。考え事…確か折木は昼休みに俺に花井の事を聞き、考えてみると言った。何についてかは分からなかったが、これ以上考えて何か出てくるのか?

 

「由比ヶ浜はまだ来ていないみたいだな」

 

あたりを見回す折木に雪ノ下が応える。

 

「えぇ、嘉悦さんの所に行っているわ。なので由比ヶ浜さんが来る前に依頼について少し話し合っておきましょう。もしかしたらこの後すぐ嘉悦さんも来るかもしれないし」

 

「その事なんだが、少し待ってもらってもいいか?」

 

「何よ、何か言いたい事でもあるの?」

 

伊原に聞かれた折木は黙って前髪をいじり始めた。

 

「その顔は何か分かったね、ホータロー」

 

「あぁ、まあな…」

 

そう言って折木は席に着いた。そして深く息を吐き俺たちを見る。全員の目が折木の方に注目する。

 

 

※※※※※

 

 

「昼休みに里志の話を聞いて、それから少し考えてわかった事がある。単刀直入に言うと、花井が振ったと言った相手は嘉悦じゃない」

 

そう言い終わるか終わらないかの所でガタンっとイスの音がして、見ると千反田が立ち上がり折木の方へ迫って行く。

 

「折木さんっ!それはどういう事ですかっ嘉悦さんで無いなら誰なんですか?何故花井さんは嘉悦さんにあんな事を言ったんですか?」

 

千反田は折木の肩を掴み激しく揺すっている。折木はされるがままで頭をぐわんぐわんと揺らしていた。

 

「ちーちゃんっ落ち着いて!」

 

「折木君もそれじゃ話せないわ」

 

伊原と雪ノ下に抑えられ、千反田は折木から引き剥がされた。こいつの好奇心は相変わらずの様だ。

 

「落ち着け千反田。先ずは花井の話からだ」

 

頭を抑えながら言う折木に千反田は我に返って申し訳なさそうに謝る。

 

「すみません、気が早ってしまいました…でもどういう事か早く教えて下さいっ」

 

そう聞かれて、折木は改めて息を整えた。

 

「まず、嘉悦が花井に呼び出されたのはいつだった?」

 

「先週の木曜日です。放課後に駐輪場まで呼び出されました」

 

折木はこくりと頷き、次に福部を見た。

 

「里志、花井は女子生徒を振った時、相手はどうしたと言っていた?」

 

「えっと…傘も差さずにそのまま走って行ってしまった、って言ってたね。…ホータローが何を言いたいのか、何となく分かってきたよ」

 

「傘も差さずに…つまり傘を差す必要があった、その日は雨が降っていたという事になる」

 

福部の言葉の確認を取り、そして俺を見てきた。

 

「比企谷、お前は昨日の昼休みに言っていたな。先週は…」

 

先週…俺は昼休み何を言っていた?昨日は確か由比ヶ浜に引っ張られて部室に行った。それから千反田にベストプレイスの事を話したら由比ヶ浜に何故か睨まれた…。そこまで思い出した時、俺は気付いた。

 

「先週は水曜までずっと雨が降っていた…」

 

「そうだ。先週は月曜日から水曜日までずっと雨が降っていた。だが木曜日からは天気は回復し晴れていた。つまり花井が女子生徒を振ったのは月曜日から水曜日の間で、嘉悦が呼び出された木曜とは別の日という事になる」

 

そう言って俺たちを見回したが、まだ整理できていないのか誰も反応しなかった。折木はそれを肯定と捉えて話を続ける。

 

「では花井はいつ、誰を振ったのか」

 

折木の話を聞き、花井が振った相手が嘉悦じゃないとすれば…思い当たる人物はいる、理由はわからないが。

 

「植田か?」

 

俺が聞くと、折木は少し驚いた様に目を丸くした。

 

「分かってたのか?」

 

「お前が嘉悦じゃないって言ったからな。理由までは分からん」

 

「確かに植田さんは花井君の事好きだったかもしれないけど、でもどうせ植田さんが振られたって根拠は風邪で休んでたからでしょ?雨に濡れたから風邪を引いたってなんか説得力がなくない?」

 

伊原は疑わしげに言うが、確かにそれだけで植田と決めるのはちょっとこじつけな気もする。

 

「まぁ根拠は他にもある。花井は植田を振った。それは水曜日だ。三好と日恵野の話では、植田は木曜日の部活を体調が良くないからと言って休んだ。その理由は前日に傘を忘れて、濡れて帰ったからだ。だが、雨は月曜日から水曜日まで止む事なく降っていた。つまり、当然水曜日も朝から雨が降っていた。普通、朝雨が降っているのに傘も持たず学校に来る奴はないだろう。だから植田も傘を学校に持って来ていたはずだ。しかしそれでも、傘があるにも関わらず差さずに帰る理由はなんだ」

 

「…花井君に、振られた事…かしら?」

 

雪ノ下の答えに折木は頷いた。

 

「そうだ。花井に振られたと言う精神状態なら傘を忘れたとしても納得がいく」

 

「確かに駐輪場なら屋根もあるし、傘を立て掛けて置いたとしても不思議じゃないね」

 

福部はなるほどと頷く。折木の言う事に筋は通っているが、それではまだ説明できない所もある。千反田も同じ様に思っていた様で、折木に質問する。

 

「折木さん、確かに植田さんは花井さんに振られてしまったのかもしれません。ですが嘉悦さんはどうなんですか?私はそれが知りたいんですっ」

 

「確かに今のままだと植田さんが振られた事が分かっただけで、嘉悦さんも振られた事に変わりはないわね」

 

「でも二人とも振ったのならそう言わないかな?」

 

由比ヶ浜が首を傾げる。

 

「どうだろうね。でもどちらか片方の事だけ言うっていうのもおかしい気がするね。花井君ならどちらも言うか、どちらも言わないかだと思うな」

 

「それは、花井にとって嘉悦の件はまだ終わっていないからだ」

 

みんな悩んでいると、折木は言った。

 

「どういう事だい?」

 

「花井は嘉悦の返事をまだ聞いていない。話の途中で帰ってしまったからな。里志に言わなかったのはそれでだろう」

 

「返事ってどういう事よ。わざわざ振られたのを分かりましたって言えばいいの?」

 

伊原は嫌そうに折木に言う。そんな事言われるのは誰だって胸糞悪い。

 

「そうじゃない。花井の性格を考えれば相手を傷つけたり、自分から周りの雰囲気を壊す様な事は絶対にしない。ならば何故、わざわざ振る必要のない嘉悦を呼び出してまで振ったのか。これは明らかに不自然だ。だがもし花井が嘉悦を振るためだはなく、告白するために呼び出したと考えるなら納得がいく。振られた理由を知りたいという依頼自体が間違いだったんだ。俺たちは嘉悦からの話を聞いて、それを事実だと思い込んでいたんだ。しかし嘉悦自身、花井の話を最後まで聞いていなかったほどだ。動揺して勘違いしても無理はない」

 

「聞き間違えたって、部活の仲間だから好きって訳じゃない、て言うのをどう聞き間違えるのよ」

 

伊原の疑問に、俺たちは折木を見てその答えを待つ。

 

「花井は「部活の仲間だから、好きって訳じゃない」ではなく、「部活の仲間だから好き、って訳じゃない」と言ったんだ」

 

折木の言葉を聞いた瞬間、俺は、その一見同じ様に聞こえて実は全く別の意味になる言葉に衝撃を受けた。それこそ、天地がひっくり返るほどの感覚である。雪ノ下や伊原も少し考えて、はっとしたように言葉の意味に気づく。

 

「あの…つまりどういう事ですか?」

 

千反田は意味をよくわかっていない様で折木に説明を求めた。

 

「要するに花井は、部活の仲間だから大切に思っているのであって好きという訳ではない。ではなく、部活の仲間と言う理由で好きと言っている訳ではない。と言いたかった。つまり部活の仲間という理由以外の事で好きと言っているんだ。仲間を大切に思う花井がわざわざそこまで言う理由は一つしか無い。であれば、花井が伝えたかった事、嘉悦が聞き逃した事と言うのは、

 

「部活の仲間だから好き、って訳じゃない。一人の女の子として好きなんだ」

 

だろう」

 

折木は話を終え、力んでいた身体をほぐす様に息を吐いた。俺たちはしばらく無言でいたが、それは昼休みの時の重苦しいものでは無く、腑に落ちた様な安堵の胸をなで下ろすものだった。

それから千反田はホッとした様に笑った。

 

「なるほど…そういう事でしたか」

 

「それなら花井君が嘉悦さんを呼び出したのも頷けるよ」

 

福部はうんうんと頷いた。

 

「ひょっとしたら、植田さんは花井君の気持ちにも気付いていたかもしれないわね」

 

伊原が呟くと、それに折木が答える。

 

「多分花井もそうだろう。これは推測だが、花井は二人の気持ちに気付いていた。しかし関係が壊れるのを恐れて嘉悦に告白するのを止めた。嘉悦も勘違いではあるが花井に告白せず変わらない関係を続けようとした。しかし植田は花井に告白してこれまでの関係を崩してしまった。謝りたかったのはその事だろう。そして花井は植田の告白を断る事で、嘉悦に告白する決心がついたんだ。しかし話を最後まで聞いてもらえず、ちゃんと話す機会もないまま今日まで来てしまった。この依頼を解決するなら、嘉悦と花井にちゃんと話し合う場を設ける。それで十分だろう」

 

「そう言うことだったのね。それなら花井君にも来てもらわなければね」

 

雪ノ下も安心した様に言う。

 

「それなら僕が花井君に連絡しておくよ。さすがホータローだね。それにしても日本語って難しいね」

 

福部はポケットからスマホを取り出しながら言う。

話し終えた折木を見て、俺は以前福部が話していた事を思い出した。「僕は福部里志に才能がない事は知っているけど、折木奉太郎がそうなのかはちょっと保留したいね」

…確かに折木には、俺や福部には無い閃きという才能がある様だ。

俺には想像できない答えを出して折木は依頼を解決した。その事に対して、俺の中に安堵と怒りの入り交じった複雑な感情が湧き上がっていた。別に折木に対して妬んだり僻んだりしてる訳じゃない。人にはできる事があればできない事だってあるのだ。俺にできない事を折木ができたからってそれをとやかく言うつもりはない。

だが、俺は間違った物を本物と勘違いし決めつけていた。それ自体に怒っている訳ではない。誰だって間違える事はあるんだ。しかし由比ヶ浜や千反田が納得できずにいたのを知りながら、さも自分は理解していると言わんばかりにその考えを強いていた。これは明らかに高慢だ。それでも、あいつらならそれすら笑って許してくれるだろう。そして俺も、そんな優しさに甘えてしまう…だから、俺は俺が許せない。

折木がいなければ俺は間違いに気付かないまま、雪ノ下や由比ヶ浜、ひいては部員全員に俺の責任を押し付けていただろう。もしそうなっていたらと考えると、自分の愚かさに腹が立ってくる。

そう思いながら折木を見ていると向こうも気付きこちらを見る。

 

「そんなに睨むな。たまたま閃いたけだ、いつでも分かる訳じゃない」

 

自分では気付かなかったがかなり険しい顔をしていたらしい。だが折木の当違いな言葉を聞いて気が抜けてしまった。いつでも分かるわけじゃない、誰だって間違える。それを繰り返す事で真実や本物へと近づくのだろう。たまたまなら仕方がない、そう言い聞かせる。こんな簡単な言葉で考えをコロッと変えるなどちょっと前までの自分には考えられないが、今回の事に限っては一つ借りにしようと決心した。

 

話が纏まり、みんな穏やかな雰囲気になった。先程福部が花井に連絡を入れ、後は由比ヶ浜と嘉悦が来るの待つだけだ。そう思っていると廊下の方でパタパタと走る音が聞こえて来た。それは次第に大きくなっていき、音が止まるのと同時に部室のドアが開く。

 

「みんなっ大変なの!」

 

それは肩で息を切らせ、悲愴な表情を浮かべる由比ヶ浜だった。


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