やはり俺たちの高校生活は灰色である。   作:発光ダイオード

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ー比企谷八幡ー

 

 

由比ヶ浜は肩で息をしながら立っている。こいつは嘉悦の所に行っていたはずだ。可能であればここへ連れてくる予定だった。だが周りを見渡しても嘉悦の姿はない。そして由比ヶ浜のこの様子……嫌な予感がする。

 

「大丈夫?由比ヶ浜さん。何があったの?」

 

雪ノ下が心配そうに声を掛ける。

 

「今…かえちゃんの所に行ったんだけど、依頼を取り消すって言われちゃったの…。なんかすごく思い詰めた感じで、もう何も信じれないから話は聞きたくないって……そう言ってどこか行っちゃったの。追いかけたんだけど見失っちゃって、それで急いでこっちに来たの。ねぇ、ゆきのんどうしよう…」

 

悲しそうにする由比ヶ浜を元気付けるように、千反田は由比ヶ浜の手を取る。

 

「大丈夫です、由比ヶ浜さんっ。先ほど折木さんが謎を解いてくれましたっ。嘉悦さんは振られてなんかいなかったんです」

 

「…それってどういう事?」

 

不思議そうにする由比ヶ浜に俺たちはさっき折木が話したことを説明した。

 

 

※※※※※

 

 

由比ヶ浜は伊原に支えられてイスに座り話を聞いている。先ほどまで不安そうな顔をしていたがだんだんと落ち着きを取り戻していた。

 

「じゃあ、かえちゃんと花井君は両思いだったってこと?」

 

「はい、ですのでその事を嘉悦さんに話せばもう大丈夫です」

 

千反田が笑って答えると、由比ヶ浜は気が抜けたのか机に突っ伏して安堵した。

 

「良かったー。どうなる事かと思ったけどそれならひと安心だよー」

 

「ふふっ、そうですね」

 

張りつめた空気は程なく和らいだが、その中で俺はこの状況の危うさを感じていた。さっきまでならこれで良かったかも知れないが由比ヶ浜が来た時点…嘉悦が依頼を取り下げた時点で、事態は良くない方向へと進んで行った。みんな何事も無さそうな顔をしているが、今その事に気付いているのは恐らく俺だけだろう。

 

「あっ!それはら早くかえちゃん見つけて教えてあげないと。…でもどこにいるんだろう?」

 

「でしたらみんなで探しましょうっ。その方が速く見つかります」

 

「ちょっと待ってよ、ちーちゃん」

 

千反田は早速嘉悦を探しに行こうと席を立った。他の奴らもそれに続こうとしている。

 

「ちょっとそれは難しいじゃないか」

 

俺がそう言うと千反田は首を傾げる。

 

「難しいって何がですか?」

 

「比企谷…あんた、まさか嘉悦さんを探すのが面倒だからってそんな事言ってるんじゃないでしょうね」

 

伊原はジロリとこちらを睨んでくる。

 

「そういう訳じゃない。だが、嘉悦は何も信じられないと言ったんだろ。それなら良く知りもしない俺たちの…しかも自分に都合のいい様な話なんかを信じると思うか?」

 

「それは…そうかもしれないけど…」

 

伊原が口ごもってしまうと、由比ヶ浜がポンと手を合わせる。

 

「だったら花井君にちゃんと言って貰えばいいんじゃないかな?」

 

「それも多分駄目だろう。嘉悦は花井の性格を知っている。自分を傷つけない為に嘘を言っていると思われるだろう」

 

「じゃあどうすんのよ」

 

「それは…………」

 

俺が口をつぐむと、伊原も由比ヶ浜もどうしようかと悩み出した。ふと、雪ノ下がこちらをじっと見つめているのに気がついた。

 

「…何だよ」

 

「いえ、別に…」

 

「……」

 

「折木さん、どうにかなりませんか?折木さんなら考えたらできる筈です。先程も見事に謎を解いてくれたじゃないですかっ」

 

静かになった教室に、千反田の声が響く。

 

「人をやれば出来る子みたいに言うのを止めろ。さっきのは偶々だ。それに解ける事と解決する事は別物だ。簡単な問題じゃないぞこれは」

 

折木に言われ、千反田はしゅんとしてしまう。そしてそれを見た雪ノ下に折木は睨まれ、身を強張らせていた。

確かに折木の言う通り、解ける事と解決する事は別物だ。折木は謎を解く事は出来るが、今新たに生まれた問題を解決する事は出来ないだろう。折木にとってこの手の事は不向きだ。この中でそれが出来るのは多分俺だけだ……いや、これはどんな事をしてでも俺だけで解決しなければならない。

 

「何れにしても、このままここで手を拱いている訳にはいかないわ。一刻も早く問題を解決しなければ、今の嘉悦さんは何をするかわからないわ。ただ、このまま伝えても……」

 

俺は雪ノ下の話を聞き流しながら、荷物をカバンに入れて席を立った。それに気づいた由比ヶ浜はキョトンとした顔でこちらを見てくる。

 

「どうしたの、ヒッキー?」

 

「………」

 

聞かれたが俺は無言でいた。由比ヶ浜は訝しげに見つめてきて更に聞いてくる。

 

「…どこか行くの……?」

 

「………………」

 

それでも答えない俺に、由比ヶ浜は何か察したのかどんどん不安で一杯の表情になる。こいつは意外に感が鋭い。口元は言葉にならない言葉で震え、眼には涙が浮かび始めていた。

 

「比企谷君…あなた、またロクでもない事を考えているんじゃないでしょうね…」

 

その様子を見ていた雪ノ下も感情を押し殺す様に言った。それは質問というよりは断定に近いもの言いだった。机の上で組まれた手はきつく結ばれ、自分の気持ちを爆発させない様に口元はきつく結ばれている。

 

「……もとはと言えば俺が原因でこうなった様なもんだ。なら俺が解決するのが当然だろ…」

 

「どういうこと…?」

 

由比ヶ浜は不安そうに聞いてくる。

 

「最初に俺が振られたと決めつけたんだ。嘉悦をここまで追いつめたのは俺だ…」

 

「違うよヒッキーっ!そうじゃ無いよっ、ヒッキーだけのせいじゃない……わかってるでしょ?」

 

「………」

 

空気が酷く重い。

 

「あ、あのっお茶にしませんか?…そうですっ、お菓子もあります。美味しいですよっ」

 

千反田は睨み合う俺たちを落ち着かせようとするが誰も返事をしない。オロオロする千反田を横目に雪ノ下が口を開いた。

 

「……前みたいなやり方はもうしないんじゃなかったの…?」

 

「………悪いな…」

 

俺は雪ノ下と由比ヶ浜に掠れた声で言った。俯いて震える雪ノ下と今にも泣き出しそうな由比ヶ浜を見ていると決心が揺らいでしまいそうになる…。俺は二人から眼を逸らし福部を見る。

 

「福部、花井のメールアドレスを教えてくれ」

 

福部は急に話しかけられて驚いた様子だったが、俺の眼をじっと見つめてきた。

 

「………分かったよ、後でメールしておくよ」

 

「助かる…」

 

「福ちゃんっ!」

 

福部は伊原に怒鳴られたが、どうしようも無いというジェスチャーをして溜息混じりに笑った。

重苦しい空気の中、俺は部室を出ていった。その時折木と眼があったが互いに何も言わずに眼を逸らした。

 

 

俺は間違った物を本物と勘違いし、そうと決めつけ、それを周りの奴らに強要した。こんな状況になる前に見つけられていたかもしれない可能性を真っ先に潰していたんだ。こうなった原因を俺のせいと言わずなんと言える。だからこれは俺の問題だ。最初に、決めつけで嘉悦を追い込んだ俺だけの責任だ。ならば俺が解決するのが筋だろう。

雪ノ下たちの言いたい事はわかる。あいつらと、依頼を解決する上で自分を犠牲にしないと決めた時、最初は不安だったが少し楽になった気がした。ほんのひと欠片でも気の置けない相手ができた事が嬉しかった。初めて自分(それに小町、あと戸塚)以外に大切にしたいと思える存在ができた。だがそれもここで終わりだ。約束を破り、同じ事を繰り返そうとしている俺に雪ノ下と由比ヶ浜はひどく失望しているだろう。

俺だってこの関係を壊す事を望んでなんかいない。だが今回の原因は俺だ。俺の為に雪ノ下や由比ヶ浜の評価を下げる訳にはいかない。それに今は他の部員もいる。そんなに沢山の人間に俺の失敗の尻拭いをさせるなどあってはならない。自分が他人からどう思われようとも、雪ノ下や由比ヶ浜になんと言われようとも、結果またぼっちになったとしても、俺一人で解決する、そうしなければならない。何時だってそうだった…今回も同じだ。

俺は今までずっと一人でやって来た。人に頼るのは弱い奴のやる事だ。学校ではみんなでやる事がいい事の様に言うが、一人でやる事が悪い訳ではない。俺は今までの自分のやり方を後悔していないし、これからも一人でやっていくだろう。

失敗も成功も、孤独や不安も全部俺のものだ。ならば当然、その責任を負うのも俺一人であるべきだ。

 

 

…まぁ実際は折木も原因の一翼を担っているわけだが、嘉悦達の謎を解いたこいつには借りがある。勝手に作った借りだが、勝手に返させてもらう。これでチャラだ。

 

 

 

 

※※※※※

 

ー折木奉太郎ー

 

 

 

比企谷が部室を出て行った後、俺たちは暫く何もできなかった。

 

「結衣ちゃん大丈夫?」

 

伊原の言葉にハッとなり、自分が何も考えていない事に気付いた。見ると伊原は由比ヶ浜を心配する様にイスを寄せている。その由比ヶ浜は先程比企谷の出て行ったドアを茫然と眺めている。溜まっていた涙は既に限界を越えて溢れ出している。雪ノ下はさっきから俯いたまま動かない。いや、そう見えるがずっと震えている…。怒りの様な、悲しさの様な複雑な感情を孕んでいる様に感じた。千反田は相も変わらずオロオロとしていた。俺は里志の方を見ると、少しきつめの口調で尋ねた。

 

「里志、何故比企谷に花井のメールアドレスを教えた?」

 

「八幡の目には何か信念の様なものが見えたからね。いつもは腐った様な目をしているけど、あんな目をした彼は初めて見たよ。きっと何にも譲れないものがあったんだろうね……でも僕は雪ノ下さんや由比ヶ浜さんが抱えている問題もよく知らずに八幡に教えてしまったみたいだ…。本当にごめん」

 

里志は自分のした事を謝り、深く頭を下げた。

 

「いいのよ。例え福部君が言わなかったとしても比企谷君のやる事は変わらないわ…自分が相手からどう思われるかなど気にもしない、いつも嫌な役ばかりしているわ。その事で傷付く人間がいるなんて気にもしない…本当に最低ね…」

 

雪ノ下は悲しそうに笑った。自分の無力さを感じ諦めた様に…。比企谷が今までどんな方法で問題を解決して来たか何となく分かった。

 

「自己犠牲か…」

 

「その言い方を彼は嫌うわ。自分はひとりぼっちだから、犠牲にするものなんて何もないってね」

 

自分ではぼっちと比企谷は言うが、そう思っていない奴もいる。少なくとも俺の目の前に二人。最初は一人だったかも知れないが、これまでに雪ノ下と由比ヶ浜と関係を作ってきた筈だ。そして今も俺たちとの関係を作っている。比企谷だってそれは分かっているはずだ…ならばあいつが一人でやる理由はなんだ?

 

「ちょっと待って。確かに比企谷の事も大事だけど嘉悦さんはどうするの?」

 

「…そうだね。今はかえちゃんをなんとかしてあげないとだよね」

 

由比ヶ浜は涙を拭いながら伊原に言う。

 

「折木さん、何とかなりませんか?」

 

千反田がまた言ってくる。何度言われても無理なものは無理だ…と言おうとしたが、千反田の目を見てその言葉は失われた。その瞳はいつも好奇心の塊の様だが、今回は少し違って見えた。だが吸い込まれそうになる位大きな瞳に俺は身動きが取れなくなる。抵抗しても無駄だ…千反田と部活を共にし学んだ事だ。やらなければいけない事なら手短に…俺は前髪を弄りながら考え始めた。

 

 

まず、この問題は本来なら俺と比企谷で解決すべきだった。始めから嘉悦の望みを否定して追い込んだのだからその責任は俺たちにあると言える。比企谷と二人なら何とかなるかもとも思えたが、比企谷はわざわざ確率を下げてまで一人でやろうとしている…それは何故か。次に雪ノ下の話を聞く分では、今まで比企谷は自己犠牲に近い方法で問題を解決し、その結果自分の立場を悪くしている。本人はその事を厭わないが、雪ノ下も由比ヶ浜もそれを心苦しく思っている。そして千反田…こいつの〝何とか〟とは比企谷のやり方では雪ノ下と由比ヶ浜が納得できないから、別の方法で嘉悦の事を解決する、という事だ。どれもかなり難しい。特に嘉悦の事は俺には荷が勝ち過ぎている。正直に言っていい考えが全く浮かばない。

それに俺は比企谷達の事を知らな過ぎる。何か足掛りを探さなくては……最終下校時刻まではあまり無いがやるしかないか。

 

「里志、今は時間が惜しい。お前は花井のところに行ってくれないか?比企谷から連絡が入るかもしれない。千反田と伊原は比企谷と嘉悦を探してくれ」

 

「分かったよ。奉太郎はどうするんだい?」

 

「俺は雪ノ下と由比ヶ浜に話を聞いてどうしたらいいか考える」

 

三人が部室を出ようとすると、由比ヶ浜に寄り添っていた雪ノ下は一言呟いた。

 

「みんな…ごめんなさい」

 

「いいさ、僕たち仲間だしねっ」

 

「そうです!こういう時こそ助け合いましょう」

 

「何か分かったら連絡するね」

 

二人を元気付ける様に言い、千反田達は部室を出て行った。

 

残ったのは俺と雪ノ下と由比ヶ浜。俺はイスに座りなおし、正面の二人を見る。

 

「お前達の話を聞いてもいいか」

 

時刻は五時過ぎ。最終下校時刻まであと一時間半ほど……。


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