七つ夜に朔は来る【未改訂ver】   作:六六

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短編めるてぃぶらっど! 頑張れ白レン、私が使い魔になった理由

「っ私の、マスターに選んで、……さしあげない事もないわよ……!?」

 

 

 そう言って白い少女、白レンは若干涙目で睨みつけた。顔を真っ赤に赤い瞳をうるうる、とした感じで。元が強がりだからか今は之ぐらいで済んでいるが、その内ベソをかいてしまいそうだった。余裕とか優雅とかまるで無い姿である。そっちの人間が見たらご褒美と叫びそうだ。

 

 

「―――、―」

 

 

 それに対峙する朔としては、まるで苛めているかのような姿であるが別にそんなつもりも無い。そも何で泣いているのかも皆目検討がつかないのである。そこらへんの感情に疎い朔だった。良心は痛まないのか。そりゃそうだ、だって殺人鬼だし。

 

 

 しかし涙目で睨みつける少女と、無反応で眺めている殺人鬼の構図はなかなかシュールである。

 

 

 そして、白い少女の後方では彼女とよく似た姿の黒い少女、レンが無感動な瞳で二人を眺めていた。しかし興味は尽きないようであり、ぐっと朔に向かって親指を立てた。どうしろと。

 

 

「…………」

 

 

「――――」

 

 

「うううううううううっ!!」

 

 

 いい加減白い少女が泣きそうである。顔が赤いのは屈辱ゆえか、それとも恥ずかしさか。

 

 

 とりあえず、何故このような事になったのか状況を遡っていきたい。

 

 

 □□□

 

 

 白レンは焦っていた。必ず、自らのマスターを見つけださんと決意した。白レンはレンの鏡である。そしてレンは使い魔である事に対し、彼女の夢魔としての使われない側面と言葉によって具現化された白レンにはマスターと呼べるものはいない。

 

 

 夢の住人でしかないはずの彼女が今もなおこの世に存在できているのは、彼女が己の意思を持っているというのもあるが、彼女が生まれた原因がミス・ブルーと呼ばれる魔法使いの手によるものである。元々彼女の使い魔として使役されるはずだった白レンであった。しかしそれ故にタタリに取り込まれる事なく残存する結果となったのであるが、悪夢を見る人間がいなくなると存在できなくなる欠陥を持ち合わせている。

 

 

 そのため白レンは本物となるためにレンを取り込もうと画策し、真夏に雪を降らせ騒動を巻き起こしたのだが、失敗。このままでは己を構成することさえ出来なくなると、己が領域である『真夏の雪原』にて力を蓄えているのが現状である。

 

 

 何故、己はこうも上手くいかないのか。彼女は考えた。

 

 

 その結果がマスターの不在である。

 

 

 本来使い魔にはそれを使役する魔術師が不可欠である。現にレンは現在二人のマスターと契約を交わしており、それが彼女は現存できる理由ともなっている。

 

 

 故に彼女はマスターを欲した。自らに見合った高貴で流麗なマスターが必要なのだ。もしマスターがいるならばレンに負けることなどないし、アルクェイドとの契約を破棄さえ出来れば晴れて自由の身ともなれる。

 

 

 では、一体誰をマスターにすればよいのか、と考えた挙句候補に挙がったのは七夜朔であった。

 

 

 まず遠野志貴が第一候補に挙げられたのだが、彼はレンのマスターである。本体との決別と補完という矛盾の願望を抱く白レンからすれば、あまり意味のないことであった。

 

 

 そして次に上がったのが七夜朔であった。肉体を持ち、潜在的ポテンシャルを考察すれば遠野志貴以上のものを持つ朔ならば、必ずやレンを凌駕する存在になれると彼女は考えたのであった、が。

 

 

「こんばんは、恐るべき殺人鬼さん――――ってきゃあ!!?」

 

 

 出会い頭に殺されかけた。

 

 

 元々使い魔であり、即ち魔である白レンは朔からすれば殲滅対象である事実を彼女は見逃していた。折角己が領域内に呼び寄せたのに、言葉を交わす間もなく首をもがれかけたのである。己が領域内は擬似的な心象具現化にも似ていて、ここでの事柄は彼女より下位に存在する。故に当然襲い掛かる朔の位置を物理的に離し、会話の余地を得ようとしたのであるが。

 

 

「――――。――」

 

 

 問題は、朔が会話を必要としない殺人鬼である事であった。

 

 

 そも、朔と会話出来るのは契約を結んでいる骨喰と、何故か意思疎通が可能な琥珀のみなだけであって、ぶっちゃけ、意思疎通が殆どできない。行動レベルが文明社会人に適していない、思考レベルがそもそも人間じゃない。

 

 

 そんな相手にどうやって交渉をすればいいのか。いや、雪原であれば有無を言わさずな契約を交わすことは出来るかもしれないが、不確定要素が多く、また美しくないという理由でそれは疾うに却下されている。なので致し方なく、苦労して招待した朔を白レンは放出したのだった。

 

 

 いきなりだったのが不味かったのだろうか。それとも初対面同士で契約を結ぼうなんて、どっかの可愛らしくも憎らしいマスコット的な言葉を言ったからか。

 

 

 唯一嬉しい事は七夜朔のジェスチャーがレンと同等な事ぐらいだろうか。それも、ほんの僅かな差異であるが、無口姫から生まれた彼女からすればそれぐらいはわからいでか。

 

 

「……流石に躾が必要かしら?」

 

 

 と、白レンは雪原にて炬燵に温まりながら、今後の対策を考えた。この領域内であるならば実力で押し通せる相手ではあるだろう。しかし今後も御せるとは限らない。とは言え、彼以外の候補が見当たらないのも事実な訳であって。

 

 

 更に骨喰の問題もあった。普段持ち主件宿主である朔から蔑ろにはされているが、邪悪と狂気によって生み出された彼は、ある意味ではタタリ以上に煩わしい存在である。

 

 

『ひひ、ひ……なンだいお嬢チゃん』

 

 

「……致し方ないからあなたを呼んだまでよ、怨霊。そうじゃなければ、どうしてあなたみたいな粗悪品をもてなさければいけないのかしら?」

 

 

『ひひ!確かニそうよなア。全くもって道理だァ!』

 

 

 げらげらと癇癪のように笑う骨喰。その語気に皮肉と嘲笑が混ざっているのは明らかな事である。雪原に突き刺さるような形で顕現している骨喰は、鞘に封じ込められているというのに瘴気を噴出していた。

 

 

 もし、だ。可能性というか、明らかな事であるが七夜朔と使い魔の契約を結んだ場合、白レンはこの耳障りな妖刀と同等の扱いを受ける破目になるのだろうが、それはたまらなく嫌である。持ち主はよくこのような邪気を放つ刀をよく用い続けていると、改めるまでもなく白レンは思った。

 

 

『んでェ、お嬢チゃん。朔と契約ヲ交わしタいってかア? そリゃ無理だ、どだい無理な話だァ』

 

 

「あら、どうしてかしら。あなたのような者まで扱える人間にもう一人使い魔が増えたとしても、一体何の問題があるのかしら? それとも、その感情は嫉妬なの?」

 

 

『それコそお笑い種よ、夢魔のお嬢ちャん。手前が魔だっていウなら限りアいつの退魔衝動が発しネエなんて、思うワけかい。ええ? おイ』

 

 

「志貴はちゃんと自分で自分を抑え付けているわ。それに、それは朔自身の問題じゃなくて、あなた自身が増長させたようなものだと私は記憶しているけれど」

 

 

 皮肉に皮肉を返して白レンは言う。だが。

 

 

『ひひ、ひ……そいツあ違えねエ! アれは刀崎梟がやッたことでもあルし、俺がやっタ事でもアる。だからこそ今の朔がいるんジゃねえカ。飛び切りの災厄ヲ振り撒ク殺人鬼が、なア』

 

 

「……呆れるわ。あなた、ただ好き勝手やってるだけではなくて」

 

 

『全くモって同然だァ。鬼が人や魔の道理に合わセる必要が一体全体どコにある』

 

 

「……はあ、大丈夫かしら。こんなんで」

 

 

 白レンの杞憂は当然の事だった。

 

 

 最も本来の史実であるならば、彼女が契約を交わす相手は一夜の夢に生まれたもう一人の殺人鬼であり、一睡のまどろみに掻き消されるべき存在だった。それを相手取り契約を結べた由縁は彼が遠野志貴であり、遠野志貴でなかったからに他ならない。

 

 

 そして、もうひとつの理由は白レンがレンから剥離されてもなお、オリジナルと根幹の部分では異ならなかったというものだった。内面まで完全に再現したコピーであるといういつかの台詞はそれが原因である。ただ彼女とレンの違いはファイル名が違う。ただそれだけだ。だからこそ殺人鬼と契約を交わせた訳であり、彼女が刹那の夢に消えるはずだった運命を切り開けたのもそのためである。

 

 

 けれど、ここにその殺人鬼はいない。

 

 

 遠野志貴は遠野志貴のまま存在し、他に志貴を名乗る殺人鬼は存在し得ない。

 

 

 何故なら、殺人鬼として三咲町の主要人物が思い描く人物は七夜朔に他ならなかったからだった。

 

 

 あの三咲町を騒がし、住民を恐怖に陥れた時分、魔が魔として跋扈し、それらに向けてその辣腕を揮い、人外へと牙を向けた人殺の鬼。

 

 

 極一部のものには今もなお恐れられている殺人鬼の代名詞を欲しいままにした虐殺の輩こそ、七夜朔という暗殺者であった。

 

 

 しかし、それも後の祭りでさえない午睡の夢。

 

 

 弾けば消える泡沫の可能性の平行世界でしかない。

 

 

 んな訳で、マスター探しに必死な白レンであった。

 

 

「という訳で、仕方ないからあなたの手を借りにきたのよ、レン」

 

 

「……」

 

 

「マスターとしては及第点だけど、これはしょうがないわ。他にめぼしい殿方もいないことですし、私としては彼をしょうがなく、しょうがなーくマスターに選ぶのよ」

 

 

 名前の通り白い後ろ髪をかきあげて、白レンは優雅に言い放った。

 

 

「……」

 

 

「え、無茶するな、ですって? そんなの、契約を交わさなければ分からない事。そうじゃなくて」

 

 

「……」

 

 

「だから、気に喰わないけれどあなたの手が必要なのよ。同じ夢魔なのに彼の手にかからないあなたの手を」

 

 

 一人語りのようであるが会話そのものは成立している。場所は三度雪原である。そこで白レンはレンと対面していた。二人合わされば鏡合わせの鏡面。問答無用に襲われた白レンと、何故か仲が良いレンとの違いは一体何なのかも気にはなるが。

 

 

 というか、何故か七夜朔とレンは共にいる姿が良く目撃されている。それこそ人間姿と化した彼女がアルクェイド、志貴に次いで発見されているのが、朔・レンである。共に同じ無口同志、会話をせずまたあまり意思疎通を基本的に自ら行わぬ二人が共にいるのは、なんだか似合っているような、あるいは集団生活から排除された者通しの集会のようだが。

 

 

 つい最近も木陰で日向ぼっこをしている両者が目撃されている事を思えば、やはり仲は良いようであるが、やはり不思議な関係である事は使い魔の関係以上に否めない。

 

 

「え、最初は自分も殺されかけた? 本当に?」

 

 

「……」

 

 

「それは確かにそうよ。だって彼は退魔の極限。それに対し私たちは使い魔。正反対も甚だしいわ。けど、何故かあなたは今は七夜朔と関係を持っている」

 

 

「……」

 

 

 白レンの応えに、レンは何処か遠い目をした。

 

 

「それ以降もしばらくは殺されかけた。ま、まあそうでしょうね」

 

 

「……」

 

 

「何時間も追われ続けて夢の世界に逃げなければいけなかった。……それもそうよ、ええ、きっとそうよ」

 

 

「……」

 

 

「それでも、何故だか追いかけられた?……一体どういう生態をしているのかしら、彼」

 

 

「……」

 

 

「だから最初は諦めろ、ですって? ……そんなの嫌よ、だってあなたに出来て私に出来ないなんて、ありえるはずないもの」

 

 

 しかし、口調とは裏腹に白レンは歯噛みする。

 

 

 一体どうすればよいのか。レンの話を聞く限りでは、七夜朔は獣そのものだ。しかも目につくもの全てに襲い掛かる狂いの猛獣である。

 

 

 正直、初対面のあの時でさえ雪原でなければ滅ぼされていた可能性が極めて高い。それほどまでの相手である。しかも、彼は殺しを戯れとは思っておらず、自分がなすべきことだという使命感まで持っている節がある。手なずける云々の問題ではない。

 

 

 本当にどうしよう。

 

 

 ――――まあ、そんな訳で。

 

 

「だから、これはあなたにとっても悪い話じゃない事ですわよ、ミスター朔。私と言う優雅で高貴な使い魔を会得できれば十二分以上なメリットが得られましてよ?」

 

 

 直談判である。

 

 

 しかも現実世界にてだ。

 

 

 遠野邸の離れ、今は七夜朔の住居として扱われているその東屋にて行われた今回の直訴、仲介人はレン。お相手は朔である。中々破綻した組み合わせであった。

 

 

「―――――。――」

 

 

 静寂が離れの中に漂った。それは七夜朔がかもし出す雰囲気であり、白レンからすれば今にも飛び掛らんとする魔獣に見えて仕方がない。しかし、そんな事ではマスターは得られないと、半ば焼けぐそ気味に今回の会談へと踏み切った白レンは、覚悟を決めて対面している七夜朔を睨みつけた。

 

 

「この私がどう、と聞いているの。何か返答はないのかしら?」

 

 

「……」

 

 

 そんな白レンを若干半目で眺めるレン。視線の中に哀れみさえ見え隠れするのはきっと気のせいである。

 

 

「――。―――――」

 

 

 ざんばらに伸びた黒髪の隙間から蒼い魔眼が白レンを映し出していた。

 

 

 その中身は殺意は渦を巻いている。

 

 

 やはり、駄目だろうか。

 

 

 いやいや、そんな事はない。

 

 

 ここで諦めては何も始まらないではないかと、少し弱気になりかけている自分自身を励ましてその人外の証明たる蒼き瞳を見返す白レンは――――。

 

 

「おおっと、そうはいかんニャア! なんつーか、読者様的に」

 

 

 行き成り部屋へと侵入を果たしたネコらしきもに噴出した。

 

 

 そいつは畳張りから浮上するように会われた、やっぱりどうしようもなくネコアルクと呼ばれる生態的謎な生物らしきものであった。

 

 

「……帰って」

 

 

 白レンは呻きながら呟いた。

 

 

 そこに疲労か、あるいはストレス。

 

 

「ふ、ふ、ふ。このアタシさしおいてGCVの従業員、もといアタシ専用SPを勝手に個人契約をするなんて、さすがはネコ王国期待のプリンセス。御目がたかいにゃー」

 

 

 そう言いながら、ネコアルクは何故かよじよじと朔の身体によじ登り、ここが定位置だと言わんばかりに朔の頭へと座り込んだ。しかも朔が振りほどかないので、なんだろうか、絵的にかなりシュールな光景である。

 

 

「な、そんなわけないじゃない! だいいち朔に目をつけたのにあなたは関係ないでしょ!」

 

 

「なーにをいってるのかねーちみは、お前のものは俺のもの、つまりネコのものはネコのものという万国共通認識を知らぬとは、アタシは悲しいものですプリンセス!」

 

 

「嫌よ、何でこんなネタキャラみたいなオチに無理矢理もっていかれなきゃいけないの……ッ!第一、あんな不吉で不幸で不気味な異空間のプリンセスなんてたまったもんじゃないわ!」

 

 

「……」

 

 

「―――――。―」

 

「にゃはー、とは言え白レンもこのスピリチュアルボーイの魅力に気がついたとは、末恐ろしい通り越して、やはり期待の星というべきかしらん」

 

 

 と言いながら、ネコアルクはどこから持ち出したのか眼鏡をかけ、ワイングラスを揺らす。その悦に浸った表情が更に白レンのイライラを加速させる事は目に見えている事である。

 

 

 そして両者の遣り取りの合間に何故かちくわを持ち出したレンに対し、糸こんにゃくを振り回す朔など、空間はカオスな呈をなし始めたのだった。

 

 

 終われ。

 




 白レンの話を書こうとしたらいつの間にかネコアルクが登場していたでござる。

 中途半端な気もするけど強引に終わらせたのは、ネコアルクの暴走が止まりそうにないから。ヤバイ、ネコアルクは楽しすぎて中毒性がある。

 白レンの契約は必要に駆られただけのことであって、相思相愛にすらならない利害関係。

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