誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

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仮面と安寧、まどろみの蛇

 

 

 

 

 何て僕の人生はつまんないんだろう。

 やり場のない怒り、虚無感、厭世感、感傷、自暴自棄、現実逃避、自傷行為、破壊衝動。そんな負の感情ばかりの人生を僕は今も歩んでいる。

 こんな人生から、僕は抜けだせるのだろうか。

 僕を信頼してくれる人は、微笑んでくれる人はこの世にいるのだろうか。

 僕の人生に色が付く日は、果たして来るのだろうか。

 

 

 

 

 ああ、つまんねえ人生だ。本当に、つまんねえ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、起きろ将平(しょうへい)。進級早々遅刻なんてこっ恥ずかしいぞ」

 

「……ん」

 

 父親の声で重い瞼を無理矢理開け、体を起こし、ベッドから降りて朝食が用意されているダイニングへと向かう。

 

「まだ、寝起きは悪いままなのか?」

 

「そう、かな……今までこんなことなかったんだけど……」

 

「また、例の悪夢ってやつか?」

 

「うん、そう。というか、原因はそれだけなんだけど……」

 

 念のため目覚ましは欠かさずセットしているが、それでもセットした時間の10分前に起きることができるほど俺は朝に強い人間だった。しかしながら、最近になってそれができなくなってしまっていた。

 なぜそのようなことになってしまったのか。その理由は父親が今言った『悪夢』によるものだった。何者かも分からない誰かに殴打され、罵倒され、挙句には穴へと突き落とされてどこまでも落ちてゆく――そんな夢だった。

 ここ一か月は、ずっとこのような夢ばかり見るせいで、目覚めの悪い日々が続いていた。

 

「眠れないわけじゃないから、薬は飲まずに済んでるけどね」

 

「そうか……」

 

 朝飯のご飯とみそ汁、納豆と卵焼きをかきこむ。相変わらずとてもうまい。両親ともに料理の得意な家に生まれた俺だが、肝心の俺は料理が作れない。そろそろ教わった方がいいだろうか、ということを考えながら食べ終え、食器を流しに置く。

 歯を磨き、顔を洗ってから、適当に髪形を整える。制服に着替えて、通学鞄として使っているリュックサックに必要なものがちゃんと入っているか確認して背負う。

 

「……それじゃ」

 

「ああ。耳にタコができているかもしれないが、何かあったらすぐに連絡するようにな」

 

「分かってるよ」

 

 靴を履き、父親に短い挨拶を交わして、ドアを開け、通学路を歩き出す。

 同時に俺は仮面を被る。今日一日を無事に過ごせるようにするための、道化師の仮面を。

 ――今日俺は、ちゃんと床に就けますように。まどろみの中に落ちることが、できますように。

 教室に入るまで、俺はそんなことを考え、祈り続けた。

 

 

 

 

 進級初日なので、今日は始業式と新しいクラスにおける担任の自己紹介、明日の予定の説明などで、昼前に終了となった。

 本来ならこれで帰ることができるのだが、俺はそうはいかなかった。帰りの号令が終わると同時に、俺は席に着き直して、登校の間に買ったおにぎり2個を一緒に買ったお茶で流し込んだ。

 食べ終わるとすぐに席を立ち、図書室へと向かう。

 

 俺は図書委員会に1年生の時から所属している。部活とは異なり、委員会は進級時もそのまま継続されるわけではないが、希望することで継続することもできる。他の学校はどうなのか俺は知らないが。

 今日は新しく入った本や新入生用の貸出カードの整理のため、進級初日であるにも関わらず委員の仕事があった。当然ながら、継続を希望した人間のみで行うため、少ない人数で行う羽目になることが予想される。

 今日1日でいっぺんに終わらせるわけではないようなので、作業時間はそこまで長くないようだが、正直明日以降からでもいいのではないかとわずかながら思う。

 しかし、つべこべ言ってもしょうがない。翌日以降の作業が少しでも楽になるよう、できるだけ多くの作業をこなしておこうと考えながら、俺は図書室の中へ入った。

 

 

 

 

 

 

 ――まだ、誰も来てないのか。

 司書の人(基本的に図書室の仕事は委員の人間が中心で行い、司書がいるのは今日のような重要な仕事がある場合のみだ)に挨拶を済ませ、椅子に鞄を置く。

 だが、他の委員の姿はひとりも見えなかった。時間を考えても、俺が早すぎるというわけではない。

 不満そうな表情を浮かべ、『何で初日に仕事があるんだよ』みたいな愚痴でもこぼしながら、わざとゆっくり向かっているのだろうか。真面目な人間が多い図書委員が、そんなことをするとは考えにくいが。

 

「……来たか」

 

 やはり俺の考えは間違いだった。ぞろぞろと、多くの図書委員が図書室内に入ってくる。意外に継続を希望した人間はそれなりにいたようだった。ただその多くは、愚痴はこぼさずとも不満そうな表情をしていた。これだけは、俺の予想が当たったと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

「今日は、新入生の貸出カードの作成と、新しく入った本の整理を中心に行います。進級初日なので、今日は早めに終わらせる予定ですが、あまり作業が先延ばしにならないようにはしましょう」

 

 委員会活動開始前のミーティングを適当に聞き流す。話を進める委員長の3年生は、声こそ冷静だったが、表情は他の誰よりも面倒くさそうで、見るからに不満がだだ漏れだった。

 確か、『予約したゲームの発売日だから、始業式が終わったら速攻取りに行ってプレイしまくる』と他の委員に以前話していたことを思い出した。だからだろう。

 

「今回入った本は、去年の話し合いでも決めたようにライトノベルが多いですが、黒川(くろかわ)君の意見も取り入れ、高価な小説や図鑑も何冊か入れました」

 

 委員長がそう言うと、全員の視線が俺に向けられる。

 そういえば、そんなことを言っただろうか。

 

 確か、去年は今年入れる本は何がいいかを話し合った。その中で目立った意見は、『ライトノベルを入れたい』というものだった。『小説を読まない人でも、ライトノベルを読む人は結構いるので、図書室に入れたら利用者は飛躍的に増えるのではないか』という考えも、その時には出されていた気がする。

 だが、俺はそれに物言いをした。『自分もよく読むのでライトノベルを入れることは賛成だが、それだけではなく、高校生には手の出しづらい高価な小説や図鑑も入れるべきだ。手を出しづらい本を手軽に読める環境を作るのが図書室の本分ではないか』みたいな感じで言ったことを思い出す。

 

「黒川君の意見は図書室をより良くする、素晴らしいものだったと思います。正直自分もライトノベルを入れることばかり考えていたので、非常に勉強させられました。皆さん、黒川君に拍手を送りましょう」

 

 委員全員が俺に向けて拍手をする。その光景に少し面喰らいながら、俺は軽く会釈をした。

 

 別に拍手されるようなことをしたつもりはないのだが、まあ損することではない。むしろこれで、わずかではあるがコネクションも増えただろう。俺が物言いをしたのは、それが一番の理由なのだから。

 

 

 

 

 

 

 ほとんどの委員には新入生の貸出カードを作成する作業が割り当てられたが、俺は『図書室の発展に貢献することをした』ということで、比較的楽な、今回入った本を書棚に入れる作業と、書棚の整理をすることになった。もっとも、この作業が貸出カードの作成よりも楽な作業かどうかは人によるだろうが、少なくとも俺にとっては、名簿とにらめっこしながら行うそれよりはずっと好ましい作業だった。

 ただ、俺ひとりでは少々骨が折れるだろうということで、もうひとり作業に加わることになった。

 

「黒川君はすごいですね。私だったらああいう意見は言えないと思います……」

 

 わずかに落ち込んだような表情で、息を吐きながら本を整理するそのもうひとりとは、村上(むらかみ)文緒(ふみお)。2年に進級してから、同じクラスにもなった女子生徒だ。ちなみに俺と同様に、彼女は1年生の時も図書委員だった。

 

 彼女はおとなしい性格で、口数は多くない。今までの委員のミーティングにおいても、何か意見を出したところは見たことがなかった。それに伴って交友関係もそこまで広くはなく、親しい人間がいないわけではないが数は限られている。俺はそのひとり……と言えるだろうか。 少なくとも俺にとっては、ほとんど事務的なことしか話さない他の委員連中と比較して、彼女とはそれなりに会話をする方だった。

 

「正直、自分が読みたい図鑑を入れるための口実だよ。前にも言ったけど、俺、ほとんど小説読まないからね」

 

 そんなことを言ったら、『何で図書委員になったんだ』と首を傾げられるかもしれないが、俺が主に読む本は図鑑とライトノベルが中心であるというだけで、本を読まないわけではない。現に、この図書室にある魚・昆虫・植物の図鑑は1年生の段階でほぼ全て読み尽くした。ライトノベルの方も、以前から読みたかった作品が何種類か入ったので、図鑑に比べればはるかに遅いペースではあるだろうが、読み進めていくことになるだろう。

 

「でも、みんな感心してますよ。それに自分のためだけだったら、こういうことは出来ないと思います」

 

「……どうだろうね」

 

 村上さんの言葉からは、『謙遜する必要はない』とでも言いたげな雰囲気が漂っていた。その言葉に息を吐いて、俺は投げやり気味に呟く。

 謙遜など、俺は全くしていない。これは完全に独善的な意図で行ったことなのだから。

 

「……ん?」

 

 そんなことを思いながら、箱に入った本を整理していくと、見覚えのあるタイトルが目に入った。

 

「これ、入ったんだ……」

 

 それは辞書ほどもある分厚い小説で、チリの作家が書いた、いわゆる海外文学だった。裏表紙を見ると、前にインターネットでも見た通り、5千円以上の値段であった。

 

「それ、黒川君が入れてほしいって言ってた本ですか?」

 

「そうだね。もっとも、俺が読むわけじゃないけど」

 

 村上さんの言う通り、俺が欲していた本は、図鑑よりもこの小説であった。これは、コネクションを大きくするために必要……とまではいかないにしても、あるとより良いものであったので、導入されたのは幸運だった。

 内心俺は安堵しつつ、村上さんと共に整理の作業を進めていった。

 

 

 

 

 

 

「あっ、二階堂君……」

 

 しばらく整理の作業を続けていると、村上さんがある人の名前を口にする声が聞こえた。その『ある人』は、俺が今最も図書室に来てほしいと思っていた人物だった。

 声のした方へと向かい、俺も声をかける。

 

「ちょうどよかった。今日、二階堂くんが探していた本が入ったよ」

 

 二階堂(にかいどう)正美(まさみ)。1年、2年と連続で同じクラスになった男子生徒だ。

 彼もまた口数は多くない性格だが、それは村上さんよりも顕著で、苦手というよりは自ら人とのコミュニケーションを絶っているという印象だ。

 しかしながら、彼は成績が学年1位であり、運動神経も極めて良い。体格もかなり良く、身長は190cmあると本人から聞いた。さらに一人暮らしをしており、家事も全てこなすということから、その少ない人付き合いに反して憧れを持つ人は多い。

 

 そういった要素を持つことから、俺は彼とのコネクションを形成するために、彼に対して1年生の頃から積極的に交流していた。とは言え、俺の方からしか話しかけたり、昼に誘ったりはしておらず、彼の方から話しかけられるといったことはほとんどないので、『ゴマすり』と形容すべきなのかもしれない。

 先ほどの小説は、以前彼が図書室に導入してほしいと俺に頼んだ本であった。俺があの本を入れてほしいとミーティングで頼んだのは、彼に読ませることが目的だった。これも、『ゴマすり』のひとつと言えるだろう。

 

「……よく入ったね。あの時は完全に駄目もとで頼んだんだけど」

 

「終業式のちょっと前に、4月から新しく入れる本について会議があったんだけど、俺がその本を候補に挙げたら今日運よく通ってくれててね。高い本だからちょっと厳しいかなとも思ったけど、よかったよ。もし読むなら持ってこようか?」

 

「あ、ああ……悪いね」

 

 わずかに困惑したような二階堂くんの顔を一瞬だけ視界に収め、俺は書棚に入れたばかりの、先ほどの本を取りに向かった。

 俺が二階堂くんに行っている『ゴマすり』の意図を、彼自身が分かっているかどうかは分からない。ただ、これまでに嫌な顔をされたことはなく、うっとうしいという素振りをされたこともないので、別に問題があるわけではないようだ。

 

「ほい。それにしても、かなりでかい本だよね。余計なお世話だけど、貸し出し期限までに読み終わるかな? まあ、延長すればいい話だけど」

 

「……ここまででかい本を読むのは初めてだけど、多分大丈夫。5日もあれば読み終わると思う」

 

「マジか……俺じゃ1か月でも読み終わらないだろうな……」

 

 前に読書する彼を観察していて分かったが、二階堂くんはかなり本を読む速度が速い。本の種類にもよるが、かなり分厚い本でも数時間で読破してしまうことがよくあった。

 さらに入学してから現在に至るまで、二階堂くんは授業が終わるとすぐ、それもほぼ毎日のように図書室を訪れ、最終下校時刻まで本を読み続けることが日課となっていた。

 今日もすぐに来るかと思ったが、少しばかり遅れてきたのは委員の仕事があると分かっていたからだろうか。俺が比較的よく飲む炭酸飲料の匂いがわずかにしていることから、何か飲んで時間を潰していたのだろう。

 

「これ以上ここにいても邪魔になりそうだから、そろそろ行くことにするよ。とりあえずこの本借りたいんだけど、いいかな?」

 

「りょ~かい。今二階堂くんのカード取ってくるから、ちょっと待ってて」

 

 委員の仕事があるからと言って、他の生徒による利用を禁止しているわけではないし、別にいても問題はないのだが、それでも彼はすぐ図書室をあとにした。他の利用者はいなかったので、邪魔になると判断したのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 結局作業が全て終わったのは、予定の時間よりも1時間ほど経ってからであった。名簿の確認などにまごつき、カードの作成が予定よりも遅れたためである。本の整理は二階堂くんが図書室を出てから間もなく終わったので、俺と村上さんもカード作成に加わったが、それでも遅れを取り戻すには至らず、延長する羽目になった。

 

 

 

 

 

 

 色々あったが、何とか今日も無事に過ごすことができた。一体いつまで、この状況が続いてくれるだろうか。この安寧は、いつになったら終わってしまうのだろうか。

 床に就く際、眠りに落ちるまで俺はそんなことを考え続けた。

 

 

 

 

 こんな先の分からない日々が、いつ安寧が崩壊するか分からない日々が、俺は大嫌いだ。

 

 

 

 




作中に登場した小説は、ロベルト・ボラーニョというチリ人作家の『2666』という作品がモデルになっています。

自分も図書館で借りて読みましたが、最初の章しか読み終われませんでした。
いずれまた借りて読み進めたいとは思うのですが……
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