僕の本性がばれた時、みんなは僕をどう思うだろう。
落胆、失望、侮蔑、罵倒。どんな反応を見せるだろう。
いずれにしても、僕の周りからは誰も彼もいなくなる。そうなったら、僕はどうしよう。
意外なことに頭はかなり冷静だ。最終的にこうなることが分かっていたからだろうか。
結果的にどう転ぼうとも、僕の
――――この世に生まれたことが、僕にとっての一番のはずれくじ。
「黒川くん、飯食わない?」
「……ごめん、今日もひとりで食おうと思ってるんだ」
「……そうなんだ。分かった、じゃあまた」
「……うん」
二階堂くんからの昼の誘いを断ったのは、これで何度目だろうか。回数なんてもう覚えちゃいない。
今までは俺の方から彼を昼に誘うことしかなかったが、彼が本来の自分を取り戻してからは、立場が逆転し、彼の方から誘うことが多くなった。いやむしろそれだけではなく、俺の方は彼を誘わなくなったということも付け加えておくべきだろう。
以前、俺はひとりで昼を食べることが多いと言った気がするが、それは、どの場合においても二階堂くんらの誘いは全て断ったうえでのことだった。
初めは適当に理由をでっち上げていたが、数日前からはもはや理由すら言わず、ひとりで食べるという旨を告げるだけになっていた。
でっち上げなくとも、彼らとの食事を拒む理由を俺は持っていた。だが、それを俺は少しも口に出そうとはしなかった。
いや、出せるわけがない。そんな真似をしようものなら、俺は一瞬で終わる。終わるのだ。
――――本当の俺は絶対的な単独主義であるということなど、彼らのことを『友達』だなんて思っちゃいないことなど、口が裂けても言えるわけがねえ。
「ごめん、土日はどっちも用事があって行けないんだ」
そんな俺の態度を訝しがったのだろうか、後日高桑くんたちが、次の休日に俺を含めた5人で、学園の最寄り駅から少し先の町まで行かないかと誘われた。しかし――いや、当然ながらと言うべきか――俺はその誘いを断った。
「将ちゃん、それなら何の用事か教えてくれたって――」
「分かった。用事があるならしょうがない。残念だけど、また次の機会にな」
もちろん俺は、その『用事』について詳しいことは何も言わなかった。高桑くんの憤りも当然と言えるだろう。鴨田くんにしても二階堂くんにしても、困惑したような表情を見せていた。
そんな中、芹澤くんは食い下がろうとする高桑くんを制止し、わずかばかり残念そうな表情をしながらも、俺にそう告げた。
「……本当にごめん。それじゃあ」
俺は4人に申し訳程度に頭を下げ、そのまま帰宅した。予想していなかった芹澤くんの助け船に、大きく安堵しながら。
今までの昼食の誘いを断った時とは異なり、その『用事』はでっち上げではなく、本当にあった。もし俺が彼らのことを信頼していたのなら、何とかそれを口にすることができたかもしれない。
だが、実際にそんなことを話そうものなら、今俺が彼ら――いや、彼らだけではない。今までに知り合い、会話をしてきた同級生及び下級生の人間を、誰ひとりとして信用していないことがばれるだけの結果にしかならないことは目に見えていた。
そして、その『用事』の日――俺は、学園の最寄り駅から少し先の町にある、心療内科を受診していた。彼らが俺を遊びに行こうと誘った目的地と同じ場所にいるとは、何の皮肉だろうか。
「最近の調子はどうですか?」
「まあ……勉強に支障は出てないです。寝起きは良くないですけど、遅刻も何とかしないで済んでますから」
担当医の質問に、俺は経過報告を行っていた。
聖櫻へ入学する少し前から、俺は心療内科へと通い続けている。入学当初から約半年間は1週間に1回のペースで通っていたが、それ以降は2~3週間に1回通っていた。
「ただ……ここ最近は、人間関係の面で不安があります」
「……そうですか。もし差し支えがなければ、教えていただけますか?」
「…………今学内で関わっている人に、自分の本性って言えばいいんでしょうか、本当は信頼関係なんて持ち合わせていない、自分の都合のために利用しているだけってことがばれるんじゃないかって」
俺が自身の本性、それ以外にも聖櫻へ入学して以降の学園生活において起きたことを話すのは、この担当医ただひとりだけであった。両親には、当たり障りのないことしか話したことがない。
俺と担任の教師、親を交えた三者面談では、教師の言うことに適当に相槌を打つだけで、特に親に状況報告をしたことはなかった。
1年次の担任は、『黒川君は成績も良く、同級生との交流も積極的です』と絶賛していたこと、その時の面談相手だった父親が、嬉しいような悲しいような、どちらともつかない表情をしていたことを思い出す。
現在の状況をろくに話してはいないとは言ったが、なぜ俺がこのような状態になっているのかを両親は良く知っていた。そんな背景も手伝って、曖昧な表情を浮かべていたのだろうとは思う。
「意外に冷静ではいられるんですけど、ぼんやりとした不安みたいなのを、ここ最近は頻繁に感じるようになってます」
「そうですか……今学校では、どのようにして過ごしていますか?」
「ほとんどひとりでいることが多いです。昼の時間にクラスの人から一緒に食べないかって誘われますけど、全部断っているので。正直、墓穴を掘っているだけなんじゃないかって気もしますけど……」
「…………」
「実は先日、一緒に行動することが多かった同級生たちから、この日に遊びに行かないかって誘われたんです。ここにいるから察しはつくと思いますけど、もちろん断りました」
「…………」
「当然の結果だと思いますけど、みんなあまりいい顔はしていませんでした。でもひとりだけ、助け船を出してくれた人がいたので助かりました」
「…………黒川さんは、将来的にどうしたいと考えていますか?」
「……えっ?」
それまで俺の言葉に軽く相槌を打つだけだった担当医は、俺が言い終わると同時に、穏やかな雰囲気を崩さぬままそう尋ねてきた。
「今話してくれたことを聞いて、黒川さんが
「…………ぶっちゃけてしまえば、ゴマをすることなんてしないで、本当の意味で友達が欲しいとは思っています」
正直に言ってしまえば、聖櫻で俺が出会った人間のほとんどは、生徒にしても教師にしても、『いい人間』と形容して差し支えないと思っている。むしろそれどころか、『素晴らしい』と言ってもいいのかもしれない。
絶対的な単独主義だと言いはしたが、俺の場合は限度があったようだった。まったくもって矛盾した性格だ。
「こんな馬鹿馬鹿しいことをしないで、自己嫌悪なんかしない生活を送りたいです。色が付いた人生を、自分は生きてみたいです……」
曖昧なことばかり行い、それによって自己嫌悪してばかりのこんな日々に、俺はうんざりしていた。しかしながら、どのようにすればいいか分からない。
「……気に障ったら謝りますけど、もしかすると同級生も後輩も、黒川さんがゴマをすっているとは思っていないかもしれませんよ?」
「……えっ?」
担当医のその言葉に、俺は俯いていた状態から、まるで引き戻されるかのような感覚を覚えた。
「無責任なことを言ってしまうようですが……学校で黒川さんが交流してきた人は、純粋に黒川さんのことを信頼していると、私は思っているんです。『あんなのがゴマすりだったの?』って、笑って流してくれると思いますよ」
「……そうでしょうか」
「黒川さんは、今の状況を脱却したいって考えているんですよね? その気持ちがあれば、大きく前へ進めるはずです。たとえ進める距離が小さくとも、確実にいい方向へは進んでいけると思います。大丈夫ですよ、黒川さんなら」
そう言って担当医は、にこりと微笑みを浮かべた。
診察を終えた俺は、その足で近くの本屋へと向かう。今日は読んでいる漫画の最新刊の発売日でもあるため、雑誌の立ち読みも兼ねて向かうことにした。
本屋に入り、最新刊のコーナーを見て、目当ての漫画が山積みになっていることを確認した俺は、それを手には取らずに雑誌のコーナーへと赴く。目当ては格闘技の雑誌だった。俺は早速手に取って読み始めた。
当然ながら、試合結果や試合後のインタビューなどはインターネットでも見ることができる。動画サイトの発展により、興業側が過去の試合やインタビューの動画をアップロードしていることも当たり前の光景となった。
しかしながら、こういった雑誌には、記者が選手などに独占インタビューをしている場合もあり、そういった情報を入手することができるという点では、決して無意味なものではない。さらに、紙媒体にはインターネットとはまた違った魅力があるものだと思う。それは具体的に何かと尋ねられると、正直答えに窮してしまうが、分かる人には分かるのではないだろうか。
「…………」
しばらく読んだところで、俺はそれを閉じる。棚に戻さず手に持つと、先ほど確認した漫画の最新刊と共に購入した。
本屋を出た俺は、続いてゲームセンターへと向かった。
ちなみに俺はUFOキャッチャーや、格闘ゲームといった、いわばゲームセンターの『顔』とでも言うべきゲームは絶望的に下手糞なために、全くと言っていいほどやらない。そもそも俺がやるのは、クイズゲームだけだった。
オンラインの発達により、ゲームセンターの多くのゲームは新機能の追加や、不具合の修正などといったアップデートが恒常的になされるようになった。また、別売りの磁気カードなどを購入することで、記録の保存が行えるゲームも珍しくない。インターネットのサイトに登録することで、記録の閲覧や他プレイヤーと交流することができるゲームもあり、ゲームセンターというものは一昔前に比べて、がらりと様相が変わったと言っても差し支えないだろう。
俺がプレイするクイズゲームもその例に漏れず、新しい問題の追加がなされ、磁気カードに記録を保存することももちろんできる。
特にクイズゲームはやり続けるうちに問題をほぼ全て把握できてしまうので、問題の追加が行えるという意味でも、オンラインの恩恵を非常に強く受けたジャンルと言っていいかもしれない。
磁気カードを筐体のカードリーダーにかざし、読み込みの完了が画面に出たことを確認して100円硬貨を投入する。モードを選択する画面に入ったところで、特定のジャンルの問題のみが出題される、『検定』と呼ばれるモードを選ぶ。
数日前に、このモードで格闘技の問題だけ出題される検定が追加されたので、俺にとっては待ちに待った追加と言えた。
スポーツは得意でない上、さほど観戦もしないために知識はかなり少ないので、スポーツのジャンルの問題はかなり苦手だが、格闘技となると話は別だと個人的には思える。
――どれ、ちょいといきがってみるとしようか。
ゲームセンターをあとにした俺は、次の目的地へと向かう。
検定の結果は、我ながらかなり満足のいく結果だったと思う。ランクは最高を獲得できたうえ、全国の二桁台の順位に入る得点を得ることもできた。さすがに一桁台の順位を狙うとなると、知識だけではなく解答速度も求められる。俺は大して速くない上に、格闘技全般に対して知識があるわけではない。
俺は上の順位を狙うことよりも、正解率の低い問題に答えることができた時の方が愉悦に浸ることができた。
その後俺はカードゲームを取り扱う店や、スーパーの食料品売り場などを適当に散策し、特に何も買うことなく、帰りの電車に乗り込み、帰宅した。
そんな俺の姿は、数多くの人間に目撃されていたことを、俺は知らない。
担当医が言ったように、実際のところ俺は二階堂くんたちからの信頼は得られていると思っている。しつこいくらいに俺は彼らとの交流を『ゴマすり』と形容しているが、客観的に見れば普通の交流と何ら変わらなかった。もっとも、それはゴマすりの意図をうまく隠すことができていると言い換えることもできるのだが。
しかし、俺の行動をゴマすりとみなさず、彼らからの信頼は得られていると考えたとしても、肝心の俺は彼らを信用できていなかった。
友達と思っていないことがばれるのが怖いからというわけではない。今までの反応などを考えても、担当医が言ったようにさほど気にせず流してくれるだろうとは思えた。
人間不信なのかと問われれば、それは肯定することになる。単独主義も、それから生じたものだ。しかしながら、俺は聖櫻で出会った彼らを、彼女らを信用してもいいのではないかという気持ちは、僅かながらあった。2年生になってから、それは確かなものになったような気もする。
だが、そんなことはいずれにせよ無意味な考えだった。交流を純粋なものにしたところで、俺の本性が分かってしまえば、誰であろうと一瞬で俺の前から去っていくだろう。
担当医にも話していない、俺以外では両親しか知らない俺の本性。もっとも両親も、それを『本性』と捉えているかはかなり怪しいが。
××奴を徹底的に××××、××××、×××××××、××し、××することが俺の至上の喜び。
××××××、××××××は、俺にとっての極上フルコース。
こんな狂気に満ちたことを喜びとしている奴など、誰ひとりとして寄りつかない。両親だって、本当はもうこんな俺にうんざりしているのかもしれない。
俺はいかれている。骨の髄まで。
オレハイカレテイル。ホネノズイマデ。