「なあ、一二三……」
「……何だ?」
「やっぱり将ちゃんってさ、俺たちのこと……」
「もうやめろ。正美だって変な推測はするなって言ってただろうが」
「そうなんだけどさ……」
「俺も、将ちゃんがどういう人間なのかちょっと分からなくなってきたな……」
「カツまで何言ってんだ。まったくお前ら、いつものお前ららしくねえぞ」
高桑源五郎、鴨田克之のふたりは、先日遭遇した黒川将平の姿から、彼の意図を図りかねていた。『力になる』と言いはしたものの、後になって考えてみれば、腑に落ちないことは多かった。事情があるというのも間違いないのかもしれないが、明確に納得するには至っていなかった。
「お前たちの思ってることは俺も分からないわけじゃない。だがな、そんなことばっか考えてるんじゃ、本当に将ちゃんからダチって思われなくなっちまうだろうが」
ふたりの行動を
彼とは学外で遊んだことがなく、それどころか彼の家にも行ったことはなかったが、それでも学内ではゲームソフトや漫画の貸し借り、勉強の教え合いを積極的に行っていた。だというのに『友達と思われていない』という考えは、些か短絡的だと考えていたのだ。
(くそっ、何か少しでも理由が分かれば行動も起こしやすいんだが……分からねえな……)
だが、そうふたりを窘めはしたものの、思い当たる節が全くないことと、そのために黒川の力になろうにもなれないという状況に、芹澤はやきもきしていた。
「……ん?」
そんなもやもやした心境を抱きながらの帰り道、芹澤の目にある光景が留まった。彼の発した声に、俯いていた高桑と鴨田のふたりにもそれが目に留まる。
「だから足りねえっつってんだろ。殺すぞてめえ」
「人にぶつかっておいて、これだけで済むと思ってんのか?」
「生意気だな。何かいらいらしてきたからやっちまおうぜ」
「…………」
「も、もう許してください……」
三人の視線の先にあったのは、彼らと同じ聖櫻学園の1年生と思わしき男子生徒が、他校の生徒四人に囲まれ、脅されている光景だった。
四人のうち、ひとりだけは視線を逸らし、気まずそうな表情をして無言で佇んでいたが、他の三人は極めて高圧的な態度で詰め寄っていた。
詰め寄られている男子生徒は目を潤ませ、震えながら許しを請うていたが、当然とでも言うべきか聞き入れる様子はなかった。
「あーもうめんどくせえ、やっちまお!」
「うわぁぁっ!」
実に身勝手なことをのたまい、拳を振り上げる。
しかしその拳は、振り下ろされることはなかった。
「何やってんだ、てめえら」
なぜかと言えば、事態を即座に察知した芹澤によって腕を掴まれたためであった。彼は強い怒りを込めた眼差しを四人に飛ばして言い放つ。
「俺のところの後輩にカツアゲとは、いい度胸してんじゃねえか。そもそも高校生にもなって寄ってたかってそんな真似とか、恥ずかしくねえのか」
「……放せやコラァ!」
「お断りだ。放してほしけりゃ、盗った金全部返しな」
掴まれた腕を振りほどこうと抵抗するものの、まるでゆるむ様子はない。そんな様子に芹澤はまるで汚いものを見るような、蔑んだ表情を浮かべ、掴む――もはや『握る』と形容できよう――力を強める。
「……痛えっ!」
「……関係ねえ奴が、しゃしゃり出てきてんじゃねえぞ!」
「……死ねやぁ!」
突然の割り込みに苛立ったか、嘲るような表情に憤ったか、腕を握っていれば隙だらけだと察したか、あるいはその全てか。他のふたりが怒鳴りながら芹澤に殴りかかった。
もうひとりは、相変わらずその場に立ち尽くしていた。芹澤の顔を見た瞬間、『まずい』という表情を浮かべ、冷や汗を額から垂らしながら。
「…………だから、てめえらみてえなクズは嫌いなんだよ」
その呟きは、発した本人以外の誰の耳にも入らなかった。
芹澤は握っていた手を放し、間髪入れず前蹴りで吹っ飛ばしたかと思えば、殴りかかってきたふたりの顔面に、目にも留まらぬ速さの左ジャブを、連続で叩き込んだ。
「あがっ!」
「ぐえっ!」
顔面にまともに食らったことも関係しているのだろうが、ジャブでありながら結構な距離まで吹っ飛んだ。前蹴りを食らったひとりも、鳩尾付近に入れられたこともあって、うずくまって呻いていた。
「ち、ちくしょう……」
「こ、この野郎が……」
ジャブを食らったふたりは、そう悪態をつき、顔面を手で押さえながらよろよろと立ち上がる。どちらも鼻を切ったのか、少量ながら鼻血がポタポタ滴り落ちていた。
「……やばい。こいつ、芹澤一二三だ……」
そんな中、ずっと無言だったひとりがぼそりと呟く。先ほどの『まずい』という表情は、怯えに近いものへと変わりつつあった。
「……に、逃げた方がいい! こいつ、中学時代にたったひとりで不良グループ10人血祭りに上げた、あの芹澤一二三だ!」
「……何だって? まさか、あの芹澤か?」
「そうだよ! 俺たちが敵う相手じゃねえ! 早く逃げようぜ!」
先ほどまでの静かな様子が嘘のような大声でまくし立てる。その様子を見た芹澤は、にやりと笑みを浮かべる。
「へぇ。俺って意外に有名人なんだな」
「……っ!」
「10人だったかどうかは忘れたけどな、確かに中学時代にてめえらみてえなゴミを掃除したことがあったな……」
『くっくっく』と言いながら笑みを浮かべる芹澤の姿は、かつて二階堂正美も想像したことがある、悪役さながらのものだった。
「お前らも掃除……と言いてえところだが、生憎俺も悪魔じゃねえ。盗った金全部返しゃあ、見逃してやるよ」
「……く、くそっ!」
ジャブを打ち込まれたひとりが、そう悪態をつきながらポケットから財布を出し、地面に叩きつける。
「まだ逃げんじゃねえぞ。ここで見逃して中身はすっからかんなんてオチにするわけにはいかねえからな」
芹澤はそう釘を刺しながら財布を拾い上げ、持ち主に渡す。
「中身、何も盗られてないか?」
「…………は、はい。大丈夫みたいです」
「……分かった。おいてめえら、またこんな真似してみろ。例外なくぶちのめすからな。分かったらとっとと消え失せろ」
「……ちっ」
「くそっ……」
「ちくしょうが……」
「ほら、さっさと行こうぜ……」
四人の内の三人は、相変わらず悪態をつき、残りのひとりは安堵した表情をしていたが、全員が逃げるように走り去ったということでは共通していた。
「……大丈夫か?」
重々しく息を吐いて逃げる姿を見送った後、財布の持ち主の1年生に向き直って尋ねた。
「……は、はい……ごめんなさい、見ず知らずの僕なんかに……」
「……気にすんな。ここって、君の帰り道なのか? もしここ以外にも帰れる道があるなら、遠回りしてでもそこの道を通った方がいい。この辺りはろくでもねえ奴がうじゃうじゃいるからな」
「……はい、そうします。ここから帰るのが一番早いんですけど、もうあんな目に遭うのは嫌ですから……」
「だな。もしこれからも何かあったら、遠慮しないで俺のところに来てくれ。俺は2年C組の芹澤だ」
「はい。……本当に、ありがとうございます!」
彼は深々と頭を下げながら感謝の言葉を伝えると、急ぎ足で去っていった。
「……今の奴ら、
「……だね。それに多分、1年生だと思う」
それまでずっと口を開かなかった高桑と鴨田は、財布の持ち主である聖櫻の1年生の姿が見えなくなったと同時に、そう呟く。
「けっ、情けねえ真似しかできねえゴミ共をかき集めたような高校に、価値なんてあるかってんだ」
吐き捨てるように芹澤は言う。その目には単なる怒りだけではなく、強い憎悪や悲哀が入り混じっていた。
「一二三……」
「…………」
彼の気持ちを察してか、高桑も鴨田も、気まずい表情を浮かべることしかできなかった。
「……俺たちも行こう。こんなところに留まってたら、吐きそうだ」
「……ああ」
「……だな」
苦虫を噛み潰したような顔をして呟く芹澤の言葉を契機として、止まっていた歩みが再開された。
重い足取りで歩を進める三人の心境は、もやもやと言うよりもドロドロとした重苦しいものへと悪化していた。
当然ながらと言うべきか、四人組の内の三人、つまり高圧的な態度で恐喝していた三人は、芹澤に対しての復讐心を抱いていた。しかしながら、自分たちは芹澤に敵うほどの戦闘力は持ち合わせていない上、他に人間を動員したとしても、自分たちを合わせて精々10人が限度な上、その人数でも勝てる見込みはなかった。
そんな中、芹澤のジャブを食らったひとり――最も高圧的な態度を取っていた――が、芹澤の友人を標的にしてやろうという、実に身勝手で卑劣な方法を思いついた。高桑と鴨田のふたりは芹澤と一緒に行動することが多いために却下となった。そのため、標的の候補となったのは――――。
「こいつ、芹澤のダチの中じゃ一番チビだし、運動も得意じゃねえらしいから最高のカモだぜ。しかもこいつ、最近芹澤たちとそこまでつるんでねえみてえだからなおさらカモれるぞ。聖櫻の1年って名乗っておけば、聖櫻を混乱させられるかもしれねえしな。何か面白そうじゃねえか」
――――標的の候補となったのは、今現在
一体どこから、そんな情報を手に入れてきたのだろうか。
「なあ、やっぱりもうやめようぜ。これ以上やったら墓穴掘るどころの騒ぎじゃ済まねえよ」
「……何だって? お前俺に意見しようってのか? 殺すぞ?」
「そうだそうだ。このまま引き下がるなんて俺は嫌だぜ」
「それにこういう弱そうなチビってのは、絶対いい声で泣き喚いてくれるぜ」
「……分かったよ」
その日より、芹澤へのくだらない逆恨みから生じた、黒川を襲撃するための計画が練られることとなった。
しかし、この連中が彼を襲撃する考えに至ったことが、黒川将平の人生の大きな転換点となることに、黒川本人を含む誰ひとりとして気付きはしなかった。