誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

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Raging!

 

 

 

 

「…………」

 

 日が沈みかけ、薄暗くなった人気の少ない道を俺は歩く。

 今日は図書委員の仕事もなく、あとはまっすぐ家に帰るだけだったが、俺はあえてそれをせず、遠回りしていた。なぜそうするに至ったのかは、自分でも分からない。これから先どうすればいいのか分からず、自棄(やけ)になってそうしたのか、それともこの辺りの道は両隣が山になっているので、綺麗な空気を吸いながらこれからのことを考えたいと思ってそうしたのか。

 

「…………」

 

 反対側の歩道に移るため、歩道橋の階段を俺は上がる。上がり終えて正面に目をやると、通路を塞ぐように立っている人間が複数人いた。数にして7……いや8か。その中で、ひとりだけは焦ったような表情を浮かべていたものの、それ以外の7人はガラの悪そうな視線を俺に送っていた。

 

「おい、そこのお前!」

 

 そのうちのひとり――キツネみたいな顔で、ニンニクのような汚い鼻をした、見た目からしてろくでもない奴という雰囲気が漂っていた――が、俺に向かって喚く。

 

「お前、黒川将平だな! 芹澤一二三のダチの!」

 

 俺はこんな奴との面識はない。芹澤くんはまだしも、なぜこいつが俺の名前を知っているのかは分からなかった。

 

 ――そもそも、さっきから何でそんな偉そうな態度なんだ。うざってえ。

 

「……だったらどうだってんだ? そもそもお前ら誰だ?」

 

「芹澤の野郎に天罰を下す、聖櫻1年のチームとでも名乗っておいてやる!」

 

「…………」

 

「俺はあいつに邪魔されていらいらしてんだよ! それどころか俺の顔まで殴りやがって! だからダチのてめえで憂さ晴らしすんだよ!」

 

「…………」

 

 ――久しぶりだ、こんなゴミに遭遇したのは。

 

 何を邪魔されたのかは分からないが、どうせろくでもないこと――恐喝か、暴力か、それともいじめか――をしようとして芹澤くんにぶっ飛ばされたのだろう。芹澤くんはそういった行為をかなり嫌う人間だ。容易に想像できる。

 それで反省をするどころか、芹澤くん本人ではなく俺で憂さ晴らしか。まあ、他の人間ではなくて良かったとも言えるかもしれないが。

 いずれにしても、こいつは下等生物未満の存在だ。それに付き従う周りの連中も。

 

「……今年入った1年は、まともなのが多かった気がするんだけどな。てめえらのようなクズも紛れてたか……」

 

「……んだとこのチビ、殺すぞ?」

 

 『チビ』。

 ……いきがるな、ゴミが。

 

「……やれるもんならやってみろ、ニンニク鼻が」

 

「……て、てめえ……。おい、やっちまえ!」

 

 俺の挑発に怒りをあらわにしたニンニク鼻は、そう怒鳴り散らす。一斉に飛びかかってくるかと思い身構えたが、なぜか正面の連中は少しも動かない。

 

「うおらぁぁぁぁ!」

「よそ見してんじゃ、ねえよ!」

 

「なっ……!?」

 

 その号令は、俺の知らぬ間に背後から忍び寄り、不意打ちを食らわす要員ふたりに対する合図だったのだ。正面の連中に気を取られていたせいで対応が遅れ、頬を殴られた俺はあえなく倒れた。

 

「がっ……!」

 

「死ねぇぇぇぇ!」

 

 俺の転倒を合図としてニンニク鼻を含む正面の連中も一斉に俺の元へなだれ込む。罵声と同時に繰り出される蹴りや踏み付けを、俺は何発も浴び続けた。

 

「ぐあぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

 

 

 

 時間にしてどれだけ経ったか分からないが、暴行の嵐は収まったようだった。

 あれだけ食らっていながらも、俺の意識は飛んではいなかった。だが、全身の痛みから立ち上がることが出来ない。うつ伏せに倒れたまま、俺はニンニク鼻の下卑た笑い声を聞かされた。

 

「はーはっはっは! ざまあ見やがれ芹澤のクソ野郎! 俺の邪魔なんかするからこうなるんだよ!」

 

「……お、おい。もうこの辺にしとけって」

 

 そんなニンニク鼻を窘める声がひとつ。もしかすると、正面にいた連中でひとりだけ焦ったような表情を浮かべていた奴だろうか。

 

「うるせえんだよ。お前だけ何もしなかったくせに指図してんじゃねえ。……よし、止めの一発食らわしてやるか」

 

 そう言ってニンニク鼻は俺の元へ歩み寄り、背負いっぱなしになっている俺のリュックサックに手を伸ばし、何かをちぎり取った。

 

「おいクソチビ、これを見ろ」

 

「…………!」

 

 ニンニク鼻がちぎり取ったのは、リュックサックのファスナーにぶら下げていた蛇のぬいぐるみだった。それは俺にとって命よりとは言わずとも、極めて大切なものだった。

 本体の方は無事だったが、紐はちぎられたせいで損傷していた。

 

「……た、頼む! それだけは、それだけはやめてくれ!」

 

 この後何をされるかが、俺には容易に想像できた。先ほどまでの態度を翻し、俺はニンニク鼻に懇願する。

 

「へっへっへ……んじゃ、グッバーイ!」

 

 だが、俺の懇願は聞き入れられるわけがなかった。ニンニク鼻は俺の姿に実に満足そうに、汚らしく下卑た笑みを浮かべ、ぬいぐるみを歩道に隣接している山の茂みへ投げ捨てた。

 

「あぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 小さいぬいぐるみだったからというのが一番の理由だろうが、歩道橋の通路という高さのある場所から投げ捨てたことと、ニンニク鼻の投げる力が強かったことも加わり、ぬいぐるみはあっという間に暗い茂みの中に消えてしまった。

 

 

 

 

 俺の叫びは、空しく響き渡った。

 

 

 

 

 

 

「ぎゃっはっはー! 見ろよこいつのこの顔! 俺の言った通りだったろ! こういう奴はいい声して泣き喚いてくれるって!」

 

「…………」

 

「よし、そんじゃ帰ろうぜ。あーすっきりした。これで芹澤も袋に出来りゃ言うことなしだな。案外できるかもしれねえぜ?」

 

「…………」

 

 

 

 

 やっぱり俺は、どこに行ってもおもちゃにされるだけだった。この世に生まれたことは、最低最悪のはずれくじだった。

 

 

 

 

 なら、もう好き勝手したって、関係ないよな。

 こいつら全員、ぶっ殺したって構わねえよな。

 

 

 

 

『おいチビ! ちゃんとキーパーやれ! 殺すぞ!』

 

 ぶっ潰せ、ぶっ潰せ。

 あの日の怒りを思い出せ。怒りに己を浸すんだ。

 

『あんたカンニングしたでしょ! あんたなんかがあんなにいい点取れるわけない! 調子乗らないでよこのチビ!』

 

 ぶっ壊せ、ぶっ壊せ。

 楯突く奴らは俺の敵。全部全部ぶっ壊せ。

 

『死ね、チビ』

 

 ぶっ殺せ、ぶっ殺せ。

 奴らは敵だ、俺の敵。ぶっ殺すことが快楽だ。

 

 久しぶりだ。この感覚は実に久しぶりだ。

 身体がブチッ、ボキッと鳴り響く。

 副腎髄質(ふくじんずいしつ)から、アドレナリンがだくだくと供給される。

 瞳孔が開き、目が充血する。

 痛みは完全に消え失せた。

 

 

 

 

 さあ、怒り狂え、誇り高き毒蛇よ。

 

 

 

 

 ぶっ殺せ! ぶっ殺せ! ぶっ殺せぇぇぇぇっ!

 

 

 

 

「…………カッカッカ。てめえらみてえなクズ共を久しぶりにぶち殺せると思うと、興奮してきちまうよ…………ケッケッケ…………」

 

 立ち上がった俺は、その場を去ろうとしているニンニク鼻連中に向けて言い放つ。だが奴らの返答など待つことなく、続けざまに突っ込んだ。

 

「……へっ? ぎゃあっ!」

 

 ひとりは頬に左の殴打を。

 

「て、てめえっ! ……ごっ!」

 

 ひとりは側頭部に右の蹴りを。

 

「キエエッ!」

「があっ!」

 

 ひとりは首相撲から左の膝蹴りを。

 

「キョエエッ!」

「んがっ……!」

 

 ひとりは顎に掌打を。

 

「カァッ!」

「あがっ!」

 

 ひとりは顔面に頭突きを。

 

「ケェアッ!」

「がはぁっ!」

 

 ひとりは右側の腹部に左の殴打を。

 

「シャアァッ!」

「ぎゃああああっ!」

 

 ひとり――ニンニク鼻――にはこめかみに右の肘打ちを叩きこむ。

 攻撃は奇声を上げながら、薬物でいかれた人間のように繰り出した。

 10人中7人を倒したところで、俺は高々と手を上げながら叫ぶ。

 

「何だよ……つまんねえなぁ……一発でやらてるんじゃねえよ……もっと、耐えろよ! 抵抗してこいよ! 『この野郎』って、刃向かってこいよ! そうでなきゃ、ぶち殺す楽しみがなくなっちまうだろうがよぉ! 刃向かってくる顔を、ぐちゃぐちゃにして、命乞いして泣きわめく姿を見てえんだからよぉ! ゲェーハッハッハッハッハ!」

 

 ああ、何という快感だ。何というエクスタシーなのだ。

 心臓が高鳴る。俺が生きていることを実感できる。これが俺の生きる意味なのだ。俺にとっての究極の存在理由なのだ。

 ゴマすりなんてする必要はなかった。初めからこうしていればよかったのだ。刃向かうクズ共をなぶって、なぶって、なぶりまくって、徹底的に蹂躙(じゅうりん)し、殲滅(せんめつ)することこそ、俺の欲求が満たされる唯一の行動なのだ。泣き喚く表情、断末魔の叫びは、俺にとっての極上フルコース。

 食欲も、睡眠欲も、終いには性欲でさえもこれには敵わない。

 

 さあ、残りはわずかだ。

 殺せ、殺せ、殺せ殺せ、ぶっ殺せ!

 

「な、何なんだよ、こいつ……バケモンか……」

「狂ってやがるぜ……ドSなんてレベルじゃねえ……マジモンの戦闘狂だ……」

「だ、だからやめとけって言ったんだよ……」

 

 そんな怯え顔はつまらない。俺がみたいのは泣き喚く顔だ。さあ、早く向かってこい。迎え撃つ方が俺は好きなのだから。

 

「こ、このクソチビが……いきがってんじゃ、ねえぞ……」

 

 この時俺は、数多くの相手を叩き潰したことによる極度の興奮と、前の連中に気を取られていたことで、背後でニンニク鼻が立ち上がったことに全く気が付かなかった。倒した奴は全員気絶しているか、そうでなくても戦意はとうに喪失していると思い込んでいたためであった。

 

「死ねやぁぁぁぁ!」

「……バカ! やめろーっ!」

 

「かっ……」

 

 背後から聞こえた叫び声に振り向いた瞬間、顎に凄まじい衝撃が走った。同時に、急に目の前が電気を消したように真っ暗になる。

 何も見えない。体が動かない。だが音は聞こえた。『ざまあみやがれ!』と言っているのだろうか? しかしそれも、数瞬遅れて途切れた。

 

 

 

 

 

 

「……はぁ、はぁ……くたばれや!」

 

「待てっての! これ以上やったら、俺ら確実にブタ箱行きだぞ!」

 

「…………くそったれが! そのまま死んどけ、クソチビ野郎!」

 

「やめろって! ……お、お前らもぼうっとしてないで、行くぞ!」

 

「あ、ああ……」

「…………」

 

 

 

 

 

 ニンニク鼻を含む4人は残りの6人も立ち上がらせて去ったのだろうか、辺りには誰もいなくなった。後には倒れ伏す俺だけが残っていた。

 

 

 

 

 

 

 俺は顎を打ち抜かれ、失神していた。

 

 

 

 

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