誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

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分かりにくい流れになっていますが、この話は時系列的に『厭世観と自虐』からの続きとなっています。


文緒編 クソみたいな人生
憧れ、恋心


 

 この世を生きるというのは、最悪に等しい罰なのかもしれない。

 

 何をやっても馬鹿にされ、何もしなくても馬鹿にされる。僕の存在を否定される。

 ふざけんなよ。何で僕がこんな目に遭わなきゃならないんだ。

 『人生はいいことばかりじゃない』と、何も分かっていない間抜けな奴はほざきやがる。言っていることは分からないわけじゃねえ。でも、反対に悪いことだけの人生じゃなくたっていいじゃねえか。少しくらい、いいことが起こってほしいと望んでも、バチは当たらないじゃねえか。

 

 こんな人生はクソみたいだ。くそったれ。くそったれ。くそったれ。

 そして、この世に呪詛の言葉を、唾を吐き続けている僕は、もっとクソみたいだ。

 

 誰か僕を救ってよ。こんな悲観主義な僕に、手を差し伸べてくれよ。つまらねえ日々に、色を付けてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 『生きてて良かった』って思える人生を、送られるようにしてくれよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は、誰かに助けられてばかりだ。そのくせ人付き合いは苦手で、助けられた恩を返すことも満足にできない。本で得た知識はそれなりにあると自慢できるかもしれないが、それも彼の前には霞んでしまう。

 そんな彼は知識が豊富なだけではなく、人付き合いも上手い。豊富な知識を、たくさんの人との交流に上手く活かしているだけではなく、悩んでいる人のために尽力し、助けになる優しさを持っている。かと言って媚びるようなことはせず、駄目だと思うことはしっかり言葉に出してくれる。まさに、誰かの支えになれる人だった。

 

 彼は、私の憧れだ。私が持っていないものを、たくさん持っている。いつか私も、彼のようになれるだろうか。……いや、『なりたい』と言い換えよう。

 

 

 

 

 

 

 私は、誰かを支えられる人間になりたい。

 

 

 

 

 

 

 6月中旬の土曜日。

 以前から気になっていた文庫本が発売されたので、聖櫻学園の最寄り駅から少し先の町にある本屋へ、私は向かっていた。

 

「……あっ」

 

 本屋への道を歩いていたところで、ふと思い出す。そういえば、黒川君が以前薦めてくれたライトノベルの最新刊も、今日が発売日だった。

 今までライトノベルを読んだことは全くなかったが、以前委員の議題で取り上げられ、図書室に何冊か入ったことをきっかけとして、多少の興味を持った。その議題で黒川君はライトノベルを読むと言っていたことから、彼に面白い作品はないか聞いてみた。その質問を聞いた彼は、一番良く読むという作品を快く私に貸してくれた。

 

 ……実際には、黒川君以上にライトノベルを愛好する委員はいたのかもしれないが、それでも彼に聞いたのは、彼が図書委員では一番よく話す人だったからというのが、大きな理由だと思う。しかし、そんな理由を仮に無視しても、私は黒川君に聞いてよかったと思う。

 彼の薦めてくれた作品は、中々凄惨な描写や、救いのない結末の話も少なくないものだった(貸してくれる際に、そういった描写があるけど大丈夫かどうか聞いてくれたことに、彼の気配りの良さを強く感じた)。それでも人間の心理や、人生観といった色々なことを考えさせてくれる作品だった。総じて、面白い作品だったと思える。

 そういったこともあって、私は彼に1巻を返したあと、自分で購入して読むようになった。それは私が初めて購入したライトノベルだった。

 

「……」

 

 予算にはそれなりに余裕がある。目的の文庫本と合わせて買ってもさほど問題はないので、私は買うことに決めた。

 

 実のところ、黒川君とは図書委員の中では一番よく話すと言いはしたが、それは図書室内に限った話で、それ以外の場所ではさほど話す頻度は多くなかった。2年生になってから同じクラスになりはしたものの、教室内で話をすることはやはり少ない。

 加えて私は、彼との共通の話題をまるで持ち合わせていなかった。読書ぐらいしか趣味と呼べるものがない私とは対照的に、黒川君は実に多くの趣味を持ち合わせていた。

 

 代表的なものは、図鑑を読んで生き物の名前や生態を知ることだった。

 彼は委員の仕事が暇な時、よく図鑑を読んでいる。小さい頃から図鑑をよく読んでいたそうで、その影響で植物、虫、魚などの知識が極めて豊富だった(哺乳類や鳥などはあまり詳しくないと言っていたが)。

 そういう背景もあって、彼は理系の科目の成績がかなり優秀だった。化学や生物の試験で満点を取ったこともあるようで、成績優秀者として廊下の掲示板に名前が載っていたことを思い出す。理系の科目があまり得意ではない私にとって、純粋にそれは羨ましい。

 

 他にはアニメや漫画、ゲームなどの造詣も深く、漫画研究部に所属し、1年生の時も同じクラスだった小野寺さんや、C組に所属する仲良し3人組の男子生徒とは、特によく話しているのを見かける。

 それ以外にも、何の話題で話しているのかは知らないが、同じクラスの有栖川さんとも比較的高い頻度で話をしているようだった。

 

 生き物にも、アニメや漫画などにも詳しくない私にとって、このライトノベルは黒川君との唯一とも言える共通の話題になるものだった。私も、もう少し自分に興味のありそうなものを探した方がいいのだろうか。

 以前黒川君は、『物好きなだけ』と言っていたが、それはむしろいいことだと私は思う。多くの趣味を持つことは、それだけ多くの人と交流できる要素となり得るからだ。読書以外にも何か好きなことがひとつでもあれば、私はもっと多くの人と交流できるかもしれない。人付き合いが苦手という性格も、克服とまでは言わずとも、改善はできるかもしれない。

 

「ふ~み~お~ちゃん♪」

「きゃっ!」

 

 そんなことをずっと考えながら歩いていると、後ろから突然声をかけられ、両肩に手が乗る感触がした。思わず身体がびくりと跳ねる。誰の仕業かは、声ですぐに分かった。

 

「も、望月さん……脅かさないでください……」

 

「ふふっ、ごめんごめん、ついね。文緒ちゃんは、何かお買いものかしら?」

 

「はい、そうですけど……あっ」

 

 望月さんとそんなやりとりをしていたら、もう本屋は目と鼻の先の距離まで迫っていた。本屋に入ることを望月さんに伝える。

 

「じゃあ、私も付いて行くわね~」

 

 特に断る理由もないし、むしろ望月さんと会えたことで考え事から一旦目を逸らすことができた。彼女の返答に、私は頷いた。

 

 

 

 

 

 

「あらっ……?」

 

本屋に入って文庫本のコーナーへ向かおうとした時、ある人の姿が目に入った。

 

「どうしたの文緒ちゃん、急に立ち止まって……ってあら? あそこにいるのって、黒川くんかしら?」

 

 文庫本のコーナーの道中にある雑誌のコーナーで立ち読みをしていたのは、先ほどまでずっと考え事の対象となっていた、黒川君本人だった。

 

「あれって、格闘技の雑誌かしら? 黒川くんって、格闘技も好きなのね。ちょっと意外だわ~」

 

 望月さんが言ったように、黒川君は格闘技の雑誌を読んでいるようだった。本人の口からも、他の人の話からも格闘技が好きという話は聞いたことがなかったので、少し驚いた。いずれにしても、彼の趣味の範囲の広さは羨ましい限りだった。

 

「でも、何だか怖い顔してますね……」

 

 ただ私はそれ以上に、黒川君の表情の方が気になっていた。今まで見たことのない、かなり険しい表情をしていたからだ。怒っているような、悲しんでいるような、もしくは達観しているような、ひとつの表現では形容しにくい、様々な感情が入り混じったような表情だった。

 黒川君には失礼を承知の上で端的に言ってしまうと、それは『怖い表情』と呼べるものだった。

 

「……声、かけない方がいいかもしれないわね。黒川くんの時間を邪魔しちゃったら悪いしね」

 

「そう、ですね……」

 

 あのような険しい表情をしているのは、恐らく好ましくないことがあったからなのだろう。今まで学外で黒川君と会ったことはなかったので、初めて見かけたことに少なからず嬉しさはあったが、ここは望月さんの言う通り、迂闊に声をかけて彼の気分を害すのは慎むことにしよう。残念だが。

 

 

 

 

 

 

 目当ての文庫本とライトノベルを手にしてレジへ向かう際、雑誌のコーナーにもう黒川君の姿はなかった。漫画のコーナーなどにもいなかったことから、恐らく用を済ませてお店を出たのだろう。

 

 本を購入した私は望月さんと共に、彼女の行きつけである写真屋へ向かった。写真の現像をお願いするらしい。今日はたまたま会ったが、望月さんと一緒に出かけたことは過去に何度かあるので、その際に私も行ったことがある。

 現像された写真は、当然ながらと言うべきか女子生徒の写真ばかりで、私の写真もそれなりにあった。

 別にこの光景は今に始まったことではないので、さほど驚きはない。少しだけ呆れのため息はつかせてもらったが。それでも、以前黒川君に窘められてからはある程度自重するようになったようで、写真は以前のような隠し撮りまがいのものは少なくなっていた。……『ゼロじゃないのか』と突っ込まれてしまうだろうか。

 

 ところで、その性格上と言うのは語弊がありそうだが、望月さんは男子生徒と自発的な交流はほとんどしない。

 しかしながら、そんな彼女とよく話す数少ない男子生徒のひとりが、黒川君だった。以前望月さんは黒川君のことを『他の男子と違ってよく話せる』と言っていたが、それ以外にも彼女から聞いた話によると、黒川君も写真を撮ることがしばしばあるそうで、うまい撮り方に関して色々教えたそうだった。

 もっとも、黒川君が写真に撮るのは虫や植物がほとんどな上、撮影もカメラではなくスマートフォンのカメラを使うとのことだった。ただ、ここ最近のスマートフォンのカメラはかなり綺麗な写真を撮ることができ、下手なカメラよりはるかに綺麗に撮れるものが珍しくない。私の持っているスマートフォンもカメラが付いているが、適当に撮っても極めて綺麗に撮れたことを思い出す。

 

 何が言いたいのかというと、私は望月さんが羨ましかった。被写体の違いこそあれど、写真撮影という、たった1種類のライトノベルの話題よりもはるかにスケールの大きい話題で盛り上がれることに、羨望を抱かないわけがなかった。

 加えて、ほとんど女子生徒としか交流を持たない望月さんからも信頼を得られている黒川君の人間関係の広さを称賛せずにはいられない。

 

 

 

 

 

 

 望月さんの用事が終わり、私たちは喫茶店で一息ついていた。

 本当はこの町には、同じクラスの笹原さんのおじいさんが経営し、笹原さん本人もお手伝いをしている喫茶店がある。以前から何度か行ったことはあり、今回もそこに行こうと思ってはいたが、窓からお店を見るとすでにお客さんでいっぱいになってしまっていたので、泣く泣く他の店で我慢することになってしまった。

 

「でも、どうしてあそこまで険しい顔だったんでしょう……? 黒川君があんな顔しているところ、今まで見たことありませんでしたから……」

 

 注文したアイスティーを軽くすすってから、そんな言葉が私の口から出た。

 先ほどから黒川君のことばかり考えているが、最も気になっていたのは本屋で見た彼のかなり険しい顔つきの理由だった。

 

 悩み事や、嫌なことでもあったのだろうか。1年生の時に、時谷さんとトラブルがあり、それがまだ尾を引いていることを望月さんから以前聞いたので、まったくないという考えはさすがに度を超えているだろうが、それでも学園内でそういった素振りをまるで見せていなかったので、なおさら気になる。

 ただ、ここ最近図書委員の仕事は淡々とこなしていることが多かった。もしかすると、それも今回の険しい顔と関係しているのだろうか。

 

「もしかして、彼女とケンカしたとか?」

 

 そんな私に望月さんは悪戯じみた笑みを浮かべ、とんでもないことを口にする。

 そんな、まさか。

 

「えっ!? 黒川君って、彼女いるんですか!?」

 

 その言葉に私は思い切り立ち上がって、半ば問い詰めるように望月さんに尋ねる。ここまで大きい声を出したのは、生まれて初めてかもしれない。

 

「ひゃっ! ……い、いや、知らないけど……どうしたのよ文緒ちゃん」

 

 私の反応に望月さんはびくりと飛び跳ね、その後ぽかんとした表情で尋ねる。仮に望月さんでなくとも、同じような反応をしただろう。

 周囲に視線をやると、他のお客さんも不思議そうな顔で私を見ていた。

 

「……あっ……ご、ごめんなさい……」

 

「別に気にしてないわよ。文緒ちゃんの意外な一面が見られたからね。まあ、誰かとケンカしたってわけじゃないと思うわ」

 

 望月さんに謝罪し、椅子に座り直す。そんな私の様子を見て、望月さんは苦笑しながらそう言った。

 

「ど、どうしてですか……?」

 

 そう言われても、私の心は落ち着かなかった。

 いや、そもそも私はなぜこんな不安な気持ちに苛まれているのだろうか。

 

「実は私、前にも黒川くんを学外で見かけたことが何度かあるんだけど、その時もすごく険しい表情だったのよ。一回だけならともかくどの日もそうだったから、誰かとケンカしたっていう一時的なものじゃないって可能性は高いと思うわね~。それに彼女がいるって話も聞いたことないしね」

 

「そうですか……」

 

 大きく息を吐く。気持ちは、わずかばかり安堵へ変わる。

 どうして私は、不安になったり安堵したりしているのだろう。

 

「……文緒ちゃん、もしかして黒川くんのこと好きなの?」

 

 苦笑の表情から一変、真面目な表情になった望月さんは、またしてもとんでもないことを口にした。

 

「……えっ!? そ、そんなことは!」

 

 立ち上がりこそしなかったものの、驚きは先ほどよりもはるかに大きかった。心臓が大きく飛び跳ねる。顔が一瞬で熱くなる。両手をぶんぶんと振り、先ほどより大きい声で否定の言葉を口にする。

 周囲の視線にさらされることを考える余裕など、完全に頭の中から消え去っていた。

 

「やっぱりね。うんうん」

 

 しかし、望月さんは嬉しそうな顔をしながら頷くばかりだった。

 

「ま、まだ何も言ってないじゃないですか……」

 

「その慌てようを見たら、誰でもそう思うわよ~」

 

「…………」

 

 まだ明確に自覚できてはいないが、彼のことで不安になったり安堵したりと、忙しなく感情が行き来しているこの状態は、間違いなく意識しているということなのかもしれない。

 

 ――それは言い換えれば、彼のことが好きという、恋愛感情だった。

 

「……あ、あの、何も思わないんですか?」

 

「……? どういうこと?」

 

「望月さんなら、『文緒ちゃんを男子になんて渡さない』みたいなことを言うと思ったので……」

 

 ただ、腑に落ちないことがあった。望月さんの反応だ。

 他人の恋愛事情をやたらと知りたがる有栖川さんなら、このような反応をしても何ら違和感はない。しかし、『女の子、女の子』と常日頃から言っている彼女が、それも一番撮影対象にしたがる私――自分で言うのもなんだが――のこういう事情に対して、嘆くどころかむしろ笑顔を見せていることに、怪訝に思わないわけにはいかなかった。

 

「う~ん、そうねえ……」

 

 私の問いかけに望月さんは、顎を両手のひらに乗せて考える仕草をする。

 その表情からは、彼女も自身の思いに対してわずかながら驚きを感じているという印象があった。

 

「……確かに他の男子が相手なら、多分そう言ったかもしれないわ。でも黒川くんになら、文緒ちゃんを任せてもいいかな~、とも思うのよね」

 

「どうして、そう思うんですか……?」

 

「黒川くんって、すごく人のことを思いやれるからよ」

 

 望月さんは一切の間を空けずに即答した。

 

「だからと言って媚びて機嫌取りするようなことは絶対しないし、駄目なことは駄目ってちゃんと言ってくれるからね。私にあそこまで言ってくれたの、男子じゃひとりもいなかったから」

 

「……」

 

「同じクラスだから、もしかしたら聞いてるかもしれないけど、二階堂くんって以前はすごく暗かったのに、急に別人みたいに明るくなったじゃない? それは黒川くんのおかげって二階堂くんは言ってたから、多分二階堂くんのためにすごく親身になってあげたんだと思うわ」

 

「そうですね……」

 

「そうじゃなきゃ、あそこまで変わることなんてないと思うしね」

 

「……」

 

 その話は、二階堂君本人から聞いている。私も二階堂君の変わりようには驚いたが、それは黒川君のおかげだから、お礼を言っておいてくれと頼まれ…………しまった。黒川君にそのことを伝えるのをすっかり忘れていた。何をやっているんだ、私は。とりあえず、黒川君に会ったらすぐに伝えることにしよう。

 

 ……話を戻すと、私が黒川君をより意識するようになったのは、二階堂君からそう聞いたことによることかもしれない。

 自分以外の誰かのために、進んで動くことができる、強くて綺麗な心。人付き合いが苦手な私は、それを持ちたいといつも思っている。黒川君は、私が持っていないものを持っている。まさに彼は、私の憧れだった。

 

 ――認めよう。私は、黒川君のことが好きなのだ。間違いなく。

 将来的に誰かを好きになるであろうという考えは、漠然ながらあった。しかしながら、ここまで早く――他の人から見れば遅いと取られるかもしれないが、私にとっては高校生でそうなるのは十分に早い――巡ってくるとは思っていなかった。

 

「いっそのこと、告白してみたら? 案外すんなりOKもらえるかもしれないわよ?」

 

「えっ!? そ、そう言われても……」

 

 そうとは言っても、彼に私の気持ちを伝えられるかどうかとなると、また話は変わってくる。どのように言えばいいのか、そもそも言うタイミングはどうするのか、課題は山積みだ。仮に言う言葉やタイミングを決めたところで、私の性格上尻込みしてしまうかもしれない。

 それに私が彼を好きだからと言って、その逆も成り立つとは限らない。下手をすれば、私の人付き合いの苦手さや、趣味の少なさにげんなりしている可能性だってあるのだ。私なんかが、彼とつり合うのだろうか。

 

「……他の子に、取られちゃうかもしれないわよ? 文緒ちゃんは、それでいいの?」

 

「……えっ?」

 

 テーブルへ向けられていた視線は、望月さんのその言葉によって彼女の顔へと引き寄せられた。先ほどまでの笑顔はなりを潜め、望月さんらしからぬ真剣な表情へ変わっていた。

 

「黒川くん、千鶴ちゃんや小枝子ちゃんと仲がいいのは知ってるでしょ?」

 

「は、はい……」

 

「他にも同学年の女子で仲がいい子は結構いるし、それに1年生にも仲がいい子が多いのよ。陸上部のつぐみちゃんとか、大道芸研究会のエミちゃんとかね」

 

「……」

 

 同学年の人だけでなく、1年生にも仲がいい人が多いことは私も知っている。私は望月さんが例に出したふたりのことは誰なのか知らないが、図書室において、文芸部に所属し恋愛小説を書くことが好きな夏目(なつめ)さんや、絵本が好きな加賀美(かがみ)さんとは結構な頻度で会話しているのを見たことがある。夏目さんの恋愛小説を書くことと、加賀美さんの絵本好きは、他の人にはほとんど教えていない秘密だが、もしかすると黒川君はそれも知っているのかもしれない。

 

「好きって言えないまま黒川くんが他の子と付き合っちゃっても、文緒ちゃんは後悔しないで祝福できる?」

 

「…………それは、できません…………」

 

 当たり前だ。そんなこと、できるわけがない。

 告白した結果が駄目で、その後彼が恋人を作ったという流れなら、まだそう思うことはできなくもない。しかし、何も言えないまま彼が恋人を作ってしまったとしたら――――。

 

 ――私は、自分の性格を責め続けることになる。みっともなく涙を流して。

 

「今回だけでいいから、勇気を出してみない? やらない後悔より、やる後悔よ。私は文緒ちゃんのこと、全力で応援するからね」

 

「…………そう、ですね」

 

 先ほど言ったことの繰り返しになるが、正直言って私は黒川君とそこまで交流は多くない。彼が首を縦に振ってくれる見込みは薄いかもしれない。

 だが、こんなことを言うと夏目さんに嫌な顔をされそうだが、付き合っている人というのは、付き合う以前は交流が少なかったという人の方が多いのではないだろうか。お見合いというものも、多くは面識のない人同士で行うものなのだから。

 

 ――いや、何で結婚の話になっているのだろう。

 勝手な想像をして勝手に顔を熱くしている私を、望月さんは不思議そうな目で見ていた。

 

「伝えてみます、黒川君に」

 

 変な想像は置いておくことにして、私は望月さんに自分の意思をはっきりと伝えた。

 まごついて後悔するようなことはしたくない。なら、玉砕覚悟で先制攻撃をしよう。もし駄目だったら、その時は部屋で少しだけ泣けばいい。引きずらないとは言えないけど、言えずに泣くよりはるかにいい。

 

「うん! 頑張って、文緒ちゃん!」

 

 今日一番の望月さんの笑顔は、そんな私の背中を強く押してくれた。

 

 

 

 

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