誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

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この話は前話からの続きと言うよりも、時系列的には『擁護されるシリアルキラー』からの続きとなります。分かりにくい流れになってしまい申し訳ありません。


暴露/求めていたもの

 

 

 僕が死んだら、あなたは悲しんでくれますか。

 僕が死んだら、あなたは涙を流してくれますか。

 僕が死んだら、あなたは『何で死んだんだ』と嘆いてくれますか。

 

 

 

 

 あなたは僕を、肯定してくれますか。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……将平、大丈夫か?」

 

 家を出ようとしている俺に、極めて深刻そうな表情で尋ねる父親だった。そこまで俺は、やばい表情をしているのだろうか。

 

「うん……。大丈夫……多分……」

 

「……何かあったら、いつでも連絡するんだぞ?」

 

 全く説得力のない返事を俺はした。そんな俺の返事に父親はそう返したものの、悲しげな表情を浮かべていた。

 正直両親は、今現在の俺にとって一番信頼できる人間なのかもしれない。しかし、俺は今の自分の心中を父親に話す気には全くなれなかった。

 

 

 

 

 

 

「しまった……」

 

 家を出て自転車にまたがり、時間を確認するためにスマホで曜日を確認した際、俺はあることを思い出した。

 

 村上さんに告白されて、今日でちょうど一週間。それは、返答のタイムリミットでもあった。

 村上さんには申し訳ないことだが、ニンニク鼻たちに袋叩きにされたことによって、頭からそれが抜け落ちてしまっていた。

 

「…………」

 

 先週の金曜日から昨日に至るまでの図書委員の仕事は、病院で検査をするという口実を付けて休み続けていた。だが怪我の具合は大したものではなく、実際に病院に行っていたわけでもないため、さすがにもう潮時だろう。都合のいいことに、今日は村上さんと作業する日のため、返答するにはちょうどいいタイミングでもあった。

 

「…………」

 

 とはいえ、気乗りはもちろんしなかった。『ノー』としか答えられないこともそうだが、先週彼女には、俺の醜態を見せてしまっていたことが特に強い要因だった。

 いやむしろ、俺が返事をするまでもなく彼女から告白の撤回をしてくれるかもしれない。俺としては、その方が好都合だった。それならこの心配も無意味なものになる。

 

「……くそったれ」

 

 悪態をつきながらスマホをポケットにしまい、俺は自転車を漕ぎ出す。

 いずれにしても彼女には会わなければならない。もう、後戻りなどできないのだ。

 

 

 

 

 

 

 放課後になり、俺にとって一週間ぶりの図書委員の仕事が始まる。

 村上さんはわずかに俺から遅れる形で図書室に入ってきた。だが彼女は意外なことに、俺に対して軽蔑するような視線は送ってこず、告白を撤回するような言葉も言ってこなかった。むしろ逆に心配するような、悲しげな視線だった。

 

「……それじゃあ村上さんは、カウンターをお願い。俺は本の整理してるから……」

 

「あっ、はい……」

 

 一週間が経過したとはいえ、俺の顔にはまだ多くの絆創膏が貼られている。こんな顔でカウンターの作業をするのは好ましくない。まあ、仮に貼られていなかったとしても俺がカウンターでの作業をすることはなかったと思うが。

 

 俺が話しかけたことに驚いたような反応を見せる村上さんを一瞥すると、俺は作業に入っていった。

 

 

 

 

 

 

 滞りなく作業は進み、あと20分ほどで戸締りをする時間となった。本の整理はあらかた終え、俺はカウンターの方で村上さんからやや離れた位置に立っていた。

 利用者の姿はもうない――いや、数十分前に来た、閲覧テーブルで会話をする3年生の男女ふたりずつのグループがいた。

 

「でさー、まじありえないっしょー」

「こいつがマジでうぜえんだよなー、死んでくれよマジでー」

 

 だが俺は、こいつらを利用者と形容したくはなかった。本を読もうともせず、下卑た話を大きな声で延々と繰り返すその姿には、村上さんはもとより、他の利用者も嫌な顔をしていた。

 まれにではあるが、このように図書室で馬鹿騒ぎをする奴はいる。司書の人がいれば即座に叩き出されるし、過去に上級生の委員が叩き出している現場を見たこともある。

 時間が中途半端であること、叩き出すべきかと思った時にはもう他の利用者はいなかったこと、そして何よりやる気が起きなかったことから、俺は特に何も言わずに放置していた。村上さんも性格上気が引けてしまっていたのか、嫌な顔をしながらも何も言おうとはしなかった。

 

「つーかさ、チビの男ってマジありえなくね?」

「うわ、分かるわ。あいつらって何のために生きてんだろな?」

 

「……!」

 

 そんな中、グループの放った言葉に俺は心臓を鷲掴みにされたような気分になった。俺の心中など察することもなく、グループは会話を続ける。

 

「160あればまだいいけど、160ない男ってマジ意味不明。どんなイケメンでも160なかったら即終了ー」

「それにチビって性格もナヨナヨしててうぜえのが多いんだよなぁ。マジぶん殴りてぇー」

 

「…………」

 

 ――なんなんだよ、てめえらは。俺が何かてめえらに恨み買うようなことでもしたのかよ。

 

 連中の視界には俺の姿はまるで入っていない。俺に向けて放たれた言葉ではないことは明白だったが、まるで俺に対して言っていると錯覚するほどに、その言葉は俺にグサグサと連続で突き刺さった。

 

「黙れよ…………」

 

 俺は呟く。しかし、連中の声にかき消される。

 

「アタシ絶対チビの男なんかと付き合いたくなーい。アタシが白い目で見られるしー」

「でも貢がせてやってもいいかもねー。チビってこういうときは必死になりそうだしー」

 

「黙れよ…………!」

 

 先ほどよりも大きな声で俺は呟く。しかし、連中の声にかき消される。

 

「ほんとこの世からチビの男って消えてくんねえかなー」

「俺が政治家になったら、チビは死刑! なんつって! ぎゃはははは!」

「ちょっとそれ、笑えなーい」

「でも平和になりそー。あはははっ!」

 

 

 

 

 ――チビハ、ソンザイカチガナイ。オレハ、ソンザイカチガナイ。

 ――フザケルナ。フザケルナ。フザケルナ。

 

 

 

 

 ふざけんじゃねえええええええええええええええええええええっ!!

 

 

 

 

 

 

「静かにしてくだ……」

「……黙れっつってんだよ!」

 

 意を決して注意しようとした村上さんの言葉をかき消すように、俺は連中に向かって咆哮した。

 

「さっきからギャーギャーピーピー発情期の豚みてえに喚き散らしやがって! ここはてめえらの盛り場じゃねえんだよ! 盛りてえんなら、誰もいないとこでやりやがれ! さもなきゃぶっ殺すぞ、カス共が!」

 

 そばに村上さんがいることもお構いなしに、俺は『発情期の豚』、『盛り場』という極めて下卑た言葉を躊躇いもなく放った。

 一瞬で連中は沈黙し、冷や汗を垂らしながら逃げるように去っていった。全員が視界から消えたと同時に、俺は糸が切れたマリオネットのようにそばの椅子に座り込んだ。そんな俺の様子を見て、心配そうに村上さんが駆け寄ってくる。

 

「黒川君……大丈夫ですか……?」

 

 あんなに汚らしい言葉を吐いたというのに、まだ俺の心配ができるというのか。

 村上さんの心理が、俺にはもはや分からなかった。

 

「村上さん……昔話を、聞いてくれるかな? 俺の、昔話を……」

 

 だが、いずれにしても俺は終わりだ。誰にも話さなかった全てを暴露して、彼女の告白に対して終止符を打つことにしよう。

 

「……えっ? ……はい」

 

 一瞬何のことだか分からずに混乱しているようだった村上さんだが、すぐに真剣な表情に戻った。

 俺はゆっくりと自分の過去を、本性を、胸の内を彼女に語り始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学時代までの俺は、他人とコミュニケーションを取ることが苦手な人間だった(現在もそうなのだから、『まで』とか『だった』などの過去形は語弊がある気もする)。加えて運動もまるで駄目。そして――――。

 

「……村上さんは、俺の身長がいくつか知ってる? 誇張とかはなしに、正直に答えてほしい」

 

「えっ……? …………163、くらいですか?」

 

 本当に誇張なしで答えた数値なのか、気を遣ったのかは俺には分からない。村上さんは変に嘘を付くような人間ではないと思うので、多分前者なのかもしれない。自分で振っといてこんなことを思うのもあれだが、どちらの場合でも俺にとっては辛いだけでしかなかった。

 

「……はっはっは。そのくらいあったら、どれだけよかったか」

 

「…………」

 

「……158。そんだけしかないんだよ、俺は」

 

 

 

 

 俺の厭世観(えんせいかん)のほぼ全ての要因。それは、男としては極端に低い身長だった。

 もちろん、俺より身長の低い男子生徒は学園内にそれなりの数がいる。しかし、そういった人は様子を見た限りでは、みんな友人が多く、明るい人間性に見えた。俺のような経験は、恐らくせずに済んだのだろう。

 

 俺の場合は低い身長を初めとする様々な要因が重なり、同級生から標的にされた。連中にとって俺は完全にカモだったのだろう。

 

 

 

 

 つまり俺は中学時代、いじめに遭っていた。

 

 

 

 

 体育の授業における球技ではミスをするたびに『死ね』『殺すぞ』などと罵倒され、テストではカンニングをしたと身勝手な言いがかりを付けられた。それどころか、何もしなくても罵倒されたことも数知れない。

 そういった連中が使うお決まりのフレーズは、『チビ』だった。小学生の頃までは低身長であることをさほど気にしてはいなかったが、中学時代に数え切れないほど言われたそのフレーズのせいで、俺の身長に対するコンプレックスは異常なまでに肥大した。

 

 コンプレックスだけではなく、精神的に病む日々も続く。一時は登校拒否も考えたが、たったひとり信頼できる友人がいたおかげで、何とか踏みとどまることができていた。いじめの悩み事も、よく話していた。

 

「……だけど、そいつは俺を裏切った。いや、端から俺を友達なんて思っちゃいなかったんだ」

 

「えっ……?」

 

 3年生になって間もなくした頃、そいつ自身が暴露してきたことだった。実際には、俺がそいつに話してきたいじめによる悩み事は、全部そいつを通じていじめグループに筒抜けになっており、笑いのネタにしていたらしい。

 

 その瞬間、俺は全てが崩壊した。他人を信用すること、優しくすること、暴力を振るってはいけないこと――――。生まれてから意識してきたそれらが、全て無意味なものだったと理解し、同時に連中に対する報復を決意した時でもあった。

 

 インターネットの動画サイトや、購入した格闘技の教本――ボクシングやレスリング、ムエタイなど――を参考にし、家の近くの山の人目に付かない場所で、自己流のトレーニングを徹底的に行った。連中を血祭りに上げるという、ただそれだけを目標にして。

 

 

 

 

 そして報復決行の日。その日は、中学の卒業式だった。もちろん意図してその日にしたのだが。

 式が終わっても連中はすぐ帰らないことを事前に調べていた俺は、トイレに行くなどして単独状態になるのを見計らい、ひとりずつ処刑していった。

 男子4人、女子2人の、計6人。女であろうが俺は躊躇わなかった。

 

 裏切った奴だけは、気絶するまで顔面を殴り続ける程度に留めた。仮初めであっても、一応『友達』でいてくれたからという理由があったのかもしれない。

 だが、それ以外の5人には、一切情けをかけなかった。

 

 パンチ、キック、肘打ち、膝蹴り、頭突き。あらゆる打撃を顔面と腹部に叩き込んだ。腕に肘打ちを入れてへし折った。顔面を壁に叩きつけたり、踏みつけたりして鼻を破壊した。

 

 俺を一番罵倒していたリーダー格の男子生徒は、それだけに留めなかった。

 頬に噛み付いて肉を食いちぎり、咀嚼(そしゃく)した。不味かったので吐き出した。

 頬骨が陥没骨折(かんぼつこっせつ)するまで壁に叩きつけた。

 下腹部を何回も踏みつけ、睾丸(こうがん)をふたつともぐちゃぐちゃにした。二度と、男としての機能が使えないように。遺伝子を後世に残せないように。

 

 血だるまでもはや原型を留めていない顔となり、虫の息と形容してもおかしくない状態のそいつに、俺はある言葉を放った。

 

 『くれぐれも、俺より先に死んでくれるなよ』と。

 

 俺は奴らに長生きしてほしかった。怪我も治して、身体だけは健康的に生きていってほしかった。

 そして、俺の姿が片時も頭から離れずに、震えながら生きていってほしかった。『生まれてくるんじゃなかった』と思いながら生きてほしかった。100年どころか、200年は生きてほしかった。死の直前まで、俺に怯えながら。

 

 連中の処刑が終わったとき、俺は得も言われぬ快感に包まれた。憎い人間を処刑することは、こんなにも素晴らしいものだったのかと。

 あんなに俺を罵倒していた奴らが、血だらけで涙を流して命乞いする姿、それを踏みにじって蹂躙(じゅうりん)の限りを尽くし、止めを刺してやること。俺にとっての快楽の究極系だった。

 

 さらに風の噂で聞いた話だが、俺を裏切った奴以外の5人は、例外なく家にこもって震える毎日を過ごしているとのことだった。進学予定だった高校には入学式すら行かずに中退したと聞く。

 リーダー格だった男子は、声を出すこともなく歯をカチカチ鳴らして震えているとのことで、俺の快感はさらに高まった。

 

 

 

 

 だが、これによって俺も代償を支払うことになる。

 

 

 

 

「……本来俺は、聖櫻に進学するはずじゃなかったんだ。公立の進学校に通う予定で、ここは滑り止めで受けてたんだよ」

 

「……そう、なんですか?」

 

 返り血を浴びて帰宅した――道中、通行人の姿はひとりもなかった――俺を、驚愕した表情の両親が迎えた。『何があった』と尋ねる両親に、俺はゲラゲラ笑いながら『ひとりでクズ共に復讐したぞ』と歓喜していた。

 それ以降のことは、あまり記憶にない。大分後になって両親から聞いた話によると、俺の行為は中学側がもみ消したらしい。当然連中の父兄から抗議があったようだが、全く取り合わなかったという。元々俺へのいじめももみ消していたろくでなしの中学だ。やられた人間が、俺だろうが他の奴らだろうが関係なかったのだろう。

 だが、その情報が本来進学する予定だった高校に流れ、俺は合格を取り消された。だというのに、聖櫻には入学できたことは今でも不思議でしょうがない。時期などを考えても、申請の期間は終わっていたはずなのだが。とはいえ、俺はその詳細は両親には尋ねなかった。苦労をかけたのかもしれなかったからだ。

 

 

 

 

 

 

「……これが、俺の過去と本性。まあ、先週の俺を村上さんも見てただろうから、今さらかもしれないけどね」

 

「…………」

 

 両親でもなければ、二階堂くんや3人組のように多くゴマをすってきた人間というわけでもない彼女に、俺は全てを暴露した。シリアルキラーとしか言いようのない、猟奇的でおぞましい本性を。

 心療内科の担当医にすら話したことのないことも含めた、文字通り『全て』だった。

 

「ここに入学した時も、『チビ』って言われるんじゃないかって思ってた。いや、今でも思ってるって言った方が正しいかな」

 

「…………」

 

「当初は、『罵倒する奴なんか皆殺しにしちまえ』って思ってたけど、すぐそんなことしても意味がないって気付いたから、俺はあることを思いついたんだ」

 

「……それは、一体何でしょうか?」

 

「ゴマすり。運動神経がいい人とか、友達が多い人に媚を売って、コネを広げようと考えたんだよ」

 

 中学を卒業して以降、俺の身長はほとんど伸びなかった。そのせいでまた罵倒されると確信した俺は、二階堂くんを初めとする運動が得意な人間や、友人の多い人間に対して積極的に話しかけていった。他にも、芹澤くんたち3人組が俺に話しかけてきたのはまさに好機であった。最初は戸惑ったが、棚からぼた餅と思って、すぐに媚を売った。

 先月行われた身体測定における身長の結果が、去年とほぼ変わりなかったことで俺は自暴自棄となり、媚を売る頻度――特に二階堂くんに――を上げた。

 

「ぶっちゃけるけど、俺は二階堂くんたちを友達とは思えていない。二階堂くんたちは、俺にとっては友達なんかじゃなくて、おもちゃにされないようにするための盾なんだよ……。明るく振る舞っていたのは、みんな演技だよ。いい人ぶることで、コネを作って標的にされないようにするためのね……」

 

 担当医は『ゴマすりと思っていないかもしれない』と話していたが、やはり俺のやっていたことはゴマすりなのだ。俺は彼らを友達だなんて、少しも思っていないのだから。

 

「それにみんな俺より身体がずっとでかくて、運動神経も良くて、コミュニケーションだってしっかりとれる。俺はそんなの、ひとつとしてない。だからそういう人に媚を売ってないと、俺はすぐおもちゃにされるのが関の山だ……」

 

「黒川君……」

 

「だけどそんな俺の考えとは逆に、二階堂くんたちは俺のことを信用しちゃってた。それは俺にとって予想外のことだったんだよ」

 

 他の人もそうだが、特に二階堂くんや3人組とは浅い付き合いをして、卒業したらフェードアウトする――という流れを作ろうと思っていた。

 しかし、彼らの方から昼食を誘ってきたり、街へ遊びに行こうと言ってきたりしたことに俺は困惑した。3人組の方は、俺の家に行ってみたいと言ってきたこともあった。

 

「飯を食うならともかく、どこかに行くとか、ましてや俺の家になんて絶対に行かせたくなかった。友達なんて思ってなかったし、それに俺はひとりで時間を過ごしたかったんだ」

 

 ゲームや漫画を貸すことはあったが、それは全て校内で行い、理由をでっち上げて家には一切近づけようとしなかった。

 

「でもすぐ気付いたんだよ。こんなことを続けていたら、いずれ俺の本性がばれるんじゃないか、って……」

 

「…………」

 

「……ばれるだけなら別にいいんだよ。俺が恐れてたのは、それで怒りを買って、中学時代以上に罵倒されることになるんじゃないかってことだったんだ。先月の身体測定、去年とほとんど身長が変わってなかったから、また『チビ』って言われてトラウマを抉られるんじゃないか、ってね……」

 

「…………」

 

 二階堂くんたちと出かける誘いを断り、病院に行って診察を受けた日が過ぎてからは、落ち着くように努めていたものの、内心ではパニックに近い状態になっていた。

 ニンニク鼻たちに襲撃される直前までその考えは続いていたが、連中に襲撃され、怒り狂って1年の教室がある棟を闊歩していた際には霧散し、二階堂くんに止められた時にはまた芽生え出したものの、その時はもうパニックと言うよりは諦めに近い感情になっていた。

 

 当初思っていた『皆殺しにしちまえ』という考えも一瞬頭をよぎったが、そんなことは到底無理だった。

 高校生になると女はともかく、基本的に男は体格が大きくなる場合がほとんどだ。それに伴い力も強くなる。こんなちんけな俺が仮に彼らに罵倒され、怒りをあらわにして殴りかかったとしても、あっさり返り討ちに遭うのがオチだった。

 特に身長が190cmもあり、運動神経もかなりよく、キックボクシングまで身に付けている二階堂くんには、まず敵うわけがなかった。止められた際に抵抗しても全く振りほどくことができなかったので、その確証も得てしまっていた。

 

「俺は多分、もう身長は伸びない。高校生にもなればもっと伸びて、少なくとも160cmを少し超えるくらいにはなるんじゃないかと思ってたけどね……。考えが甘かったよ……甘すぎた……」

 

「…………」

 

「女と違って、低身長の男ってのはマイナスの要素は際限なくあっても、プラスの要素は少しもありゃしない。さっきの奴らが言ってたみたいに、一生俺は『チビ』って馬鹿にされ続けて、おもちゃにされるのが運命なんだよ。今も、これからもね……くそったれ……」

 

 あんなにおぞましいことをぶちまけたくせに、『何て俺は可哀想な人間なのだ』とでも言わんばかりの、見苦しいにも程がある被害者アピールを延々と口にする姿は、実に惨めで滑稽(こっけい)だった。馬鹿げていた。腐り切っていた。

 

「…………」

 

「……村上さん。これで分かったよね? そもそも俺は、村上さんと付き合う資質なんて、かけらほどもないんだよ。俺は優しくなんかないし、思いやりのある人間でもない。俺は自分の都合だけを最優先して、そのためには平気で人を利用する奴だ……。チビとかそれ以前の問題だよ……」

 

「…………」

 

「そして何より、憎い奴を罵倒して、顔に唾を吐きかけて、ためらいなくぶん殴って、血祭りに上げて屈服させることを何よりの喜びにしている、どうしようもないクソ野郎なんだ。だから、俺のことなんか、もう忘れてよ……。こんなことを楽しむような人間、軽蔑されてしかるべきなんだ……。好きになんて、なっちゃいけないんだよ……」

 

「…………」

 

 途中から村上さんは、完全に無言になっていた。

 

 

 

 

 

 

 もう、どうでもいい。

 悪夢の極みであった、忌々しい中学時代よりはマシな生活を送れると思っていた俺が馬鹿だったのだ。俺は結局悪手を打ち続け、自分で自分の首を絞めただけだった。

 

 さっさとおだぶつしたい。消えてなくなってしまいたい。

 死にたい。死にたい。死んでしまいたい。

 こんな腐り切った世界に居続けるなんて、そんな生き地獄はまっぴらごめんだ。

 

 なら、どんなに醜態を見せても同じことだ。惨めであることに変わりはない。

 誰彼からも軽蔑されて、後腐れなくくたばる方がよほど楽だ。

 

 

 

 

 ――――今日が、俺の人生最後の日だ。本当に、クソみたいな人生だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさい……」

 

「……はっ?」

 

「ごめんなさい、少しも気付こうとしなくて……。黒川君の優しさに甘えてばかりで、肝心の黒川君自身のことを、ちっとも理解しようとしていませんでした……」

 

「……はっ? ……はっ?」

 

 私は、黒川君の何を知っていたのだろうか。

 自分の意見をはっきり言えること、人を気遣うことができること、たくさんの人と交流できること。

 それが全部、辛くて、辛くて、辛すぎた中学時代のような日々を、もう繰り返さないようにするために、現在進行形で続く苦しみを何とか和らげるために、必死になって行っていたことだったのだとしたら――――。

 

 私は彼を、軽蔑なんてできるわけがない。絶対に、できるわけがない。

 むしろ私が、彼に軽蔑されても文句は言えないのだ。

 

 私は彼の苦しみに気付かなかった……いやむしろ、目をそむけていたのだ。彼の優しさや人間関係の多さに私は憧れるだけで、『悩みなんてない』と勝手に決め付け、本心を理解していなかった。しようともしていなかったのだ。

 

 『憧れは、理解からは最も遠い感情だ』と以前読んだ本にあった言葉に書かれていた。その言葉は私の心に強く残っていたはずなのに。

 

 

 

 

 私は、馬鹿だ。

 

 

 

 

「何で……何でなんだ……。罵倒してくれよ……ぶっ叩いてくれよ……。『顔も見たくない。あんたなんか消えちまえ』って言ってよ……」

 

「そんなこと、できるわけありません……。やれって言われても、絶対に嫌です……!」

 

「わけが分かんないよ……どうしてそんなことが言えるんだ……。普通、軽蔑して罵倒するもんでしょ……?」

 

「それなら、私は普通じゃないってことです。でも、それで私は構いません。そんなことが普通なら、私は普通じゃなくていいです……!」

 

 『優しくない』、『どうしようもない』と彼は言ったが、それは間違いだ。彼は私と知り合う前から、今に至るまでずっと優しかったのだ。だからこそ、どんなにいじめられても耐えてきた。

 だが、どんな人にも限界はある。優しい人の我慢が弾けた時の怒りのすさまじさは、とても言葉では形容できない。

 確かに彼の行った報復は極めて凄惨(せいさん)なことだったかもしれない。だが私は、報復された彼らに同情などできない。彼の優しさを踏みにじり続け、小柄な体格や運動が苦手であるという、だれにも迷惑をかけてなどいない特徴を、いじめるための口実に使い続けていた彼らには、当然の報いだ。

 そもそもいじめなどしていなければ、彼はそんな行為など決して行わなかったのだから。

 

「…………」

 

「私は黒川君の支えになりたいんです。馬鹿にするような言葉なんて、絶対に誰にも言わせません。それに、罵倒したり殴ったりすることが好きなら、それが好きじゃなくなるようにしてみせます。だからこれ以上、自分を傷つけないで下さい……。『死にたい』なんて、言わないで下さい……」

 

 それなのに彼はこんな私に、辛すぎる過去と今抱えている悩みを、何の脚色もすることなく語ってくれた。本当は話したくもなかったはずなのに。

 だから私は、彼を支えたい。当たり前だが、哀れむ気持ちでそうしたいのではない。彼のことが好きだからそうしたいのだ。

 彼は『自分のことなんかもう忘れてほしい』と言ったが、私はそんなことをするつもりは全くない。軽蔑なんて、罵倒なんて、するわけがない。私が彼を好きであるという気持ちは、何も変わっていない。

 仮に誰も彼もが彼を糾弾したとしても、私は絶対にそちら側には回らない。罵倒や暴力が好きだという感情にしても、初めから形成されていたものではないはずなのだから。

 

「付き合ってなんて言うつもりはないです。突き放してもいいです。でもせめて、このわがままだけは、聞いて下さい……」

 

 だが彼は、私に呆れてしまったかもしれない。自分のことを少しも分かっていないくせに、『納得できない』などと偉そうなことを言い、いざ分かればみっともなく涙を流す私に、彼は憤っているかもしれない。でも、それでも構わない。突き放されたって、『ふざけるな』と言われたって、私は文句を言えない。

 

 しかしそれでも私は、彼の自虐と自殺願望はもう終わりにしてほしかった。どんなに突き放されたとしても、これだけは譲れなかった。

 死んでしまっては、何もかもが終わってしまうのだから。

 

 

 

 

 

 

「…………ふーっ…………」

 

 俺の手を強く握る彼女の涙が、彼女の手の甲に落ち、俺の手にも流れていく。それは妙なくらいにひんやりと冷たかった。

 ふと窓に目をやると、恐らく開いた窓から侵入したのであろう、窓枠をうろちょろしているハエがいた。それを目で追い、『ハエって1秒に100回以上羽ばたくんだっけ』などと、全くもって関係のないことを考えながら、ひとつだけ大きく息をついた。

 

 

 

 

 聖櫻に入学してから今に至るまで、俺は将来に絶望しきっていたこともあって、何を求めて生きていけばいいのか全く分からなかった。だが、今俺が求めていたものが何か分かった気がする。

 

 自分を認めてくれる人間。

 自分を肯定してくれる人間を、俺は渇望していたのだ。別に猟奇的な行動を肯定しろというわけではない。

 

 俺の過去を知っても拒絶しないこと。

 俺の本性に恐怖せず、むしろ直るようにしてくれること。

 チビな俺のコンプレックスを、和らげてくれること。

 

 俺が求めていたのは、これだったのだ。

 承認欲求まみれの感情だということは分かっている。だが、散々存在を否定されてきた俺なんだ、このくらい望んだって別にいいだろう。

 

 将来の夢だとか、未来的なものはまだ分からない。だが、自分を肯定してくれる人間さえいれば、まだ希望はある。

 

 

 

 

 ――なら、もう少しだけ頑張ってみても悪くはないんじゃないだろうか。まだ俺は、生きていてもいいんじゃないだろうか。彼女が俺を、肯定してくれる限りは。

 

 村上さんは、俺の全てをぶちまけても嫌悪するどころか、涙まで流して謝罪した。彼女が許しを請う必要など、何ひとつとしてありはしないのに。

 ここまで俺を認めてくれた彼女に、『ノー』なんて返事はできない。してはならない。

 

「村上さん……俺は凄く――いや、そんな言葉で表すのも適当じゃないくらい面倒な男だ……。それに、村上さんのことを一番に大切にするなんて恋愛小説みたいなことは言えない……。まだ、自分自身が絶対的に大切な存在だよ……。そんなんでも、いいの?」

 

「……はい。一番に大切にするなんて、まだ考えなくていいんです。まず自分を大切にしてください。それに黒川君は、面倒な人なんかじゃありませんから」

 

 ――それなら、もう少し頑張って生きてみよう。死ぬのは、何もかもなくなってからでも遅くはない。

 

 

 

 

「……じゃあ、こんな俺で良ければ、これからよろしく……」

 

 もう一度窓を見ると、ちょうどハエが外へと飛び去っていくところだった。まるで『お前らと一緒の空間にいられるか』と、嫉妬するかのように。

 

「……はい! 私こそ、これからよろしくお願いします!」

 

 さっきまで『死にたい』と思っていた俺に彼女ができた。しかも、向こうからの告白で。

 俺は、夢でも見ているのだろうか。あまりにも都合が良すぎる。

 そうだ、これは夢だ。腕をつねってみよう。痛かった。なんじゃこりゃ。

 

 

 

 

 

 

 ――俺の人生最後の日は、新たな人生の始まりへと昇華されたのだった。

 

 

 

 




自分がこの話のプロットを思いついてから今日に至るまで、およそ2年が経過していました。

ようやく、自分が本当に書きたかったことを文章にできた気がします。

もちろんこれで終わりではありません。濃厚なイチャラブ……と言えるのかは分かりませんが、読んでくださる方が感情移入できるような将平と文緒の交流を描くことができたらいいなと思います。

夏準備、水泳教室、海水浴、清涼祭、紅葉デート、イースターバニー、チャイナドレス、サバゲーなどなど……カードイラストから書きたい話はたくさん湧いてきます。

すぐに書くことは難しそうですが、できるだけ早く書けるようにしたいです。
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