誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

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文緒どころか、ガールが登場しない話になってしまいました。ごめんなさい。


『友達』と語り合う

 

 

 

 

 報復を終えた翌日の放課後、俺は約束通り芹澤くんを家へと案内した。今までずっと行けなかった反動なのか、芹澤くんは『すぐにでも行きたい』と言ってきたので、その期待に応える形となった。

 

「で、でかいな、将ちゃんの家って……」

 

 俺の家を見た芹澤くんの第一声がそれだった。

 

 

 

 

「す、すげえ……」

 

 俺の部屋に入った芹澤くんは、村上さん以上にテンションが上がっていた。目を輝かせながら驚きの声を漏らしている。そんな中、部屋に張られた格闘技のポスターを見て表情が変わった。

 

「ま、まさか将ちゃんって、格闘技好きなのか……?」

 

「えっ? まあ、そうかな。会場に行って見たことはないけど、ネットの視聴サイトに登録するくらいには好きかな。MMAがほとんどだけど」

 

「……ンギャーッ!!」

 

 その質問に答えた途端、芹澤くんは叫んでその場にうずくまる。

 

「ちっくしょう、もっと早く知っておくべきだった……将ちゃんが格闘技、しかもMMAが好きだったなんて……」

 

 MMAとは、Mixed(ミックスド) Martial(マーシャル) Arts(アーツ)の頭文字を取った略称のことである。日本では『総合格闘技』と言った方が伝わりやすいかもしれない。

 打撃だけではなく、投げ技や絞め技、関節技の使用も認められるルールの下で行われる格闘技のことだ。ルールの整備によって、やってはいけない行為も多く定められているので、『何でもあり』と形容するのはさすがに語弊があるが、それでも多くのことが出来る格闘技であることは間違いない。

 ボクシングやキックボクシングなどもそれなりに見はするが、俺は様々な技の攻防が見られるという点から、総合格闘技の観戦が一番好きだった。最近ではインターネットで過去の試合を見れるサイトを開設している団体もあり、それに登録しているほどである。

 

「芹澤くんも好きなの?」

 

「ああ、滅茶苦茶好きだ。……ところで将ちゃんさ、何か格闘技ってやってるか? 三角が得意みたいだから、柔道でもやってるんじゃないかって思ったんだが」

 

「……いや、柔道はやってないけど、ブラジリアン柔術なら」

 

「…………」

 

 質問に答えると、今度は無表情で沈黙した。何かまずいことを言ってしまったのだろうかと焦りかけるが、

 

「将平様、お願いいたします。この(わたくし)めに寝技をご教授ください」

 

 刹那、芹澤くんは土下座をして俺に懇願するような言葉を発した。その目は、さも俺を礼賛(らいさん)するかのようだった。

 

「……とりあえず芹澤くん、落ち着こう」

 

 いつもの落ち着いた雰囲気がかけらほども見られない彼に内心驚きを隠せなかったが、俺は平静を装って落ち着かせた。

 

 

 

 

「なるほどな。柔術やってたから、あの時三角極められたのか」

 

 落ち着きを取り戻した芹澤くんは、うんうんと頷きながら感心するような仕草を見せる。あの時というのは、もちろん去年の球技大会でのことだ。

 正直あれは褒められた行為では到底ないが、無理矢理肯定的に捉えるなら、芹澤くんらと知り合うきっかけになった行為でもある。

 当の本人は、初めて会ったとき以上に嬉しそうな表情だった。先ほど彼が言っていたことだが、格闘技の話題が出来る人が他にほとんどいなかったというのも関係しているようだ。

 

「とは言っても、あの頃はまだ始めてから一月も経ってなかったけどね」

 

「だけどそれで極められるって、センスあるってことじゃん。さすがとしか言いようがねえよ」

 

「そうなのかな……」

 

 芹澤くんの褒め言葉に、正直俺は気まずくなる。辞めようと思っていることを話すのは躊躇われた。

 

 

 

 

「まあ、寝技のことは追々聞くとして…………将ちゃん、村上さんとは上手くいった?」

 

「……えっ!? 何で芹澤くんが!?」

 

 格闘技の話題を終えたと思ったら、唐突に村上さんとの関係を尋ねられた俺は驚きを隠せなかった。

 

「おっ、かまかけたつもりだったけど、当たりだったか。まあ、俺に連絡くれたのは彼女でも出来て精神的に落ち着けたからなんじゃないかって思ったからな。電話越しの将ちゃんの声、かなり活き活きしてたし」

 

「……でも、何で村上さんってことまで分かったの?」

 

「図書室に行く度に目にしてたけど、村上さんっていっつも将ちゃんのことちらちら見てたぜ。『こりゃ気があるな』ってすぐ分かったよ」

 

「……そうだったんだ」

 

 村上さんが俺にちらちら視線を寄越してきたことに気付いたのは、告白された日だけだ。ただ、それまで気付かなかったと言うよりは、目を背けていただけなのかもしれないが。

 

「それにこの前俺が将ちゃんに声かけた日に、望月の奴が村上さんのこと慰めてたんだ。『黒川くんは大丈夫よ』なんて言ってたから、多分ふたりの間に何かあったんだろう、ってな」

 

「…………」

 

「で、何て言って告ったんだよ? 参考にするから、教えちくり」

 

 にやつきながら芹澤くんは、有栖川さんのようなことを聞いてくる。もっとも自分の恋愛事情に鈍感な有栖川さんは、『参考にする』とは言わないだろうが。

 

「……何て言うも何も、村上さんから告白してきたんだよ。大体、俺が誰かに告白できるような人間だと思うの、芹澤くんは?」

 

「マ、マジで……? というか、村上さんから告白するなんてことの方がよっぽどないと思うんだけど……」

 

 芹澤くんは呆気に取られた表情をしていた。確かに俺も彼と同意見だ。

 加えて村上さんは、二階堂くんが好きなのではないかと思っていたというのもある。

 ただあの時は、告白してきたのが村上さんであるということよりも、告白されたことそのものに驚いていたのだが。

 

「まあとりあえず、その後ちょっと色々あったけど、OKして今に至るって感じかな? この前の土曜日は家にも呼んだしね」

 

「ほうほう」

 

「今まで家に誰かを呼んだことはなかったから、村上さんが初めての人だったんだけど……何かごめんね?」

 

「何言ってんだよ。俺なんかより彼女を優先するのは当然だろうに」

 

 村上さんの方が先になってしまったことに、わずかばかり罪悪感を抱いてしまったが、芹澤くんはそんなものは無用と言わんばかりに右手を振る。

 

「それにダチとしては俺が第一号なんだ、十分すぎるっての」

 

 それから右手の親指を突き立てて、口角を吊り上げながらそう言った。

 

 

 

 

「俺の方からも芹澤くんに聞いておきたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「ん、なんだ?」

 

 芹澤くんを家に連れてきてから俺は質問されてばかりだったが、俺の方からもどうしても彼に尋ねたいことがあった。

 

「どうして芹澤くんはさ、俺なんかにそんなに協力的になってくれたの?」

 

「…………」

 

「俺は高桑くんとか鴨田くんのように芹澤くんの幼なじみってわけでもないし、二階堂くんみたいに中学時代から知り合いだったっていうわけでもないのに」

 

「…………」

 

「話すのに差支えがなければ、教えてくれるかな?」

 

 俺の問いに芹澤くんは、しばらく無言でいた。話したくないことを尋ねてしまったのかと感じた俺は、そう付け加える。

 

 

 

 

「……そっくりだったんだよ、将ちゃんは」

 

「……えっ?」

 

 しかし芹澤くんは、ゆっくりと語りだす。懐かしむような表情からは、悲哀とも取れる感情が見え隠れしていた。

 

 

 

 

 

 

 村田(むらた)賢介(けんすけ)

 それは芹澤くんが中学時代、幼なじみのふたりよりもはるかに一緒に行動していた友人の名だった。

 しかし2年生の中頃、村田くんは芹澤くんの気付かぬところで遭っていた凄惨ないじめが原因で、自殺を図ってしまったという。幸い一命は取り留めたが、学校に戻ることはなく他県へ越してしまったらしい。

 

 ただ、それでは理由と言うには苦しいものがある。

 一番の理由は、俺と村田くんの顔が同一人物に思えるほどそっくりだったからというものであった。

 とは言っても、今でも158cmしかない俺に対し、村田くんは中学の時点で160cmを超えていたために体格差があったこと、加えて声質が全く異なるものであったことから、他人であることはすぐに認識したようだが。

 体格差のことを話し終えると、『別に将ちゃんの身長を馬鹿にする意図はないからな』と焦った表情で付け加える芹澤くんの気遣いは、気にしてないと思う一方で、ありがたくもあった。

 

「……俺は、将ちゃんのことを賢介と重ね合わせてるんだと思う」

 

「…………」

 

「賢介をいじめてたクソ野郎は皆殺しにしてやったけど、それでも賢介は何も言わずに行っちまった。気付いていれば、そうはならなかったと思うんだ……」

 

 大切な友人がそんな目に遭ったことに芹澤くんは激昂し、いじめに関わっていた人間10数人をたったひとりで病院送りにし、停学処分を受けた。『後悔なんて微塵もしちゃいない』と、彼は話の最後に付け加えていた。

 

「…………」

 

「だから正直、将ちゃんが稲二の連中にやられたって知った時は、チャンスだって思っちまってた。ここで将ちゃんを助けることが出来れば、賢介を守れなかった罪滅ぼしが出来るんじゃないかってな。顔もそっくりだから、尚更だったよ……」

 

「そっか……」

 

「将ちゃんは賢介じゃないし、そんなことをしたところで俺があいつを守れなかったってことに変わりはないのにな……。将ちゃんにも、ひでえことをしてるってのに……。本当身勝手な奴だよ、俺は」

 

「…………」

 

「実は今年の正月、あいつから年賀状が届いたんだ」

 

「えっ、そうなの? それなら……」

「いや、でもあいつは、俺のことを憎んでいると思う」

 

 『それなら連絡してみればいいのに』と言おうとしたところで、芹澤くんは言葉で遮る。

 

「届いたはいいんだが、全部機械で印刷されたものだったんだ。手書きの文字も、写真もなかった。一応返事を出したけど、それ以降は連絡もしてない。多分あれは、決別の意味合いがあったんだと思う……」

 

 

 

 

「……その村田くんって人は、恐らく芹澤くんのこと、憎んでなんかいないんじゃないかな?」

 

「……へっ?」

 

 正直なところ、芹澤くんは考えすぎではないかと俺は思った。そもそも憎んでいるなら、年賀状を出すという行為自体しないと思う。メールやSNSなどの発達により、年賀状は書くことすら敬遠される傾向が年々強くなっている。

 それにもかかわらず年賀状を出したのは、決別するという意味などではないことは容易に想像できた。仮に決別の意味で出すのなら、怨嗟(えんさ)の言葉を書きなぐったものを出すだろう。……もっとも、これは俺に当てはめた場合だが。

 

「…………」

 

 俺がそのことを伝えると、芹澤くんは戸惑うような表情を見せていた。俺の考えに喜ぶべきなのか、俺の考えを否定すべきなのかという、ふたつの感情がぶつかり合うことによって生じる戸惑いのような。

 

「俺の想像だけど、手書きの文字も写真もなかったのも、気まずさみたいなのがあったんじゃないかな?」

 

「…………」

 

「話を聞く感じだと、その年賀状で久しぶりにコンタクト取ったんだよね?」

 

「あ、ああ……」

 

「多分、どんな年賀状にしたらいいのか分からなくなっちゃって、機械的になっちゃったんだと思うんだよ、俺は」

 

 とは言ったものの、俺はその村田くんがどういった人間なのか全く知らない。芹澤くんに今言ったように、これは単なる憶測でしかない。

 肯定的に捉えるべきだと言いはしたが、自分の意見を全面的に否定されたことで、芹澤くんは苛立つかもしれない。

 

 

 

 

「将ちゃんは俺と違って、人の気持ちってものをかなり深く考えられるんだな……」

 

 しかしながら、芹澤くんは大きく息を吐きながらぽつりと呟く。先ほどまでの戸惑うような表情は鳴りを潜め、まるで解放されたかのような清々しさを感じ取れた。

 

「……そうだな。すぐには難しいかもしれないけど、連絡取ってみようと思う。ありがとな、本当に」

 

 憶測で言ったことではあったが、芹澤くんは俺の意見を尊重してくれたらしい。

 

「まあ、偉そうなことを言える立場じゃないけどね。こんな人間嫌いな奴が」

 

「……将ちゃんって、人間嫌いなのか?」

 

「まあね。本来の俺は明るい性格なんかじゃなくて、かなり偏屈だよ。今信用できる人間も、両親を除けば芹澤くんと村上さんしかいないからね」

 

「……そうか」

 

 その言葉に芹澤くんは、少し寂しそうな表情になっていた。他の人間は友達と思っていないという意思の表明になってしまったため、無理もないのだが。

 

「それに……」

 

 話すべきか迷ったが、信用できる人間になら話してもいいだろうと判断した俺は、芹澤くんに自分の過去を話した。

 村上さんに話した時と違って、復讐の詳細などの猟奇的な内容は話すことを控えたが、それ以外はおおむね同じことを伝えた。

 

 

 

 

「……すまねえ、本当に。言い訳にしかならねえけど、まさか将ちゃんもそんな目に遭ってたなんて、気付きもしなかった……」

 

 愕然とした表情で、芹澤くんは俺に謝罪の言葉を述べた。

 

「謝ることはないって。悟られないようにしてたわけだから、気付かないのも無理はないよ」

 

 むしろ俺としては、復讐したことに対して何も言わなかったことが正直ありがたかった。球技大会の時以上に褒められた行動でないことは言うまでもないが、変に否定されたくないという気持ちもあったからだ。

 村上さんの場合にも同じことが言えるが、自分を肯定してくれることは信用の大きな要因たりうる。

 

「……将ちゃん。前も言ったけど、俺は何があっても将ちゃんの味方だ。何でもかんでも話せってわけじゃないけど、辛いことは辛いって言っていいんだ」

 

「…………そうだね」

 

「……まあ、こういうのは村上さんの役目なのかもしれねえけど、俺だって俺なりに出来ることはあると思うしな」

 

「……ふっ」

 

 村上さんに対して対抗意識を燃やす芹澤くんを見て、俺は柄にもなく吹き出してしまった。

 

「な、何で笑うんだよ?」

 

「ごめんごめん……」

 

 

 

 

 それから俺たちは、お互いの趣味に関してかなり長い時間語り合った。格闘技の造詣が深く、アニメや漫画、ゲームの話題も結構知っている芹澤くんとの会話は、村上さんの時とはまた違った楽しさがあった。

 趣味の合う人間との会話の楽しさなんてものは、もう何年も味わっていなかったような気がする(小野寺さんは趣味の合う人間ではあるが、時間を忘れて語り合うまでに至ったことはない)。

 

 気が付けば、時間は7時近くになっていた。慌てて帰る支度をする芹澤くんだったが、その一方で興奮冷めやらぬ表情でもあった。

 帰る間際に彼が放った『これからもよろしくな』という言葉は、姿が見えなくなっても俺の頭に残り続けていた。

 

 

 

 

 

 

 友達。

 そんなものは存在しない、あってもゴミみたいなものだと思い続けていたが、少しは考えを改めてもいいのかもしれない。

 少なくとも彼は間違いなく信用できる、『友達』と形容できる人間なのだから。

 

 

 

 


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