誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

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聖衣の談義(前編)

「村上ちゃ~ん、それで全部~?」

「あっ、はい。これで終わりです」

 

 5時間目の体育の授業を終え、用具を片付ける。

 小野寺さんの問いかけに片付けが終わったことを伝えて体育倉庫を出ると、私は彼女と一緒に教室へと歩を進めていった。

 

「用具の片付けって地味に時間かかるんだよね~。こりゃ6時間目が終わってからじゃないと着替えられないかな~」

「そうですね……」

 

 小野寺さんのその言葉に、私はほんの少しだけ憂鬱になった。本当ならすぐにでも制服に着替えたかったけれど、それでは6時間目に間に合いそうにない。体操服のままで受ける必要がありそうだった。

 

「よくよく考えたら、黒川ちゃんってその姿を独り占めできるってことか……望月ちゃんが知ったらむせび泣くんかねぇ……」

「……?」

 

 なぜか私のことを上から下まで眺めながら、ぼそぼそと何かを呟く小野寺さんだったが、言っている内容は私には聞き取ることができなかった。

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで6時間目の授業もホームルームも終わった。

 案の定、授業は私も小野寺さんも体操服のままで受けることになった。とはいえ、私たち以外にも体操服の生徒はそれなりにいたので、あまり気まずさを感じずに済んだのは幸いだったかもしれない。

 

「村上さん、それじゃ行こう……って思ったけど、その前に着替える方が先か」

「あっ、そうですね……用具を片付けていて着替える時間がなくて……。すみません、ちょっとだけ待っていてもらえますか?」

「分かった。それなら着替え終わるまで待ってるから」

 

 今日は黒川君と一緒に図書委員の仕事がある。一緒に図書室へ向かおうと私に声をかけた彼だったが、私の姿を見てすぐ言葉を改めた。

 体操服のままであっても図書委員の仕事自体に支障はほぼないし、実際そうしている人は過去に何度か見たことがある。とはいえ、私はそうするつもりはないし、今後しようとも思わない。

 

「ありがとうございます。すぐ着替えてくるので……」

「時間あるし、そんなに急がなくてもいいよ」

 

 黒川君はそう言ってくれたものの、私としてはすぐに着替えを済ませたい。それは黒川君を待たせたくないからと言うよりも、個人的な理由からだった。

 

(やっぱり恥ずかしいな、ブルマって……)

 

 私がやたらと着替えたがった理由。それは、体操服がブルマだからだ。

 

 

 

 

 

 

 今、私たちと同年代で『ブルマ』という単語を聞いたら何を思い浮かべるだろうか。有名な漫画でそんな名前の登場人物がいた気がするので、そっちを思い浮かべる人の方が多いかもしれない。とはいえ、小野寺さんいわく漫画やアニメ、ゲームなどではまだ現役とのことなので、本来のものを思い浮かべる人もまだいるのだろうか。事実、前に小野寺さんから読ませてもらった漫画では、着用していた描写があった。

 

 ブルマ。主に女性が着用する体操服の一種で、数十年前までは学校における女子生徒の体操服として一般的に採用されていたと聞く。現在では男子生徒と同じハーフパンツなどに統一されて、姿を消した……と言いたいところだが、聖櫻学園では未だにブルマが採用されている。

 しかしこれだけ聞いても、私がどうして着替えたがるのか、ブルマがどういったものなのか知らない人の場合は首を傾げるだけだろう。

 

 問題はブルマのその形にある。……下着のような形をしているのだ。さらにその形の関係上ハーフパンツとは違って体にぴったりと密着するため、より下着のような見た目になるので正直とても恥ずかしい。そのせいで体育の授業は苦手な運動とブルマの恥ずかしさと、二重の面で憂鬱な気持ちになる。授業に限らず、体育祭や球技大会などの1日中体操服のままでいる時はなおさらだった。ハーフパンツになってくれないだろうか、と思った回数は多すぎて数え切れない。

 そんな私と同じように、体操服がブルマであることに対して否定的な意見を持った女子生徒ばかり……と思いきや、意外にも好意的な意見も多い。運動部に所属している人や、そうでなくても運動が得意な人には『動きやすい』『はき心地がいい』といった声をよく聞く。小野寺さんにしても恥ずかしいという気持ちは持ちつつも、漫画などでしか見られなかったブルマを実際に着用できることに『貴重な経験だね』と話していた。

 ちなみに望月さんに関しては――――容易に想像ができるとは思うが――――凄い形相で大喜びしていた。……と言うより、しない日はほぼないと言っていい。その一方で、望月さん自身もブルマをはくことは結構恥ずかしいようだ。それでも『かわいい女の子ちゃんの姿を写真に収めるためなら、恥ずかしいのなんて苦じゃないわ!』と。……私は呆れて何も言えなかった。

 

(別に嫌いってわけじゃないんだけど……それでも……)

 

 胸中でそんなことを呟きながら、制服へと着替える。

 私もブルマを頭ごなしに否定したいわけではない。動きやすさやはき心地の良さに関しては分かる面もある。しかしそれでも恥ずかしさの方が圧倒的に勝ってしまい、そういったメリットを実感しにくいというのが、私がブルマをはくことに抱いている気持ちだった。

 

(…………)

 

 ブルマは男子生徒からの人気も高い。その理由は……まあ、望月さんと同じと言えばおおむね合っているだろう。それを考えるといい感情は湧かないが、特に変な出来事は起こっていないので過剰な心配をする必要はないかもしれない。むしろ女子生徒である望月さんの方が露骨なことをしているので、そっちを心配するべきだろうか。

 

(黒川君は、どう思っているのかな……)

 

 そんなことよりも私は、黒川君にブルマ姿を見られることの方が余程落ち着かなかった。好きな人の前ではこの恥ずかしさが極めて強くなってしまうようだ。さっき黒川君に声をかけられた時も、恥ずかしさを悟られないようにするので必死だった。

 黒川君も、他の男子と同じようにブルマに対して興味があるのだろうか。とはいえ、私に声をかけてきた際の彼の様子を見るに、特に何とも思っていないような雰囲気ではあった。

 

「ふう……」

 

 制服のスカートをはき、ブルマを脱ぐとようやく恥ずかしさも引いてきた。

 ハーフパンツならこんな気持ちにはならなくて済むのに、というもう何度至ったか分からない考えを頭に浮かべながら、体操服のシャツから制服のシャツへと着替え、リボンタイを着ける。

 

(でも、これじゃだめだよね……)

 

 とはいえ、ここで恥ずかしがり続けているのもどうなのだろうと感じる。

 近いうちに水泳教室もあり、その時はスクール水着ではあるが着ることになる。個人的にブルマの方が私は恥ずかしく感じるが、肌の露出自体は体操服よりも多いので、そういった気持ちがないわけではない。

 それでも同じクラスの黒川君とは必然的に一緒に受けることになるだろうし、私は泳ぎもかなり苦手なので、できることなら彼に泳ぎを教えて欲しい気持ちもある。

 それに夏休みに入れば、海やプールに行くことになるかもしれない。その時には新しい……も、もう少し露出が多くなる水着を用意する必要があると思う。

 それなのにこの時点でやたらと恥ずかしがり続けていては、黒川君をがっかりさせてしまうことに繋がりかねないのではないだろうか。

 

(……しっかりしなきゃ)

 

 心の中でそう呟いて、気持ちを引き締める。

 ……とは言え、恥じらいをすぐ隅に追いやれるかどうかは、私の性格からしてかなり怪しいものがあった。

 

 

 

 

 

 

「「…………」」

 

 図書委員の作業も特に滞りなく終わり、私と黒川君は家路を歩いていた。

 普段なら授業や本の話など、他愛もないことを話しながら歩くことが多いが、今日に限ってお互いに一言も言葉をかけていない。

 私はともかく、黒川君が先ほどまでとは打って変わって、妙に気まずそうな表情を浮かべていたからだ。何があったのか尋ねようとも思ったがタイミングを掴めず、結局何も話さない状態が続いてしまっている。

 

「……あのさ、村上さん」

「……あっ、はっ、はい。何ですか?」

 

 何か話題はないだろうかとあれこれ考えていたところで、沈黙を破ったのは黒川君だった。話題を考えることに集中していたせいで反応に少し遅れたが、彼の方に顔を向けて用件を尋ねる。

 

「ひとつお願いしたいことがあるんだけど、いいかな?」

「……えっ、お願いですか? はい、私にできることでしたら大丈夫ですよ」

 

 意を決したような表情をした黒川君の用件とは、私へのお願いだった。お願いの詳細はまだ分からないが、望月さんが頻繁にしてくるような無茶なものとも考えにくかったので了承する。

 

「……前置きしておくと、完全に下心丸出しのお願いだから、嫌だったら躊躇わずに嫌って言って。すぐ諦めるし、今後一切話題にもしないから」

「……?」

 

 しかしながら黒川君は少しだけ視線を横に逸らし、先程とは打って変わって気まずそうな表情になりながらそう念押しする。私は一体どうしてそうなるのか分からず、首を傾げるばかりだった。『下心』という、彼からはとてもではないが想像の付かない言葉も、よりその疑問を強くする。

 

「……次に俺の家に来る時になったらさ、体操服姿を見せてほしいんだ」

「……えっ? 体操服、ですか? 大丈夫ですけど、それがお願いでいいんですか……?」

 

 体操服姿を見せてほしいという、果たしてそれはお願いと呼んでいいのか分からないものに私の疑問は尽きなかった。しかし特に断る理由もなかったので、私は深く考えずに了承する。

 

「……ブルマ、って言えば、何で俺が『下心丸出し』って言ったのか分かるんじゃない?」

「あっ……!」

 

 了承したとはいえ、少しでも疑問を解消すべくそれの意図を黒川君に尋ねた私に返ってきた『ブルマ』の3文字。

 それを耳にして、私はなぜ黒川君が気まずそうな表情をしていたのか、『下心』という言葉を使ったのか、全て察しが付いてしまった。かあっと、顔に熱がこもるのを感じる。恐らく、色も朱に染まっているだろう。

 

「……そ、その……黒川君も、ブルマ、好きなんですか……?」

「ぶっちゃけ、ちょっと前までは好きじゃなかったんだけど……でも今じゃ、逆転しちゃってるね。めちゃくちゃ好きになった」

「そ、そうなんですね……」

 

 好みが逆転してしまうということは、余程の事態があったのだろうかと気になったが、今はそれ以上に強まり続ける恥ずかしさを抑える方が重要だった。

 望月さんのように露骨な様子は見せていないことや、何より好きな人の好みということもあって嫌な気持ちは生まれていないが、恥ずかしさ自体はむしろ圧倒的に強い。

 

「さっき教室で俺が話しかけた時に村上さん、かなりそわそわしてたよね?」

「えっ……? き、気付いてたんですか……?」

「自意識過剰なこと言ってるとは思うけど、俺にブルマ姿見られるのが恥ずかしかったのかなって」

「ううっ……」

 

 教室では恥ずかしさを悟られないようにしていたつもりだったが、黒川君には見抜かれてしまっていたらしい。抑え込みがもはや意味のないものになってしまうほど、その言葉は恥ずかしさを強くする強烈な追撃になってしまった。

 

「……まあ、そういうことだからさ。無理はしないでね。強引に言いくるめて了承させるような真似はしたくないから」

「…………」

 

 何度も念を押すように、黒川君はそう口にする。ブルマ姿を見たいのは下心によるものだと明確にしながらも、強引なことはしたくないという意思には、彼の思いやりの強さを改めて実感した。

 

(私は、黒川君のそういうところが好きになったんだから……)

 

 そうだ。

 恥ずかしさこそ極めて強いが、黒川君はちゃんと弁えてくれている。不安になる要素は何もない。何より、しっかりしないと、と意気込んでからまだわずかしか経っていないのにこれでは先が思いやられてしまう。

 

(黒川君は勇気を出してお願いしてるんだから、私も勇気を出さなきゃ……)

 

 彼は自分の気持ちもしっかりオープンにした上でお願いしているのだ。

 私はそう自分に言い聞かせて意を決し、「……いえ、大丈夫ですよ」と、了承の返事をした。

 

「……本当に大丈夫? 無理して俺の下心に付き合わなくてもいいんだからね?」

「……む、無理をしてるわけじゃありませんっ」

「うおっと……」

 

 私の了承をいまいち信じられていないような表情を浮かべてそう尋ねる黒川君に、私は身体をずいっと前に突き出して反論した。少しだけ驚いた顔をして、黒川君は仰け反る。

 誰に何と言われようと、これは黒川君に言いくるめられたわけではなければ、ましてや嫌々ながらの気持ちで了承したわけでもない。私がしたいから、ブルマ姿を彼に見てほしいから了承したのだ。うん、断じて。

 

「ですから、黒川君は私のブルマ姿を見てくださいっ」

 

 周りに誰もいなかったのは幸いだったが、事情を知らない人がもしこの光景を目にしたら、私は変な人としか思われないだろう。目をぐるぐるさせながら半ば自棄(やけ)気味になってまくし立てる姿は、我ながら滑稽なものだった。

 

「わ、分かったから。村上さん、ひとまず落ち着こう」

「あっ……は、はい……」

 

 黒川君に宥められてようやく私は我に返る。我に返ったら返ったで、今さっきの行動を思い出し、また恥ずかしさに支配されてしまった。

 

「そういうことなら、じゃあ、見せてくれるってことでいいのかな……?」

「は、はい……」

「それじゃあ、明日の休みでも大丈夫……?」

「はい……予定もないですから……」

「分かった。……そう言ってたらもう駅か」

 

 彼のその言葉で今になって気付いたが、話をしているうちに私たちは駅まで辿り着いていたらしい。

 

「それじゃあ、俺はここまでだね」

「……はい。では、また明日。……その、あまり期待はしないでくださいね?」

「うん。めっちゃ期待してる」

「……は、はい」

 

 そんなやり取りをしながら、私は改札まで黒川君に見送られた。

 

(ううっ……結局全然恥ずかしさが抜けてくれない……こんなことで大丈夫かな、私……)

 

 ホームに着いてすぐに来た電車に揺られながら、私は上気した頬を両手で押さえていた。

 下はブルマという前提はあるが、体操服姿を見せるという端から見れば大したことでも何でもないのに、まるで大勢の前で発表する直前のように心臓は激しく鼓動を打っていた。

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