なんでだよ。なんでなんだよ。
少しぐらい、手を差し伸べてくれてもいいじゃねえか。
僕は何か罪でも犯したって言うのか。この結果は、天罰覿面だとでもほざくのか。
あれのせいだとでも言うってのか。
冗談じゃねえ。だったら黙って泣き寝入りするのが正しかったのか。
ふざけんな。そんな馬鹿げたことは絶対にごめんだ。
あれが『善』とは言わずとも、『悪』だなんてありえねえ。断じてありえねえ。
そこまで信じちゃいなかったけど、もう決めた。はっきり分かった。
僕は神様なんて信じない。神様なんてのはどんな奴よりも、どんな残忍な犯罪者よりも腐り切った、ろくでなしのクソ野郎なのだ。
みんなみんな、くたばっちまえ。いっそのこと、僕が殺してやる。ぶっ殺してやる。
「…………くそったれがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――――――っ!!」
他に誰もいない家の中を、慟哭が響き渡った。怒りと、悲しみと、怨恨の慟哭が、響き渡っていた。
慟哭の主の足元には、身体測定や健康診断とおぼしき結果の紙が落ちている。それは極めて良好な診断結果であった。本人以外の人間からすれば。
氏名 黒川将平
身長 158.1 cm
体重 54.6 kg
座高…………視力……………聴力…………心電図…………
もう少し後になってからにしようと思っていたが、予定を変更し、すぐ実行に移すことにした。実行するのは何かと言うと、二階堂くんと、高桑くん、鴨田くん、芹澤くんの3人との関係を、良好なものに戻すことだ。
経緯も何も知らない完全な部外者の俺がそんなことをするのは、どう考えても無謀な行為でしかなく、上手くいく確率も限りなく低いだろう。
だが、確率の低さに怯えてためらっている余裕はない。ここで何もしなければ、俺は終わりを迎えるだけだ。もちろん失敗しても同じ結果だろうが、いずれにしても賭けに出るしかない。
しかし、成功できれば卒業までは安泰した生活を送れる。安寧は保障される。期間は決して長くはないが、次にどうするべきかを考える余裕は十分に作れるだろう。
――もう、やけくそだ。
長期的に物事を考えることなど、俺にできはしない。一日一日を、『今』を確実に生きることしか、俺にはできないのだ。
こんな、クソみたいな人生を生きていくには、こうする以外に方法はないのだ。
「この本、二階堂くんが好きそうなやつだから読んでみなよ」
「二階堂くんって、何のゲームが好き?」
「これ飲みなよ。確か好きだったよね?」
そう決めてから、彼の好きそうな本を貸したり、ゲームを貸そうとしたり(二階堂くんはほとんどゲームをやったことがないそうなので、当然ハードも持っておらず、その時は貸せなかった)、飲み物をおごったりと、俺は過剰ともとれるくらいに二階堂くんに接し続けた。
傍から見れば、そっちの気があると思われてもおかしくなかったかもしれない。
彼との距離を縮めることにより、3人との間に何があったのかを聞きやすくしようと考えたためである。もっとも、こんな一方的なお節介焼きで俺を信用するかなど甚だ疑問ではあったが。
しかしながら、二階堂くんは戸惑った表情を見せながらも、特に俺の行為にうっとうしさを感じているような素振りは見せなかったので、間違っていたわけではなかったのかもしれない。
もちろん、彼から経緯を話してくれれば食いつきやすかったが、受け身なやり方は時間がかかると思い、考えには入れていなかった。
しかし、俺の予想よりもはるかに早くその時は来た。
「だから、クソゲーだけど笑えるクソゲーなんだよね。もしやりたかったら貸すよ」
学校からの帰り道。
俺は二階堂くんと共に帰路についていた。さほど遠くない距離で道が違うのですぐに別れてしまうが、同じ徒歩での登下校であるため、このように何度か一緒に帰ることがあった。
『このゲームなら携帯機だし、学校にも持ち込みやすいだろう』などと考えながら(鴨田くんの時も同じことが言えるが、『そんなことより、何でクソゲーを貸すんだよ』と突っ込みが来るだろうか)、俺だけが喋り続けるという状態が続いていた。
「……黒川くん」
しかしそれは、ようやく口を開いた二階堂くんによって破られた。
「もう、俺なんかに構うのはやめた方がいい」
そして二言目には、下を向いていた視線を俺の方へ移しながらそう言った。
――来た。
経緯を直接言ったわけではないが、二階堂くんのその言葉は3人との関係を元に戻すための足がかりになると俺は感じた。予想よりも早く訪れた機会に少し驚いたが、俺は真剣な表情を装いながら、『何があったの?』とか『良かったら理由を教えてほしい』といった言葉を口にする。
――――何としてでも、成功させてやる。俺自身だけのために。
「…………だって俺、死ぬことしか考えてないから」
『やっぱりそうだったか』と言うほど予想をしていたわけではないが、彼が暗かった理由に納得は出来た。多分、3人との関係の悪化が原因のひとつなのかもしれない。とはいえ、それだけで『死ぬことしか考えていない』というのはまずないと思う。何か大きな理由があるに違いない。
そう思いながら、俺は素っ頓狂な声をあげる『演技』をした。その後も、より真剣な表情を装い、『俺で良ければ相談に乗る』、『少しだけ踏みとどまってみないか』という、わざとらしい説得を試みた。
「てめえに、俺の何が分かるっていうんだ!」
そんな俺に、二階堂くんは激昂した。
まあ、死にたいと思っている人間に対して俺が言った言葉は、はっきり言って効果があるとはとても言えないものなので、彼が怒りをあらわにするのも無理はないと言えた。
もちろん、この反応も予想はできていた。彼の口にした『無菌培養された様な奴』という言葉には、少なくない苛立ちを覚えたが、ここで俺がそれを表に出しては話がこじれるだけと予想した。
それに彼の表情を見て思ったが、彼は本心で激昂しているようには見えなかった。罵倒の言葉もあまり力強さが感じられず、恐らく彼の本当の性格は、こんな暗い人間ではないと、俺のような打算的な人間ではないと感じた。
俺は二階堂くんに対抗するように、高桑くんたち3人が待っていること、彼が死んだら悲しむ人間はいるし、現に俺も死なれたら悲しいと思っていること、そして、『俺も死にたいと思ったことがある』ということをまくし立てた。
ただ、あまりこの方法は使いたくなかった。ひとつめは特に問題ないが、ふたつめは嘘っぱちでしかない。高桑くんたち3人は間違いなく悲しむだろうが、俺は彼がたとえ死んだとしても、『ゴマすりできる相手がいなくなってまずい』という、道具をなくした人間のような心情にしかならないだろう。ある意味それも、『悲しい』という気持ちなのかもしれないが。
そして何より、みっつめも――――嘘だ。嘘でしかない。これは一番言うべきではなかったことだったのだが、この時の俺は実際には何としても彼を繋ぎとめるため、なりふり構っていられなかった。後から思うと、迂闊だったと強く感じる。
「……っ!」
俺の説得は、二階堂くんを余計に怒らせるか、逆に呆れられるだけと予想していたが、意外にも彼は心打たれた様な――俺が勝手に思っただけだが――表情になると、俺の前から駆けて行った。
――いくら何でも、上手く行きすぎじゃないだろうか。
駆けていく二階堂くんは、一体何を思っていただろうか。『必死で説得してくれたのに、それから逃げた薄情者』とでも思っていただろうか。
――違うんだよ、二階堂くん。薄情者は、俺の方だ。俺は君を、自分の安寧のための道具ぐらいにしか思っていないのだから。そして、それを少しも、悪びれちゃいないのだから。
帰宅した俺はすぐ芹澤くんに連絡し、明々後日の放課後に空き教室をひとつ確保するように頼んだ。この作戦の『トリ』を飾るための場所を。
……ちなみになぜ芹澤くんに連絡したのかというと、一番成績が良く、かつ冷静に物事を判断できる人物だと思ったからである。
高桑くんと鴨田くんを馬鹿にしているという意図は…………ない、はずだ。
そして明々後日の放課後。
俺は3人を待機させていた空き教室に二階堂くんを連れ込んだ。二階堂くんは睡眠をろくにとっていなかったのか、目の下に隈ができ、かなりげんなりしていたが、気遣う余裕はなかったし、余裕が仮にあったとしてもそんなことをするつもりは全くなかった。
逃げる気力もないのか、3人の姿を見た二階堂くんは床に座り込んでしまう。
俺は扉の付近に立って、ことの成行きを見守った。目を閉じていたので、『聞いていた』と言う方が正しいかもしれないが。
「…………ふふっ。そんなら、もう、いいか…………俺の負けだ。……死ぬのは、やめだ。やめやめ……くだらねえ……」
三日前の、俺の言葉に対する二階堂くんの行動から考えて、よりを戻せる可能性はかなり高いと踏んでいたが、予想以上にあっさりと二階堂くんは3人との関係改善を受け入れた。同時に喜びの声があがる。俺も、嬉しそうな『ふり』をした。
……正直なところ、他者との関係を改善できる二階堂くんたちが、俺にはうらやましかった。俺はそんなことできそうにない。
俺と、目の前でわいわいと喜ぶ4人の仮初めの関係も、ここを卒業すると同時に消えてなくなるだろう。だが、それでいい。いやむしろ、そうであるべきなのだ。
こんなしっかりとした強い友情を持つ4人の中に、打算でしか動かない人間など入りこんではならないのだから。
その後二階堂くんは、別人と見紛うほどに明るくなった。
教室に入るや否や、やたらとテンション高く挨拶したり、体をくねらせながらオネエ言葉を発したりしていた。その行動に初めはクラスの人間もおっかながったり、混乱したりしていたものの、今では何事もなかったかのように彼と接している。
それは間違いなく、二階堂くんがずっと心の内に隠してきた本当の姿なのだろう。俺にはそれが、太陽のように眩しかった。
それに比べて、俺は――――惑星から外れ、ひとり空しく軌道を回る、冥王星のようだった。しかし、それでいい。それでいいんだ。
今日も今日とて図書委員の仕事をこなす。
整理するという名目で、俺は委員の仕事が暇な時にサボって読むための本を探すために、図書室の奥にある書庫を物色していた。
図書室中の魚や植物の図鑑はほぼ全て読んだと以前に言ったが、ここの本はあまり読んだことはない。蔵書の方も俺が生まれる前に発行されたものばかりで、むしろ全てと言っても差支えない。
しかしながら、以前にここから引っ張り出して読んだ古い図鑑が非常に面白かったため、他にもないかと探しているところなのだ。
「ふーっ……」
埃のかぶった植物図鑑へ、息を吹きかけながらそれを手に取る。
今日はこれでも読みながらカウンターにいるか、と思いながらドアへ引き返そうとすると、ある人物の姿が目に入った。
「――――」
「――――」
それは、カウンターで村上さんと談笑を交わす二階堂くんの姿だった。何を話しているのか俺には聞こえなかったが、村上さんの方も真剣な表情をしたり、顔を赤らめていたりしていることから、変な話をしているわけではないことは明確だろう。
以前から、多少ではあるが予想はしていた。本を借りたり返したりする際は、いつも二階堂くんと村上さんは話をしていた。それだけではなく、芹澤くんたちとよりを戻した日の朝、疲労困憊で机に突っ伏していた二階堂くんに真っ先に声をかけたのも村上さんだった。
憶測でしかないが、そう遠くないうちにふたりは結ばれるのだろうと思った。ふたりなら間違いなく仲良くやっていけるに違いない。その時は心の中で、俺はふたりを祝福しよう。
俺? そんなもの、できるわけがない。恋人はおろか、友達だって俺にはできるわけがないのだ、そんな崇高な存在は。
そもそも、俺には恋人も友達も作る資格などありはしない。
かけらほども、ありはしない。