誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

4 / 28
気遣いか、やつあたりか

 

 

 

 

 正直、今は二階堂くんと顔を合わせたくなかったので、俺はまた書庫の奥へと踵を返し、本の物色を再開した。

 15分ほどした所で、もう一度図書室の様子を確認する。もう、二階堂くんの姿はないようだった。それにほっと一息つきながら、俺はカウンターへと戻る。しかし、カウンターには別の意味で厄介な人物がいた。

 

「ぐふふ~っ、文緒ちゃん独り占め~っ♪」

「も、望月さんってば……あっ、黒川君、望月さんを何とかしてください……」

 

 戻ってきた俺に気付き、村上さんは助けを俺に求める。

 その村上さんに抱きつき、おおよそ女性がするものとは思えない下品な言葉と表情の組み合わせを披露しているのは、隣のA組に所属する、望月(もちづき)エレナだった。

 

 写真部にも所属する彼女は、校内や学校行事などの写真撮影を主な仕事としており、昨年度における受験生向けの学校紹介のパンフレットにも、彼女の撮った写真がかなり多く用いられたと聞く。

 つまりと言うべきか、彼女の写真撮影の技術はかなり高く、コンテストでの受賞経験もある。学校紹介のパンフレットを始めとして、俺も何度か写真を見たことがあるが、どれも目を引くものだったと個人的には思う。

 

 ……しかしながら、彼女は色々と問題を抱えた人物でもあった。それは、過剰なまでの女子生徒好きであるということだ。今村上さんにしている行動が、まさにそれを証明していると言えるだろう。

 写真に関しても、大半が女子生徒を撮ったもので、パンフレットに使われた写真は先生や生徒会などの依頼を受けて、半ば仕方なく撮影したものだった。

 

「……望月さん、その辺で勘弁してあげなって」

 

 望月さんの経歴を思い出してここで棒立ちしているわけにもいかない。俺は望月さんを窘めるが、彼女は自分の世界に入り浸ってしまい、聞こえていないようだった。

 

「文緒ちゃんはどうしてこんなに可愛いのかしら~♪」

「は、放してください……」

「…………」

 

 こんな光景を目にすると、村上さんは望月さんのことをうっとうしい存在と思っていそうな気もするが、意外にもふたりの仲は良く、一緒に出かけることも多いと村上さんから以前聞いたことがある。

 性格が正反対のふたり。望月さんは村上さんに対して『可愛い』といった単純な好意以外にどんな感情を持っているのかは分からないが、村上さんの方は望月さんの積極的な性格を評価しているようだった。

 そういう背景が分かれば、この光景も微笑ましいと取れるのかもしれない。

 

 だが、俺は――――。

 

「文緒ちゃ~ん……って、きゃっ!?」

 

 俺は望月さんの腕を掴み、半ば強引に村上さんから引きはがした。

 

「……そこまでだ、望月さん」

 

 俺がそんなことをするとは思っていなかったのか、望月さんはぽかんとした表情で目をぱちくりさせていた。

 

「望月さんの気持ちは分かるけど、少しは相手の気持ちを考えないと。あんまりしつこいと、いずれ誰からも相手にされなくなっちゃうよ? 望月さんは分別がない人間じゃないんだから、限度を見極めなきゃ。それに他の利用者もこれから来るかもしれないんだし、騒がしくしたら迷惑だって」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

 俺の言葉に望月さんは縮こまって謝罪する。

 その性格上、男子生徒とはあまり会話をしない彼女だが、標的――そう言うのは語弊があるだろうか――の村上さんと同じ図書委員かつ、一緒に作業をすることが多いということから、俺とはそれなりに話をする方だった。

 素直に応じたのは、そのためだろうか。とは言え、あくまで俺は『ついで』であることは否めないが。

 

「あ、ありがとうございます……黒川君」

 

 そんな俺の背後から、村上さんの若干戸惑いじみた声音の礼の言葉が聞こえた。普通なら、彼女に対して労いの言葉をかけるかもしれない。

 

「……村上さんも村上さんだよ?」

 

「……えっ?」

 

 しかし、村上さんの方に向き直った俺は、彼女に対しても苦言を呈した。

 

「本気で嫌だって思うなら、はっきり『やめてくれ』って言わないと。以前もここで同じようなことがあって、その時はちゃんと言ったんでしょ? それなのに、されるがままに逆戻りしちゃってるじゃない。仲がいいからこそ、いいことと駄目なことの区別ははっきりしないといけないんじゃないの?」

 

「あっ……ご、ごめんなさい……」

 

 村上さんも望月さんと同様に、縮こまってしまった。

 そんなふたりの姿を見ても、俺は別段罪悪感など湧かなかった。しかし、俺はふたりをフォローする言葉を口にする。ゴマをするために。

 

「……ごめん、俺も言いすぎた。今の言葉は忘れて」

 

「……ううん、言いすぎなんかじゃないわ。ありがとう、黒川くん」

 

 テンプレート通りと言っても過言ではない俺の言葉に、意外にも望月さんは感謝の言葉を述べた。男子生徒に対してそんなことを言う彼女の姿は、かなり珍しい光景と言えるだろう。

 

「私にそういうこと言ってくれる人ってほとんどいなかったから、調子に乗りすぎてたかも。おかげで、大事なことが改めて分かったと思うわ」

 

「……そう」

 

「……私も、あの時から少しずつ変わろうって思っていたのに、全然変われてませんでした……でも、黒川君の言葉で変わるきっかけが見つけられたと思います。ありがとうございます」

 

 村上さんの方も、俺に頭を下げながらそんなことを言う。

 

「え、えっと、黒川くん。うるさくはしないから、女の子の写真は撮ってもいいかしら……?」

 

「……別に俺は風紀委員じゃないし、写真を撮ることに口出しはしないよ。節度を持ってやってくれれば、ギャーギャー言うつもりはないから」

 

「……あ、ありがと~。よかった~」

 

 俺の言葉に望月さんは落ち込んだ表情から一転、ぱっと目を輝かせながら安堵の息を漏らした。

 

「でも、撮ろうと思ってる人が嫌がったらすぐやめときなね。……村上さんは写真、撮られても大丈夫?」

 

「えっ? あ、はい……少しくらいなら……」

 

 村上さんのその言葉に、望月さんの表情はより一層明るくなる。

 

「や~ん! 文緒ちゃんだいす……って、危ない危ない。またやらかすところだったわ」

 

 それどころか、恍惚とした表情とすら形容できる感じになり、村上さんに飛びつこうとするが、すんでのところで踏みとどまった。

 直後、1枚だけ村上さんの写真を撮り、何かおすすめの本はないか彼女に尋ねていた。

 

「…………」

 

 その様子を見て、もうしゃしゃり出る必要はないと考えた俺は、カウンターに戻って先ほど書庫から発掘してきた図鑑を読み始めた。本の整理などの作業はここ最近でほとんど済んでおり、先ほど望月さんに言ったように他の利用者もいなかったので、読む口実――言ってしまえば『サボる』こと――ができたと判断したためだった。

 

 

 

 

 

 

 珍しいことに、その後片手で数えるほどしか利用者は訪れなかった。戸締りを済ませ、鍵を職員室へ返却に向かう。

 もうやることはないのだから帰ればいいのに、村上さんは俺について来ていた。そのため、望月さんも俺の後ろを歩いていた。

 

「思ったけど、黒川くんって言うべきことはちゃんと言うわよね。だからと言って変にこき下ろすわけじゃなくて、ちゃんと気を遣ってフォローも入れてくれるからね。他の男子と違ってよく話せるのって、そういう理由もあるからなのかしら?」

 

「そうですね……私はそういうことが苦手ですから、黒川君が羨ましいです……」

 

「そこが文緒ちゃんの魅力なのよ~♪ だから無理して変わらなくてもいいのよ~?」

 

「……ど、どういうことでしょうか?」

 

 俺の後ろでふたりは、口々にそんなことをのたまっていた。

 そう、『のたまって』いたのだ。

 

 ――気遣いなんて、少しも考えちゃいない。

 

 俺が先ほどふたりに言った言葉は、すべてやつあたりだった。二階堂くんへの嫉妬から来る苛立ちを、紛らわせるための。

 一月もしないうちに多くの人と交流を深め、かつそれが二階堂くんによる一方的なものではなく、ちゃんとした信頼関係であることに、俺は苛立っていた。

 そうでもなければ、俺は望月さんを引きはがし、ふたりに苦言を呈すことなどしなかっただろうし、下手をすれば適当にはぐらかして放っておいたかもしれない。まあ、ゴマをするために何かしたかもしれないという可能性も否定はできないが。

 いずれにしても、賛美されたり、羨ましがられたりする謂れは少しもないのだ。

 

 ――――望月さんはどうか知らないけど、村上さん、きみは二階堂くんの方が仲のいい相手なんだから、俺じゃなくて彼を羨ましがったらどうなんだよ。

 

 

 

 

 

 

「それじゃあ、私たちは電車だから。また明日ね、黒川くん」

「あっ、そういえば黒川君、歩きでしたっけ。じゃあ、また明日ですね」

 

 駅の近くに差しかかったところで、改札に行こうとしない俺を見て、帰る手段が違うことを察したのであろう望月さんが俺を呼び止め、村上さんと共に軽く手を振りながら、別れの挨拶をした。

 俺の自意識過剰なのかもしれないが、ふたりとも嬉しそうな表情をしていた。まるで俺と初めて帰路を共にしたことを、嬉しがっているかのように。

 

 今さら言うのもなんだが、望月さんも村上さんも、男子生徒からの人気は高い。そんなふたりと帰路を共にしたということは、普通の男なら大喜びすることかもしれない。

 だが俺はそんな感情など露ほども持たず、帰りの手段が違うために、『家が近くなくてよかった』という安心感と、『その表情は、他の人に向けるべきだろう』という困惑が入り混じった、わけの分からない感情に支配されていた。

 

 

 

 

「くそったれ……」

 

 

 

 

 ふたりの姿が見えなくなったと同時に、俺は誰にも聞こえないくらいの小さな声で呟く。

 その呟きは、もちろん彼女たちにも聞こえない。でも、聞こえていてほしい。それなら、俺はとてつもなくどうしようもない人間だと分かるのだから。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。