誇り高き孤高の毒蛇   作:ROCKSTAR

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ジウジツ・ブラジレイロ

 

 

 

 ブラジリアン柔術(じゅうじゅつ)

 とある日本人の柔道家に柔道を教わったブラジル人が、その技術を改変することによって生み出された格闘技である。柔道と違い、投げや抑え込みによる一本は存在せず、基本的には関節や首を極めることによって相手から『参った』を奪うか、有利な体勢を取ることによるポイントで勝敗を決める。

 

 その柔道を教えられたブラジル人は、小柄な人間でも大きな相手を倒せるということを目的としてブラジリアン柔術を生み出したという。

 パンチやキックのような打撃とは全く異なる目新しさに惹かれたというのもあるが、僕にはその目的がとても素晴らしく感じた。これを身につければ、こんな小さな僕でも強くなることができるんだと――――。

 

 

 

 

 

 

 ガタンゴトンと1時間近く電車に揺られながら、俺はとある駅へと降り立つ。そこは、俺が通う格闘技の道場の最寄り駅だった。

 

 こんななりの俺だが、ブラジリアン柔術という格闘技をやっている。中学を卒業して間もなくそれを知り、興味を持った俺は、家の近くに道場がないか探した。

 運悪く近所にはなかったが、諦めきれなかった俺は電車で1時間の距離にある道場を見つけ、入会した。両親は反対せず、それどころか月謝や電車賃まで捻出してくれていることには、頭が下がるばかりだ。

 

 道場に着き、他の門下生の人と挨拶を交わし、柔術衣(柔道着に比べて少し生地が薄い)に着替えて柔軟運動をする。

 間もなくこの時間帯に行われる基礎クラスが開始され、いつものように俺はそれをこなした。

 

 

 

 

 

 

 格闘技をしている人における、始める際の動機というものは、強くなりたいということ以外にも、ダイエットやストレス解消などの軽い目的も多いだろう。そういう軽い目的で始めたら、世界的に有名な選手になっていたという人もいる。

 どんな理由にせよ、練習が終わった後は何とも言えない快感に包まれるのではないだろうか。

 

「…………」

 

 しかし俺は、そんな快感とは真逆の感情に支配されていた。

 仕事帰りの人で寿司詰めになった、帰りの電車に乗った俺は、ため息をつく代わりに鼻で大きく息を吐いた。ちなみに椅子に座っているので、窮屈さを感じることはない。道場の最寄り駅は終点の駅なので、電車が駅に着いたと同時に乗ればほぼ確実に座ることができるのが救いだ。

 

 入会してからの約半年は、色々な技術を習得することに大きな喜びを感じていたが、それ以後はそんなこともあまり感じなくなってしまっていた。家からの距離が遠いために着くまでに時間がかかり、かつ電車賃もそれに伴って高いので、気軽に行けず、思ったように練習をこなせないのが原因のひとつだった。いくら親が工面してくれるとは言っても、限度というものがある。毎日のように『金くれ』とは言えるわけがない。

 

 だがそれ以上に大きいのが、同じような体格の人間がいないことと、練習における悩みを理解してくれる人間がいないことだった。

 

 俺は一番軽い階級である。同じ階級の人がいないわけではないのだが、俺が道場に来る時はその人はいないことが多い。そのため、必然的に自分より重い階級……つまりは、体格の大きい人間と練習をしなければいけなくなる。

 俺の運動神経が鈍いせいもあるのだろうが、体格が大きい人間の前では何もさせてもらえず、覚えた技を活かせない事態に陥るということが多くあった。

 大会には階級の制限がない無差別級も存在するので、それの練習だと思えばいいと言われるかもしれないが、今のところ無差別級に関心のない俺にとっては、そんなことを言われても慰めにもならない。それでも覚えた技を活かせればその考えに至らないこともないが、結局何もさせてもらえないのだから、無理矢理そう思うこともできない。

 

 そもそも俺は、ある事件をきっかけとして、大会へ参加するという気力がほとんど消し飛んでしまった。そのため、大会に出たことは一度としてない。それを境に、練習自体のモチベーションもどんどん下がっていった。

 モチベーションを落とさないためにはどういう練習をすればいいのか、どのような気持ちを持って練習に臨めばいいのか、いくら考えても納得できるものは思い浮かばなかった。

 よく一緒に練習をし、会話もしていた門下生の人に、どうすればいいかを相談したこともあったが、『やるしかない』の一点張りで全く話にならなかった。結構信頼していた人だったというのに、その言葉で信用はほとんどできなくなった。それに伴い、人間関係も段々良好とは言い難いものになりつつある。道場内の空気も、息苦しく感じてきていた。

 

 だが、そう言われても俺のように感傷的にならず、むしろ練習のモチベーションを上げる人もいるのだろう。例として二階堂くんは、多分そういう人間だと俺は思う。

 具体的な練習環境、練習のペースは聞いたことがないが、彼がキックボクシングを始めたのは、俺がブラジリアン柔術を始めたのとほぼ同じ時期らしい。『さほど興味があって始めたものではない』とも彼は言っていたが、それは恐らく謙遜だろう。根が真面目な彼は、かなり気合を入れて練習に臨んでいるであろうことは容易に想像できた。

 さらに、以前までの彼ならともかく、本来の性格を取り戻した今なら他の門下生の人との関係も極めて良好なものとなっているだろう。

 

 そして何より、二階堂くんは圧倒的な身長を持っている。体格が大きすぎて練習に支障が出るということはあるのかもしれないが、同じとまではいかずとも近い体格の人は多分いるだろう。階級にもよるが、180cm台なら二階堂くんの練習相手は十分こなせるはずだ。

 俺には、そんな相手すらいないのだから。俺には彼の高い身長がとてつもなく羨ましかった。

 

 『もう、辞めちまおうかな』と、俺は心の中で呟く。

 

 ここ最近の練習は、ほぼ惰性で行っているものだった。加えて、練習が終わった後も快感など少しも訪れず、むしろストレスが溜まる一方だった。『こんなところで練習を続けても、強くなんてなれないんじゃないか』という、虚無感に支配されるばかりだった。

 

 ――つまらねえ。本当につまらねえ。

 

 学校生活においても、プライベートにおいてもストレスが溜まり、感傷的な気分に浸るだけの生活がここ最近は続いている。これがいつか弾けて、どうしようもない事態に陥ってしまうのではないかという不安を、俺は毎日のように感じながら生きていた。

 

 

 

 

 

 

 僕は厭世観(えんせいかん)に支配されている。

 それはきっと、あの日からそうなる運命だったのかもしれない。

 ふざけるなよ。何で僕が、そんな目に遭わないといけないんだ。くそったれ。

 

 

 

 




ジウジツ・ブラジレイロ(Jiu-jitsu Brasileiro)というのは、ブラジリアン柔術のポルトガル語表記です。
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