「またも竜殺しジークフリートが一人で敵軍を圧倒」
「連合側に多大な被害をもたらす」
「『黒の翼』の劇的な住民救出に皇帝陛下も絶賛」
新聞各社がジークフリートとその仲間の活躍を大々的に報じている。
ジークフリートの活躍は当然報じられるだろう。たった一人で敵軍を相手に大暴れしたのだ。戦果は分かっているだけでも超弩級戦艦二隻、航空母艦一隻、重巡洋艦二十二隻、駆逐艦三十二隻を航行不能に追いやり、鬼神兵を複数体を同時に相手取って圧倒し、魔法戦車や小型輸送艦なども破壊している。一人で、大隊規模の戦果を上げているといってもいい。
新聞やテレビは、突如現れた救国の英雄を褒め称え、帝国はこの騒ぎに便乗して彼を賞賛し歩み寄りの姿勢を示す。
戦争関連の成果は目覚しいものがあり、多くの人々がその戦いぶりに目を引かれているが、ジークフリートが自分の仕事としているのはあくまでも戦争に巻き込まれそうになった逃げ遅れた人々の安全確保である。
恐ろしいのは、これだけの戦果を上げておきながら、それがついででしかないということだった。
住民を逃がすために時間を稼ぐ必要があるから、前線に出て自ら敵の足を止める。
その過程で敵の兵器を無力化していたらこうなっていたというのが実態だ。
「何ですか『黒の翼』って」
頭痛がする。
アレクシアは頭を押さえて薬を煽った。
どうやらジークフリートと共に活動するアレクシアやコリンらが一纏めにされているらしい。厳密には、アレクシアとコリンと他数名が専属で後は必要に応じてテオドラから派遣してもらっている状況である。金魚型輸送船のメンバーのみが、初期からの仲間であり、残り二席の輸送船は、その時々で入れ替わっているのであった。そのため、厳密な意味ですべての人間が『黒の翼』扱いされているわけではない。が、少なくとも常に行動を共にしているアレクシアとコリンはその面子に入っているようだ。
テオドラがパトロンであることは周知の事実。
『黒の翼』も世間的にはテオドラが作った特務部隊という認識なのだった。
アレクシアはいつの間にやらジークフリートと共に活動する『黒の翼』の初期メンバーとして世間に名前と顔が売れてしまった挙句、一部ではジークフリートとの関係を邪推されている。おまけにジークフリートのファンから陰口を叩かれる始末で、さらには国許の母親や姉から意味深な連絡が度々来る。実際のところジークフリートとは深い仲になっているわけでもなく、魔法を教え、剣術を教わるウィンウィンの関係でしかない。むしろ、彼の無謀や増える事務仕事に頭を悩ませることが多く、最近めっきりとため息と頭痛が増えている。
――――そもそも、たった一人で敵軍を足止めして五体満足って意味が分からないんですよ……。
あの男は、戦術も戦略も魔法理論も全部その身一つで粉砕する。
ここまでくると心配するだけ無駄だと割り切れるくらいだ。
最近はその辺り、ずいぶんと楽になってきている。まあ、ジークフリートだしいいか、と。これが、他の人間だったら、全力で止めるのだが、彼にはその必要がないと分かった。どこかで死ぬかもしれないが、自業自得だ。それくらいの気持ちでいなければ、あの規格外と同じ任務に就くことはできない。
『ハハハ、大活躍じゃなアレクシア!』
軽快な笑い声を響かせるのは映像の奥のテオドラだった。
魔法電話がかかってきたので何事かと思ってみたら、ただの雑談だった。少し肩透かしを食らいつつ、ほっとしたアレクシアは小さく笑みを漏らした。
「このような形で名前が表に出るのは不本意です」
『そう言うな。アレクシアのおかげで救われた命もあるのだからな。ジークフリート一人の手柄ではないぞ。もちろん、あれの手柄が規格外なのは言うまでもないことじゃがな!』
「ええ、それは否定のしようがありません」
傍から見ていて、彼の活躍は目覚しい。映画を見ているかのような非常識さで、戦場を蹂躙する様は思わず目を奪われるくらいだった。
胸が空くのは間違いない。
しかし、その反面ある疑念が蟠っているのも事実だった。
『どうかしたか?』
「いいえ。特には」
アレクシアは首を振る。
『ふむ、そうか。まあ、ジークも元気にやっておるようだしな。後でよろしく伝えておいてくれ』
「姫様が直接仰ればよろしいのではありませんか?」
『妾はこれから大切な公務があるのじゃ』
「姫様?」
『うまく会談を成功させれば、あるいはこの不毛な戦争を止めることができるやもしれぬ。ふふふ、まあ、待っておれ。朗報を届けてやるぞ』
「戦争をって、あの姫様。それはどういう……」
気になることを言っていた。
聞き返そうとしたところ、間に合わずテオドラとの通信は途絶えてしまった。
「戦争を止められるかもしれない?」
奇妙だ。
少なくとも連合に戦争を終える理由はなく、押し込まれている帝国も現状では降服か不平等な形での停戦が関の山であろう。
おまけに、仮にそのような大きな動きが中央であったにしても、第三皇女という微妙な立場のテオドラが出る必要がない。
不可解といえば不可解だった。
が、しかし。
主を疑うなど笑止千万。
戦場に出るわけでもなく、警備隊も就いている。彼女の安全は確かだ。
上からガタガタと音がする。それに加えて割れ物が粉微塵になる音もだ。
「また、やりましたか」
もはや慣れたものだ。ジークフリートが、魔力の扱いを誤ってものを壊すのは。
階段を上がって、リビング向かう。
彼女たちの拠点の一つ、小高い丘の上の三階建てログハウスは木々に囲まれる森の中にある。二階のリビングからは、開けた庭が見え、その周囲はぐるりと植生も様々な木に取り囲まれている。彼女たちの活動の都合上、大都市圏に縁がないために、このような別荘地に拠点を構えることになったのだ。
そう、ここはテオドラが個人で所有する別荘なのであった。
「テオドラ様からお借りしている家を傷付けないでください」
「騒がしくてすまない。だが、傷付けてはいない。そこは安心して欲しい」
ジークフリートはソファに腰掛けた状態で机の上に新聞紙を広げていた。さらにその上には砕けた鉛筆が転がっていて、新聞の四方を取り囲むように結界が張られていた。鉛筆が破裂しても周囲に破片が飛び散らないようにコリンが張ってくれたものだ。
「で、そのコリンはどこにいきましたか?」
「彼ならば船の調子を見に行った。相変わらず、機械の類が気になるらしい」
「そうですか」
操縦士コリンは、二十代半ばの好青年。多少ふざけたところはあるが、性根が真っ直ぐで、特に機械に対する情熱は激しい。技官としても通じる腕前で、ちょっとしたマシントラブルならば彼が解決してくれる。
「ベティとブレンダもいませんか」
「ああ。散歩に行くそうだ」
「まったく、あの娘たちは……」
自由に時間を使っていいとはいえ、頻繁に外に出るのは如何なものか。
この別荘にいる『黒の翼』のメンバーは四人だけだ。これが、固定メンバーである。ただし、彼らはあくまでも帝国兵であり、ジークフリートのために集まったメンバーではない。
世論では『紅き翼』と対比されることも多くなったが、本質的にまったくの別物だ。
「強化魔法、うまくいきませんか」
「自分にかける分には大雑把ながらできるようにはなった。だが、物に魔力を通すと途端に失敗してしまう」
困ったように表情を翳らせるジークフリートに、アレクシアは僅かながら親近感を抱く。彼でも失敗して悩むこともあるのだと。
「不用意に魔力を流せば当然そうなります。あなたの肉体が雑な強化魔法に耐えられるのは、単にあなたが頑丈だからです。自分の身体と同じ感覚で鉛筆に魔力を流せば、それは当然破裂します」
「ふむ、なるほど」
本来ならば、このようなことに悩んだりはしない。
強化魔法は基礎魔法の一つでもある。その上失敗して傷つけるようなことも極希に起こる現象でしかなく、ここまでの破壊を連続で起こすのはよほど才能がないか、才能が有り余っているかのどちらかだ。魔力の容量だけで言えば、ジークフリートは天才の域と言っても過言ではないのだが、技術が伴っていない。今のジークフリートの魔法は、拳銃に銃弾の代わりにダイナマイトを装填しようとしているようなものだ。
爆発はするかもしれないが、目的の効果は発揮できない。厄介なのは、本人は持ち前の頑丈さでその爆風をそよ風のように受け流せることだろう。
「魔法障壁もその内習得すると便利ですよ。まあ、強化魔法のほうがあなたにとっては都合がいいのでしょうけれど」
肉体そのものが最上位の魔法障壁に匹敵するジークフリートが、あえて魔法障壁を学ぶ意味は余りないかもしれない。それよりも、持ち前の身体能力をさらに強化する身体強化の魔法を習得することで、戦闘能力に磨きをかけるというほうが実用的だろう。
「まあ、俺には障壁は意味がないからな」
と、ジークフリートも言う。
それで背中の弱点を補えるわけでもない。彼の背中は呪いのようなものだ。ジークフリートである限りは、この部分を守ることはできない。魔法障壁で全体に防御を張り巡らせても、背中の部分だけは障壁が機能しないだろう。
しかし、その一方で身体そのものを鍛えるという手は残っている。
強化魔法で骨格や筋肉を固く、強く、しなやかにすることで間接的に背中を守ることに繋がる。ジャック・ラカンがそうであるように、莫大な魔力を身体に練りこむことで、刃を通さぬ肉体を形成する。この世界の基本的な技能である。
「その域を目指すには、まだ時間が足りんか」
「出力さえ安定させれば、あっという間だと思いますけどね。あなたはどうにも不器用で、しかも大雑把です」
まったくその通りだとジークフリートは指摘を粛々と受け入れる。戦いに感けて修練に手が回らないことも多い。こうした僅かな時間でどれだけ集中できるのかが、大切だ。
そうして、ジークフリートが新たな鉛筆を手に取ったとき、アレクシアが口開く。
「今のうちに確認しておきたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「何だ?」
「あなたのことです」
アレクシアはジークフリートの反対側のソファに座った。
柔らかな音を立てて、小さな身体が沈む。
「今更、俺の何を尋ねようというのだ?」
「それはもう色々と聞きたいことはあります。その実力はどこで身につけたのかとか、宝剣の出所とかあるいはあなたがそもそも何者なのかとか、追跡調査でも謎だらけですからね。ですが、それは些細なことです。わたしが気にかけているのは、あなたの目的です」
「俺の目的?」
「はい」
アレクシアは、神妙な顔つきで頷く。
「あなたはこれまで多くの戦場で戦果を上げてきました。連合の敵艦や鬼神兵や装甲車その他諸々……それは確かに連合に対して損害を与えていると言っていいでしょう。ですが、それはあくまでも兵器に限った話です。派手だから目だっていますが、あなたはこれまでの戦場でほとんど敵兵を殺害していません。何故ですか?」
ジークフリートが戦場でどれだけ暴れても死者は驚くほど少ない。
戦艦を沈めたとしているが、その実精霊エンジンを破壊して墜落に追い込んだというだけなので、中の人は多くが生を拾っているだろう。重傷を負った者もいるだろうが、治癒魔法があれば大概は何とかなるものだ。
「敵兵を見逃す理由か。俺の目的はそもそも戦火に曝されようとしている力なき者たちを救い出し、その安全を確保することだ。敵と戦っているのは、その時間を稼ぐためだ。命をむやみに奪わぬのも、連合が味方の救出のために足を止めることを期待してのことだ」
「ええ、それは分かります。理屈に合いますし、それにあの状況では連合側も被害状況の把握に努めねばならなくなるのは当然です。ですが、それにしても加減が過ぎると思うのです。あなたが見逃した兵もそのうち復帰するでしょう。そうなれば、また同じことの繰り返しです」
兵という駒がある限り戦争は終わらない。ジークフリートがここで見逃した相手が、別の場所で誰かを殺すだろう。
「あなたはただ人を殺したくないだけなのでしょう。ですが、その善意は別の誰かを殺す、ただの偽善です」
「その通りだ」
ジークフリートは迷わずに答えた。
「俺の行為は偽善だろう。貴女の言葉に間違いはない。俺は彼らを殺すことを忌諱している」
「何故です。これは戦争で、あなたは帝国の――――……」
と、そこまで言ってアレクシアは言葉を切った。
帝国の何だと言うのか。
そもそも、戸籍にすら乗っていない、辺境の地から現れたという正体不明の男だ。テオドラに逢うまで、連合との戦争も具体的には知らなかったくらいの世間知らずでもある。そして、今の彼は流浪の傭兵であり誰に雇われたわけでもなく自発的に戦地を渡り歩いているだけだ。自分たちがここにいるのは、彼の力が敵に渡ることを恐れた上層部が、監視のためにつけているだけ。
――――ジークフリートには、帝国の人間としての自覚がそもそもない。
そのことに気付いてしまった。
「……あなたにとってこの戦争は他人事なのですね……帝国の人間として連合を倒そうとは思っていない。あなたの気持ちは、第三者的立場にある」
ジークフリートは敵や味方といったものを別にして、目の前で命を絶たれそうになっている人々に手を差し伸べたい。ただそれだけで行動している。だからこそ、不用意に人を殺すことはない。それが、たとえ攻め寄せる連合の兵であろうとも、命である以上は軽々しく奪えないと、自らの行いを規定している。
「貴女の感じたとおりだろう。俺には帝国に対する帰属意識がない。この国のために剣を執ろうとは思っていない」
「では、なぜ、あなたは……」
「かといって連合に就く理由もない。俺は帝国に思うところはないが、それでもこの国の人々には恩があり義理がある」
ジークフリートはもとより異邦人だ。帝国の人間ではなく、正規兵にもなっていない。この国のために戦争に加担する理由がなく、それではいけないとすら思う。第三者であるはずの自分が英霊に至った力でどちらか一方に加担するのは、非常に危険なことだろうと。
しかし、同時に戦争の早期終結を望むのならば、帝国に就くという選択肢もあった。故に悩み葛藤しながら今に至るまで答えの出ない問いを重ねている。
ただ弱き者のための剣であろうと、かつての友に気付かされた夢を求めるのならどうすればいいのか。
未だに正しい答えは出ない。
正義の味方というゴールにいたる道のりは、険しいどころか見えてもいない。
偽善とアレクシアに指摘されるのも当たり前だ。
帝国兵である彼女からすれば、連合は憎き敵に他ならない。住民を逃がすための合理的な理由があるとはいえ、連合兵を見逃すジークフリートのやり方には違和感を覚えるし、その帝国に帰属意識がないというその考え方にも不快感を覚える。仕方がないのだ。帝国からの視点とそもそも第三者であるジークフリートの視点は決定的なまでに異なっている。
「俺は基本的に帝国の兵として盤上に上がるつもりはない。そこから零れ落ちたものに手を差し伸べる者でありたいからだ」
どちらか一方に就けば、必然的に動きは拘束されるだろう。彼の強大な力は、敵を蹂躙するために使われる。そうなれば、この戦争の影で苦しむ者たちを見殺しにすることになってしまう。
できることならば、今の状態で停戦して欲しい。
連合の侵攻を足止めする間にも、その思いは強くなる一方だった。
請われるままに、善も悪も関係なく望みを叶えてきたかつての自分とは決別するべきなのだ。例え偽善でもいい。矛盾していてもいい。叶うことならば敵を討ち果たす剣ではなく、誰かを守る楯でありたい。それが、ジークフリートの我が侭だった。
「あなたの思いは、正しいのでしょう。ええ、わたしもそれが正しいとは分かります。しかし、それでも、正しいだけで救える人の数には限りがある」
「分かっている。だが、今のところは救えている。貴女方の協力のおかげだな。このまま疎開が進めば、その内、前線付近は無人となるだろう」
誰も戦火に巻き込まれない戦場で、両軍が矛を交える。現時点で、ジークフリートが努力をして戦争における民間人の被害者を減らすのであれば、これくらいしかない。
彼は強大な力を持っていて、戦場では敵を蹂躙できるだろうが、戦争全体を左右するには小さな個人でしかない。
この世界の戦争はジークフリートや『紅き翼』のようなイレギュラーを除けば個人の武勇よりも兵器の量と質がものを言う。ジークフリートが優先的に連合の兵器を潰していたように、兵器が減れば戦火も縮小できる。人を殺さずとも、国として戦えなくする手はあるのだ。事実、ジークフリートの襲撃を受けた連合は、死傷者が少ないにも拘らず、進軍速度を大きく低下させなければならなかった。
個人よりも兵器。それが、兵器が戦争の主役となった世界での原則であった。
アレクシアはため息をつく。
ジークフリートなりに様々な思いや葛藤を乗り越えてこの結論を出したのだろう。納得できたわけではないが理解はできた。
「今の、オフレコでお願いします」
「オフレコ?」
「外で言わないでくださいってことです。少なくとも、帝国の市民はあなたを帝国の英雄として認識しているのですから、余計なトラブルは御免です」
「……そうか。ああ、分かった。トラブルは御免だというのは同感だ」
まったくとんだトラブルメイカーだ。
「それと、このまま帝国が劣勢になっていけば徴兵令が出るかもしれません。そのとき、あなたが違反すれば追われる身になります」
「そのときはそのときだ。何にしても俺は帝国には剣を向けることはないだろうし、これまでと同じことを繰り返しているだろう」
ジークフリートに考えを改める気はさらさらない。
まず第一に人命である。
戦争を止めるに足る力がない以上、ジークフリートにできることは粛々と住民たちを安全圏に逃がすことであり、敵の足を止め、可能な限り進軍を遅らせることで停戦や終戦のきっかけになってほしいと願うことだけだ。
少なくとも、今のジークフリートにはそれ以外の道が見えないのであった。
悲報、fate/go 更新できず。ダウンロード進まない。
アーラシュって毒効かないから出会い次第では静謐のハサンの高感度マックスになったんだろうか。
だとしたら――――爆発しろアーラシュ!