正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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第十話

 連合側の大反攻により、戦線を国内に押しやられた帝国側ではあったが、為すがままになっているわけではない。

 国内が戦場となる以上は、国民に多大な影響が出るのは間違いなく、とりわけ戦火に曝されるであろう国境付近の人々は南方に疎開を余儀なくされていた。

 そんな人々の疎開を支援し、時には敵の足を止めるために剣を抜いて戦っているのが、ジークフリートを中心とした『黒の翼』の面々である。

 喜ばしいことに、活動開始から二ヶ月のうちに彼らの華々しい活躍に影響された多くの人々が救出活動に好意的になってくれており、また国境付近の人々を救うために自ら率先して行動する者も現れるようになった。帝国民が率先して救援活動を行ってくれたおかげで、避難は思いのほかスムーズに遂行され、帝国軍はその軍備を対連合戦に備えて集約することができるようになっていた。

 マスメディアが大々的にジークフリートの活躍を報じれば、その支援のために手を挙げる者が現れ、さらに是非我が村へ、と疎開を積極的に引き受けてくれる地方も現れた。その調整は行政の仕事だが、うまく歯車がかみ合って、概ね良好な結果に繋がっている。

 戦場が自国である以上地の利は帝国側にある。

 敵を撃退するために、無人地帯となった北部地域を中心に帝国軍が再配備され、連合側の侵攻を阻む防衛線の再構築に成功したのであった。

 戦争である以上、兵士に犠牲は出る。

 しかし、ジークフリートが望んだとおり、一般市民の犠牲は減少させることができた。戦線が食い破られれば自ずと帝国の領民には犠牲が出ることになっていくだろう。真に犠牲者が出ない世界を目指すのならば、この戦争の早期終結が急務ではあるが、戦争を終わらせることができるのは政治のみである。極端に強大な力を持つとはいえ、ジークフリートは一人の人間に過ぎない。戦争を終わらせる具体案があるわけでもなく、さらに帝国の人間でもなければ連合の人間でもない第三者である。両者の歴史も感情的対立も正しく理解していない彼には、この戦争の着地点すらも見えない状況であった。

 歯がゆい、とは思う。

 剣を振るい、敵を討伐すればいいだけ悪竜退治のほうがまだ楽な仕事だと思えるくらいには。

 そんな折のことだ。

 テオドラから連絡が来た。

「護衛?」

『うむ。これから、ウェスペルタティア王国のアリカ王女と会談する予定になっておるのじゃが、ジークに妾の護衛を頼みたいのじゃ』

 魔法電話では相変わらずの元気な声が聞こえてくる。第三皇女テオドラは、見た目も性格もまだ幼い子どもだ。教育が行き届いているからか、人前では静かにしているようだが、その本質は面白いことが大好きで好奇心が旺盛というじゃじゃ馬である。

「護衛ならば、貴女の周りにたくさんいると思うが」

『警備隊の者たちはよくしてくれておるぞ。だが、此度の会談は少々入り組んでいてなぁ。あまり人数を連れていけんのじゃ』

「必要な数が用意できないわけか」

『必要な数がどれくらいかと判断するのも難しいが……人数が普段から減ってしまうからな、ジークがいてくれたほうが安心できる』

 護衛の数が減る変わりに個の質を高めようとしているのか。それは正しい判断だ。ジークフリートが護衛の能力があるかどうかは置いておいて、彼の戦闘能力は非常に高い。それこそ、単独でテオドラの警備隊を蹴散らせるほどにだ。そして、それは仮にジークフリートに匹敵する猛者が襲撃者にいた場合、警備隊は為す術がないということでもあった。

「重要な会談なのか?」

『ああ、とても重要じゃ。……この戦争を終結させることができるやもしれぬ』

「それは、本当か?」

 そうだとすれば、その会談は是が否でも成功させなければならないものだ。

 その正否で戦争の終結か継続かが決まるとなれば、歴史が変わる会談になると言っても過言ではない。となれば、ジークフリートも期待せずにはいられない。

「帝国の皇女として、戦争を止めるという立場を表明するのは大丈夫なのだろうか」

『さて、どうかな。とはいえ、この戦争には何か裏があるようじゃぞ、ジーク』

「裏?」

『ああ。どうにもきな臭い……帝国でもない、連合でもない。この戦争を継続して利益を貪ろうとしている連中がいるらしい』

「何だと?」

 思わず声に怒気が篭る。

 彼女の話が真実ならば、これほど不毛な争いはない。

 二大大国を裏から操るということができるとは思えないが、もしも可能だとすれば相手は極めて強大な、世界を股にかけるほどの組織であるということになる。それが、今まで影も形も窺わせることなく大戦争を操っていたとなるととてつもなく脅威だ。

『ウェスペルタティア王国は帝国と連合に挟まれる位置にある歴史と伝統が売りの小国でな、妾は以前に一度、アリカ殿下には会ったことがあるのじゃ。そのときの伝手じゃな』

 ウェスペルタティア王国の首都は帝国が占領を試みたオスティアだ。そのため、戦争の中でウェスペルタティア王国はどちらかと言えば連合側に立って戦っていた。それでも、アリカ王女は戦争を止めるべく自ら調停役となって各国首脳を説得しようと東奔西走していたのだという。

 戦争終結を第一に考え行動する、実に芯の強い女性なのだ。

『あのアリカ殿下が危険を承知で来るというのじゃ。妾も応えてやらねばならんじゃろ』

「戦争終結の道筋が見えるかもしれんというわけか。ならば、俺が手を貸さない理由はない。その頼み、引き受ける」

『そうかそうか。ジークがいるなら百人力、いや、千人力じゃな!』

 魔法電話の奥でテオドラが楽しそうに声を上げて笑う。

 ジークフリートも思わず頬を緩めた。

 何にしても戦争が終わるかもしれないということが、彼に希望を抱かせたのだ。

『そうそう、もちろんアレクシアたちもじゃ。話は後でアレクシアにもしておくからな』

 そう伝えてから、テオドラは通話を切った。

 ジークフリート以外のメンバーは基本的にテオドラの警備隊から転属してきたものたちだ。ジークフリートはテオドラの部下ではないし帝国の兵でもないため協力を仰ぐという形になったが、アレクシアたちについてはいちいち連絡を取る必要もない。辞令を出せばそれで次の行動が決まる。事実、一時間もしないうちにアレクシアらは別荘のリビングに集まり、今後の動きについて話し合いを始めた。

「テオドラ様とアリカ姫の会談は極秘裏に行われるものですので、外部で口にすることのないようにお願いします」

 と、アレクシアから厳しく念を押されたジークフリートは会議の場でも口を閉ざしたまま黙している。ジークフリートは帝国の地理に疎く、行動指針の策定に協力できない。会談の場として上げられた街の名も初めて聞くものだった。

「会談は四日後に行われますので、明日にはここを出立しなければなりません」

「ずいぶんと性急じゃねえかよAA」

「計画したのはわたしではありません。できることならば、一ヶ月は先延ばししていただきたいところなのです。本来国家レベルの会談をするのならば、相応の準備期間が必要ですし、緊急であれば電話会談で済ませます。戦時下でありながらたった四日しか猶予がないというのが異例なのです」

 頭を抱える仕草が板についてきたアレクシアは、大きくため息をついた。

 ジークフリートからしてもこれは急ぎすぎていると思われるが、戦争は着実にその手を広げている。終戦に導けるかもしれない会談だけに、あまり先延ばしにするわけにもいかない。何よりもこれは極秘の会談だという。ならば、準備期間を確保して、警備などを大々的にするわけにもいかないのが実状だろう。

「警備だってそれほど多くは割けないはずです。アリカ姫は連合の『紅き翼』と共に行動していることが分かっていますし、これが罠である可能性も否定できないのですからね」

「『紅き翼』だと」

 ジークフリートがそこに食いついた。コリンが笑みを浮かべてジークフリートに言った。

「やっぱり気になるか、ジーク?」

「そうだな。気にならないと言えば嘘になる。だが、そうなるとこれは敵国との秘密裏の交渉となってしまうのではないか?」

「そうです。それが、問題を大きくしているのです」

 アレクシアは宙に浮かぶマジックディスプレイを眺めて呟く。そこには地形図が示されており、会談の場所の警備をどのようにするべきか三次元的に考えることができるようになっていた。

「第三皇女たるテオドラ様の身に何かあれば大問題ですが、それ以上に敵国と秘密交渉をしているなどという話になってしまえばテオドラ様の身にも多大な危険が伴います」

 場合によっては、テオドラにスパイ容疑がかけられる可能性すらもあるということだ。

 第三皇女という微妙な立場であることが、その危険性を高めている。

「成功の見込みがどれほどなのか、わたしには検討もつきません。戦争が終わるのならばそれに越したことはないのですが、会談だけでは難しいでしょうし……現状ではリスクとリターンが見合っていないとしか思えないのですが……」

 戦争を終わらせるにはどちらか一方が降伏するか、両者共に痛み分けという形で手を引くという形しかない。前者は勝敗がはっきりしているだけに分かりやすいが後者は和睦交渉の条件次第では紛糾することもあるので難しい。テオドラがしようとしているのは後者であろう。帝国は劣勢にあり、連合と和睦するのならば不利な条件を飲まされる可能性も否定できない。まだ敗戦濃厚というわけではなく、軍備を整えれば十二分に押し返すことが可能と見込まれている現状で、不利なままでの和睦を帝国首脳が受け入れる見込みもなく、当然勝ち戦の連合が手を引く可能性もない。となれば、戦争を終わらせるには戦争以外の理由が必要になる。両者の恨みつらみを横に投げ捨てるだけの必要に迫られる何かがなければ、両者が和睦する未来は来ない。

「テオドラ姫が言うにはこの戦争には裏があるそうだが、思い当たる節はあるか?」

 ジークフリートは尋ねた。

「裏、ですか?」

「ああ。なにやら、戦争を継続させようとしている勢力があるらしい。帝国でも連合でもない何かが潜んでいるとテオドラ姫は言っていた」

「……わたしにはそのようなことは一言も」

「言い忘れていただけだろう」

 にべもなく、ジークフリートは言った。

「しかし、そのような話は……」

「アリカ殿下に偽の情報を掴まされてんじゃねえの?」

「だとしたら由々しき事態です。今一度、ご再考を進言しなければ……」

「ちょっと待ったアレクシア隊長。下手に連絡すんのはまずいって。末端の兵が口できる問題じゃねえし、嘘と決まったわけでもねえから!」

 コリンが慌ててアレクシアを止めようと声をかける。

「テオドラ様の身に万が一があったらどうするのです!」

「もしも姫様が言っていることが事実だったとしたら、相手は帝国内にもいるってことだろ? 下手に声を上げれば姫様の安全が脅かされるっての」

「偽の情報と言ったのはそちらでしょう!」

「俺は噂も何も聞いたことがないってだけ。何一つ根拠がないなら偽情報と考えるしかねえじゃん。でもよ、もしも本当なら、姫様の周りにもシンパがいるかもしれねえ」

「ぐ……」

 アレクシアはコリンの説得を受けて押し黙った。

 魔法界を分断する大戦争を裏から操る組織など非常識にもほどがあるというものだ。

 それはつまり、帝国と連合の内部深くに根を張っているということであり祖国の危機ということである。戦争など比較にならないほどの危険な状態であろう。

 しかし、それはテオドラがジークフリートに少し漏らしたという程度のものでしかない。

 情報ソースはまったくなく、こちらで判断の付く問題ではない。

 高度に政治的な問題に迂闊に首を突っ込むのは寿命を縮める。噂話に左右されて、冷静な判断ができないようでは護衛などできはしない。

「とはいえ、楽観視もできんだろう」

 と、ジークフリートは言った。

「アリカ姫が嘘をついてテオドラ姫をおびき出そうとしているのであれば、今までどおり帝国の敵は連合となるが、そうでないとすれば話は変わる。テオドラ姫もアリカ姫も、敵にとっては戦争終結に動く邪魔者だ」

「……つまり、テオドラ様は会談に参加すれば結果の有無を問わず危険に晒されると?」

「どちらかが敵であれば、そうだろう。もちろん、アリカ姫がテオドラ姫を嵌めるつもりもなく、戦争の黒幕もいない場合はその限りではないし、その可能性のほうが高いと思う」

 アリカがテオドラに敵意を持たず、ただ戦争を止めたいと必死の思いでやってくるだけならば危険はない。また、テオドラが言うような黒幕もいないのであれば戦争終結を嫌うのは連合憎しで戦争に加担している者や戦争で利益を得る武器商人などだ。世界を股にかける秘密組織に比べれば俄然、程度が低い。

 ジークフリートにはこの世界の戦争の機微は分からない。

 彼の時代とはあまりに戦争の様相が変わりすぎていることもあるが、何よりもこの世界の勢力について無知だった。どの程度の戦力があり、国力はどのくらいか。そういった事前情報が彼にはほとんどないのだ。たった数ヶ月程度で身に付く知識ではなく、必然的に不自然な戦力の増強や政治的駆け引きについても、そういうものだと受け入れる以外に選択肢がないのだった。

「じゃあ、予定通りに行くしかありませんね。色々と覚悟をしなければならないかもしれないということで」

 沈鬱な表情のアレクシアとは対照的に口を大きく開けて欠伸をする気侭な少女が言った。

「ふあ……悪の秘密組織も面白そうだけどねー。ねえ、ブレンダ」

「ん? 別に、興味ない」

 十代中頃の金髪の双子――――ブレンダとベティは、対照的な性格だ。猫のように好奇心が強いブレンダとあらゆる物事に対して客観的かつ中立的なベティ。二人を足して半分にしたらちょうどいいのではないかと常々言われるほどに両者は異なる嗜好の持ち主だ。

「ベティ。何も面白くありません。むしろ深刻です……が、ことの重大さを考えれば興味がないのも問題です」

「怒ってばっかだとぉ~眉間に皺増えるぅ~」

「増えませんしありません!」

 アレクシアが手刀でブレンダを打ち据えようとするが、ブレンダが張った魔法障壁がこれを弾き返した。

「く……」

「効かんのだよ、アレクシア隊長」

 得意げに笑うブレンダ。

 防御力ならば、ジークフリートに次いで二番手に位置するのがブレンダだ。帝国基準の格付けでも防御魔法はA+と同年代では図抜けている。その分攻撃面は大きく劣るものの、そこは逆の性質を有する妹に頼る。戦闘面でも二人一組で戦うのが基本となっているのだ。

「それで、双子ちゃんの意見はどうなんだい?」

 コリンがアレクシアとブレンダの間に割って入るように尋ねた。

「仕事ならやるだけ」

「姫様の護衛でしょ。断わる理由がないよー」

「だってさ」

 コリンがどうする、という視線をアレクシアに投げかける。

 チームの意見は纏ったも同然。

 ブレンダが言うように彼女たちには断わる理由がないしその権利もない。あくまでもテオドラの部下である以上は主の命は正しく遂行しなければならない。

 主戦力たるジークフリートが首を縦に振れば、それだけで目的地まで船を走らせるのだ。

「テオドラ様の護衛の任につく栄誉は誇らしいものですが、準備はきちんとしなければ。やるからには、素早く現地に入り事前に視察をしておきたいのです」

「とりあえず、今から向かっちゃう? どうせテオドラ様が現地入りしてからがこっちの仕事なんでしょ隊長?」

「む、ジークフリートはどうですか? すぐに出ても構いませんか?」

「ああ、問題はない」

 ジークフリートの首肯を以て会議は一端決した。

 帝国領内を横断し、国境線付近の都市に向かう。船を飛ばせば一日とかからずに到着する距離だ。問題があるとすれば船の置き場とテオドラとの合流くらいだろう。

 幸い、船そのものが生活空間に近い状態になっている上にジークフリートには個人的な持ち物がほとんどない。着の身着のままでも何不自由なく生活できるので、色々と入用な女性陣に比べればかなり行動に支障はないのだった。

 


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