正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

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ダーナをオリキャラだと思って一言コメしてくれた人がいるのですが、オリキャラじゃないということを断わっておきます。


第十四話

 ダーナと名乗った謎の怪人に連れて来られたのは、空に浮かぶ天空の城であった。否、それはもはや城と形容することもおこがましいだろう。空に浮かぶ小さな街と呼んだほうが適切ではないか。それほどまでに巨大な建造物が、どこまでも続く雲海の上に浮かんでいるのである。

 城塞を宝具として所持する英霊も、極少数ながら存在はしているが、英霊でもないというのにこの規模の建造物を、常の塒として維持しているというのは、驚愕に値する。恐らくは、己の魔力だけで維持しているというわけではなく、浮かぶように設計されているのだろうが、それでも驚異的であることに変わりはない。

「ダーナと名乗ったな。今更、人ではないものとの出会いに驚きはしないが、貴女は一体何者だ?」

「言っただろう。わたしは不死身の怪物。美と愛を求める至高の存在……人間からは、『貴族』とか呼ばれているよ」

 吹き抜ける風にすら、彼女の漆黒のドレスは揺らがない。何かしらの力を以て、完全にこの場を支配している。

「『ハイデイライト・ウォーカー』『吸血鬼の真祖』なんて呼ぶのもいるけどね」

「吸血鬼、だと」

 それを聞いて、ジークフリートは警戒心を強める。

 吸血鬼は邪悪なる者――――とりわけ、彼の知識にあるものであれば死徒と呼ばれる強力な吸血鬼があり、それをさらに上回る者として真祖の存在があった。真祖ともなれば、サーヴァントですら単独での戦いは敗北必至ともされるほどの怪物である。目の前のダーナが、ジークフリートのいた世界での真祖と同列に語れるかは別として、極めて危険で強大な相手だということは理解できる。

「ふふ、いい顔をするじゃないか。それで、どうするんだい?」

「貴女が人にとって害を為すというのならば、身命を賭してでも討つ」

 幻想大剣の柄を握るジークフリートは、眼光を鋭くしてダーナを見つめる。身体には適度な緊張感があり、如何なる攻撃にも即座に対応して斬り伏せる準備が整っている。

「ふふふ、そんな目で見られるとぞくぞくするね。でも安心なさい。わたしは、徒に人間に手を出すような馬鹿どもとは違う。化物である以上は人間から恐れられる存在でなければならないけどね」

「それを信じる根拠があるか?」

「ないね。昨日今日あったばかりの相手に信用しろというほうがどうかしてるだろ。とにかく、わたしは人間そのものには興味がないのさ。愛と美を除いてね」

 ひらひらとダーナは鬱陶しそうに手を振った。

「吸血鬼だと言っただろう。人の血を吸うのではないのか?」

 ジークフリートの知識では、吸血鬼は人の血を吸う化物であり、血を吸われた者は生ける屍となって吸血鬼に隷属する。死徒であろうと真祖であろうと、吸血能力に違いはない。

「血を吸えるのと実際に吸うのは違うだろ。わたしたちに血を吸う必然性はないのさ。ああ、それとわたしを他の『吸血鬼の真祖』と一緒にはしないでくれよ。連中は長く生き過ぎて物事に興味をなくしちまったまさしく生きる屍そのものさ。美しくも何ともない」

 吐き気がするとばかりにダーナは吐き捨てた。

 吸血鬼にも色々と事情があるらしい。

「そういえば、あんたエヴァンジェリンって知ってるかい?」

「エヴァンジェリン? いや、聞いたことのない名だが」

「なんだそうかい。魔法世界では一番有名な吸血鬼なんだがね。賞金首にもなってたはずだよ」

「俺はその辺りの事情には疎い。貴女が英霊の存在を知っているのならば、俺がこの世界と関わりがないことも理解できるかと思うが」

「ああ、そうだね。いや、エヴァンジェリンを知っているのであれば、比較対象としてちょうどよかったんだけどね」

 それから、ダーナはエヴァンジェリンという吸血鬼について大雑把な語った。

 非常に強力な魔法使いであり、吸血鬼の真祖でもあった少女の悲劇と戦いの日々を。そして、その果てに賞金首となり、吸血鬼を代表する存在として魔法使いの間で恐れられるに至った苦難の歴史を。

 多くを殺し、多くを失った少女の人生は血に塗れてはいたが、確かに同情の余地はあって、この世界の吸血鬼の事情を垣間見るものであった。

「それで、このエヴァンジェリンなる吸血鬼と貴女がどう関係する」

「ああ、単にわたしがあの娘の師匠ってだけさ。今のは、吸血鬼ってヤツをあんたに教えてやろうと思って聞かせてやったのさ」

「エヴァンジェリンの師?」

「あの娘がまだ弱かった頃のことさ。今から何百年前になるかね。最後に会ってから百年ばかり経ったかねぇ」

 ジークフリートは押し黙った。

 不死という彼女の言は疑うべくもない。エヴァンジェリンという吸血鬼が誕生したの中世の頃だというから、その師であるダーナはより長くこの世にあるのだろう。不老不死の怪物というのは真の事実だ。吸血鬼というのはどこの世界でもなんらかの形で不死性を有するものなのだろうが、この世界の吸血鬼はジークフリートの世界の吸血鬼に比べても不死の度合いが強そうだ。デメリットらしきものがないのだから、それだけでも脅威だ。

 それだけ長く生きれば、その身に宿る神秘も強くなる。

 神秘の塊である英霊と比較してもそん色ないほどの神秘性を帯びるのも無理からぬことだ。

「あのエヴァンジェリンの師匠なのかって、びっくりさせてやろうかと思ったんだけどね。ま、さすがに英霊相手にそれはないかね」

「何故、貴女は英霊のことを知っている? いや、長く生きればそういった知識に触れる機会もあったのだろうとは思うが、俺に干渉する理由はないだろう」

「そんなもん、この機会を逃せば英霊と関わることなんてないだろうってだけさ。知ってるかい。この世界では霊長側の抑止力は大きくは動かないんだよ。あんたのところはどうか知らないけどね」

 抑止力とは、世界の破滅をもたらすものに対する世界の防衛機構のようなものである。大きく分けて地球側に立つガイアの抑止力と人類側に立つアラヤの抑止力があり、英霊は人霊が昇華したものなので基本的にはアラヤ側と考えられる。とはいえ、抑止力として世界に降臨し、その力を振るうのは霊格の低い英霊(守護者)が主で、ジークフリートのような高位の英霊にそのお鉢が回ってくることは少ない。

「何故?」

「世界が二つあるからさ。魔法世界と旧世界のどちらかが滅んでも、どちらかに人類が生きていれば、人の世の破滅にはならないだろう。そのおかげで魔法世界ができてからというもの英霊らしきものの活動の痕跡はほとんどないんだよ」

 つまらなそうにダーナは言った。

 まるで、英霊の活動を眺める神の視点を持っているかのように。

 だが、そもそも英霊の活動は人間の無意識下で行われるので、観測はできない。その活動は災害の類として処理されるのが常であり、コンタクトに成功することもまずありえない。英霊は意思なき力として召喚されるが故に。智慧ある者が、痕跡から推測することは可能だろうが。

 つまり、自由意志を持つジークフリートと直接相対することができるのは、この時が最後かもしれないのであり、ダーナにとっては興味を惹かれる事象だったということだ。

「だっていうのに、せっかく覗いて見れば自分の力に侵食される体たらく。まったく、不死を謳われたジークフリートが情けない」

「む……」

 少しばかりカチンと来たが、黙る。

 確かに、自分はテオドラを守れず仲間を逃がすために敵と対峙したものの竜化と思しき現象によって全力を出せない状況だ。情けないと非難されるのも無理からぬことだ。

「貴女は俺の身体の不調について知っているのか?」

「それはあんただって感じてるんじゃないのかい? それは身体が竜に近付いてる証拠だろう。わたしが知っている物語とあんたが辿った歴史が同じなら、それはファヴニールの力じゃないかと当たりは付けられるさ」

「それは、確かにそうだろう。今まで、このようなことはなかったから俺も困惑しているのだが……」

「別におかしなことではないだろう。異質な力を振るうのなら、相応のリスクは背負うべきじゃないか」

「竜になるのが、俺の力のリスクだと?」

「竜になるかどうかは別だろうけどね。わたしの見立てじゃ、あんた、今まで使わなかった部分にまで手を出しただろう。人間だって自分の筋肉は三割くらいしか使えてない。それ以上の出力を出すと自壊しちまうからさ。あんたは、それと似たような状況ってわけだ。元々あった力を、限界以上に引き出した結果、身体のほうがおかしくなったんだろうね」

「そういう、ことか」

 それを検証することはできないが、理屈としては正しいのだろう。あの時、背中を撃たれたジークフリートは自らの限界を超えることを承知した上で竜の心臓に働きかけたのだ。結果的に即座に戦線復帰を果たしたが、無理が祟って身体が扱える竜の力を上回るだけの力を引き出してしまった。

 もしも、ジークフリートがサーヴァントであったのなら、このようなことはなかっただろう。或いは、純粋に英霊であれば――――霊体である以上、変化することはなかったはずだ。完成された存在なのだから、その力の上限は生前の最盛期に設定されてそれ以上にはならない。だが、今は肉体という不完全性を獲得してしまった。もしも、ジークフリートが殺されることなく、鍛錬を続けていればどこまで強くなったのだろうかというIFにまで手が届く。しかし、それは同時にダーナが言うようなリスクを背負うことにもなる。良くも悪くも未知への挑戦なのだから、自分の力が伸びるか否かは分からないのだ。

 高性能エンジンを積み込んでも、車体のほうが貧弱では自壊する。ジークフリートの心臓は紛れもなく一級品の魔術礼装とも言うべき代物であり、永久機関にも等しい魔力精製能力があるものの、彼の肉体がその能力にどこまでついていけるのかは未知数である。生前は火事場の馬鹿力を必要とする場面がなかったというだけで、この世界ではそうではなかった。違いとすれば、その程度だろう。

「俺の身体の件について教えてもらえたことについては感謝する。だが、俺も今はするべきことがある。元の場所に戻してはもらえないだろうか」

 言った瞬間、ジークフリートを横殴りの暴力が襲った。

 凄まじい衝撃にジークフリートは弾き飛ばされる。

「へえ、やるじゃないか」

 ダーナは感心したように呟いた。

 攻撃を受けたジークフリートは、それでも無傷で立っている。ダーナが時空を捻じ曲げて放った張り手を、直撃の寸前に剣で防御していたのだ。

「その身体でわたしの攻撃を受けるとはね。普通なら、上半身が粉々になっているところだけど」

 ただの張り手で人間の上半身を粉砕する力を持つというが、驚愕には値しない。その程度であれば、魔力による強化を施せば人間でもできることだからだ。

 重要なのはただの張り手でジークフリートを弾き飛ばしたということだろう。防御の姿勢を取りながら、受けた衝撃は凄まじかった。

 なるほど吸血鬼の真祖を名乗るだけのことはある。

 神秘の薄れたこの世界にあっても、彼女ほど歴史を積み上げていればこれくらいの力は容易に出せるのだろう。

「貴女の目的がいまいち分からないのだが」

「さっきから言ってるだろう。わたしが求めるのは美と愛。伝説の大英雄様が、せっかく出てきたってのに自滅なんて美しくないだろう」

 ジークフリートの背後に扉が現れる。

 両開きの扉が開け放たれると、その先は真っ暗な闇が広がっており、そこから這い出た無数の腕がジークフリートに伸びた。

 その腕をジークフリートは素早く斬り落とす。

「ええい、格好がつかないね。ちゃっちゃと中に入りな」

 抵抗するジークフリートをダーナが思い切り突き飛ばした。空間を超越する強烈な張り手は、ジークフリートを闇の中に突き落とす。

「く……!」

 どういうつもりだと、問う前に視界が急激に明るくなった。

「これは」

 空は快晴、地上には見渡す限りの大森林が広がってる。

 雲がないところから、先ほどまでいた空中の街とは異なる場所だということが分かる。この世界にはつくづく驚かされてばかりだ。ここまで平然と時空を操作するとは。

 上手く丘の上に着地したジークフリートは四方を見回した。

 どこまでも木々が続くだけの世界だった。五百メートルほど先には大河が見えるが、人が暮らしているような集落は、彼の視力を以てしても探せない。

「一体……」

「わたしが用意した異界だよ。今のあんたに必要なのは荒療治だ。生きるか死ぬかの瀬戸際を乗り越えるくらいでなくちゃね」

「出鱈目だな」

 ジークフリートは呟く。

 ダーナの言葉にではなく、自分が今見ている光景に対して。

 見上げんばかりの巨大な竜がそこにいる。

 身体の大きさだけならば、ファヴニールすらも上回るであろう。

「帝都守護獣竜樹(ヴリクショ・ナーガシャ)を元にわたしが作った魔獣だよ。今のあんたにはちょうどいいだろう」

 竜の咆哮が木々を揺るがす。

 超巨大な魔獣がジークフリートを視界に収めた。

「ここは時空の狭間にある世界。時間経過を気にする必要はないよ。用が済めば元の世界に戻してやるさ」

 精々死なないように頑張りな、と声を残してダーナの気配は消えた。

 好き勝手にやってくれる。

 ジークフリートは心の中で毒づいた。

 ダーナの言葉がどこまで真実なのか分からない以上、ここで時間を食うわけにはいかないのだ。もしも、ダーナが嘘をついていた場合、ここで足踏みしている間に仲間はアレクシアたちが危機的状況に陥るかも知れず、完全なる世界の蠢動も続いていくだろう。

 とはいえ、やるしかない。

 まずは目前の巨大竜を討伐し、自分の肉体の限界強度を引き上げる。心臓の手綱を握り、完全に制御することさえできれば、再び全力で戦うことが可能となるだろう。

 




夏凛先輩可愛いよ夏凛先輩。
夏凛先輩の不死は、アキレウスの弱点無しverって感じだろうか。
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