正義を目指す竜殺し《完結》   作:山中 一

18 / 30
第十七話

 次元の狭間で寝食し、あらゆる時間を超越した魔女であれば、テオドラが囚われている地を知っていてもおかしくはない。

 餞別に受け取った情報が正しいという保証は皆無だ。ジークフリートとて、彼女の気まぐれに救われただけでその本質はまったく見えていない。あれは嵐のようなものだ。気侭に俗世に関わり、好きに荒らして責任の一切を放棄して去っていく。そういう人の形をした災害のようなものがダーナという怪物なのだろう。よって、彼女の情報を信じるのはリスクが大きい。

「……しかし、何の情報もない今は縋るしかないところですか」

 アレクシアはメモ帳を閉じる。

 追われる立場となった今、可能な限り魔力の行使は避けたい。魔力で探知される可能性があるからだ。そのため普段魔法で行っている軽作業も、手で行うようにするなど工夫しながらの逃亡生活を送っている。

 放棄された軍事基地に放置されていた浮遊式軍用車を駆って国境線までやってきたジークフリートたちは、選択を迫られている。

 この先の道を行けばメセンブリーナ連合の領地に入る。

 テオドラがいるとされる夜の迷宮までは直線距離にして六千キロだ。

 敵地に単身乗り込むようなもの。

 支援はなく、テオドラの所在についても不明確だ。もしも、これが誤った情報であれば、無駄足にもほどがある。それだけならばまだしも罠であれば。

 考えれば考えるだけドツボに嵌る。

「ジーク。どうする?」

 コリンが尋ねる。

「俺が決めていいのか?」

 異邦人たるジークフリートが仲間たちの今後を左右する決定を行う。それで大丈夫なのかと。リーダーは本来アレクシアだ。

「ダーナという人物を直接見ているのはあなただけです。それに、わたしたちはもう帝国の騎士ではありません」

 アレクシアが言った。

 疲れたような口調だ。実際にかなり疲弊している。怪我の具合は大分よくなったが、まだ安静にしていなければならない。その上ここまでノンストップで車を走らせてきたのだ。皆、大なり小なり心身に不調を抱えているだろう。

 テオドラが連れ去られる前と後とでは、一行の立場は大きく異なっている。

 救国の英雄から反逆者へと立ち位置を替えた彼らに安住の地はない。周囲は敵だらけで、どこに行っても追われることとなるだろう。連合に身を寄せるなど問題外。かといって帝国からも追われるとなっては、どうしようもない。

「進むしかない。夜の迷宮に」

 ジークフリートは言葉少なに言った。

 誰も、反論はしなかった。

 「進むしかない」

 その一言がすべてを表していた。

 引き返しても事態は改善せず、手を拱いていても悪化する一方となれば、ダーナのもたらした情報に縋る以外に道はない。

 ただ、その道の険しさに誰もが口をつぐんだ。

 目的地までの六千キロ。それも直線距離だ。真っ直ぐいけるわけもなく、道中に様々なトラブルがあると考えると、急いだところで辿り着くのはいつになることか。

 夜の迷宮は砂と石が支配する砂漠地帯にある。厳しい環境と、その環境下で進化した魔獣が蠢く死地である。安全な道などなく、敵地であることもあって命懸けの旅となるだろう。

「ああ、行こうぜ。やるっきゃねえしな」

 コリンが最初に口を開いた。続いて、ブレンダとベティが賛同する。テオドラを救い出す。ただその一念のみがあった。

「決まりですね。わたしも異存はありません」

 そして皆の意見を集約するようにアレクシアが答えた。

 目的地は決まった。今後の指針も定まった。後は歩を進めるだけ。

 ハンドルを握るコリンが昂揚したような表情でアクセルを踏み込んだ。エンジン音が高まり、静止状態から覚醒した車が淡い光を纏って走り出す。

 

 

 

 ■

 

 

 

 煙る空気に咽てナギは咳き込んだ。

 崩れ落ちる石の城。高さ五十メートルを誇った娯楽施設が今となっては瓦礫の山だ。

 十年前までは辺境一と称されたアミューズメントパークだったここは、閉園の後にマフィアの手に落ち、その悪意を周囲の村々に伸ばしていた。

 乾燥に悩まされるこの地域の命綱とも言うべき水源を一括管理し、それを以て一帯を事実上の支配下に置いていた。行政とも癒着しており、戦時下の非常事態の中でその悪辣な手はますます大きく広く伸びていた。

 その組織を単身乗り込んで潰したのが数分前のことだ。

 武装した敵は百を超えたが、ナギにとっては羽虫に等しい雑兵だった。

 オスティアに攻め込んできた帝国軍を追い払ったときですら、相手を戦闘不能にしただけで命までは奪わなかった。――――手を抜いたとも取れるが、それができるほどの実力差をナギは敵に示していた。ジークフリートにあしらわれるまでは最強の魔法使いと自負して疑わなかった。敗れた後も弛まず努力を積み重ね、さらに一段も二段も力を底上げした。マフィアを一つ潰す程度、片手までできる。

「まあ、ここはもう使い物にならねえな」

 もったいないとラカンは言う。

 崩れた建物の中には年代物のワインや高価な食材も多々あっただろう。財貨に興味はなくとも飲み食いは大いに楽しむ男だ。強者との戦いも好むところ。俗物な願いはなく、真っ当な望みもないが悪ではない。それが、ラカンという男だ。気の向くままに戦うさすらい人の性が、もともとは敵であったナギと合ったのだろう。こうして共に逃亡生活を送るほどに運命を共有してしまっていた。

「まったく、どう後始末をするつもりだナギ」

 と詠春がナギをしかりつけた。

「気持ちは分かるが、もっと静かにできただろう。派手に騒いだらいつ追っ手がかかるとも知れんのだぞ!」

 倒れた石柱に腰掛けるナギに詠春は厳しい口調で言った。

 反逆者として指名手配中の『紅き翼』は連合から追われており、煮え湯を飲まされてきた帝国からも当然賞金をかけられている。

 大規模な魔法の行使は追っ手に探知されやすく、ナギが大きな力を持っていようとも人間である以上はいずれ限界が訪れるだろう。

「いや、でもよ。ここの連中はさっさと潰しておいたほうがいいぜ。どうせ、アイツラと繋がってんだしよ」

「それは当然だ。だが、やり方ってものがあるだろう。これなら俺やアルビレオが乗りこんだほうが穏便だった」

 建物一つを崩落させる大魔法で方をつけるというのも一つの手だが、目立たないようにするのならば剣士である詠春や多芸に秀でるアルビレオが攻め込んだほうがよかった。ナギやラカンの力は軍隊規模の物量を持つ敵か人外の巨体に対して振るうべきものだ。

「まあ、そう怒ることもないでしょう。追っ手がかかるにしても数日の猶予はあります」

 いつの間にそこにいたのだろうか。

 ゆったりとしたローブを風に任せ、涼やかな表情でアルビレオが言った。

「この組織が完全なる世界と繋がっていたのは事実です。もっとも、末端の末端でしかありませんが」

 アルビレオは崩壊した建物を眺める。

 激烈なるナギの大魔法を受けて一部は融解している。

「これで敵に打撃を与えられるかと言えば、まずありえないでしょう。こちらは居場所を敵に曝しただけ……ですが、捨て置くわけにはいかない。そういう手合いです」

 末端を潰しても大勢に影響は与えない。むしろ、自分たちの首を絞めることにもなりかねない。しかし、かといって放置すれば敵はここを拠点に騒動を巻き起こすだろうし周辺住民の安全は脅かされ続ける。手を出さずにはいられない。こうした不毛な戦いをナギたちは強いられていた。

「先ほど、興味深い噂がありました」

 と、ナギに水筒を渡したアルビレオが言う。

「噂?」

 ナギは水筒の口を開けて一口水を含んだ。

「ええ。帝国の竜殺しとその仲間が反逆罪で逃亡中との噂です」

「はあ?」

 ナギは思わず水筒を落としそうになった。

「んなわけねーだろ。仲間はどうか知らないけどよ、あの強さは異常だぜ。帝国がアイツを切り捨てるか? それに帝国を裏切る理由も思い当たらないぞ?」

「そうですね。まあ、一度しか会っていませんから実際のところは分かりませんが、彼の人柄から裏切りは考えづらい。……ああ、罪状はテオドラ姫を連合に売り渡した罪だそうです」

「テオドラ……第三皇女か! つーことは……」

「はい。我々と同じ。彼らも、完全なる世界にしてやられたということでしょう。情報が出回っていないのではっきりとはしませんが、ガトウが言うには限りなく真実に近いそうですよ」

 『黒の翼』が指名手配中であるということは、帝国の外にはほとんど出ていない情報であった。それは、手配からまだそう日数が経っていないということに加えて、この機に乗じて連合の進撃が加速することを恐れたからであろう。

 ジークフリート一人に対して、連合側は恐怖にも近い感情を抱いている。ちょうど、帝国の兵士がナギを赤毛の悪魔と呼ぶように。

 同様の理由から、『紅き翼』に関する情報も帝国側に漏れないように細心の注意が払われている。

 もちろん、それも大した時間稼ぎにはならないだろう。メディアが発達した今、有名人が賞金首になったというスクープは遠からず衆目に曝されることとなるだろう。

「彼らがどこで何をしているのかは分かりません。ですが、状況から言ってアリカ姫と共に攫われたテオドラ姫の奪還を目指すでしょう」

 それは『紅き翼』の目的とまったく同一のものとなる。

「なら、何とか連絡を取って共闘できないだろうか? 彼が味方になってくれれば、心強いぞ」

 詠春の提案にアルビレオは静かに首を振った。

「可能なら、そうするべきでしょうね。もはや帝国も連合も関わりがない。あちらが完全なる世界を敵にしているのならば、我々は共闘すべきです。が、肝心の連絡先が分かりません」

「むぅ……」

 詠春は渋い顔をする。

 目的は同一。敵も同一。ならば手を取り合える可能性は非常に高い。しかし『黒の翼』の面々との面識は『紅き翼』にはなく唯一ジークフリートと戦っただけだ。その後に関わりを持つことはなく、その活躍だけが耳に届いている。過去の遺恨はほとんどない。――――ジークフリートやその仲間が『紅き翼』をどう思っているのかはまた別問題だが、こちらとしては共闘することを前向きに捉えられる。だというのに、接触を持つことがまずできない。

 『紅き翼』も『黒の翼』も、共に逃亡中の身だ。表立って動けない以上、連絡先を調べることなど不可能と言っていい。

「目的地は定まっているのですから、その内会えるかもしれませんよ。いずれにしても、敵の存在を表に出すことができれば、状況は改善するはずです」

 完全なる世界の蠢動を連合と帝国の両国に知らしめることさえできれば、魔法界を別つ大戦争に終止符を打つことができるだろう。残存戦力を結集し、完全なる世界を相手に決戦を挑むことも不可能ではない。そのためには、真実を知る者を増やしていく必要がある。できる限り各国の上層部に。ヘラス帝国の第三皇女はうってつけの人材と言えるだろう。

 敵はテオドラの身柄を押さえたい。こちらもテオドラを引き入れたい。重鎮にして民草からの受けがいい彼女ならば帝国国内での世論に与える影響も大きいだろう。

「しばらくは大人しくしたほうがいいでしょう。姫様方を救出するにしても敵が居場所を替えてしまえば元も子もありません」

 ナギが暴れることで、完全なる世界の警戒心が高まり、アリカとテオドラの幽閉場所を替える可能性がある。そうなれば、初めからやり直しだ。

 今はまだ、敵はナギたちを軽視している。

 積極的に対処しようとはしないだろうが、それでもナギが騒ぎを起こせば起こすほど、敵からの注目度も高まっていくのは当然だ。

 まずは救出作戦を成功させる。そこから味方を増やしていって、反攻作戦に移行するのがスマートな戦術であろう。

 もっとも、ナギは目の前の不幸を見過ごせない青い一面を残している。

 清濁を併せ呑むだけの懐の広さを持っていないから、戦略的に悪を見過ごすということができない。追われていながら、目立つような振る舞いをしてしまうのもそのためだ。

 ならば、ナギのそのような一面を利用して、状況を有利に運ぶべきだ。

 もしも、『黒の翼』がテオドラの救出に動いているのならば、こちらが派手に暴れることで敵の目を惹き付けることができるかもしれない。それがのろしとなって彼らと連絡を取ることができるかもしれない。息を潜めて夜の迷宮に侵入する手もあるが、救出そのものを別勢力に任せて、その後方支援を行うという手も悪くない。

 いずれにしても、目的地まで真っ直ぐ行けるはずもない。

 もうしばらく様子を見つつ情報を集め、最も確実に救出作戦を成功させることのできる時期を見計らうべきであろう。

 

 

 

 

 ■

 

 

 

 

 思いのほかメセンブリーナ連合の領土内は居心地がいい。

 というのも、多くの人々は『黒の翼』の顔ぶれについて知識がないからだ。

 『紅き翼』を英雄視している彼らにとっては、その好敵手たるジークフリートの名前を聞いたことはあるだろう。だが、顔を知っている者は少ない。当然ながら、戦場とは縁のないその他四人については情報がまったくないのだ。

 結果、母国では指名手配をされている『黒の翼』も、連合の辺境都市では市井の民に紛れて生活することができていた。

「早いとこ片付けちまわないとな」

 街外れの砂地にブルーシートを敷いたコリンが言った。

 空は満天の星空で、小さなランプの明かりで作業を進めている。

 辺り一帯は草原であり、城塞都市がでかでかと鎮座している。外敵や魔獣から街の住民の命と資産を守るため、都市そのものを壁で囲う構造は、魔法世界に限らず旧世界にも普遍的に見られる。

 その外は外界、野生の世界。装備もなしに出歩くのは危険を伴う。交通機関が発達した現代は別として、前世紀では街から街へ移動するのも命懸けだったのだ。そのため、今でもよほどのことがない限りは外に人が出てくることはない。

 一行が乗ってきた軍用車は、帝国のものだ。これを連合の領土で乗り回せば、当然自分たちは帝国の軍人であると宣言しているようなものである。一般人ならばまだしも、軍人に見られれば正体を看破されるだろう。よって、訪れた最初の街ですることは、帝国産軍用車を見た目だけでも一般に普及している普通車に改造することだった。

 取り急ぎペンキで黒から青へ色を変える。

 細かな改造は専門の設備がなければ難しい。コリンの技術があっても、外装を取り替えるには相応の材料が必要なのだ。今の彼らにそんな金はない。街外れのバーに張り出される魔獣退治の依頼を受けて日銭を稼ぐくらいが関の山である。

 必要なのは燃料だけだ。

 食事は魔獣を狩って肉を取ればいい。寝床も車がある。水は魔法で生み出せる。ならば、移動手段さえ確保していれば旅はできる。

「どれくらい、時間がかかるものなんだ?」

 ジークフリートが尋ねる。

 知識では知っていても、目の当たりにしたことはない。

「丁寧にするつもりはねえけど、ま、あまり不出来になっても人目を引くからな。それに障壁も弄っておきたいから、半日は欲しいところだな」

 塗装よりも魔法関連の偽装に神経を使う。

 違法改造など、辺境を渡るにはある程度必要な技能とはいえ、道具が心もとない状況ではどこまでできるか。魔法をかけて補えるのならばそれに越したことはないが、それも連合や帝国に引っかかるようなものでは使えない。

「ジークはその辺でゆっくりしといてくれ。ああ、寝るのは勘弁してくれな。俺が襲われたら一溜まりもねえからな」

 などと言って、笑う。

 女性陣は車の中で休んでいる。気楽なものだと愚痴ることはできない。

 戦いになれば、彼女たちにも出てもらわなければならないのだ。

 ジークフリートはどうだろうか。彼に体力の限界があるようには思えないが。

「明日の昼間には、ここを発たないとだめだろうな」

「できるだけ早くテオドラを助け出すのならば、出発は早いに越したことはない。だが、大丈夫か?」

「何が?」

「コリンの身体のことだ。昼間から運転を続けていただろう。その上徹夜だ」

「まあ、運転手なんてのは、こういうところで無理するものだしなぁ」

 と、半ば諦めたように言う。

 実際はかなり眠いし疲れも溜まっている。

 しかし、この中で最も運転技術に精通しているコリンが運転する以外にない。少なくとも追っ手がある可能性もあるのだから、戦闘要員は手を開けておいたほうがいい。

 『騎乗』スキルがあれば、ジークフリートも何かしらの手助けができただろうが、サーヴァントならぬ生身では、聖杯戦争のクラススキルは所持していない。現代知識はあっても、技術は伴わないのだ。

「これが終わったら寝させてもらうわ。アレクシアたちと交代でな」

 昼頃に出発する予定だと言ったのは、自分が休息する時間も加味しての発言だったのだ。

 体内時計が狂ってしまうが、それは仕方のないことだ。夜間も気を抜くことができないのだから、ある程度拠点を定めるまでは誰かと交代制で見張りをしなければならない。

「夜の迷宮まで、順当に行っても一ヶ月はかかる。今のうちにこの生活に慣れとかないとな」

 コリンはため息混じりに呟いた。

 道中敵の妨害があれば、さらに時間がかかるかもしれない。運よく飛行機などに乗り合わせることができればいいのだが、真っ当な交通機関は監視されているだろう。

 監視の目が届きにくい車による移動が安全で確実であるように思える。その分時間もかかるが、空を行ったからといって予定通りにことが運ぶはずもない。

 空は目立つしその分妨害も多くなるだろうから。

 敵がやってくれば、その時はジークフリートが剣を振るって追い散らせばいい。

 やるべきことはシンプルだ。実現は難しく、多大な艱難辛苦に塗れているが、乗り越えなければテオドラは救い出せず魔法世界全土の危機を見過ごすことになる。関わった以上逃れることはできず、そのつもりもない。

 正義の味方を目指すジークフリートだけではない。

 不真面目なところもあるコリンであっても、それは同じだった。




城持ち兄貴とファラオとセミ様とウルクの城壁持ってきたギル様の激闘が見たいです。

キャスター適正ある神代のランサーと中世出身のキャスターだと、型月世界の特性的にキャスターのほうが魔術戦で不利になるのだろうかね。そもそも対魔力がネックだけども、個人的にはキャスターの手練手管を駆使した魔術戦らしい魔術戦が見たいところ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。